昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第2部 国際化の進展と日本経済
3. 産業構造高度化の新展開
1950年代の世界の食料事情は「過剰と不足の混在」といわれながらも,食料輸出国は在庫圧力に悩み,輸出価格も傾向的に低下した。しかし,60年代に入つてからは小麦,とうもろこしなどの在庫は急激に減り,輸出価格も上がり気味のものが多い( 第57図 )。
この背景には,①世界,とくに開発途上国における人口の増加およびそれら諸国の低栄養水準(先進国の7割程度)改善からくる需要増加,②開発途上国における生産の遅れやアメリカにおける作付制限で供給が追いつかなかつたこと,③社会主義諸国の食料買付増加,④先進諸国に於ける飼料需要の増大などの事情があつた。
主要食料輸出国の在庫の減り方をみると,たとえばアメリカでは,最近,正常在庫といわれる小麦1,500~1,800万トン,飼料穀物3,500~4,500万トン,米45~55万トンの水準を割り,かつての重苦しい在庫圧迫感はなくなつた。こうした世界の食料需給の変化にともない,従来と異なつて被援助国の農業生産拡大を阻害しなような食料援助方式を採用するとか,被援助国の増産計画達成のための支援,作付制限の緩和等,供給増加をねらつた新らしい動きが生ずるにいたつた。しかし,開発途上国では,基本的生産条件が未整備のため食料増産が軌道にのりにくく,先進国でも他産業にくらべ相対的に不利であることなどから思うように供給拡大ができるとは限らない。他方,需要の面でも開発途上国での増加圧力が強いので,絶対的な不足はともかく,世界の食料需給がかつてのような過剰状態にもどることはなかろう。
以上のように世界の食料需給が変化する中で,日本の農産物輸入は30年代後半からいちじるしい増加を示している。
30年代前半には7~8億ドル台であつたものが,35~42年には年率15%もの増加を示し,42年の輸入額は23億5,千万ドルに達した。輸入の特徴の第1は,国内生産が皆無ないしそれに近いバナナ,コーヒー,ココア豆,パイナップル等熱帯産品の輸入増加寄与率が42%にのぼり,ついで国内畜産業の発展にともなつて需要のふえているとうもろこし等の飼料が23%であつた。それに,国内生産も減少し国内の需給バランスをとるために輸入している小麦,大豆が20%で,以上3者で実に輸入増加の85%を占めている。残りは非自由化品目のうち国内生産の一時的増減によつて輸入を調節している米,畜産物等である( 第72表 , 第58図 )。第2の特徴は,総輸入に占める農産物の割合がイタリア,西ドイツ,フランスなどの西欧諸国と同水準になつたことであり(ただし,貿易のところでみたように,国民総生産に対する食料の輸入依存度は国際的にみてそれほど高くない。),第3の特徴は,輸入先別にみて先進国,とくにアメリカ依存が高まつていることである。35年当時,農産物輸入の56%が先進国から,うち32%がアメリカからであつたものが,41年にはそれぞれ64%,45%となつた( 第59図 )。
こうした輸入の増大は,国内の需要をみたし価格上昇を直接間接に抑制し,国民の食料費支出の増大をある程度おさえる効果をもつたが,またわが国農業にも大きな影響を与えた。すなわち,国際的に割高で収益性の低い農産物の生産は縮小した。たとえば小麦,大豆,なたね等は作付面積も減り,農業生産額での構成比は,35年度の小麦3.1%,大豆1.7%から41年度にはそれぞれ1.4%,0.4%と小さくなつている。
これまで日本農業の典型的な経営は,米を中心に麦を主要な裏作としてとり入れ,その回りに野菜,養蚕,小家畜等を組み合わせているものが多かつた。ところが,麦が減少するなど主要な作物の1つの柱が細くなつてしまつた。そのため一面では,米作収入に対する依存性が高められている。米価値上がりは,後出5-(2)-イにのべるように,相対価格差を拡大し,加えて収益性の格差も大きくなつている。他方,需要の伸びている農産物は供給が追いつかず,結果的に価格が上昇するという問題が生じている。
いま1つの食料輸入の問題は,国際収支との関係である。30年代後半における農産物輸入の全輸入増加に対する寄与率は3割近いものであつた。幸いわが国の輸出成長力は大きく,これまでのところ国際収支上,農産物輸入が大きな問題になることは少なかつたが,これからも農産物輸入はかなりふえるとみられるので,国際収支上の重みにもなりかねない。今後は国際的に割高な国内価格を維持したままの輸入依存をさけ,選択的効率化の立場から総合的な食料政策をすすめる必要があろう。
輸入が与える影響の第3は農産物の国際価格差の問題である。小麦,大豆の国際価格と国内生産者価格との差は50~90%もある。他方収益性の格差もあつて国内生産は減少し,総流通量のうち国内産の占める割合は小麦が35年の26.6%から41年には16.7%に(ただし政府買入れ),大豆は同じく15%から1.6%に縮小した。これらのことは価格問題等について検討を必要としよう。
国際価格にくらべると米価もかなり割高である。もつとも,世界的な過剰時代には輸出国でそれぞれ補助金等が出されていたので,その点は割引かねばならないが,割高であることに変わりはない。最近米の国内生産は国内需要をほぼ賄いうるようになつているとみられるが,年々米価が上昇し,それが生産増を生み出す誘因ともなり,一方では,食管会計赤字の原因にもなつている。
第73表 は,卸売,消費者物価指数の上昇に対する米価上昇の寄与率を示したものである。年によつてちがうが,41年,42年はそれぞれ卸売物価において7.2%,4.3%であり,消費者物価(自由米を含む)において40年以降42年までそれぞれ12.8%,9.9%,6.9%であつた。家計における米の購入比重はこのところ低下しているが,主要食料であるだけに問題である。
米価上昇の原因は,農業賃金(家族労働評価を含む)の上昇,機械化費用の増加などによるコストの増加を生産性の上昇でカバーできないところにあるが,現行の政府決定方式でも,労働生産性の上昇や反収の増加を十分に反映する余地は残されている。また,食管制度を米の流通という見地からみれば,計画輸送が行なわれていることなどから戦前にくらべて流通費用はかなり合理化されているといえる。それだけに,現行制度のままでもその運用を改善することによつてコスト逆ザヤから生まれる財政負担の増大はある程度防ぎえよう。もちろん,基本的には米価上昇に頼らないでもやつていける生産性の高い経営の創出によるべきことはいうまでもない。
経営耕地規模別農家数の増減をみると, 第59図 のとおりである。30年代前半には,農家戸数減少のなかで,1.0ha以上層の増加,それ以下の層の減少という両極分解がみられた。後半になると,戸数減はさらに高まり,分岐点は高まつて1.5ha以上層の増加,それ以下の層の減少がみられる。
しかしながら, 第60図 において30年の前半と後半をくらべると,1.5ha以上層の増加率が前半にくらべ後半は低くなつていることが注目される。
この点をさらに掘り下げてみるため,佐賀平野の米作地帯中心部にある部落の農家の耕地規模が39年から42年にかけてどう移動したかを迫跡してみると, 第74表 のとおりである。1.5~1.9ha層は,主として0.5~1.4ha層が上昇したもの(42戸)と,2ha以上層が下降したもの(16戸)とで増加し(299戸から334戸へ),2.0~2.4ha層の増加は2.5ha以上層が下降したもの(17戸)と1.5~1.9ha層が上昇したもの(13戸)とで増加している(176戸から186戸ヘ)。2.5ha以上層になると各層とも39年当時より戸数は減少している。そして結果としては,1.5~2.4ha層の間に農家が集中している。これでみるとおり,耕地規模の大きいものが必ずしもふえているわけではない。
これは現段階では耕地が大きいほど有利だという技術的条件,たとえば機械化一貫体系がまだ整備されていないこと,現在の高地価では農地を購入しての規模拡大は容易でないことなどがあるからである。
自立的経営農家とよばれる農家の経営内容をみても必ずしも耕地規模の拡大によらず,経営の複合化をはかりながら,耕地単位当たり資本投下をふやし,土地の集約度を高め,しかも労働生産性を高めつつ,所得を上昇させるという方向を示している( 第75表 )。
また,経営規模別のデータをつかつて,土地,労働および資本がそれぞれ土地生産性上昇にどれだけ貢献しているか計算してみると( 注 ),単位面積当たりの資本投入量の効果がもっとも大きいことがわかる。
日本農業は,国土が狭く人口密度が高い環境のなかで発展しなければならない。それだけに,生産性の上昇も,労働生産性だけでなく,土地生産性もあわせて上昇させるという形をとらなければならない。その場合,大型機械化体型に対応した規模拡大を展望しながらも,現実には中型機械化体系の段階をへて,上向発展をはかるという方向ですすんでいるといえよう。
最近,たとえば佐賀のような米作地帯で米の生産組織化がすすめられ,小農的技術の再編成を行ない,土地,労働生産性併進の生産性向上が図られ,その過程で,将来中型機械化体系に適応するための土地の条件整備等が漸次計画実施されるという方法がとられている。さらに最近では懸案の田植機械,刈取機などの全国的な普及もすでに間近なところまできた。
国際化がすすむなかで,日本の新らしい農業へのより明るい展望が地域的ながら芽ばえてきている。その力を伸ばし,真に効率的な農業の発展する環境(農業構造改善の推進,総合的な地価対策の実施など)をこれから作る必要があろう。