昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第2部 国際化の進展と日本経済
3. 産業構造高度化の新展開
わが国の中小企業(製造業,従業者数299人以下)は,事業所数,従業者数,出荷額の点でたえずふえつづけてきた。昭和30年から41年にかけて事業所数は43万から59万に,従業者数は402万人から720万人に,出荷額は3兆7,950億円から17兆5,100億円へとそれぞれ増加した。
すでに第1部でみたように,中小企業の整理倒産は景気拡大のなかでも増加したが,他方では新規企業が年々増加し,しかも,これまで中小企業であつたものが規模の拡大をとげて大企業ヘ成長するなど,わが国の中小企業は,激しい出生,成長,消滅をつづけている。中小企業の従業者数,出荷額などの全体のなかで占める相対的な比重は30年から35年にかけて低下したが,その後は,それほどの変化はなく,従業者数で68~69%,出荷額も50%前後を占めいぜん製造業のなかで高い地位を占めている。
もちろん最近の中小企業の構造をみると,内容的にかなりの変化がおこつている。工業統計表によれば全体の事業所数のなかで30年には6割近くも占めていた1~3人層の生業的企業は絶対数でも減少をたどり最近ではその比重が4割を割り,これにかわつて4~9人層の比重がかなり高まつた。
また,35年から41年にかけての出荷額の伸びと中小企業の比重の変化をみると,総じて伸びの高い家具装備品,衣服その他繊維製品,金属製品などの業種では中小企業の相対的地位は下がり,伸びの低い繊維,ゴムなどの業種ではその地位は上がつている。これは成長産業では大企業の伸びが高く,しかもこれまで中小企業であつたものが大企業へと成長をとげ,また停滞業種では中小企業の伸びが大企業の伸びを上回つたからである。
規模別にみた比較生産性の格差も, 第67表 のように重化学工業にくらべて,軽工業ではかなり縮小した。
産業構造が変わつていくなかで,中小企業と大企業では業種によつて動きにはかなりの差があるが,その違いの大きな原因の1つは労働力不足と,それにともなう賃金上昇の影響が両者で異なるからである。中小企業の方がより大きい影響をうけていることはいうまでもない。
中小企業と大企業との賃金格差は 第68表 のようにアメリカと比較して,以前ほど開きがなくなつた。もつとも,わが国の賃金格差が縮小したのに対して,アメリカでは,逆に規模間の格差が拡がつており,このためアメリカとの開きがなくなつたという面もあるが,国際的にみても,格差縮小の傾向は明らかである。
しかしながら,こうした反面,わが国の付加価値生産性格差は,アメリカにくらべていぜんいちじるしい。しかも,付加価値生産性の上昇を上回る賃金の上昇によつて,付加価値額のなかに占める賃金の割合である労働分配率は,わが国の中小企業の場合,ひきつづいて上昇している。このため大企業との資本分配率の格差はひきつづいて拡大し,そのことがひいては中小企業と大企業との資本蓄積力の差をひろげる一因になつている。
このような日米の相違は企業の経営指標のなかでどのようにあらわれているであろうか。
総資本営業利益率の規模別格差は, 第69表 のとおり,日米ともにほとんど開きがない。しかし,収益率の水準は彼我の間でいちじるしい格差がある。アメリカの中小企業の総資本営業利益率が13%台であるのにくらべて日本の中小企業では7~8%台にとどまつている。このような両者の差は,売上高営業利益率と総資本回転率がともにわが国の場合,アメリカに比べて低いことによるものである。
こうした収益面での日米の差以上に両者の差がめだつているのが自己資本比率である。
アメリカでは,企業規模の大小にかかわらず自己資本が50%以上の比率を示している。わが国では,大企業の場合でも,20~25%台にすぎず,中小企業では17~18%台できわめて低い。このようなわが国企業の自己資本比率の低さは,さきにもみたように,借入金に依存して設備投資を行なつたことのほか,売掛債権および買入債務の増大によつて企業間信用を膨張させてきた結果である。このことは高い成長を可能にしてきたが,企業経営の不安定化をもたらし,ひいては企業の不況抵抗力を弱める要因となつている。
このように,国際的にみても,経営面で劣るわが国の中小企業は,いまや国際化と労働力不足の進展のなかで大きな試錬を迎えようとしている。
それでは,中小企業はどのような国際化の影響をうけつつあるだろうか。
いま,わが国の中小企業は,外国製品の流入,外資系企業の進出,さらには海外市場での開発途上国の製品との競争といつた形で大きな衝撃をうけはじめた。しかも他方では,労働力不足が深刻化し,これまでのように安い賃金を利用してきた中小企業の存立基盤は大きく動揺してきている。このような急速な変化は従来の中小企業の分野をかえ,業種転換を余儀なくしたり,あるいは既存業種のなかでも,中小企業の相対的地位の低下をもたらした。
外国製品の流入や外資系企業の台頭のなかでその影響を受けていないものが多いが,個別企業についてみると, 第55図 にみるように影響を受けたものがかなりあらわれている。
1つには,外国製品の流入が直接的にわが国中小企業ヘ影響を及ぼしたもので,大企業がほとんど存在していないプラスチック造花,玩具などでは香港製品の流入によつて大きな影響が生じた。いま1つは,中小企業と大企業の併存分野での影響である。ここでは外国製品の流入および外資系企業の進出にともなつて,それに対抗するために国内の大企業の近代化や販売強化等が強められ,そのために中小企業が間接的に影響をうけている。たとえば,万年筆では先進国や共産圏製品の流入にともなつて国内大企業の販売が強化され,中小万年筆メーカーの地位は後退した。もつとも最近では外国製品の輸入増加で国内大企業も影響をうけている。また,化粧品では先進国からの輸入増と外資系企業の販売増加,清涼飲料では外資系企業の生産増大などにより中小企業は圧迫され,しばしばこれらの業種では中小企業の転廃業が促進された。
第70表 アメリカの輸入に占める日本と開発途上国のシェアの変化
このような大企業の合理化対策による中小企業への間接的な影響は自動車の下請にもみることができる。すなわち,これらの下請では,親企業の国際競争力の強化がその下請中小企業にコストの切下げと品質の向上を強く要求し,このため部品下請中小企業の収益率が親企業に及ばないものが多い。
こうした自由化,国際化の進展による国内における中小企業への影響のほか,かつて日本の中小企業がもつていた有利性をいまやもちつつある開発途上国の商品との海外市場における競合が激しくなつてきたという事実がある。
たとえば,アメリカ市場における日本の中小企業関連の主要商品について日本および開発途上国からの輸入シエアをみると, 第70表 のように,きわめて多くの製品のシエアが低下している。双眼鏡やクリスマス用電球あるいはフオーク,スプーンなどではシエアの低下度合は小さいが,合板,玩具・人形,洋傘などでは低下がいちじるしい。これまで,日本は相対的に安い労働力を基盤に労働集約的製品に絶対的な強みをもつてきたが, 第71表 にみるように,わが国にくらべて,1/4~1/2というはるかに安い賃金を背景に,開発途上国が主として軽工業品の分野で進出してきている。このため,わが国の中小企業製品は輸出市場において,これら諸国との激しい競争にさらされ,後退を余儀なくされているものがふえている。そして,この傾向は今後,特恵関税が実施された場合には,ますますつよまる可能性もある。
わが国の中小企業は,労働力の不足と国際化の進展という新らしい事態,新らしい競争者の出現に直面している。その対応策として,設備の近代化,労働生産性の向上,新らしい技術の研究開発,デザイン,品質の改良による高級化が行なわれようとしているが,こうした近代化はいつそう積極的に展開されなければならないであろう。