昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第2部 国際化の進展と日本経済
3. 産業構造高度化の新展開
日本経済は全面的国際化の時代を迎えている。昭和42年7月から対内直接投資の自由化が実施の段階ヘ入り,43年6月には特殊な先端技術等を除いた技術導入の自由化も行なわれた。
すでにEEC諸国は,通貨交換性の回復を境として活発な資本交流を行なつてきたが,そのなかで重要な役割を果したのはアメリカ資本の動きであつた。アメリカの直接投資残高は,西ヨーロッパ諸国を中心に1955年末から1966年末へかけて2.8倍に増加した( 第57表 )。
アメリカの海外投資の特徴をみると,第1は,先進国であつてしかも高成長国に投資が行なわれることであり( 第49図 ),第2には化学,電子機器,機械など技術革新に裏打ちされた成長産業に対する新規参入がめだつていることである( 第50図 )。
第3の特徴は,西ヨーロッパに進出したアメリカ系企業の輸出比率(製造業)が23%(1965年)と,カナダ(19%),ラテンアメリカ(3.5%)などに進出した子会社にくらべてかなり高いことである。
西ヨーロッパ諸国を中心として,アメリカの海外直接投資は,高い技術水準を背景に重化学工業分野で活発な動きを示してきた。しかも,それを推しすすめてきたアメリカの巨大企業は,この間にたんなる国内の巨大企業から,世界的視野にたち,世界市場のなかで経営戦略を決定し,かつそれを実践するという世界企業へと成長した。このような世界企業の台頭は,イギリス,西ドイツ,フランスなどの巨大企業にも大きな衝撃をあたえ,国境をのりこえた合併や業務提携などを促がす結果にもなつている。
もつとも,資本交流が活発化すれば,投資収益率の高い国では資本の供給がふえ,低い国ではその逆となつて,次第に収益率が平準化してくる。アメリカの海外直接投資は,1950~57年にほぼ15%前後の収益率(税引後利益/直接投資残高)をあげていたが,資本交流が活発化した1958年以降は11%前後に低下し,同時に,投資国であるアメリカの国内企業の収益率が上昇してきたこともあつて,アメリカの内外企業間では収益率の平準化がめだつてきている( 第58表 )。
こうしたなかで注目されるのは,日本におけるアメリカ系企業の収益率がいぜん高水準を持続していることである。したがつて,日本経済の高い成長率や,潜在需要をもつ東南アジア市場に近接しているという日本の位置などからみても,海外資本の対日投資の動きは活発化してくるものとみられる。
わが国における直接投資の自由化,つまり資本の流出入の両面にわたる自由化の推進は,国際協力に参加し,IMF八条国に移行してOECDに加盟して以来の課題でもあつたが,わが国としても国力が充実してきたことに加え,今後経済をいつそう効率化していくためにも必要であつた。
それでは,自由化がすすむなかでどのような問題が生ずるであろうか。
これまでのわが国の資本交流をみると,42年3月末現在でわが国の海外進出企業は1,248社であり,外資の経営参加企業は円ベースによるものを含め794社となつている( 第59表 )。
また,現状では対日直接投資は資本金5,000万円未満の企業がもつとも多いが,今後は大企業の割合がふえるであろう。対象業種をみると,日本の海外進出企業は軽工業や金融・商社関係が多いが,日本に入つてきている外資は機械や化学工業を中心とした成長性の高い製造業の割合が多い。
こうしたなかで,ヨーロッパですでにみられるように,わが国でもこれら海外からの巨大企業の進出に挑戦し,自らも世界企業となつて成長していく企業がふえていくであろう。
資本の自由化については外資のすすんだ経営管理,販売方式による刺激が有効に活用されればわが国企業の経営や流通機構の近代化が促され,またすぐれた技術の導入とこれにより自主技術開発の意欲が刺激されれば国内技術水準の向上がはかられる面があるものと期待される。しかし,その反面,世界企業の進出によつて国内の市場や技術が支配され,あるいは自主技術開発が阻害されるおそれもあり,また過渡的に社会的摩擦が生ずる懸念もなしとしない。日本の企業競争力や技術水準は欧米先進国にくらべ格差が大きいだけに,企業の実力を強化しておく必要がこれまでになく重要なものとなろう。
資本自由化のなかで注目されるのは,世界企業の進出である。世界企業は資本自由化の進展につれて成長したが,これからも世界市場をもとめて大きくなつていく傾向にある。
こうした潮流のなかにある世界企業や,今後世界企業に発展しようとする自由世界の巨大企業(ビッグ・ビジネス)上位300社を,売上高や成長率の面からみたのが 第60表 である。
業種別の分布をみると,すでにのべたように( 第50図 ),化学,電機,機械,自動車などで高い成長を示した企業が多く,石油,食品,鉄鋼などでは,企業数が多いわりに成長率は低い。
一方,国別分布をみると,アメリカが全体の約6割を占め圧倒的に多いが,日本も1966年までの10年間に3社から17社ヘ急増した。比較的成長の高いとみられる西ドイツがこの間18社から20社に増加しただけであることからみても,日本の巨大企業の急成長ぶりがうかがえる。
世界の巨大企業を,成長と利益率,資本構成の関係からながめ,また日本の巨大企業とくらべてみよう( 第61表 )。
まず売上高利益率は,中成長企業でもつとも高い。これは,石油,鉄鋼,食品などの業種で高い利益率を確保している企業が多いからである。これに対し高成長企業は,積極的に売上げを伸ばそうとする意欲が強いため,売上高利益率は相対的に低かつたとみられる。
これらにくらべると,日本の巨大企業は売上高の伸びがもつとも高く,しかも売上高利益率は,世界の高成長企業よりもむしろ高い。しかし反面では,自己資本比率や総資本回伝率がいちじるしく低く総資本収益率は低い。わが国の巨大企業は急速にふえてはいるが,それはまだ十分に開放的でない経済成長のなかで実現されたものであり,欧米の巨大企業にくらべて企業経営面でも問題が多い。資本自由化のなかで,日本の巨大企業が国際的にも定着していくかどうかはむしろこれからの課題といえよう。
わが国企業の国際競争力には,新らしい要請が加わつてきた。貿易自由化から資本自由化への移行は,わが国産業にとつて競争条件の根本的な変化を意味するからである。貿易自由化の段階では,国際競争は商品の品質,コストの競争であつた。商品を生み出すまでの技術,労働,資本等のあらゆる条件が国民経済の発展段階によつてどのようにちがつていようとも,国際競争力の有無は企業活動それ自体ではなく,その成果としての製品の品質,コストによつて判定された。資本自由化段階ではさらに加えて,国内に進出してきた外資系企業との直接的な競争関係に立つ。先進国にくらべて相対的に低い賃金やすぐれた労働の質を活用しようとする外資系企業と,わが国企業とは労働の面では同じ条件のもとで,技術と資本の面では大きい格差をもつたままで,はげしい競争が展開されることになる。
いわば,貿易自由化から資本自由化ヘ移行するにつれて,工場単位での国際競争力だけではなく,企業ぐるみの総合的な国際競争力が問題となつてきた。しかし,工場の場合とちがつて,企業の総合的な競争力を国際的に比較するのは非常にむずかしい。
このような競争力は技術開発力,経営管理能力,原料・資金・販売面における市場的地位,企業組織,外部経済・制度・慣行などの企業環境などの要素に分解することもできるが,企業利潤は,これらの要素が効率的に活用されたかどうかを示す業績指標であるといえよう。わが国の企業利潤は,国際的にみてどのような地位にあるだろうか。
まず企業の期待収益率の目安として売上高粗利潤率をとると,わが国は最近10年間の平均で13.9%とアメリカの11.4%を上回つており,最近時においてもその優位性は変わつていない( 第62表 )。
これは経済成長率が高いとか,あるいは賃金水準が低いといつた企業外環境の有利性がかなり寄与しているからである。海外資本の対日投資に対する関心が強まつている理由もそこにあるといえよう。
しかし,わが国企業の収益力の基盤がもつぱらこのような企業外環境の有利性にあるとすれば,外国企業が日本に進出してきた場合,競争上の優位は失なわれるわけである。いま在日外資系企業のうち資本金1億円以上の製造業で外資比率51%以上のものと比較してみると,彼我の利益格差はいちじるしく大きいことがわかる( 第51図 )。これは,在日外資系企業が企業間信用や間接金融方式に依存しないでもつぱら自己資本に拠つていることなどから,総資本回転率が高く,金融コストが低いうえに,前述した企業外環境の有利性を享受しているからである。ここでとりあげた外資系企業は社数もすくなく,強大な世界企業のウエイトがいちじるしく高いという面もあるが,こうした制度・慣行など企業経営のあり方の相違が彼我の総資本収益率と安全性諸指標の格差にあらわれていることは否定できない( 第52図 )。
なお,このような総資本収益率や安全性諸指標の格差は,前述した内外巨大企業の比較でみても同様の傾向を示している。
今後は開放体制のなかで,わが国企業の最終的な企業利潤の低さが,わが国の企業外環境の有利性を利用して入つてくる外国企業との競争において問題となるばかりでなく,労働力不足がすすむと従来わが国の国際競争力をささえるひとつの要因であつた低賃金コスト依存の経営も影響をうけるおそれがある。このような意味でわが国企業の競争力を強化するためには,後出5-(3)-アの企業の「資金調達方式」の項でみるように,従来の制度,慣行を新時代に適応させる必要がある。さらに,企業内部における競争力要因の強化が従来にもまして要請されよう。安易な技術導入にならされてきた結果,自主技術に対する研究開発のための企業組織,開発された技術の特許権確立やその市場開拓面における立ちおくれ,あるいは流通機構の非効率に代表されるマーケッティングの劣勢などを改善することがいちだんと必要になつている。
企業の競争力のなかでも,技術開発力はもつとも重要な要素である。特許権に守られた新技術の参入は,市場を制覇する力をもつているからである。また,わが国の産業が労働力不足化に対処するにも,あるいは輸出を伸ばすためにも,研究開発集約型への依存度をますます高めつつあることを考えねばならない。そのうえ,世界的な巨大科学の進歩と波及の深さは,新技術の寿命を短縮しているので,(たとえば集積回路の開発からいくばくもなく大規模集積回路が出現するなど),絶え間ない技術開発が必要となつてきた。
これに対して,わが国技術の現状はどうであろうか。わが国技術は,これまで主として海外技術の導入に依存してきたが,その導入を困難にする事例が最近急速に増加しつつある。たとえば,消費者に直結する商標権の使用許諾を必要とするもの,相互実施権(クロス・ライセンス)あるいは市場制限を含む契約などの事例が増加している。
これは,わが国の企業が技術導入によるぼう大なノウ・ハウ(特許されていない情報)の蓄積を跳躍台として,欧米企業との技術格差を縮め,強力な競争相手となつてきたからである。とくに相互実施権の増加は,自社技術の向上に役立つ技術を代償として相手に要求するという技術貿易の水平分業段階にわが国の企業もようやく到達したことを意味している。そのことはまた,今後自主技術をもたないと,欧米の最新技術を吸収することができなくなりつつあることをも意味している。
また最近では,技術を商品として売るよりも資本として輸出する傾向が世界的に強まつている。技術導入をともなう合弁会社は,34年度までは年に5件もなかつたが,その後急増して39年度以降は年に40件となつた。この傾向は,直接投資の自由化によつてさらにふえるものとみられる。
イギリス,ヨーロッパ,カナダに対するアメリカの技術輸出をみると,受取つた対価の大半は直接投資によるものであつた( 第53図 )。対日輸出についても,自由化後は同様の傾向を示すものと思われる。このように,全面的国際化の時代には,企業は自主技術がなくては外国企業に対して拮抗力をもつことができなくなつてきているといえよう。
わが国の技術開発力の格差は,独創的技術の多寡,技術貿易の収支などによつてもうかがわれるが,また特許出願時点と出願数のピーク時点において内外国人の間でどれだけタイムラグがあるかという観点からも評価することができる。 第63表 をみると,出願時点では3~4年以上のラグをもつものが多い。
もつとも,ピーク時点つまり技術開発の成熟期では,上吹酸素転炉製鋼法,合金接合によるトランジスター製法など格差を縮める動きも漸増している。ノウ・ハウの蓄積を跳躍台として,高い技術開発力をつくりだしていく過程がそこに見出される。
しかし,アメリカの巨大科学とそこから生み出される高度の技術開発力にくらべると,ヨーロッパや日本にはいちじるしい格差があるし,それに追いつこうとしても,新技術の寿命が短かくなつているから,格差の解消は容易ではないであろう。このような問題にどう対処すべきであろうか。
まず第1は,研究開発の推進である。経済力のちがいだけでなく,国民総生産に対する比率でみても,政府および民間研究費支出に格差があることなどは,わが国における技術格差の基本的な原因である( 第54図 )。
第2は,巨大科学をめぐる国際的な協調である。巨大科学の開発といつても国力に応じて自ら限界があり,個々の国では達成できないこともある。そのうえ,科学技術には,本来,国境がない。OECDが自主技術開発とともに研究開発の国際協力と技術の国際交流を打出しているのはそのためである。わが国としても,こうした方向にそつて技術の新時代を切り拓いていく必要があろう。
第3は,研究開発をめぐる環境,条件の整備である。「OECD加盟国の技術格差」によれば,ヨーロッパでは,適正な市場規模の確保,研究投資や科学技術者の効果的な配置・活用,政府援助による研究開発の民間利用,革新と競争に対する社会的指向性,研究開発管理などに対する高度の経営技術といつた面でのおくれが,アメリカとの格差をひろげる有力な原因になつているとのべているが,わが国でもこうした点の整備が必要である。
なお,毎年アメリカの科学技術者の1~2%に相当するものが海外から流入していること,その半数がヨーロッパ,また5分の1がイギリスから流出したものであることは,技術格差が「頭脳流出」にもあらわれていることを示している。こうした問題は,わが国にとつても他山の石とすべきであり,研究開発は幅広い視野に立つて総合的に推進しなければならない。
第4は,民間における研究費の規模の利益である。技術開発力を研究費ではかると,企業規模が大きいほど研究費も巨大になつてくる。1964年前後において,研究費集中度を上位4位でみると,アメリカ22%,イギリス26%,フランス21%に対して日本は12%であり,研究費規模でも日本はアメリカの3%,イギリスの23%,フランスの60%にすぎなかつた。
もちろん,企業規模が大きくなくても技術開発力が高い企業もかなりある。しかし,最近の技術開発が大型化し,新技術の寿命も短縮化しつつあつて,研究開発自体のリスクが増大傾向にあることや,研究活動を効率的に推進する見地からいつても,共同研究など研究費の集中的投入によつて単位企業当たりの研究費規模を拡大することが必要であろう。
資本自由化の進展につれ,西ヨーロッパでは規模の利益をねらつて企業の国際競争力を強化しようとする合併や業務提携が激増しているが,わが国でも最近同じような動きがつよまつてきた。
これまでの動きをみると( 第64表 ),昭和30年代前半には年平均400件であったわが国企業の合併件数は,その後増加して42年には995件となり,最近のアメリカにほぼ匹敵する合併が行なわれている。
日米の合併内容を比較すると,アメリカでは総資産の規模で1,000万ドル以上のものが全体の7割程度を占め,大企業間の合併がきわだつて多いが,わが国では資本金5,000万円未満の中小企業が約8割を占めている。また,アメリカでは景気上昇局面で合併件数が大幅にふえるという特徴がみられるが,わが国では必ずしも景気変動とは関係なく増加している。しかし最近ではわが国でも,西ヨーロッパ諸国と同様に,大企業が合併する事例がめだつようになつてきた。
西ヨーロッパ諸国では自国内ばかりでなく国境をのりこえた合併や業務提携が盛んになつている。もつとも欧米先進国の大型合併の事例をみると,必ずしもすべての企業の合併や業務提携が効果をあげたというわけではない。合併しても,市場占拠率の維持ができないもの,あるいは企業収益率が低下したものもある。
第65表 主要合併会社の若干の経営指標の変化状況(合併前と合併後の当該業種企業との比較)
わが国の場合,昭和33年以降に行なわれた主要な企業合併の事例をみると,その動機はいろいろあつて,規模の利益をねらつたものとはいえないものもあるが,合併前と合併後の経営指標のいくつかについてその変化をみると主要企業の総売上高に占める割合,売上高に対する一般管理販売費比率,1人当たり売上高,売上高純利益率において当該業種の平均的な動きより悪くなつているものもみうけられる(第65表)。
もとより企業合併の成果を短期間で論ずることは無理もあり,また左の指標にあらわれた面だけでなく,技術開発力の強化,企業の成長力の培養,企業経営の安定あるいは国民経済の視点などを総合して考察しなければならないことはいうまでもない。今後資本自由化など経済の国際化がいつそう進展するなかで,わが国でも動機や性格などにおいてこれまでのものとちがい企業規模の拡大をつうじて企業競争力や技術開発力などの面で規模の利益をねらいとする企業合併が活発化してこようが,その効果を十分発揮するためには経営効率の向上や市場の広域化と有効競争をつうずる国際競争力の強化などに努める必要がある。