昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
第2部 国際化の進展と日本経済
3. 産業構造高度化の新展開
わが国の産業構造は先進国型に大きく変わつてきた。第1次産業が減り,第2,第3次産業が増大するとともに,第2次産業の内部でも高度化がいちじるしく進展した。これらの過程を国際比較によつて明らかにするとともに,いつそうの国際化といまだかつてなかつた労働力不足の進行下にあるわが国産業構造の問題点と今後の方向をみてみよう。
人口1人当たりの生産量が持続的にふえて経済が発展すると,所得水準の上昇に応じて消費の内容も高級化し,また,産業部門の間で生産性の上がり方に格差が生じて,労働力の移動が行なわれたり,生産物の代替化が進んだりする。こうした変化は,産業構造の面では第1次産業の減少という形でもつとも明瞭にあらわれる( 第41図 )。
こうした変化がつづくと,産業間の所得も平準化してくる。たとえば産業別の就業者の構成比と所得の構成比のひらきをみると,経済発展がすすみ,労働力の過剰状態が解消するにつれて,だんだん縮小してきている( 第42図 )。
このような産業構造の変化をうながす原動力は,第2次,第3次産業の増大とその近代化であつた。以下その実態を国際比較をしながらみてみよう。
経済の成長は経済の構造を変えるが,わが国では,国際的にみても第2次産業とりわけ製造業の構造変化がはげしかつた( 第43図 )。
いま製造業18業種の就業者の構成比を国際比較してみると,インド,韓国などの開発途上国では繊維,食料品・飲料などの比重が高く,重化学工業は国策会社のある一部の業種を除いて全般的に低い( 第44図(I) )。
しかし,経済の発展につれてこのパターンは変化する。すなわち,食料品・飲料,繊維といつた基礎的消費財が次第に低くなつていく半面,鉄鋼,化学などの基礎的生産財が高まり,さらにすすむと,機械工業のような高度の投資財や耐久消費財が高まつて,重化学工業全体の比重がいちじるしく上昇する。わが国の戦後の発展は,こうした重化学工業化が急速に進展する過程であつた( 第44図(II) )。その結果,最近では重化学工業化率としては欧米主要国なみの水準に達したが,しかし軽工業のなかで欧米諸国より繊維の比重が高く,反面で,衣服・身回品,印刷出版など加工度の高い産業の比重が低いなど若干の違いが見られる。
今後,わが国でも,国内消費の着実な拡大を背景として,重工業,軽工業いずれの分野においてもより加工度の高い産業の比重が高まつていくであろう。事実,戦前の主力輸出産業であつたわが国の紡績業は,42年に初めて,輸入超過に変わり,また,これにかわつて,機械工業が輸出産業として定着してきている。
以上のように,経済の成長はその構造を変えるが,構造変化もまた成長を促進する効果をもつている。ところで,発展段階がすすみ,労働力過剰から労働力不足への移行期に入つた経済になると,産業構造が労働力を効率的に活用する新らしい構造へ速やかに転換されなければ,労働力不足がはげしくなり,産業構造が遅れたままで賃金・所得の平準化が先行してしまう。それに物価の下方硬直性が加わると,相対価格の変化が物価上昇をよび,やがては成長の停滞が生じてくるおそれもなしとしない。日本経済の成長は,こうした意味で,今後はいつそう産業構造の変化に期待するところが大きくなるだろう。
それでは,日本経済のこれまでの構造変化はどのような要因によるものであつたか。またいつそうの国際化と労働力不足が進行するなかで,これからはどのような方向にすすむであろうか。
その点を先進国への追い上げと,その過程での後進性の解消という点からみてみよう。
わが国の産業構造を変えていく基本的な方向は,内外の所得増大にもつともつよく反応する成長産業を育成し,それを将来国際競争力をもつ輸出産業として定着させていくことにあつた。こうした構造変化は,貿易自由化がすすむなかで次第に速められていつた。
昭和30年代のわが国経済は,このような先進国への追い上げ(キャッチ・アップ)姿勢につらぬかれて,需要面では民間設備投資が急増し,産業構造面では重化学工業の比重が急速に高まつた。これを国際的にみると,最終需要に占める民間設備投資の割合はもつとも高く,また,これにともなつて立ち遅れていた社会資本の充足が必要となり,政府固定資本形成の割合も高まつた。輸出の割合も成長産業の国際競争力がつくにしたがつて高まり,最近ではほぼ西欧なみの水準に達しつつある。また,一方,工業製品の国産化率も高い( 第49表 )。このため,1単位の最終需要が生産を誘発する度合(生産誘発係数)は,ほぼどの需要項目も国際的にわが国が大きくなつており( 第50表 ),そのうえ,もともと生産を誘発する度合が大きい設備投資に依存していたことから,わが国の経済は成長が成長をよぶ結果になつたのである。つまり,昭和30年代の日本の成長は,国際化に適応しようとすることが構造変化をはげしくするとともに,経済全体の成長率をも高めるという二面性をもつていたといえよう。
こうしたかたちの成長過程はいつそうの国際化のなかで今後もつづくとみられ,成長産業の発展がひきつづき産業構造変化の中心となるだろう。
わが国のこうした先進国への追い上げ姿勢は,戦前から近代化の基本的な型であつたが,とくに戦後は,それが高度成長の持続をつうじてこれまでの労働力過剰傾向を解消させる方向に働いた。日本経済のこれからの構造変化は,たんに国際化の影響だけでなく,労働力不足化の進行にともなつて労働力を資本に置きかえようとする労働節約化の傾向が漸次つよまり,それからも影響をうけるようになるであろう。
わが国製造業の労働生産性は,これまでいちじるしい上昇を示してきたが,その背景には労働者1人当たりの資本量,すなわち資本装備率の上昇があつたことはいうまでもない。この資本装備率の上昇は2つの面からひきおこされた。1つは,規模の経済をめざした生産規模の拡大によつて上昇する場合である。鉄鋼,化学などの装置産業にはこの傾向がつよい。いま1つは,生産規模が変わらなくても,賃金の上昇にともない,労働力を相対的に低コストとなる資本ヘ置換えるという形で上昇する場合である。繊維や機械工業とくに多機種小量生産型の産業などにこの傾向がみられる。いま,先進国,中進国,開発途上国の3つの発展段階をアメリカ,日本,韓国で代表させてみると( 第45図 ),経済の発展段階がすすみ,労働力の過剰が解消の方向をたどると,使用資本の報酬率に対して労働者1人当たり賃金が相対的に高くなり(相対要素価格の変化),それに応じて資本装備率が上昇するという関係が明らかである。しかし,労働者1人当たり賃金の相対的な上昇に応じて資本装備率が上昇する度合は,産業によつて違う。産業ごとにみると,3つの国がほぼ一直線にならび,一定の勾配をもつているが,各産業を大別すると,比較的勾配が大きい産業群と,比較的勾配が小さい産業群とに分けることができる。このようなちがいは,概して生産技術の型の相違によるところが大きく,前者は,規模の利益をめざして生産規模を拡大するために資本装備率を引き上げていく産業(資本集約型産業)であり,後者は,労働者1人当たりの賃金の相対的な上昇にともなつて,労働力節約化のために資本装備率を引き上げていく産業(労働集約型産業)であるといえよう。
開発途上国の韓国は,国内市場の未発達,資本の不足,熟練労働力の不足という後進的な経済環境にあるため,資本集約型の産業であつても労働集約型の産業よりかえつて資本装備率が低くなつているものもある。これに対して,わが国では,国際化への適応過程で高度成長がつづき,資本集約型産業の資本装備率がめざましく上昇した。
また,発展段階がさらにすすんだアメリカでは,使用資本の報酬率に対する労働者1人当たりの賃金の比率が産業間で平準化するとともに,資本集約型と労働集約型の2つの産業群で資本装備率格差が明瞭にあらわれてくる。これは,アメリカのように発展段階がすすみ,国内市場の規模も巨大化した国では,資本集約型産業群が本来的な経済性を発揮する条件を備えてくるからである。EEC諸国も,域内の共同市場化をはかりながら,こうした産業群の育成にのりだしている。しかし,それだからといつて,アメリカなどの先進国で労働集約型産業の重要性が低下したというわけではない。
その理由の1つは,労働集約的だが,加工度の高い衣服・身回品,印刷出版といつた産業が,消費需要の高度化とともに国内市場面で重要性をましてくるからであり,2つには,労働集約的であると同時に研究開発集約的な機械工業などの産業が,国際分業面で比較優位性をつよめてくるからである。
わが国の産業構造は,労働力過剰から労働力不足へ移行するにつれて,次第に使用資本の報酬率に対する労働者1人当たり賃金の比率が産業間で平準化しはじめているので,資本集約型産業群の経済性を今後いつそうつよめるとともに,市場の広域化に対する配慮もいちだんと必要になろう。また,いつそうの国際化をつうじて労働集約型産業群を再編成する必要もつよまつてくるだろう。それには,アメリカなど先進諸国の市場で伸びる可能性の大きい,労働集約的であるとともに研究開発集約的である機械工業などを拡大する必要がある。その反面,開発途上国と競合する分野については,品質の高級化,製品の専門化によつて国際分業の強化をはかり,労働力や資本の効率的配分をすすめなければならない。
国際化は,幼稚産業をできるだけ早く輸出産業に仕立てあげることを必要としたので,技術革新に対するわが国企業の関心は,はやくから非常につよかつた。また,わが国の今後の産業構造は,先進国型へいつそうすすむとみられるが,その基軸となるのも技術革新である。しかも,資本自由化といういつそうの国際化のなかで,これからの技術革新は,自主技術の開発力を基盤として推しすすめられることとなるだろう。
もつとも,研究開発集約度と輸出の関係をみると( 第46図 ),アメリカでは研究開発集約度の高い産業ほど概して世界市場に占める輸出のシエア(相対輸出割合)も高いが,日本では必ずしもこうした結びつきがない。これは,わが国の輸出がこれまで低い労働コストを土台として伸びてきたことや,研究費用のかからない導入技術に依存してきたためである。研究開発集約度の高い産業では,特許権に守られるほどの独自性をもつた技術に裏打ちされた商品でなければ先進国向けに輸出は伸ばせない。これまでのような,開発途上国向けのノウハウ中心の輸出だけでなく,こうした先進国向けの輸出を伸ばせるような自主技術の開発力をつよめることが,このさき産業構造を変化させる力となるだろう。
わが国の産業構造が先進国型ヘ変化していく過程で,今後は生産構造の効率化がすすむであろう。わが国の産業は,昭和33年には,仮りに日本とアメリカの資本装備率を同じレベルにした場合すなわちアメリカが日本と同じ発展段階にあつたとした場合にも,生産高(日米両国の相対価格で修正した付加価値額)は製造業全体でアメリカの半分程度にすぎなかつた。これは,それぞれの産業内で,生産の専門化,共同化など生産体制の合理化が遅れていたこと,付加価値の高い製品が少なかつたこと,生産・労務管理など経営管理面で立ち遅れていたこと,労働力や設備の活用が効率的でなかつたこと,近代的な設備の導入が十分でなかつたことなど資本と労働力の使い方が効率的でなかつたからである。こうした製造業の総合効率は,41年になると同年のアメリカの水準にかなり近づいてきた。しかし,繊維,一般機械などをみると,まだかなりの格差がある( 第51表 )。
こうした格差は,労働集約的な中小企業がわが国には広範囲に存在しており,そこでの資本と労働力の使い方が効率的でないことが1つの原因となつている。今後は,この面での近代化も積極的にすすめることによつて,生産構造のいつそうの効率化をはからなければならないだろう。
わが国の産業構造は,以上の動きからもわかるように,成長産業を先頭にした先進国への追い上げとその過程で生れた後進性の解消という二重の要因に支えられて,急速に先進国型の発展段階へ足をふみ入れている。これまでの発展段階が後進性をもちながらの先進国への追い上げ過程(中進国的段階)であつたとすれば,これからの発展段階は模倣から創造へ,生産から生活へと重点を移していく新らしい時代であるといえよう。こうした経済発展は,前述した第2次産業のいつそうの高度化をつうじての拡大とともに,このさき第3次産業の役割をますます高めていくであろう。
第3次産業の就業者数や所得が全産業に占める割合は,戦後ほぼ一貫して上昇しているが,とくに昭和38年以降そのテンポが速まり,西ドイツ,フランスより高い比率を示すようになつた( 第47図 )。
本来,サービス活動は経済が成長し需要が増大するに応じて拡大するものであるが,その拡大のしかたはサービス部門の労働生産性や,経済構造によつてちがう。わが国のサービス活動(第3次産業中,ガス,水道業を除く。以下同じ)は,いくつかの点で欧米先進国とちがつた特徴をもつている。
第1は,後進性にもとづく労働生産性の低さである。いま,全産業の粗付加価値額に占めるサービス部門の割合をアメリカ,西ドイツ,日本の3国についてみると,日本はアメリカにくらべるとかなり低いが,西ドイツより高い。これは,発展段階がちがい所得水準が低いため総産出額に占める割合では日本がもつとも低いのに,他部門にくらべてサービス部門の付加価値率が日本の場合とくに高いからである( 第52表 )。そしてわが国のサービス部門の付加価値率が高いのは,アメリカ,西ドイツにくらべてサービス部門の労働生産性が低いからである( 第53表 )。これには,わが国のサービス部門が,ながらく労働過剰経済を背景として潜在失業の貯水池になつていたという後進性によるところが大きい。
第2は,経済が成長する過程でサービス産出額が増幅されやすい経済構造になつていることである。最終需要がサービスを生みだす過程には,大別して3つ,すなわち①最終需要に直接結びつくサービス活動,②このサービス活動がさらに増幅されて間接的にサービス活動をつくりだす過程,③最終需要が,物財生産を増幅させながらその生産に必要なサービス需要をつくりだす過程,がある( 第48図 )。
こうした3つの過程をつうじてサービス活動が生まれるが,いまサービス需要つまり産出額に占めるそれぞれの割合をみると,直接サービスが全体のほぼ2/3を占めてもつとも大きく,物財生産に付随して生まれた間接サービスがこれにつぎ,サービス活動によつて増強された間接サービスはもつとも小さい。
しかし,わが国のサービス産出額は,国際比較してみると,全体に占める割合はまだ高くないが,以下にのべるような事情から次第に大きくなりがちな性格をもつている。その1つは,商業やその他サービスがこれまでの後進性を反映して多くの就業人口をかかえ,またいわゆる所得介入現象があるために,間接的なサービスが膨張しやすいことである。商業やその他サービスなどで,発展段階のすすんだアメリカにはおよばないものの,西ドイツのようにわが国と発展段階が比較的近似した国よりサービスがサービスをよぶ度合が大きいのは,こうした事情があるためとみられる( 第54表 )。
その2つは,物財の生産が物財の生産を呼ぶという物財部門の内部波及度が国際的にきわめて高いため,対事業所サービス,修理業など物財生産に必要なサービスが膨張しやすいということである。たとえば,自動車の生産がふえると,それに必要な鋼材や電装品,さらにはエンジン加工のための工作機械といつた関連部門も増産されて物財部門の内部波及度が高まつていくが,アメリカにくらべてはるかに経済成長率が高く,また西ドイツなどより製造工業品の国産化率も高いわが国では,この内部波及度がとくに高い。したがつて,物財生産に必要なサービスもそれだけふえていくわけである( 第56表 )。もつとも,物財生産に必要なサービスの割合は,これまでは国際的にみて高い方ではなかつた。
しかし,産業構造が先進国型へ近づくにつれて,迂回生産化とメーカーの流通介入がすすみ,生産1単位が必要とするサービスは今後増大していこう。
なお,このほかに,わが国の企業金融が間接金融方式に拠つている面もあつて企業の借入依存度が国際的に高いため,金融保険業が膨張しやすいこともあげられよう( 第54 , 55 , 56表 )。
これまでわが国では,所得水準の上昇にともなつてサービス支出がふえ,また活発な産業活動を反映して物財生産に必要なサービスが増大してきた。しかしその増大の背景には,以上のように経済の成長にともなつてサービス活動が大きくなりやすい経済構造があつた。
また発展段階が高いアメリカをみると,各種コンサルタント・広告業などサービス活動の専門化,試験研究・レクリェーション・家事サービスなどサービス活動の多様化がすすんでいる。もつとも,生産活動が欲望をつくりだすといういわゆる依存効果で膨張しているサービスもあるが,アメリカのように発展段階がすすむと,こうしたサービス活動の専門化,多様化がひろがつて,サービスがサービスをよぶ度合もだんだん大きくなつてくるといえよう(前掲 54表 )。
日本経済も,先進国段階ヘ移るにつれて,こうしたサービス部門の専門化,多様化は今後次第にすすむことになろう。またそれは,技術革新と社会の進歩にともなつていつそうそうつよまつていこう。たとえば,コミニュケーションと電子計算機産業の発達が結びついて「情報産業」が拡大し,それが新らしいサービス活動を増大させるであろう。また教育やその他の公共サービスは,未来社会の重要な担い手としてサービス活動をさらに増大させるものと考えられる。しかもこれからは労働力過剰が解消していくなかで,サービス部門の割合が高まつていくことになろうが,それがサービス部門の需要超過からサービス価格の上昇が大きくならないよう経済の発展と国民生活の向上とに結びついていくためには,サービス部門の効率化によつて増大していくサービス活動に対応することがいつそう重要な課題になる。
以上のように,日本の産業構造は,このところ先進国型に急速に移行しつつあるが,なお多くの点で後進性をもつている。今後は日本経済のもつ優位性をさらに伸ばすとともに,後進性を克服することが要請されるが,以下,産業構造の内部にやや立ち入つてその高度化をめぐる問題をみてみよう。