昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第1部 昭和42年度景気の動き

2. 景気調整策の実施とその浸透状況

(3) 過去の調整過程との比較

以上のように,景気調整策の実施にともなつてその効果がしだいに経済の各面に浸透し,国際収支が改善してきたというのは,過去の調整局面と同じであつた( 第22表 )。しかし今回の動きには,従来とちがつたいくつかの大きい特徴もある。それを以下にみていこう。

ア. 余裕感をのこす企業金融

まず今回は,景気調整策実施後も企業金融が従来にくらべて余裕感をのこしていることである。こうした事情が生じた理由は何であろうか。

第1の理由は,規制対象外の金融機関が引締め後も従来のように貸出をへらさなかつたことである(前掲 第10図(II) )。なかでも生命保険,農協系統金融機関,信託銀行信託勘定などの貸出増加がめだつた。

コール市場の出し手であるこれらの金融機関は,①前回の金融緩和期に余資運用難におちいつた経験があること,②コール・レートの水準が,前述のように43年度中6厘上昇したとはいえ上昇幅が従来ほどでないこともあつて,貸出をおさえるほど高くないこと,③取り手の都市銀行が外部負債依存度を低下させていること,などから積極的な融資態度をなかなかくずさなかつた( 第20図 )。

第2に,企業の輸出依存度が高まつており,輸出の急増とともに規制の対象にならない輸出金融が企業の資金ぐりをらくにする結果となつていることである( 第21図 )。

第3に,前述した(2-(2)-エ)インパクト・ローンの流入超など最近における外資の急増があげられる。

第4に,マネー・フロー(資金の流れ)の基調が変化し,企業金融を緩和する方向に働いていることである。これは,すでに42年度の年次経済報告で指摘したところであるが,企業からの租税増徴によるのではなく,公共債(国債,地方債,政保債)を主として金融機関引受けによつて発行し,これによつて財政支出(公共部門支出)を増加するかたちをとつているなどの事情があるためである。公共部門の資金不足幅の推移をみると,前々回の同局面が資金余剰,前回の同局面では若干の資金不足にすぎなかつたのとは対照的に今回はかなり大幅な資金不足となつている( 第22図 )。

第5に,企業の収益力の増大があげられる。今回は,42年度下期まで5期連続して増益決算となつたが,これは前々回の7期増益決算(33年度下期から36年度下期まで)につぐものであつた。こうしたなかで今回は,配当率が上昇したにもかかわらず,配当性向が大幅に好転するという企業決算面の余裕を示した( 第23図 )。

こうした事情を反映して,企業の自己金融力〔(減価償却+内部留保)÷設備投資〕は調整過程で低下傾向はみられるものの,従来のようにどの業種も低下するというのではなく,収益力の大きい業種では設備投資が大幅に増加していても自己金融力はひきつづき高水準を保つている( 第23表 )。

また企業の手元流動性(現預金/売上高)も,低下はしているものの,これは総資本回転率(売上高/総資本)が好転し,借入依存度(借入金/総資本)の低下したことが影響しているためで,現預金のとりくずし(現預金/借入金の低下)はあまりすすんでいないし( 第24図 ),手持当座性有価証券(既発債)についてもゆとりをのこしている。なお,このような手元流動性のゆとりは,企業の売上高に対する製品在庫率が過去にくらべていちじるしく低い(前掲 第21図 )など実物面の事情とあいまつて,資金ぐりに余裕感をもたせる結果となつている。

こうした背景のもとで全国銀行貸出約定平均金利についても,今回は過去の同局面ほどの上昇幅がみられない( 第25図 )。また,設備投資に対する産業資金供給の増減,金融機関貸出増加額,企業内部調達額の間にどれぐらいのタイムラグがあり,また,その程度がどのように変化してきたかをみると( 第26図(備考)7 ),近年,金融機関貸出の設備投資に対する影響のあらわれ方がおそくなつてきており,景気調整策の効果が実物投資面に及んでいくまでのおくれは次第に長くなつているといえる( 第26図 )。

イ. 根づよい設備投資

すでにのべたように,実体経済面における調整過程はまず在庫調整にはじまり,やがて設備投資の調整にも及んでいく。しかし今回はいままでのところ従来のような設備投資の鈍化がおこつていないが,それにはつぎの諸要因が考えられる。

第1の要因は,供給余力が比較的少ない段階で景気調整策がとられたため,設備稼働率が高い水準にあることである。さきにみたように生産能力を機械装置ストツクとそれの100%の稼働率,生産労働者数とそれの過去最高の実働時間から算定し,これを実際の生産とくらべてみると,今回は供給力に余裕がなかつたことがわかる(前掲 第6図 )。とくに前回と対比するとその相違がめだつている。ちなみに通産省調べによる製造業の稼働率指数(40年=100)でみても,引締め後2期目の指数は前回の105.7に対して今回は118.0と高い。

第2は,前述したように(1-(2)-ア-(イ)),今回は労働節約投資の割合がいちじるしくふえていることである。これは,前々回ふえた単純拡張投資にくらべて投資がふえるほどには供給力が増大しないことを意味している。景気調整過程では,新現投資が手控えられる一方,過去の投資がしだいに生産力化してくるから,急増した投資が頭打ちするときほど需給バランスがくずれ易い。今回は規模拡大投資が製造業全投資の4割強を占めているので,調整過程の進行につれて需給バランスがくずれる可能性はあるが,また一方,労働節約投資の比重も高いため,新規投資に対する意欲がつよく,しかも過去の投資の生産力化がこの面では若干割引きされるであろう。

第3は,海外先進諸国の主要産業における設備近代化の推進や,資本自由化にともなう国際化の進展のなかで,わが国産業の国際競争力をさらに強めることが要請されていることである。

第27図 銀行取引停止処分者件数の推移

第4は,前述したように(1-(2)-ア-(ウ)),消費依存型の設備投資の比重が高まつていることである。個人消費は調整過程でも比較的安定的に増大する需要であるから,消費依存型業種の設備投資に対する景気調整の影響は軽微であろう。

なお第5に,投資を計画的にすすめようとする企業行動が一部の大企業でみられるようになつてきたことがあげられる。最近,情報産業の発達もあつて,多くの企業が設備投資や在庫管理などを含む長期計画をつくつて,経営の安定を図つている。そのことは今回,企業が引締めの衝撃をこれまでほどにうけない1つの原因にもなつている。

ウ. 企業倒産の増加

中小企業の生産活動は調整過程でも,一部業種を除いて比較的順調な動きをみせている。これまでの引締め期には,中小企業の生産の伸び率はかなり鈍化し,決済条件の悪化,借入難,資金ぐり難など,そのしわ寄せをつよくうけた。しかし今回の調整過程では,多くの中小企業は極端なしわ寄せをうけず,資金ぐりのひつ迫感は前回,前々回にくらべてかなりうすい。この原因はいぜん活発な需要に支えられて売上げがふえつづけていることや,41~2年の景気上昇のなかで総じて中小企業の利益蓄積がすすんだこと,過去の引締め期の経験から中小企業の経営態度も慎重になつてきたことなどがあげられる。

第28図 卸売物価(工業製品,40年基準)

しかしながらこうしたなかで,全銀協調べによれば中小企業を中心とする整理倒産はひきつづきふえており,中規模企業の倒産の増加等により負債金額も増加している。倒産の原因をみると,売上げ不振,売上金回収困難などによるものはそれほどふえていないが,コスト高・人手不足・採算悪化や関連企業倒産の波及などによるものが引きつづき増加している( 第27図 )。これは,労働力不足の進行と需要構造の変化のなかで近代化をすすめたものとそれに立ち遅れたもの,さらには,構造変化に適応したものとそうでないものとの格差がしだいにひろがつているためであり,景気の好不況によつて企業倒産が大きく波動をえがくという従来の型とは多少ちがつてきている。ただ,このさき引締めの浸透いかんによつては企業倒産は増加する懸念も少なくない。

第29図 全国消費者物価指数

エ. 小幅な卸売物価の下落

卸売物価の動きをみると,昨年6月以降の騰勢は景気調整策が実施されてからもなかなか落ち着かなかつた。

これは,すでにのべたように労働力の不足などを背景として需給が引き締まり気味に推移したからであるが,また一方では特殊な値上がり要因も加わつていた。こうした特殊要因としては,石油製品がスエズ運河封鎖によるフレート高,非鉄金属がアメリカの産銅スト,食料品が米価改訂,繊維品がアメリカの綿花作付面積制限と天候不順などから値上がりしたことがあげられる。しかし,また,後出の第2部5-(2)-ウでのべるように,近年,卸売物価の下方硬直性がつよまつていることも否定できない。これらのこととあいまつて,引締め後における卸売物価の落ち方は過去の同局面より小幅にとどまる結果になつている( 第28図 )。

42年度の消費者物価(全国)は4.2%の上昇率にとどまり,政府見通しの4.5%を下回つて36年以降もつとも低い伸びとなつた。もつともこれは,好天による季節商品の落着きや公共料金の改訂がなかつたことのほか,サービス料金,中小企業製品価格が,すでに42年度の年次経済報告で指摘した中小企業賃金の上昇率鈍化で騰勢一服となつたことや,これまでほど安易に値上げがしにくくなつたことなどから,年度前半に落ち着いていたためである。年度後半になると,米価改訂と外食費の値上がり,各種公共料金の改訂,あるいは季節的需要増などを反映した衣料費上昇や,生鮮魚介,肉類,乳卵,果物の値上がりなどで,ふたたび騰勢を強めている( 第29図 )。