昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


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第1部 昭和42年度景気の動き

2. 景気調整策の実施とその浸透状況

(2) 調整過程の進行

景気調整策の実施にともない,その効果はまず金融面にあらわれ,ついで経済実体面にも次第に浸透していつた。

ア. 金融市場のひつ迫と公社債市況の軟化

まず金融市場は,42年度上期中をつうじて日銀券の増勢と財政資金の揚勢を背景にすでに引き締まり傾向を示していたが,公定歩合の引上げを契機として下期はいちだんと引き締まりの度を強めた。すなわち,42年度下期の財政資金は食管が大幅払超を記録したことや年度末近く出遅れていた公共事業関係費の支払が集中したことなどから下期中1,717億円の払超となつたが,日銀券は個人消費の増加などを背景に根強い増勢を持続し,下期中3,695億円の増加となつた。これに対して日銀は,市場の実勢を尊重する態度で臨み,債券売買操作を中心として資金需給を調節した。こうした金融市場の動向を反映して,上期中すでに3厘の上昇をみせていたコール・レートは下期中さらに3厘上昇し,月越物レートは2銭4厘と40年春以来の高い水準となつた(43年6月さらに1厘上昇し,現在は2銭5厘)。

第9図 既発債利回りと発行条件(応募者利回り)の推移

それとともに公社債市況も軟化の度を強めた。既発債利回りは 第9図 に示すとおり,41年には新発債の応募者利回り(発行条件)との格差を縮少し,ものによつては新発債利回りを下回るものもあつた。しかし42年央から金融引締めなどを反映して,既発債利回りは上昇に転じ,新発債の応募者利回りとのかい離は次第に拡大した。その背景には,売手である都市銀行の売り意欲が強まつた一方,買手である農協系統金融機関や中小企業金融機関での買控えがあつた。こうした公社債市況軟化の結果,新発債の消化が困難となり,事業債の一部には夏ごろ以降売れ残りが生ずるに至つた。国債についても毎月の発行額を前年にくらべ減額し,証券会社引受額も調整されたにかかわらず夏ごろ以降売れ残りが生ずるに至つた。また,公社債の引受金融機関を中心に新発債の発行量圧縮や発行条件改訂の要求が活発化し,都市銀行では金融債の引受を削減する動きが急速に広がつた。こうした動きに対処して,発行量の圧縮と発行条件の改訂が行なわれた。すなわち,42年11月以降起債関係者間において事業債の起債量圧縮が行なわれることになつたほか,国債,政保債も42年度市中消化額のいつそうの減額がはかられ,結局年度間をつうじてそれぞれ1,900億円(出納整理期間の4月払込み分を除く),982億円の減額となつた。また,利付金融債も43年に入つて純増ベースで前年比3割方圧縮されるに至つた。また発行条件については,43年2月から国債,政保債,利付金融債,4月から地方債,事業債の改訂が行なわれ,応募者利回りと既発債利回り(実勢金利)との開きは若干せばめられることとなつた( 第9図 )。今回の発行条件の改訂については,利付金融債,事業債などのように依然として大きな利回りのかい離を残したという点では必ずしも十分なものといえないが,公社債市場で需給関係を反映して形成される市場価格に対応して,弾力的に発行条件を変更するという慣行が確立されたという点で重要な意義をもつものといえよう。

イ. 抑制へ転じた融資態度と企業金融の動向

景気調整策が実施されるまでの金融機関の融資態度は全般的に積極的で,とくに長期信用銀行,信託銀行,生命保険などの長期金融機関や相互銀行,信用金庫などの中小企業金融機関などは融資先の開拓や取引基盤の拡大に積極的な姿勢を示していた。

しかし42年9月貸出増加額規制が実施されて以来,都市銀行,長期信用銀行,上位地方銀行など規制対象金融機関(全金融機関に対するシエアは,貸出増加額ベースで41年度中46%)の融資態度は抑制に転じた。これら金融機関の貸出残高の推移を前年同期比でみると( 第10図(I) ),42年9月頃を境に明らかに増勢が鈍化している。

一方,規制対象外の金融機関の融資態度をみると( 第10図(II) ),前回や前々回とは対照的に景気調整策実施後もなお積極的な姿勢をくずしていない。すなわち,これら金融機関の貸出残高の前年同期比は,たとえば前回とは対照的にひきつづき増勢を持続しており,相互銀行,信用金庫,信用組合などが43年春ごろから若干増勢を鈍化させている程度にすぎない。これは後にみるような事情があるからであるが,こうした規制対象外金融機関の動きは今回の景気調整期における注目すべき特色の1つといえよう。ただ,43年春ごろからは,これら金融機関の余資が減少したこと,倒産の増加などを眺めて質的選別を強化する金融機関もあらわれてきたこと,などから貸出の増勢テンポは次第に鈍化しはじめている。

以上のように規制対象外の金融機関の融資態度は従来とは対照的な動きをみせているものの,大宗を占める規制対象金融機関の融資態度が抑制色を強めてきた一方,企業の資金需要は増加運転資金,設備資金を中心に増加をつづけたから,景気調整策実施後の企業金融は漸次引き締まつてきた。

まず景気調整策が実施されるまでの企業金融の動向を主要企業(製造業)の資金の運用調達表によつてみると( 第15表 ),経済の急テンポの拡大を反映して,42年度上期の企業の実物投資は前期にくらべ大幅に増加し,企業の外部資金調達もかなり増加した。しかしそれにもかかわらず,実物投資と外部資金調達額の規模をくらべてみると,前回の同局面(38年度下期)とちがつて,後者は前者をかなり下回つている。企業の借入金など外部資金調達需要が実物投資ほど大きな規模には達しなかつたわけである。さらに金融機関の積極的な融資態度がつづいたこともあつて,景気調整策が実施された直前の時期までは,企業金融はなお借手市場の状態にあつたと思われ,事実貸出金利はひきつづき低下していた。前回の同局面では,借りだめや借り急ぎの動きがみられたが,今回は,企業金融に引き締まり感が少なく,借入態度も落ち着いていた。

つぎに,景気調整策実施後の42年度下期についてみると,実物投資はいつそう増加し,借入金も前期に比べさらに増勢を強めるなど,企業金融が次第に引き締まりの方向にむかつたことがうかがわれる( 第15表 )。しかし,前回の同局面(39年度上期)と対比してみると,金融資産投資の規模が実物投資規模にくらべかなり小さく,自己金融力(総資金調達額に占める内部資金調達額ウエイト)もまだやや高いといつた状態をつづけていることが特色として指摘される。

第16表 企業金融の現状判断

また企業の現状判断についてみると( 第16表 ),今回の場合も景気調整策実施後は大企業,中小企業とも資金繰りが「楽である」とする企業の割合が減少し,「苦しい」とする割合が増加しており,また手持の現預金取りくずし傾向を反映して現預金水準を少ないとみる企業の割合も漸増している。しかし,たとえば資金繰り判断について今回を前回の同局面と比較すると,今回の場合は前回に比べ「苦しい」とする企業の割合はまだかなり少ない。

第11図 総資金使用に占める設備投資および在庫投資

以上のように,企業金融は次第に引き締まりつつあるが,従来の同局面にくらべるとその程度は弱く,なお余裕含みの状態にあるといえよう。

ウ. 実体経済面の変化

企業金融が引き締まるにつれて,企業は在庫をできるだけ圧縮しようとする。企業の総資金使途に占める設備投資と在庫投資の割合をみると,設備資金の支払が増加するときに景気調整策が実施されると,在庫投資のための資金は大幅に抑えられる傾向があることを示している。とくに,製品在庫や仕掛品在庫にくらべて商品化するまでに時間がかかる原材料在庫がはじめに圧縮される( 第11図 )。

こうしたメーカー段階の原材料在庫とならんで,商社段階の流通在庫も調整が進められるが,今回もその例外ではなかつた(前掲 第8図 参照)。もつとも,在庫管理技術が進歩したことや,40年不況の経験と人件費などコストの固定化傾向からできるだけ在庫を圧縮しようとする企業行動がつよまつていることもあつて,原材料,仕掛品の在庫率は傾向的に低下しているので,これらの在庫調整は従来ほど大きくなさそうである。しかし,流通部門の在庫率はほぼ過去のピークに達しているので,流通在庫調整はかなり進む可能性がある( 第12図 )。

一方,設備投資意欲も先行きに対する警戒観から次第に沈静化の動きがでてきた。もつとも今回は,後述するように過去の同局面より根づよいものがみられるが,設備投資の先行指標である機械受注(海運を除く民需)の動きをみると,42年12月から減少傾向を示している( 第13図 )。こうした動きを反映して,着工ベースの設備投資も,法人企業投資予測調査(当庁調べ,43年3月実施,全産業)によれば,資本金1億円以上では前期比で42年度下期17%増から43年度上期には12.8%増,同下期には9.7%減となり,資本金1,千万円以上1億円未満の企業ではもつと低く,6.2%増からそれぞれ5.3%増,23.6%減と推移するものと見込まれている。

これに対して,個人消費支出は着実に増加している。全国全世帯の消費支出(名目,人員・日数調整済)は賃金,所得の堅調な伸びを背景として42年度上期の4.1%増に対し同下期も4%増とほぼ同じ伸びをつづけ,農家消費支出も,それぞれ9.2%増,8.6%増と増勢をつづけている(季節修正値の前期比増加率,ただし農家消費支出は4~8月,9~1月による)。なお,民間住宅投資は42年度上期中17.0%増に対し同下期中も14.5%とひきつづき根づよい増勢を示している。

第17表 四半期別国民総支出の推移

第14図 公共事業関係費支払額の推移

また,財政支出について公共事業関係費の動きをみると,42年9月以降落ち着いた推移をたどつていたが,年度末近くになつてややふえた( 第14図 )。

輸出は42年中停滞していたが,後述するように本年に入ると海外景気の回復などから急増している。

最終需要はこのように増加しているが,さきにみたように,景気調整策の実施にともなつて在庫調整がすすみ,国民総支出(名目・季節修正値・前期比増加率)も42年7~9月の4.6%増から10~12月4.2%増,43年1~3月(当庁経済研究所推定)3.2%増と本年に入つてやや鈍化しつつある( 第17表 )。

一方,年度なかばを境として鉱工業生産者の製品在庫指数は上昇に転じ,製品在庫率指数もゆるやかながら上昇傾向を示した。こうしたなかで鉱工業生産指数も本年に入ると増勢がやや鈍化した( 第15図 )。

業種別にみると42年秋には鉄鋼と砂糖が,年末には紙,本年初頭には石油製品,銅などの生産が鈍化するようになつた。また,財別にみると,引締め前(6ヵ月)にくらべ引締め後(6ヵ月)は建設資材を除きいずれも伸び率が鈍化しているが,資本財,耐久消費財は需要の堅調を反映してひきつづき高い伸び率を維持している( 第16図 )。

新規求人数(季節修正値)は,景気調整策実施後の半年間(9~3月)は7.6%の減少となつている。求人倍率は42年7月に1を越し,引締め後もしばらくは上昇をつづけ,43年1月には1.18に達したが,それ以降低下し,全般的な労働需給のひつ迫を反映していぜん1を越えているものの,3月には1.05となつた。また,全産業常用雇用では,機械工業が堅調な伸びを示していることからほとんど伸び率が変わつていない( 第18表 )。また,卸売物価(工業製品)も,42年5月から11月にかけて0.8%上昇したのちほぼ保合となり,43年4月には0.6%低落した。

エ. 国際収支の改善

景気調整策の実施後,42年末までははかばかしくなかつた国際収支も,本年に入ると様相が一変し,急速に改善の方向をたどつている。その主因は,貿易収支がいちじるしく好転したことにある。これは,本年に入つてからの輸出の急増と輸入の頭打ちによるものである( 第17図 )。輸出は通関額でみても,また,先行指標の信用状でみても,年初来5月頃まで年率4割前後の増勢を示している。その内容としては,それまでとくに停滞していたアメリカ向けの回復がめだつているほか,最近では共産圏を除き各地域とも増加をみせている( 第18図 )。

これには昨年10~12月に船舶の引渡し遅延があつたことや,アメリカ鉄鋼ストの備蓄買い,輸入課徴金を考慮したくり上げ輸出という特殊要因も含まれている。しかし,輸出増加の基本的な原因は,成長商品の競争力が強化されていたところへ,海外需要の増勢回復がいちじるしく,輸出意欲も漸次高まつてきたことである。景気調整策実施後半年間における輸出通関額の動きをみると,今回は年率20%におよぶ世界輸入の増勢を背景として増加しており,これまでになく海外需要の好調にめぐまれていた( 第19表 )。こうした世界輸入の増勢回復は,欧米主要国の景気が42年7~9月頃を境として増加に転じ,これと前後して輸入も増加を示すようになつたことが大きい( 第19図 )。

また,商品別にみると,競争力の面で近年急速に強化されてきた機械は,景気調整策実施前からすでに年率2割前後の増加傾向をつづけていたが,海外需要増大の波にのつていちじるしく伸びを高めている。アメリカの輸入需要が激増している自動車(47.6%増),新輸出商品として登場した航空機(303.2%増)などが本年に入つてとくに伸びている(カッコ内は本年1~5月の前年同期比増加率)( 第20表 )。さらに調整過程では,過去の場合にみられるように,市況商品的色彩のつよい繊維製品,化学製品,鉄鋼などの輸出が国内の需給緩和を映じて急増する傾向を示すが,今回は鉄鋼,合成繊維にかなりこの傾向がでている。これは調整過程で製品在庫率が上昇し,それにつれて輸出価格も低下しているためである。

一方,昨年中顕著な増勢をつづけた輸入は,本年に入つてやや減少ぎみに推移している。これは,鉄鋼などの生産能力増によつて製品原材料が減少したことや鉱工業生産の増勢が鈍化したこと,原材料在庫の積増しが一服したことなどによる( 第21表 )。

このように貿易収支が急速に改善してきたうえに,このところ長期資本収支の赤字幅も,インパクト・ローン,外債などの外国資本の流入増を主因に縮小してきている(前掲 第4表 )。これは,企業金融の引締まりに備えて企業の外資導入意欲が高まつたからであり,インパクト・ローンは中期ユーロ・ダラー資金を主体とする米市銀のヨーロッパ支店,ヨーロッパやカナダの市銀などからの借入れによるものであつて,42年12月~43年4月の借入額は267百万ドルと前年同期より205百万ドル増加した。また,40年末から途絶えていた新規外債の発行も42年12月以降ふたたび活発となつた。アメリカ市場がドル防衛強化で発行困難となつたため,増大したコーロ・ダラー債市場などヨーロツパ市場を中心にして昨年12月から本年5月にかけて65百万ドルの発行をみている。もつとも,アメリカが4月に公定歩合を引上げたこともあつてインパクト・ローンは借入金利の上昇がめだつており,ユーロ・ダラー市場も引き締まり気味に推移し起債条件が悪化してきている。

こうして国際収支は,43年4月にはインパクト・ローンの流入増もあつて,基礎的収支(季節修正値)で42年2月以来はじめて40百万ドルの黒字となつたが,貿易収支(季節修正値)も5月には基礎的収支の均衡に必要な黒字幅(貿易外収支,移転収支および長期資本収支の赤字の総額をカバーするだけの黒字で,43年度の政府見通し数字で計算すると月平均196百万ドル)をこえた。