昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
昭和38年度の日本経済
国民生活
所得の増加と階層別の動向
前述したように38年度の消費水準が前年度を若干上回る増加を示したのは、賃金、農家所得等の個人所得が名目でも実質でもほぼ前年度並に増加したうえ、都市個人企業所得がかなりの増加となったからである。
まず、全都市勤労者世帯の実収入をみると名目で、12.3%と前年の増加率を若干上回り、4年続いて12%台の増加を続けた。これに対し、消費者物価は前年度の上昇率よりは若干低いが6.4%と大幅な上昇となったので、実質実収入では5.5%の増加となり、前年の伸び率を若干上回る30年以降の平均伸び率にほぼ近かった。35年以降の勤労者世帯の実収入が毎年12%台の上昇を続けているのは、労働市場の構造変化と消費者物価の上昇を背景にして初任給が大幅に上昇し、春闘によるベースアップ率もかなり高まっていることに基本的要因があるが、38年度においてはこの外に景気回復に伴う所定外労働時間の増加、夏季年末ボーナスの支給率が高まったことも影響している。夏季ボーナスの支給額は前年比23.3%増、年末ボーナスは15.6%の増加で、夏季ボーナスでは30年以降、年末では35年以降最高の伸び率である。
一般に勤労者の収入は経済活動に対してはラグがあり、個人消費は個人所得の増加に対してラグがあるため、個人消費は景気変動に対しラグを持つものと考えられているが、今回の景気回復期においては前2回に比べるとそのラグはあまり大きなものではなかった。前述したように勤労者の実収入は年度平均でみると名目でも実質でも変動幅が少なく、景気調整の年においても景気回復の年においてもあまり変化がない。また38年は生産性上昇に対し、賃金の上昇はわずかながら上回っているので、景気上昇に対する賃金所得のラグは極めて少なかったと言いうる。これは景気変動自体が安定化していることにも原因があるが、労働市場の構造変化がかなりの影響を与えている。所得に対する消費のラグについても前回の34年まではかなりみられたが、今回は平均消費性向はわずかながら上昇しているのでラグはほとんど認められない。従って前回の34年には経済成長率16%に対し全国消費水準の上昇率は4.8%に過ぎなかったが、今回の38年には経済成長率9%に対し全国消費水準の上昇率は6.2%に達している。
景気変動による所得変動の幅が大きいのは都市営業世帯や職人層等である。前述したように、経営者、自営業主、職人層等から構成される都市一般世帯の消費水準は前年の3.9%増から8.2%増へと大幅に増加しているが、その所得水準も個人企業調査の製造業等でみると前年より22%と大幅な増加を示している。
一方、農家では、麦・菜種等の不作で生産は低下したが、生産物価格が上昇したので農業所得でも6.2%増加し、就業機会の増大と賃金上昇による労賃俸給収入の増加で農家所得全体でも12.2%とほぼ勤労者並に増加している。
所得階層別の所得上昇率も前年度と異なって大きな変化はなかったものとみられる。前年度は勤労者世帯の5分位階層区分でみても低所得層ほど所得増加率が高く、所得格差の縮小が顕著にみられたが、今年度も最低第1分位層がやや高いがあまり大きな差とは言えない。つまりこれまでの所得格差縮小傾向が鈍化しながらも続いているものとみられる。所得格差縮小傾向が鈍化したことについては〔労働〕の項にも述べてあるように労働需給の若干の緩和や景気調整の影響による中小企業の経営状態等から初任給の引き上げや中小企業の賃上げが鈍化したのに対し、大企業が景気回復による所定外時間の増加で賃金収入が増加したことが影響している。
一方、生活保護世帯の保護基準は東京都勤労4人世帯で38年4月から16,624円へと引き上げられたことは最低層の所得格差縮小に若干の影響を与えているものとみられる。
さらに38年度の所得増加における問題の1つとして勤労所得税等の負担率が増大し、可処分所得増加の抑制として働いたことが挙げられる。38年度の勤労所得税の支出額は前年度に対し、26.8%、非消費支出全体でも、19.1%増と実収入増加率の2倍前後の増加率となり実収入に対する勤労所得税の負担率も37年度の2.8%から38年度の3.2%に増大している。そのため可処分所得では11.7%増と実収入増加率を0.6ポイント下回っている。30年度以降についてみると35年度以外は減税によって可処分所得が実収入増加率を上回ってきたが、37年度から2年続いて可処分所得は実収入の増加率を下回っている。階層別にみると各階層を通じてほぼ同類な傾向がみられる。