昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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昭和38年度の日本経済

国民生活

貯蓄率の停滞

 38年度の消費水準が前年を上回る伸びを示した要因の第1は前述したように実質所得の増加率が高かったことにあるが、第2要因としては消費性向の上昇にある。38年度の勤労者世帯の可処分所得は前述したように11.7%の増加であったが、消費支出は、12.1%と可処分所得の増加率を上回った。その結果勤労者世帯の貯蓄率は、 第12-3表 に示すように36年度の16.1%、37年度15.6%、38年度15.3%と2年続いてわずかではあるが低下を示した。

 貯蓄の内容についても金融機関への預け入れによる貯金純増は4.5%の微増で全貯蓄に占める構成比は37年(暦年)、38年と低下している。また財産購入等の構成比も2年続いてかなり大幅に低下している。これに反し、拡大しているのは月賦掛け買いの支払い、借金返済等であり過去における消費支出増の決済的性格のものが多い。

第12-5表 貯蓄内容の推移

 戦後の勤労者世帯の貯蓄率をみると、インフレと生活水準の極端な低下のために、25年までは赤字生活を続け、戦時中の貯蓄はほとんど喪失し、26年からようやく貯蓄がはじまっていろ。その後高度成長による所得上昇に支えられて平均貯蓄率は急速に高まり、前述したように36年をピークにして37年、38年とわずかながら低下を続けているのである。この傾向は 第12-5図 にみるように所得階層別の消費性向によってみても同様である。

第12-6表 貯蓄率、純貯蓄率の推移

第12-5図 5分位階層別消費性向

 しかし、限界貯蓄率でみると、30年ごろまでは急速に高まり景気循環的な変動を繰り返しながら、32年以降傾向的に低下を続け、37~38年は平均貯蓄率を下回るに至ったのである。すなわち、好況期である31~32年の限界貯蓄率は30%であったが35~36年には27%に低下している。また同じ景気調整期でも29年は27%、33年15%、37年13%と傾向的な低下がみられる。38年はさらに11.7%となり、前々回及び前回の景気回復の年である30年の47%、34年の30%に比べると大幅に低下している。

第12-6図 景気変動と限界貯蓄率

 そこで37~38年度の貯蓄率の低下を短期一時的な現象とみるか、貯蓄率は長期的に伸びなやみの段階に入ったとみるかはかなり重要な問題である。

 勤労者の貯蓄率が短期的に低下する要因には次の四つが考えられる。その第1は貯蓄率の低い所得階層の所得増加率が高いことである。しかし、38年度の所得格差は前述したようにあまり大きな変化はないのでこの影響はほとんど考えられない。また貯蓄率の低い若年層の構成比も家計調査では特に高まっているわけではない。第2は貯蓄率の高いボーナス所得の相対的低下であるが、38年度はボーナスは大幅に上昇しておりむしろ貯蓄率低下の緩和作用を果たしているのでこの点も要因とはみられない。第3は物価上昇の影響である。消費者物価の最近の上昇は6%を超える上昇が続いているため金融機関等へ預金するよりも現実の消費生活の向上に使用しようとするものが増えているかどうかである。しかし経済企画庁の消費者動向予測調査によると、勤労者の貯蓄意欲は衰えていないので消費者の態度にこのような変化が生じていると見られない。第4は消費向上の惰性と所得上昇率とのギャップである。消費の惰性は単に従来の消費水準を維持するだけでなく、絶えず生活向上を続ける惰性である。もちろん生活向上の速度は実質所得の上昇速度によって規制されるが、所得上昇の速度が低下した場合にはそれに適応するまでの期間は当然に貯蓄率の低下をひき起こす。35~36年の実質可処分所得の増加率は7.4%で消費水準の上昇率は5.6%であったが、37~38年の実質可処分所得の増加率は物価の上昇等もあって4.8%に低下したので、消費水準の上昇を5.1%まで抑制したが、所得との若干のギャップが生じたと言うことになる。( 第12-7図

第12-7図 実質可処分所得と消費水準の推移

 結局短期的には消費の惰性と実質所得上昇率低下とのギャップの影響が考えられるわけである。

 しかし、このような短期的一時要因の外に前述したように限界貯蓄性向が傾向的に低下していることを考慮すると貯蓄率の上昇は長期的にもほぼ限界に近づいているものと考えられる。その第1の理由は、予備的貯蓄の保有額がかなりの水準に達してきたことである。当庁の消費者動向予測調査によると年間所得に対する貯蓄保有額は37年2月で114%に達したが、その後はほぼ横ばいを続けている。貯蓄動向調査によると貯蓄保有額が所得の1年分以上に達した世帯の平均貯蓄率はほぼ横ばいになっている。

 第2の理由は労働市場の変化により失業あるいは定年退職等で離職した場合の再雇用の困難さがかなり緩和されてきたことである。我が国は長期にわたって労働力過剰で失業による所得低下の不安はかなり大きく、また社会保障も不充分なため直接間接の予備的貯蓄が必要であった。しかし、最近のように労働市場が改善されてくると所得が低く、消費意欲が高い階層にとっては限界的な貯蓄意欲が次第に弱まることになろう。

 以上の諸点を考慮すると長期的にも平均貯蓄率の上昇が鈍化する要素が次第に強まってきているといえる。


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