昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


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昭和38年度の日本経済

鉱工業生産

増勢に転じた設備投資

増勢を示す設備投資とその内容変化

 36年度下期以降沈静していた民間設備投資は、38年1~3月を底としてようやく回復に向かった。

 個人企業を含む全産業の設備投資をコモディティフロー法によって推計してみると、 第2-8図 のようになる。36年度下期の引き締めによって下落したが、その下落幅は4%程度で、前回の8%より小さく、38年1~3月を底に回復に転じ、38年度下期には年率14~15%とその回復テンポを速めている。しかし前回の年率30%の急上昇には及ばない。

第2-8図 民間設備投資の推移

 38年度の設備投資の内容を、前回の33年回復期と比較すると、次のような特徴がある。

 まず第1に、業種別の明暗が明らかで、需要が堅調な業種の投資は落ち込みも少なく上昇テンポも速い。当庁調べ「法人企業投資予測調査」(資本金1億円以上、以下「投資予測調査」と呼ぶ)によると 第12図 のように、製造業全体の動きでは、今回も前回とほとんど違いはないが、投資関連業種が軟調であるのに対し消費関連業種は堅調である。鉄鋼、一般機械、電気機械などの投資関連産業は、過去に巨額な投資を行ったため、引き締め以降下落し、38年度下期は40%もの大幅下落となり、その後の回復力も弱い。36年度に全産業の設備投資の9%をも占めた電力業の設備投資は、現在では約1割程度設備に余力が生じたので、引き締め後一貫して下落し、前回とは全く趣を異にしている。

 これに対し、機械の中でも、自動車工業の設備投資は、盛んな需要と自由化をひかえたシェア競争によって、回復テンポは年率40%にも達する勢いである。また、化学、食料品、繊維、紙パなどの消費関連産業の投資は、調整期間中も堅調な個人消費にささえられ、落ち込みも少なく、急速な回復を示している。活発な商業活動にささえられた卸小売業やレジャーブームによるサービス業の投資は、ほとんど下落せず、大幅な上昇を示している。

 第2に、中小企業の設備投資は、大企業に比べて落ち込みも少なく回復も速かった。コモディティフロー法によって推計してみると、 第2-9図 のように、前回の調整期間における中小企業の落ち込みは8.5%と、大企業の4.8%に比べて大きかったが、今回の中小企業は2%程度の減少で大企業の5%減に比べて非常に軽微であった。回復過程においても、前回は大企業が24%増で、中小企業の19%増をしのいでいる。今回は、37年度下期より38年度下期までの1年間に大企業は14%増であったが、中小企業は15.6%と増加率が大きく、前回と異なった動きを示している。

第2-9図 大企業と中小企業の設備投資の推移

 中小企業では、設備投資が根強かった商業、サービス業のウェイトが高いことや、人手不足と賃金上昇に対処するための合理化投資が必要であったことが、中小企業の設備投資を堅調にした理由である。

 第3に、設備投資を資産項目別にみると 第2-10図 のように自動車、建物の投資が堅調である反面、機械や装置の軟調が目立っている。前回は、機械がほとんど低下することなく増加し、自動車、建物は引き締めによりそれぞれ9%、30%下落した。今回は機械が5%低下したが、自動車は一貫して上昇し、建物は17%と小幅の減少に留まった。回復テンポをみると、38年度下期は37年度下期に対し、機械が15%、自動車33%、建物20%増で、生産能力の増大に直接つながらない自動車や建物の回復が顕著であったことを示している。規模別に設備投資の資産項目別構成比を「法人企業投資実績統計調査」(37年度)によってみると、大企業の設備投資のうち建物及び構築物は33%、機械及び装置は47%、輸送機械5%であるのに対し、中小企業ではそれぞれ36%、32%、19%となっている。大企業に比べ中小企業では建物、輸送機械のウェイトが高く、この中小企業の設備投資が大企業より大きいことが、建物、輸送機械を堅調にした理由である。

第2-10図 設備投資の資産項目別の推移

 以上の3つの特徴によって支えられた設備投資に加えて、38年度下期に入るや、今まで停滞していた製造業の基幹産業の投資が、生産の大幅上昇に伴って急速に動意をみせ始めた。

 大企業の設備投資を「投資予測調査」によってみると、38年度上期まで下落を続けたが、38年度上期には前期比16.5%増と反転し、過去最高の投資水準に近づき、39年度上期計画では、さらに13.3%増を見込むほどの強気の計画を示している。

 このように需要構造変化に支えられた成長業種の投資と、中小企業の根強い投資、さらに年度後半には製造業の大企業の投資が加わってきたので、全体の投資計画はかなりの増勢を示すに至った。

設備投資の内容変化とその需給効果

低下しない需要効果

 38年度の設備投資は、機械のウェイトが低下し、自動車や建物のウェイトが増加した。このような内容変化が、鉱工業生産にいかなる影響を及ぼすかを、産業連関表を用いて設備投資の生産誘発係数を試算してみると、 第2-8表 のように鉱工業全体では1%の低下とほとんど変化がない。これは、建物のウェイトが増加したが、建築様式が木造から鉄筋コンクリートに変化していることと、一般機械や電気機械のウェイトが減少した反面、自動車が増加したためである。例えば鉄鋼業、電力業の設備投資に占める重電機の比率(36年)はそれぞれ24%、21%と、全産業の設備投資に占める重電機の比率12%より大きいので、この両産業の投資沈静の影響をうけて電気機械の生産誘発係数は7.5%も低下している。一方、自動車購入が増加したので輸送機械の生産誘発係数は6.0%の増加となっている。

第2-8表 民間設備投資の主要産業に及ぼす需要効果

限界資本係数の上昇

 設備投資の内容変化は、他方生産力効果にどのような影響をおよぼしたであろうか。粗有形固定資産(当庁経済研究所推計)と通商産業省調べ「生産能力指数」を用いて、製造業の限界能力資本係数の指数(設備取付額/能力増加額、35年=100)を算出すると、 第4表 の通りで、35年以降上昇傾向を示している。このことは、例えば同じ生産能力増を生み出すのに、35年では100万円の設備投資を必要としたのに37年には124万円、38年ては143万円必要になったことを意味する。

 限界能力資本係数が上昇した要因の第1は、37─38年の設備投資では、生産能力拡大を目的としたものの比重が低下していることである。「投資予測調査」により設備投資を目的別に分けると、設備能力拡大を目的としたものは36年度上期の71%から徐々に低下し、38年度下期には59%と、15%も大幅に減少し、その反面、更新、合理化投資が増加している。また、通商産業省の「主要産業の設備投資計画」調査によれば、土地、道路、港湾、工業用排水や、販売部門、福利厚生設備、研究投資など間接部門の設備投資の比重は、 第2-9表 のように毎年高まっている。中でも35~36年ごろの間接投資は、主として将来の画期的な能力増大を目的とした土地造成や基礎部門の拡充であったのに対し、37~38年は販売、研究、福利厚生部門などへの投資比率が33年の14%より37年17%、38年20%に上昇し、遅れた部門の設備投資の性格に変わっている。ところが39年度上期計画では、能力拡大を目的とした投資が再び67.1%に増加し、販売、研究、福利厚生部門への投資が17%に減少して循環的性格を示している。

第2-9表 間接部門への投資比率

 第2の要因は、設備の除去が多くなったことである。大蔵省調べ「法人企業統計」により、設備投資額と粗除去額の比率をみると 第2-10表 のように上昇している。この除去額のなかには、他企業で中古品として購入されるものが含まれていると考えられるので、工業統計表による中古品取得率の低下を考慮して純除去比率を推定すれば、37年の4.2%から38年の7.3%に増加している。しかも除去費は帳簿価格で記載されるため、粗有形固定資産(能力)の除去としてはかなりの大きさになると考えられる。除去額は毎年増加しているのに設備投資は36年以降はほぼ横ばいであったことが除去比率を高めた理由である。

第2-10表 設備の除却率

 第3の要因は労働力不足とそれに伴う賃金上昇に対処するため、労働から資本への代替投資が35年以降急激に増加したことである。労働省調べの「求職求人率」をみると、30年以降急速に過剰労働力は減少し、36年以降は人手不足となった。そのため 第14図 にみるように、企業は資本装備率を急激に上昇させた。生産能力や製品精度を決定する主機械のみならず、中間段階での自動化設備を多く必要としたので、能力限界資本係数を上昇させる原因となっている。もっとも、企業が技術革新や市場拡大に対応するために、資本装備率を上昇させたこともあった。特に中小企業では労働力不足が資本装備率を上昇させる要因として作用している傾向が著しい。

 工業統計表によると、36年以降の労働分配率(現金給与額/粗付加価値額)は大企業(500人以上)では35%より27%にかなり低下しているが、中企業(100人~499人)では32~33%、小企業(30人~99人)では38~40%で横ばいである。にもかかわらず 第2-11図 のように、大企業に対する中小企業の賃金格差の縮小にほぼ見合って、資本装備率の格差も縮小している。このことからみて、中小企業は賃金上昇を余儀なくされて、設備投資を行ったものと思われる。

第2-11図 規模別賃金格差と装備率格差

 中小企業の設備投資増加のいま1つの要因は、新規購入に占める中古品の比率が低下したことである。大企業による系列化が進められると、製品の品質、精度の向上のため新鋭機械の導入が必要となる。新品機械購入に対する中古品の比率は小企業では30年45.4%から36年16.3%、37年6.7%と低下している。

 以上3つの要因のうち、前二者の要因は一時的または循環的要因であるが、労働力不足からくる第3の要因は引き続き作用していくものと思われるので、能力限界資本係数は過去2~3年のような急激な上昇は続かないとしても、かなり上昇すると思われる。

企業経営への影響

 このような構造的要因に基づく限界資本係数の上昇は、企業経営にどのような影響をおよぼすであろうか。「工業統計表」をもとに、32~35年と35~37年の粗付加価値ベースの限界資本係数(設備投資額/粗付加価値額の増分)を算出すると、1.29から1.88に増加している。

 いまもし工業統計表をもとに生産関数を推計してみると、資本ストックを1%増加させてえられる付加価値の増加分と、同じ額の付加価値増分を雇用の増加で生むためには、4%も雇用を増加させる必要があることになる。

 従って、35~37年においても32~35年と同様に限界資本係数を1.29に保ちながら、同じ粗付加価値を生産しようとすれば、純資本ストックは実際より11%少なくてすむ計算になるが、従業員数は36%余分に必要となり、人件費と資本費との合計は年間にして実際より約12%かさむため、それだけ企業経営は悪化していたことになる。

 さらに今後の限界資本係数の動向を賃金上昇との関係でみてみよう。例えば大企業の資本コスト比(資本費/資本ストック)は24.8%であり、32年の1人当たりの年間給与が313千円であるので、1人増加させる代わりに導入できる機械は、126万円以下であれば有利であったが、37年には年間給与が407千円になっているので、164万円の機械まで導入できることになる。資本コスト比は、減価償却率と利子率できまってくるが、今後これが上昇したとしても、賃金の上昇率よりははるかに低いと考えられる。この関係は中小企業で特に著しい。従って、限界資本係数は今後も上昇していくであろう。限界資本係数の上昇が労働節約型の設備投資増大によって引き起こされるものであれば、資本費が高騰しても、人件費の増大より小さいので、企業経営にとってはむしろプラス要因となると思われる。

製造業の設備投資増加要因

 36年度下期の引き締め以後沈静した製造業の設備投資が、38年度上期を底に増勢に転じた要因を分析してみよう。

 まず設備投資を可能とする金融環境要因と、設備投資を必要とする稼働率要因についてみると、 第2-12図 のように稼働率は3ヶ月、金融環境要因は6ヶ月先行してかなり深い関係があることがわかる。

第2-12図 製造業の設備投資と稼働率、銀行貸出との関係

 しかし34年から38年までの5ヶ年間について有形固定資産増加率が、金融要因と稼働率要因のどちらにより大きく左右されてきたかを相関分析によってみると、稼働率要因が金融要因の約10倍も大きく影響していることがわかる。

 これを金融引き締め時を中心とした2ヶ年間と、引き締め後の2ヶ年間に分けてみると、前者の金融引き締めの時を中心とした2ヶ年間では、金融要因と稼働率要因が共にかなり強くきいている。後者の引き締め後の2ヶ年間になると稼働率要因が圧倒的に影響力が強い。すなわち、金融引き締め政策がとられるならば、企業間信用等で幾分かはつなげても、銀行借り入れにその多くを依存している日本の企業では、資金が枯渇するためやりたい投資でも押さえなければならなくなる。一方引き締め解除になれば、引き締め期間中に稼働率が下り在庫をかかえているため、投資意欲はかなり減退しており、金融がゆるんできても急速に設備投資が再燃するものではないことを物語っている。

 前回と比較すると、特に金融要因に大きな差がみられる。今回は貸し出しが増加に転じてから約3期遅れてようやく設備投資が上昇に転じている。前回は先行き需要が堅調であり、企業の投資意欲が強かったため金融がゆるむ前から設備投資が上昇に転じた。

 過剰能力といわれた製造業の稼働率指数が、あまり落ち込まず、39年3月には100.2(35年=100)と35年ごろの水準に回復したのはなぜであろうか。

 個人消費の堅調、立ち遅れた公共投資の大幅な増加、輸出の急伸、37年度の反動による大幅な在庫投資、先に述べたように、需要効果の低下しなかった38年度の高水準の設備投資、これらが需要をささえる一方、限界資本係数の上昇により能力拡大が予想以上に小さかったことが稼働率の速やかな回復をみた原因であった。

 稼働率も上昇し、金融環境もよくなったので、製造業の設備投資は38年度上期を底に上昇に転じたものと考えられる。

今後の設備投資動向

 以上のような最近の設備投資の特徴とその増加要因からみると、今後の設備投資動向は、次のように考えられる。

 当庁調べ「投資予測調査」について39年度上期の計画をみると、全産業では38年度下期の16%増に引き続いて、13%の増加を見込み、このうち特に製造業では21.4%と、その上昇テンポを高めている。これは金融引き締め以前に調査されたものであり、実施額は計画額よりかなり低下しようが、大企業の設備投資はかなり根強いものとなろう。新規投資の比率も38年度上期の25%から39年度上期には28.4%に上昇し、投資意欲のもり上がりを示している。業種別に39年度上期の設備投資を前期比でみると、需要増大に対応し国際規模のレベルアップを目指す石油化学を中心に化学が32%増、自動車が四輪車を中心に31%増、新聞紙、産業用紙を中心とした需要の伸びが大きい紙パが45.5%増、石油精製が流通部門を中心に25.7%、2年間停滞していた鉄鋼も能力不足をきたし31%増と、製造業では電気機械、一般機械を除くほとんどの業種が増加を見込んでいる。

 しかし、34~36年ごろのように全産業の能力が一様に不足する状態にあるのではなく、一般機械、電気機械や電力業にはかなりの余力を持っているので、「投資が投資を呼ぶ」環は中断され爆発的な上昇とはならないと思われる。設備投資の先行指標である当庁調べ「機械受注統計」により、海運を除く民需の動きを季節調整値でみると、 第2-13図 のように、38年に入って緩やかな増勢にあったが、39年1~3月には前期に比べ約8%減少している。しかし4~6月の受注見込み調査によると、前期に比べ約1割程度上昇し、機械受注の上昇テンポにはそれほど変化がないものとみられる。

第2-13図 機械受注(海運を除く民需)趨勢循環曲線による上昇パターンの比較

 設備投資を除く、各最終需要は毎年上昇しているので、この増加にみあって必要とされる投資(誘発投資)は33~34年ごろは1兆円前後であったが、37~38年には3兆円近くにまで増加していると推計される。この誘発投資が需要として作用し、もし能力に余裕がなければ、これによって再び投資(再誘発投資)が誘発される。この再誘発投資額は誘発投資額の約6割強であるので、37~38年には34年以降の過剰もかなり解消しているものと思われる。そのうえ労働力不足とそれに伴う賃金上昇に対処するための労働力節約投資によって、限界資本係数が次第に上昇傾向にあり、また開放体制に対応するための設備投資も必要とされるので、今後の設備投資は、かなり強くなる要因を持っている。しかし当面は引締政策により金融がしまってきたので、設備投資意欲はかなり冷却されようが、全体の設備投資は今後も根強い動きを示すものと思われる。


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