昭和39年

年次経済報告

開放体制下の日本経済

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

昭和38年度の日本経済

鉱工業生産

回復期の在庫投資

在庫投資の推移と特微

 38年度の総在庫投資は、 第9図 に示すように高水準に推移しており、37年度の5,700億円に比べて2倍以上にもなると思われる。在庫投資は、引き締め解除時を中心にしていったんマイナスに転じ、その後急速に増大するのが、従来経験したパターンであったが、37年の景気調整時においてはほとんどマイナスに転ずることはなかった。従って、その後の在庫回復力もそれだけ緩やかであろうと予想されていたが、38年度にはいってからは急速な回復を示し、従来と同じ程度の上昇テンポを示したのである。

 第9図 の推計は、通産省調べの各種在庫指数を基礎にし、これに若干の推計を加えて金額換算したもの(コモディティー・フロー法)で、国民所得統計に比べて農業在庫が含まれていないなど多少のくいちがいはある。これによると、まず、原材料在庫については37年度中にかなりのマイナスがみられたにもかかわらず、その後のプラスの投資は比較的わずかで、特に輸入素原材料在庫投資は38年10~12月期にはすでにマイナスにさえなった。一方この間の生産上昇が大幅であったため、在庫率は35年ごろに比べて80%程度まで低下し、従来の最低水準になった。

 次に、仕掛け品在庫はほぼ生産の動きにスライドすると考えられるので、生産の伸び率が高いときは増加するのは当然であるが、 第2-5図 にみるように業種によって生産の伸びとの関連の仕方は異なっている。化学工業のような装置産業では新しいプラントが増設される場合を除いて、あまり変動することはないであろう。石油や化学繊維もおおむねにかよっている。鉄鋼は装置産業とはいえ各製造工程間には仕掛け品を持つので化学などよりは変動幅が大きい。また機械では生産のわずかな伸びに対しても仕掛け品の増加は大きくなる。機械産業では家庭電機品や自動車のようにコンベア・システムを採用している半ば装置産業的なものでは鉄鋼と機械の中間程度のこう配を持っている。従って今回の景気回復期のように、回復初期において資本財関係の伸び率の大きいときは産業自身では正常な仕掛け品在庫率を維持したとしても全体の仕掛け品在庫没資は大きかったはずである。

第2-5図 仕掛品在庫と生産の関係

 原材料と仕掛け品在庫投資にはこのような特色がみられたが、この2つの在庫投資の循環パターンは従来と同様の極めて通常なものであった。 第9図 からあきらかなように、これらは36年10月の引き締め時をピークとして下降に転じ、これが経済全体の需要減となって景気下降を引きおこし、一方上昇時にはその自律的回復によって累積的に需要を拡大するという典型的な循環過程をとってきた。

 しかし、生産者製品在庫には今回大きな特徴がみられる。従来までの調整期は景気の谷をすぎてもなお在庫減らしが続けられ、その間に出荷が上昇してくると急速に在庫率が減少するのが普通であった。しかし今回の場合は36年から37年にかけて製品在庫が累増したにもかかわらず、38年になっても在庫減らしはごく短期間おこなわれただけで7~9月期にはもう大幅なプラスを示すに至った。

 回復初期における流通在庫の増大は、今回も前回と同様の形を示したが、その大きさは繊維品を中心にかなりの額になっていた。( 第9図 及び 第2-5表 参照)

第2-5表 38年の流通在庫投資の内訳

 これは、単に循環過程における実需の増大だけによっていた以上に、消費構造の高度化、多様化、消費財の自由化による新しい流通経路のイニシャルストック、また集中的に増加したスーパー・マーケットなどが一時的に流通在庫をおしあげる要因があったためである。

 以上のようにみてくると、37年度の調整期間中に総在庫の減少がほとんどなかったにもかかわらず、その後の回復テンポが急速であったのには、次の理由が考えられる。第1は、従来まではこの期間にはけていった生産者製品在庫が逆に急速に上昇しはじめたこと、第2は、仕掛け、流通段階の在庫投資は通常な循環過程をたどりつつも、その伸びが比較的大幅に推移したことである。

製品在庫累増の要因

 生産者製品在庫の累増は在庫率を高めることになった。 第2-6図 にみるように、在庫率指数はピーク時には今回も前回とほぼ同じ132(35年=100)を示したが、その後38年度になって横ばいに推移しているのが特徴である。これは35、36年の高度成長過程を経験した日本経済に何らかの構造的な変化がみられたからであろう。

第2-6図 製品在庫率指数の推移

 在庫残高の構成を長期的にみると、 第10図 の通り原材料が減少し、製品及び流通在庫が高まるという傾向がある。このことは、製品在庫の累増が今回の循環過程における特徴というより、既に36年ごろより明らかであったことがわかる。原材料在庫のウェイトが急速に低下しているのは、自由化が進み、またスエズ動乱時のような大幅な価格変動が少なくなって思惑輸入が減少したことも大きな原因であるが、一方供給過剰気味の経済におけるいわば意図的な生産者製品在庫投資増大による影響も大きい。

 供給圧力の高まりは販売競争の激化というかたちをとるが、これは一方では販売面で製品の多様化を進め、新製品部門への進出をうながし、ユーザーへのサービス強化を活発にする。そして他方でコスト・ダウンの要請が強くなってくる。例えば、自動車メーカーでは最近ではほとんどが乗用車を製造し、それも、各社がみな小型、中型とあらゆるクラスのものを手がけるようになった。我が国の乗用車は34年には気筒容積別でみて9種類に過ぎなかったのが、最近では実に28種類もが製造されている。鉄鋼メーカーが薄板に、化学メーカーが石油化学に、繊維メーカーが合繊に進出し、従来の専業メーカーが次第に総合メーカー化することはそれだけ製品の多様化が促進されることである。また鉄鋼メーカーや問屋はユーザーの工場敷地内に自社の製品在庫をおいて、いつでも注文に応じられるようにしているといわれる。こうなるとユーザーの側では鋼材在庫をかかえる必要はなくなるわけで、大手自動車メーカーではここ数年間に売り上げが6倍に増加したのに原材料在庫残高は2倍にも達していない。もっともこのようなことはユーザー側におけるコスト・ダウンの要請による在庫管理技術の向上の結果であることも大きい。しかも、従来、在庫管理はどちらかといえば現場中心であり、原材料在庫には特に注意がむけられたが、製品在庫は競争会社やユーザーの事情がからむため在庫管理の徹底は困難であったといえよう。さらに、電気冷蔵庫のように季節的商品の生産は、従来は出荷の集中する6月ごろをピークにし不需要期はピーク時の50%程度の生産をするに過ぎなかったが、最近では年間を通じてかなり平均的に操業されるようになっている。工場の安定操業によるコスト合理化は、他方で季節的に製品在庫を増加させることになっている。

 次に、日銀の「主要企業経営分析」(製造業340社)をもちいて損益分岐点(損益分岐点性産量/実績生産量)を求めると 第2-7図 の通りである。これが100%になれば収益ゼロを意味し、上昇しているほど減産可能の幅が狭くなっていることを示している。損益分岐点が高まるのは、稼働率が低下するか、販売価格が下落とするか、あるいは固定費が上昇するかの3つの要因が主である。 第2-7図 によると37年の調整期も、前回とほぼ同じ程度に損益分岐点は上昇しているが、前回は価格も稼働率も大幅に低下したのに対し、今回はその下落幅は比較的少ない。今回の分岐点の上昇は設備投資の増大による資本コストの増加、労務コストの上昇、販売管理費の増大という固定費の圧迫が主因であった。これが37年の調整期間中において生産を下支えた1つの要因ともなったのであろう。また38年度の回復期にも、固定費の上昇が生産を上昇させた1つの要因と考えられる。

第2-7図 損益分岐点の推移

 損益分岐点と在庫の関係を業種別にみると、 第2-6表 に示す通りである。在庫増加の大きいものは一般機械、電気機械、輸送機械、化学、石油、繊維などであり、このうち在庫率が特に高まっているもの、あるいは水準として高いものは、機械、電機(特に民生電機品)のほか繊維である。一方、損益分岐点が36年ごろに比べて上昇しているのは鉄鋼、化学、非鉄、一般機械、電気機械である。一般機械、電気機械では損益分岐点の高まりが、製品在庫を増大させた一要因となったであろうが、鉄鋼、化学、非鉄などではむしろ在庫率が減少しており、損益分岐点の上昇が常に在庫増に結び付くとはいえないようだ。

第2-6表 業種別製品在庫指数と損益分岐点

 繊維品の在庫が増加しているのは、既に述べた品種多様化のほかに暖冬による影響もあり、また軽電機部門ではテレビなどは需要一巡から製品在庫はたまりがちだが、オリンピック需要を見込んでの仕込み在庫もあるといわれる。

在庫投資増大の影響

 38年度の在庫投資の増大が原材料より製品、仕掛け品、流通段階において著しかったことは既に述べた。次に、このような特徴が鉱工業生産にどのような影響を与えたかをみよう。

 素原材料在庫投資は生産をほとんど誘発しないが、製品原材料や仕掛け品なら生産を誘発する。しかし、その誘発の程度は加工度のより高い製品在庫や流通在庫の方が高いはずである。また在庫投資の品種によっても異なる。加工度の高い品種は誘発度が大きい。これを産業連関表をもちいて試算すると、 第2-7表 の通り製品別に誘発率がかなり異なっている。100万円の食料品の在庫投資は140万円の生産を誘発するだけだが、同じ100万円の鋼材は280万円の生産活動を必要とするのである。

第2-7表 在庫投資の内訳と生産誘発度

 38年度は特に鋼材や機械製品の在庫つみましが多く、一方、素原材料在庫投資は小幅に留まったので、在庫投資の総合生産誘発度はかなり高くなっている。しかし、景気調整中の37年度も鋼材以外は在庫減らしがなく、輸入素原材料在庫投資はマイナスであったので誘発度は1.46と景気調整期にしてはかなり高かった。このため、38年度の在庫投資がかなり大幅で、前年度に比べて7,000億円程度も増加したが、それが生産上昇に与えた影響は、既にみたように前回に比べていくらか小さかった。

 38年度の生産者製品在庫率が高い水準にあったことが生産の上昇を特に早めたかどうかを調べよう。そこで仮に 第2-6図 でみて製品在庫率が今回も前回と同様のテンポで下落し、既に在庫率指数が100程度の水準に達していたとすれば、それは生産や輸入増大にどの程度の影響を与えたであろうか。38年1~3月期の出荷水準は157(35年=100)であるから在庫率指数を100とすると、在庫水準も157とならねばならない。1~3月期の実績在庫は186だからその差約30ポイントがここにいう余剰分である。

 これを金額換算とすると約2、040億円(35年価格)となり、これによる生産上昇分はたかだか4、400億円である。一方、38年度の対前年度比生産増加分15.3%は金額換算3兆6,000億円(35年価格)となるので、この在庫余剰分がなかったとしてもなお生産の上昇率は13.4%となったはずである。そしてそれによる輸入節約分は1億ドル程度であった。

 38年度の生産上昇が高かったのは、既にみたように在庫投資の増大が大きな役割を果たしたのであるが、それは、回復期における通常の在庫循環によるところが大きかった。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]