昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
昭和38年度の日本経済
鉱工業生産
昭和38年度の生産活動
予想を超えた生産上昇
昭和38年度の生産活動は、37年末の景気底入れのあとをうけ、予想を超えた急速な回復から上昇の過程をたどったが、38年末には、早くも国際収支の赤字から引締政策がとられるという情勢のうちに推移した。年度平均の鉱工業生産指数は、前年度比15.3%の増加となったが、37年11月の底から37年3月までほぼ直線的な上昇を示し、この16ヶ月間の上昇率は26%に達した。これは33~34年の回復時の同じ期間の33%には及ばないが、極めて高い上昇テンポといえる。(季節修正指数を3ヶ月移動平均して算出)
一方、出荷も好調で、38年度の対前年度増加率は13.7%となったが、生産者製品在庫は年度はじめにかなりの減少をみたものの以後累増を続け、製品在庫率も、景気回復期にもかかわらず高水準で下げ止まり、従来の回復期と異なった動きを示した。(次節「回復期の在庫投資」の項参照)。
このような38年度の鉱工業生産の動きの特徴の第1は、財別の動きが、ほとんど一様な増勢を続けたことである。 第2-1表 にみるように、37年11月から39年3月までの期間を前後に二分してみても、ほとんど伸び率に変化がみられない。
回復初期の生産上昇率が予想合以上に高かったのは、回復初期には通常停滞的である資本財生産が、今回は、回復初期から高い上昇を示したためである。これは、37年の調整過程で引き取りを延ばされていた大型機械類が、金融緩和と共に出荷されたという事情が大きく影響している。しかし下半期には設備投資の回復と共に、資本財生産の増勢は強まり、生産上昇寄与率を一層高めている。
もっとも資本財生産指数の動きは 第2-2図 、1にみるように、かなり不規則な変動を示した。これが38年度の生産動向の判断を困難にした1つの原因であった。資本財の動きに激しい凹凸がみられたのは、原動機やボイラーなどが従来にもまして大容量化の傾向にあり、これらの機種の完工集中がみられたからであろう。大型機械の平均容量の推移は 第2-2表 の通りである。
第2に、財別にみれば、ほぼ一様な動きにもかかわらず、その内容をなす業種別の動きは、 第2-2図 業種別生産推移 のように極めて異なっている。需要構造の急テンポの変化が、自動車、石油化学関連産業等を軸に景気回復過程の生産上昇を推進したことを示している。
需要構造変革下の生産上昇
鉱工業を最近の需要の動きを基準に、構造的好調業種、需要停滞業種、循環業種、その他業種に類別して、最近の生産上昇の特徴を明らかにしよう( 第2-3図 )。
まず、第1に、景気上昇過程の循環的特色として、鉄鋼その他の循環業種の生産上昇率は、37年度が3%減であったあとをうけ、38年度は20%増と回復した。中でも粗鋼の生産高は38年度計3,407万トンに達し、西ドイツを抜いて世界第3位の生産量を示すに至り、製銑製鋼段階はほぼフル操業の状態に達した。また紙・パルプのように、36年当時は過剰能力に悩み、以後設備投資調整を行っていた業種では、需要の回復と共に能力不足に陥り、設備の緊急増設を図らねばならない状態を呈したものもある。
このように、循環業種の多くは、38年夏以降次々に操短を緩和し、製品在庫率も38年1月以降年末まで一貫して低下した業種が多い。しかし39年に入って、供給過剰傾向を明らかにしたものもあり、在庫率も上向きに転じて生産の増勢も鈍化している。
このように急速な生産回復を示した循環業種の生産も、38年度の鉱工業生産全体の上昇に占める寄与率は23%で、前回回復時の34年度の寄与率と同じであった。
第2の特徴は、景気回復過程のうちにも、需要構造の変化が激しく進行していることである。四輪車、石油化学、合成繊維、土木建設機械、射出成型機、エアコンディショナー等の構造的好調業種の生産は、34年以降一貫して年度平均2割~3割の上昇を続けている。これらの業種は38年度には、附加価値ウェイトでみて鉱工業全体のうちで約3割近くの比重を占めるに至っている。これらの業種の多くも、フル操業状態である。乗用車では、自由化を目前に控えて量産体制の確立を図り、国際的量産単位といわれる1車種月産1万台を記録したものもある。
これに対し、需要停滞業種の生産上昇率は37年度2%低下した後、38年度も4%増に過ぎない。これらの業種は、前回の34年度の回復時には19%もの上昇を示したのに比べると、著しい相違といえる。エネルギー革命の一層の進展で斜陽化した石炭や、消費構造の高度化にとり残された綿紡、自転車、油脂などや、また後述する「設備投資の内容変化」で現在需要停滞に悩む一部の機械類がこれである。34年度には鉱工業のうち約3割の比重を持っていたが、いまでは23%の比重に低下した。これら業種では製品在庫率も高まり、特に販売条件の悪化による打撃が大きい。
以上のように、38年度の生産活動は、かなり大幅な回復を示したが、その内部では構造的好調業種のウェイトが次第に大きくなっているだけに、引き締め下にもかかわらず今後の鉱工業生産の基調には、かなり根強いものがみられよう。
生産を支えた需要要因
予想をこえる急上昇を示した38年度の鉱工業生産は、いかなる最終需要によって支えられたかを、産業連関表(行政管理庁、35年表)によって試算すると 第2-4図 の通りである。
38年度の生産は、その上昇の37%が在庫投資の回復によって占められ、設備投資(個人住宅を含む、以下同じ)によるものが20%、個人消費が18%、輸出が15%、政府支出が10%であった。今回の景気回復もやはり在庫投資が大きな役割を果たす通常の循環過程をたどったといえよう。しかし、34年当時に比べ現在は、経済規模が約2倍近くに拡大しているにもかかわらず在庫投資の増加額は前回回復時とほぼ同じ程度なので、在庫投資の生産上昇に果たす役割は前回より小さく、寄与率でみても45%から37%と低下した。
上期丁期別にみると 第16図 の通りである。
鉱工業生産は、38年度上期が対前期比9.6%、38年度下期が対前期比10.0%増とほぼ同様な増加テンポであったが、その需要要因にはかなりの変化がみられた。すなわち、上期には在庫投資の果たす役割が大きく、約40%の寄与率を占めて生産上昇の主因となった。下期の在庫投資は上期と同程度であったと推定されるため、下期の在庫投資の生産上昇に与える影響はほとんどみられなかった。代わって根強い増勢を示しはじめた設備投資や輸出、個人消費等の需要に生産上昇が支えられた。
38年度の生産は以上のような最終需要の動きの結果もたらされたが、これらのうちには、各最終需要の生産誘発係数自体が変化した影響もある。つまり同じ金額の在庫投資あるいは設備投資が行われても、その内容が変われば生産誘発効果は変化する。最終需要1単位が生産をどれだけ必要としたかを示す生産誘発係数をみると 第2-3表 のようである。38年度は在庫投資のもたらす生産誘発効果が最も大きかった。例えば、個人消費100億円は93億円の生産活動を誘発したが、在庫投資では189億円と個人消費の約2倍の生産活動をひきおこしたことになる。前年の生産誘発効果と比較すると、個人消費、輸出はそれぞれ1%増、2%増と高まっているが、設備投資は1%減少し、在庫投資では在庫回復を反映して40%と大幅に増加している。試みに、総合生産誘発効果を試算すると、37年度は1.12であったが、38年度は1.16となり、前年度に比べ生産を約3%上昇させたことになる。
次に製品別に生産上昇を支えた需要要因をみると、 第2-4表 (横にみる)のようである。鉄鋼の生産は38年度に21.9%と大幅に増加したが、このうち在庫投資の増加によるものが約半分を占め、10.8%も鉄鋼の生産を引き上げたことになる。一方、設備投資によるものは5.4%、輸出によるものは3.4%生産を引き上げている。一般機械は13.6%の上昇のうちいうまでもなく設備投資による分が最も大きい。輸出による分も2.6%とかなり高く、概して機械類は生産上昇のうち輸出増加による分がかなり高い。化学、紙パ、繊維等消費関連業種では個人消費による生産上昇分が大きいことはいうまでもないが、在庫積み増しによる分も増大している。
第2-4表 38年度最終需要増減の生産上昇への影響(対前年度増減比)
第2-4表 を最終需要別にみよう。括弧内の数字は、縦にみると、各最終需要が誘発した生産額の増加分(38年度の生産誘発額から37年度の生産誘発額を引いたもの)に対する、各産業の寄与率を示している。例えば、設備投資の増加は鉱工業生産を3.3%増加させたのであるが、これを百億円とすると、そのうち一般機械の生産増分によるものは23億円である。
このようにして個別にみれば、設備投資の誘発した生産額の増加分の60%は鉄鋼、一般機械、輸送機械の3業種の生産増分によるものであった。また在庫投資では、在庫投資の誘発した生産額の増加分の約25%もが鉄鋼によってしめられているのが目立っている。政府消費では、その他製造業が23%と最も高い寄与率を示しているのは、主として印刷業によるものであろう。政府投資では土木建設が主体であるため、特に窯業の寄与率が12%と鉄鋼の14%に並んで大きい。輸出では鉄鋼、機械類と科学で約85%の上昇寄与率を記録して、輸出商品の重化学工業化を反映している。個人消費でも食料品がかなりの比重を占めているものの、家庭電化、モータリゼーションといった消費構造変化の影響をうけて機械工業の寄与率が35%に達した。各最終需要の誘発生産額の増加分に対する各産業の寄与率を通じてみると、重化学工業製品の寄与率の高まっているのが特徴である。
以上のように、38年度の鉱工業生産を需要要因別にみると、すう勢的に増加を続ける個人消費、輸出、政府支出などの需要要因に、かなり大幅な在庫投資が上乗せし、年度後半に至って設備投資が増勢に転じて、全体の上昇テンポを高めたものといえよう。