昭和39年
年次経済報告
開放体制下の日本経済
経済企画庁
総説
開放体制下の日本経済
開放体制の利益
貿易や為替の自由化の推進は、戦後の世界経済運営の原則であり、日本が国際社会の一員としてその方向に進んでいかなければならないのは当然だが、日本自身のためにも自由化は、大変重要である。
自由化の利益の主なものとして、国際分業の利益、競争の利益、大規模生産の利益の3つを挙げることができよう。日本が、これまで自由化を進めてきた間に、これらの利益をどのようにうけたかを振り返ってみよう。
国際分業の利益
各国が、最も安く生産できるものをつくり、それを交換することは、世界の労働力、技術、資本、資源を最も有効に使う道であって、自由化の基本的な利益である。
日本経済は、天然資源に乏しいから、原料を輸入し、製品を輸出するいわゆる垂直分業の利益は非常に大きかった。主要原料の輸入比率をみると 第9表 の通り、綿花、羊毛、ボーキサイト、ニッケル、生ゴム等もともと全部を輸入しているものが多いが、鉄鉱石、銅鉱、塩、原料炭、パルプ等一部を国産に因っているものも輸入比率が大きくなっていく傾向がみられる。国内の生産には限界があるので、需要量が増えれば、輸入依存度が高まるわけだ。
また、輸出入に占める、食料、原料、燃料、完成品の比率をみると 第10表 、 第11表 の通りで、輸入では6割が原料燃料であり、輸出では9割が完成品である。西欧諸国の例をみると、輸入に占める原料、燃料の比率は、イタリア、フランス、イギリスでも30%台である。輸出に占める製品の比率も、スイスを除けば70%~80%台で、日本のように高率な国はない。輸入と輸出で構成が全く違うことは、日本経済では垂直的分業の利益が特に大きいことを示すものであろう。経済成長につれて原料の需要は増えるから垂直分業の重要性は一層高くなる。もっとも機械等付加価値率の高い産業や、合成繊維のように、輸入原料を使用しないものが増えるといった輸入節約的変化もあるが、反対に石炭に代わって石油がエネルギーとして使用されるなど輸入依存度を高めるような変化もあって、最近の日本では、 第29図 に示すように工業生産の輸入原料、燃料依存率は幾分高まる傾向にある。
外国の方が安く生産できる原料は、輸入にまち、生産物のコストを下げて輸出を増やすことは、自由化の重要な利益である。最近では、製品の輸入も増加してきた。一国の工業化が進むと、工業品の自給度が高まるかというとそうではない。0000000世界の工業国の製造工業の構成をみると、 第12表 の通りである。偏差係数とは、世界の製造工業の部門別構成と各国の構成比の差を合計したものである。各国の産業構成が、世界の平均構成に近づくほど、係数の値は小さくなる。表にみられるように、カナダやフィンランドを除くとほとんどの国で、産業構成の接近がみられる。特にアメリカ、西ドイツ、イギリス、オランダなどでこの傾向が強いが、世界全体としても大きい意味では経済の同質化が進んでいる。しかし、同質化しても貿易の発展は阻害されず、逆に水平分業によって貿易は発展している。貿易の増加率は工業国同士が最も高い。ヨーロッパの工業国では、輸入の50%~60%は製品が占めるのが普通である。日本では製品輸入の比重は低く、10年前には総輸入の14%だったが、38年では約4分の1を製品が占めるようになった。垂直分業が増加し、それに水平分業が加わって、日本の国民総生産に対する輸入の実質的比率も 第30図 に示すように、昭和30年の11%から昭和37年には14%(30年価格)に高まってきた。輸入価格が低下を続けたため、表面的には輸入依存度は上昇しなかったが、実質的な関係では、日本の輸入依存度は高まっている。国際通貨基金の統計によって日本の貿易依存度を西欧諸国と比べると 第13表 の通りで、国民総生産に対する輸出入比率ははるかに低いし、旅行どの比率も小さい。
日本の国民総生産に対する貿易の比率は、なぜ、これまでヨーロッパ諸国より低かったのだろうか。一国の貿易比率がどういった要因によってきまるかは複雑な問題であるが 第31図 に示すように、1人あたりの所得水準が高く、外国との距離が近く、人口が少なく、また原料の乏しい国ほど貿易依存率が高くなるという関係がある。日本は、所得水準がまだ低いこと、ヨーロッパのように国境を接している国がなく輸送コストがかかること、人口が多いため国内で分業が成り立つ余地が大きいことなどから、資源が乏しいにもかかわらず貿易比率が低かったのである。しかし、今後、貿易の自由化が一層進むという条件の下で、所得水準が上昇してゆけば貿易依存度は高まっていくだろう。
アメリガやソ連のように、国土が大きく、国内で分業が成立する余地の大きい国は、貿易依存度はあまり高くないが、国土の狭小な国では、国際分業を盛んにすることが経済の発展のために大切である。
競争の利益
封鎖体制の下では外国との競争がないので、企業が合理化の努力を怠ったり価格のつり上げを行いやすい。昭和35年自由化計画発表後、合理化が著しく進んだ産業が多い。そのよい例は、自動車である。自動車は、当初競争力が乏しく自由化は行わなかったが、自由化に備えて、積極的な合理化を行い、例えば小型四輪車では1台の生産に要する労働時間はこの5年間に約半分となった。自動車の輸出は35年の78百万ドルから38年には135百万ドルと約2倍となり、鉄鋼、船舶、綿織物、ラジオに次ぐ日本で5番目の輸出商品となった。
また、自由化品目と非自由化品目とを比べてみると、自由化が行われた後、国内の同種商品の価格が引き下げられた例が多い。自由化時期と卸売価格、輸入量の関係をみると 第32図 に示す通りである。もちろん自由化以外の理由もあるが、ベンゾール、溶解サルファイトパルプ、ナイロンストッキングのように、自由化の前後から競争で価格が下り、あるいは輸入が増えたため価格も落ち着くなど自由化の影響は大きい。外国品との競争によって、企業合理化をうながし、消費者の利益を高めることが、自由化の第2の利益である。
大規模生産の利益
開放体制のもとでは日本品に対する諸外国の輸入制限の撤廃を求める発言力は強くなると考えられる。
工業生産物は、大量生産によってコストが低下するのが普通だが、内需だけでは市場が狭くて、十分大規模生産の利益を受けることができないものが多いので外国の門戸開放の実現に努力することは大変重要である。海外市場への進出によって、コストが低下し、輸出が伸びた例は、トランジスターラジオ、カメラ、オートバイ、塩化ビニールなど数多い。
テレビなど国内市場を中心に、生産を拡大してきたものも内需の充足につれて、それ以上の拡大は輸出にまたなくてはならなくなる。
生産、価格、輸出の関係を、テレビとポリエチレンについてみると、 第33図 の通りで、生産増によって価格が低下し、それが輸出増をみちびいているが、輸出の増加は、価格の低下を可能にし、それがさらに輸出の増大をもたらすという循環が期待できよう。