昭和38年
年次経済報告
先進国への道
経済企画庁
総説─先進国への道─
景気調整から回復へ─昭和37年度の日本経済─
回復のメカニズム
国際収支の高水準均衡
景気調整が軽微に終わった理由としては、まず輸出入が比較的高水準のところで国際収支の均衡を回復したことをあげなければならない。
36年の7~9月に月1億ドルを超える赤字を記録した外国為替収支は、引締政策実施後は順調に改善を続け、37年夏には経常収支でも均衡を回復した。金融引き締めによって国際収支が均衡を回復したという意味では、前2回の経験と同じだが、今回の国際収支の回復の型には、従来と異なるものがあった。それは収支の改善に輸出の増加が大きく貢献しているという点である。36年7~9月と37年7~9月とを比較してみると、月平均で輸入が約7千万ドル減少し輸出が約7千万ドル増加しており、収支改善に対する輸出入両者の寄与は大体等しかった。前回の景気調整の場合に、ほとんど輸入減少で国際収支の改善が行われたのとは大きな差である。
引き締めによって輸入が低下することは、常にみられる現象であるが、今回も36年11月ごろをピークにして減少に向かった。前述したように鉱工業生産は3%の低下しか示さなかったが、輸入関連産業の生産の下げ方は大きく8%にも達したことと、金融のひっ迫からくる輸入素原材料の在庫減らしが行われたことによって、輸入の大幅減少がみられた。37年度の輸入通関実績は5,623百万ドルと前年に比べ6%、386百万ドル減少しているが、そのうち在庫変動によるものが、約2億ドルに達したものと推計される。
一方輸出は、37年度には5,010百万ドルと前年より16%も増加したが、それは次の原因に因っている。1つは、引き締めによって輸出圧力が強まったことである。
輸出増加の内容を商品別にみると、一般機械、化学品など重化学工業品の伸びが大きかったが、特に鉄鋼では、生産力が増大していたのに内需が減少したので、販路を輸出に求めようとする意欲が強かった。鉄鋼の輸出は36年度の241万トンから、37年度は452万トンへと倍近く増加しているが、これは輸出圧力の増大によるところが大きいであろう。しかし、より重要な理由は、アメリカの景気の好転である。アメリカの景気は36年1~3月を底として上昇に向かっており、それにつれて対日輸入が増大した。その結果、37年度にはアメリカ向け輸出が26%も増加した。この他、西欧諸国の景気も好調な推移をたどり、先進国向け輸出は好調であった。後進国向けは停滞したが先進国向けを中心に、日本の輸出は、37年の秋まで急速に増加し得たのである。
前回引き締め時と同じように国際収支の改善を輸入減少だけで実現しなければならなかったならば、更に強い引き締めによって生産を大幅に引き下げる必要があったであろう。しかし、輸出が増大し、高い貿易水準でバランスが回復したため、工業生産をほとんどおとすことなく、景気調整期を切りぬけることが可能であった。
金融緩和の進展
景気調整が円滑に進展したのは、国際収支の好転が輸出の増大によって達成された面が第1だが、更に金融のメカニズムもそれにふさわしく働いたとみてよい。特に中小企業については数次にわたるオペレーションなどによる金融対策が講じられたため、引き締め圧力は前回に比べて軽かったといえる。他面、大企業は今回の場合引き締め後も高度成長の余熱で強気の態度を続けたし、設備能力が増えていたので、操業度を維持するために生産を落とそうとしなかったから、企業金融面のひっ迫は前回に劣らず強かった。それにもかかわらず、企業が生産水準を高く維持できたのは、企業間信用の膨張などがあったからである。引き締め後1年間の大企業の買い入れ債務累積額は約5,800億円に達している。
しかし、銀行貸し出しが引き締められているなかで、企業間信用の膨張をどこまでも続けることはできない。37年の夏ごろには、企業間信用も次第に限界に近づき、一方商品市況も悪化していたので、企業は今までの強気な態度から弱気にかわりつつあった。そのまま進めば、企業活動は自律的な縮小にうつつたかもしれなかった。
しかし、企業間信用でつないでいる間に、国際収支が好転を始めたため、外為会計の散超が金融緩和要因として現れ、また調整効果の浸透によって税収が伸び悩み、一般財政の散超基調への転換などもあって、8~9月ごろからは金融市場に緩和が生じてきた。一方、国際収支バランスの回復の達成によって引き締めの必要も解消したので、10月、11月と日本銀行の公定歩合が引き下げられた。その際いわゆる「新金融調整方式」が導入され、従来の高率適用制度にかえて貸し出し限度適用制度を設け、景気情勢に応じて債券売買を積極化することになった。
引き締めの解除によって、これまで抑えられてきた銀行貸し出しは急速に増加した。37年度下期の全国銀行貸し出し増加額は1兆6,300億円に達している。このうちには金詰まりに苦しんでいたときの約4千億円に及ぶ含み貸し出しの解消が含まれているが、この点をしん酌してもかなり高水準であった。
銀行がカネを貸してくれるようになれば企業は弱気になる必要はない。あまり痛手がひろがらないうちに企業は景気回復への道を歩むことができるようになった。しかし、企業の金詰まりの緩和が生産を減らして資金需要がへるとか売り上げが増えて楽になるというのでなく、銀行貸し出しの増加によって生じた面が強いのは、過去の景気循環と異なった特色である。このため企業は景気回復の出発点において、前回の回復期に比べ高い借り入れ依存度、自己資本比率の悪化という重荷を背負っている。今後の銀行貸し出し態度いかんが問題だが、景気上昇期においてもこの重荷が企業金融を圧迫し上昇力を弱める可能性もある。
在庫投資の回復
金融引き締めによって景気調整が行われる場合の変動の主役が在庫投資であったことは、今回も変わりがなかった。そのさい、金融引き締めの在庫投資への影響は3通りに働く。第1は企業の金詰まりからの輸入原材料在庫の圧縮である。今回も輸入担保率の引き上げもあって、この面で大きく輸入削減に効果を持ったことは既に述べた。しかし輸入原材料在庫投資の減少は輸入に響くだけで国内需要に影響を与えるのは第2の流通在庫、仕掛け品、国産原材料の在庫投資の減少である。
企業の金詰まりから、在庫仕入れを手控えることが、卸小売りなどでの在庫投資の減少となり、メーカーでは手持ち原材料の圧縮となって37年の7~9月期まで続いている。また、機械などでは注文が減って、新しく加工にかかるものは少なくなっても、仕掛けり中の製品は仕上げてしまうために、生産の高水準を続けながらも仕掛け品在庫は減少する形をとってきた。これらの在庫投資の減少が国内需要の減少となり、特に鉄鋼などの生産財の需要を大幅に減退させることになったのである。
しかし、今回の場合は在庫投資の変動の経済全体に与えた影響は従来に比べると小さかったとみられる。 第4図 にみるように、引き締め期の在庫投資減少の絶対額は、32年の調整期とほぼ同じであったから経済規模が当時の2倍位に大きくなっている以上、在庫投資変動のウェイトは相対的に縮小したことになる。
在庫投資変動の影響が以前よりも小さくなっているのには次の3つの理由が挙げられよう。 32年にはスエズ動乱の影響もあって引き締め直前に思惑的な在庫蓄積が多く、それが引き締めによって吐き出されるという反動減が大きかった。今回は引き締め前には思惑的な動きがなく原材料在庫水準が低く、初めから調整の余地が少なかった。 機械工業の成長やコンビナートの出現等の産業構造の変化、在庫管理技術の向上、貿易自由化がもたらした在庫投資に対する慎重な態度などによって原材料在庫率が低下しており、それだけ在庫変動の余地が狭まっている。 今回は最終需要が比較的安定的に増加していた。最終需要が安定している限り、在庫の変動はおのずから限度があり、在庫投資独自でスパイラル的な減少を生ずるものではない。輸出が伸び、設備投資の落ち込みが小さいことなど今回の調整過程にみられた最終需要の安定は、在庫変動の幅を狭め経済全体の落ち込みを小さくしたといえよう。
しかし、その反面、金融引き締めの第3の働きとして、いわゆる「意図しない在庫」すなわち滞貨的なメーカーの製品在庫は前回に増して累増している。 第5図 の通り37年に入ってからは蓄積のテンポは鈍り在庫投資としては縮小しているが、在庫残高が引き締め期間中累増を続けたのが今回の特色である。生産者製品在庫指数は38年1月には179.1となり、前年同月を18%上回っていた。従来は引き締めの初期には在庫が増加するが景気調整の浸透につれて整理されるのが普通であった。
この製品在庫の累積は結局需要の減少ほどには生産がおちなかったということであるが、そこには次のような背景が考えられる。 設備が増大しているため、企業は採算上生産をおとすよりも、高生産の持続を望み、その結果累積する滞貨は流通部門による肩代わりや、金融の支えあるいは企業間信用の拡大によってしのごうとしたこと。 金融のところでも述べたように、景気調整の影響が生産の低下、在庫の整理という本格的な道を歩みだす前に輸出が増大し国際収支が改善して引き締めが解除されたこと、 設備投資が資金面から抑制されたため、既に完成した大型機械も需要家(機械の発注者側)に引き渡されず、メーカーの手元に残ったこと、中小型工作機械、電動機など、従来は主として注文生産品種であったものも資本財市場の拡大につれて見込み生産されるようになっていたので、設備投資抑制の影響を受けて今回は特に資本財の在庫が増加した形をとっている。
これらの現象は在庫調整が十分には終わっていないことを意味するものであるが、いったん金詰まりが緩和してくると、今までは滞貨だと考えていたものも企業の負担とならなくなってくるし、在庫減らしをしていたところも普通に在庫仕入れを行うようになる。最終需要がこの間に増加しているので在庫減らしをやめるだけでも在庫投資としては増大することになり、景気回復のきっかけとなったのである。景気が回復に向かうと、製品在庫の増勢も鈍り、38年に入ると減少を始めた。しかし製品在庫の水準が高いままで回復過程に入ったのであるからかなりの程度、在庫の整理が済むまでは、生産の上昇率は鈍いと考えられる。
根強い消費動向
景気調整から回復への過程において、最終需要の根強い上昇があったことが、今回の調整を軽微に終わらせた要因といえるが、特に消費面の堅調が目立っている。
高度成長過程において堅実な伸びをみせていた個人消費支出は引き締め後も容易に増勢に衰えをみせなかった。しかし、 第6図 にみるように消費動向に景気調整の影響が全くなかったわけではなく、37年度半ばごろから消費にも頭打ちがみられた。これは鉄鋼、機械など設備投資関連産業を中心に雇用の伸びが縮まり、労働時間削減による定期給与の増勢鈍化、年末賞与の支給率低下などによって家計収入に一時伸び悩みがみられたからである。しかし38年に入ると生産上昇を反映した残業なども増え、再び収入増加がみられるようになった。
このように年度間の推移でみれば、都市勤労者の家計収入や消費支出に景気調整の影響もある程度みられるが、前年度との比較でいうと収入で11.6%の増、支出では12.2%の増と景気調整の年としては考えられないような大幅の伸びを示している。
これは、今回の景気調整が消費に大きく響くほどの強いものでなかったということ、あるいは影響が現れ始めたころには回復の条件がでて短期間に終わったということもあるが、36年までの高度成長の結果、人手不足が若年層を中心に激しくなって初任給が上昇したこと、37年春に約1割という大幅な賃上げが行われたことなどが影響している。また農家も生産者米価の引き上げ、野菜、果物価格の上昇、兼業収入の増加によって都市家計と同じ程度の収入増加があった。小売業者などでも販売数量の増加と小売価格の上昇で収入が大きく伸びている。
家計収入の堅調に加えて今回の場合は、消費性向の上昇もまた消費の堅調を支える要因として働いた。都市勤労者の収入のうち、消費に向ける割合は34年の86.2%以来低下し続けてきたが、37年度にはわずかではあるが上昇して36年度の83.9%から84.4%となった。特に賞与期には高所得層を中心に消費性向上昇の傾向が強かった。景気後退期に所得の伸び悩みから消費の割合が上昇するのは、これまでにもみられた現象であるが、今回は家計収入が概して順調な伸びを続けたのに、消費性向の上昇がみられたのは消費者物価の上昇が大幅で、名目家計支出額を膨張させた面も強く働いている。
消費性向を上昇させたいま1つの原因は低所得層の所得の伸びが大きくて、所得格差が縮小したことが挙げられる。37年度における所得階層別の家計収入の伸びをみると、 第7図 に示すように、低所得層の所得の伸びは16%であったのに、高所得層の所得の伸びは9%に留まった。これには大企業では、投資関連産業を中心に賃金支払額の伸びがいくらか鈍化したのに対し、人手不足を背景に中小企業での賃金上昇が大きかったことの影響が大きい。高所得層に比べ低所得層の消費比率は高いからこのような所得構造の変化は全体としての消費性向を高めることになった。
名目での消費支出の堅調は今回特に目立つ点だが、一方 第6図 にみるように消費者物価の上昇も激しく実質消費水準ではそれほどの上昇を示さなかったことは37年度の大きな問題であった。
消費物価指数(全都市)は36年度の6.2%の上昇に引き続いて37年度も6.7%の上昇となった。物価上昇の内訳をみると、食料品、公共料金、サービス料金などであるが、その上昇寄与率をみると、食料品57%、サービス27%で両者で消費者物価上昇の8割以上を占めている。
消費者物価の上昇が家計を圧迫したことは間違いないが、その中でも消費内容の高級化傾向は依然続いている。食料品価格の上昇は大幅であったが、消費支出のうち食料費に向ける割合(エンゲル係数)は引き続き低下しているし、食生活の高級化、し好の欧悪化を反映した牛乳、バター、鶏卵、肉類などの購入量は価格上昇にもかかわらず増加した。食品以外でも、都市では高級家具、衣服類、レジャー向け支出が増大し、農村でも耐久消費財に対する支出増加が著しいなど、概して工業消費財、サービスへの支出増加が目立っている。このように個人消費が堅調で、特に工業消費財への支出増が続いていたことは、今回の調整期における産業活動を高水準に支える一因であった。
財政支出の下支え効果
消費と並んで景気の下降を、結果として下支え、その回復の基礎条件をなしたものは財政であった。
一般会計では前年度の当初予算を24%上回り、財政投融資も前年度比17%の増加となった。37年度の予算規模が拡大したのは、支出面で高度成長によりあい路化した社会資本の拡充その他政府のなすべきことが多く、また前年度剰余金の受け入れや租税の自然増収などからこれを賄える程度の財源を見込むことができたからである。
こうして増大した財政支出は政府の財貨、サービス購入額としては前年を18%強上回り、財政の国民総生産に占める比重も前年度の18.7%から20.8%へと上昇した。特に生産低下を下支えした役割は大きい。 第8図 にみるように財政の比重が増したうえに公共事業の拡充に支出の1つの重点が置かれたことから関連産業への生産波及効果を大きくしており、産業連関表によって試算してみると、政府支出の増加だけで鉱工業生産を約4%引き上げる力を持ったことになっている。
以上のような財政支出増大が、前年度剰余金など多額の繰りこし財源に支えられた結果、一般財政(含食管)の対民間収支は348億円の散超となった。これに加え、外為会計が国際収支の好転から1,613億円の大幅散超となったため財政収支全体では1,961億円の散超となり、これが金融緩和の一要因をなした。
しかも年度内の動きをみると、税収の伸び悩みと外為の散超が段々強まるにつれてその揚げ幅は次第に縮小し、景気調整効果が深く浸透するのに応じて金融緩和効果が大きくなるという形で、たくまざる安定機能が発揮された。その間支出の進ちょくがみられ、また中小企業金融対策等、執行面で機動的運営が行われた点も見逃せない。
設備投資の小幅な減少
引き締めによって、それまでの設備投資の急増はやんだが、落ち込みは軽かった。経済企画庁の「法人企業投資予測調査」(資本金1億円以上、38年2月調査)で大企業の設備投資の対前期変動率をみると、37年度上期11.8%減、下期1.4%減であった。また中小企業金融公庫の調査(38年2月調査)によると、37年度の中小企業の設備投資は前年のほぼ横ばいであった。
設備投資の落ち込みが前回の景気調整期に比べ、少なかったのは、基本的には好況時にたてられた企業の長期計画に基づくコンビナートや新工場の建設、拡充などの継続工事が多かったためである。37年度の新規着工投資は、著しく縮減したものの、継続工事はあまり減らずに、設備投資の下支え要因となった。大型の近代化工事の経済性からいっても投資をする以上は、その計画期間中に一挙に設備を施設する方が、あとで需要のつくのを待って徐々に拡張するよりも、資本節約的だという事情が加わって、継続工事を高水準に保たせたのである。また企業の自由化対策や占拠率の維持、拡大という競争動機に基づく投資意欲が弱まらなかったこと、中小企業分野で、資金繰り悪化がさほど厳しくなく、むしろ人手不足解決や、親企業からの受注を長期に確保するための合理化意欲が強かったことも指摘できる。
しかし、設備投資の落ち込みが全体としては少なかったといっても、業種別には明らかな差異を示した。繊維、化学、食品、百貨店などの消費関連部門や、セメント、建設業、運輸通信業などの公共投資関連部門では、最終需要が根強かったことを反映して、設備投資の落ち込みは小幅で、かつ回復も早かった。これと対跡的に、鉄鋼、非鉄金属、一般機械、電気機械などの資本財関連部門の設備投資は減り方も大きく、かつ38年度上期計画においても依然減少傾向が続いている。特に鉄鋼では、継続工事についても目立った削減が行われた。設備投資の減少が資本財関連部門において厳しく現れたことは、前回の景気調整期と比べても著しく異なる点である。また、同じ業種の中でも、成長性があるとみなされる分野については、設備投資が根強い動きをみせたことも、1つの特徴である。化学のうちの石油化学、繊維における合成繊維、非鉄におけるアルミニウム、電気機械における電子工業、一般機械のうちの建設機械などは、37年中にも設備投資が増加するかあるいは軽度の減少を示すに止まり、技術革新と需要構造変革過程における企業の投資選択の重点を反映している。