昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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日本経済の国際競争力と構造政策

産業構造政策への配慮

労働需給と労働移動

労働需給の改善とその要因

労働需給改善の実態

 34年度の経済のの動きの中で、労働需給の著しい改善は一つの大きな特色であった。これは鉱工業生産が対前年比で29%も急増するという一時的な要因にもよるが、神武景気の31年度を境にして労働需給に大きな変化が生じており、その一つのあらわれとみることができる。

 職業安定機関を通ずる求人数と求職者数の比率をみると 第III-5-1図 のように30年までは3~4倍前後であったが、31年以降は2~2.5倍程度に低下し、不況下の33年でも好況期の28年を下回っている。また就職率(求職者中のうちで就職した者の比率)も30年までは13%~15%前後であったが、31年以後は16%~18%まで上昇している。

第III-5-1図 求人求職比率及び求職率の推移

 また就業構造も次第に改善され、労働力の著しい過剰の状態が次第に緩和されつつあることを示している。就業構造の改善には第一に家族従業者や零細経営従事者が減少し、雇用者が著増していることが挙げられる。それは現在ではまだ労働条件の低い中小企業雇用者の増加が中心となっている段階に過ぎないが、全般的な改善の第一歩といえる。第一は潜在失業者ないし不完全失業者が減少の傾向にあるとみられる点である。これらについてはその動向を判断する十分な資料が得られないが、「労働力調査臨時調査」や「就業構造基本調査」によると所得が低いこと、就業が不安定なことを理由とする転職希望者や就業希望者は28~29年ないし30年頃までは増加傾向が続いたとみられるが、その後は大幅に減少し、34年と31年を比較すると上記の理由による転職希望者は29万人、新規の就業希望者は59万人とそれぞれ減少している。これらの者は正常な就業者となったか、あるいは転就業の必要がなくなったかのいずれかであるが、いずれにせよ経済成長に基づく労働需要の増大が根元をなしている。このような不完全就業者の減少は反面では潜在的な労働供給の圧力が従来よりも減退していることを示している。

労働需給改善の要因

労働需給の著しい増加

 労働市場における需給バランスの変化を需要と供給とにわけてみよう。まず需要側では、労働市場にあらわれた新規求人は25~30年には、年平均233万人(うち新規中学高校卒業者を対象とする求人は55万人)であった。31~34年にはそれが404万人(うち学卒対象求人93万人)と1.7倍(学卒対象求人の1.7倍)と、急激な増加を示した。このような需要の急増は何によるものであろうか。

 労働市場における求人の増加分を産業別にみると、製造業はそのうち53%を占め、卸小売業が25%、サービス業が6%、建設業が7%、運輸通信業が5%となっている。すなわち労働需要は製造業を中心とし、これに卸小売業が加わって増加したということができる。

 また雇用者の増加状況から労働需要の動きをみると、 第III-5-1表 のように25~30年には雇用者の増加は年平均77万人で、そのうち卸小売業とサービス業がそれぞれ27%を占め両者を合計すると55%となり、製造業は33%に過ぎなかった。しかし31~34年には雇用増加は年平均82万人にふえ、そのうち製造業が42%に達し、卸小売業は21%とやや低下したが、サービス業はわずかに9%にとどまり、増勢は著しく鈍化した。労働需要増加の中心は製造業に移行したとみることができる。

第III-5-1表 産業別雇用増加数の変化

 このように製造業の雇用需要が拡大したのは、生産の増加率にはそれほどの変化がないが、企業内の過剰雇用が生産拡大の中に次第に吸収されたことや労働集約的な機械工業の比重が拡大したことなどによって、雇用弾性値(生産増加率に対する雇用増加率の比率)は25~30年の0.20から30~34年の0.48と上昇し、生産の拡大が一層多くの労働力を必要とするに至ったことによるものである。

需要を下回る供給の増勢

 労働需要の増加に対して供給の面はどうであったか。25~30年間(前期)の生産年齢人口(15~59歳)の増加は年平均94万人であり、労働市場にあらわれた新規の求職者数は年平均435万人であった。30~34年間(後期)においては生産年齢人口の増加は109万人に増え、新規求職者も533万人に増加した。

 以上のような労働供給の増加を新規労働力人口の増加によるもの、すなわち新規の中学、高校卒業者中の求職者とそれ以外の一般求職者とに分けると、学卒求職者は前期には41万人、後期には63万人と1.5倍に急増した。新規学卒者以外の一般求職者も1.2倍の増加となり、人口増加に伴う労働の供給圧力は後期において一層強まっている。

 これに対して既にみたように求人は学卒対象のものも、一般求職者対象のものも1.7倍と増加したので、求人求職比率は学卒関係が0.75倍から0.67倍へと、求人が求職を上回る傾向を強めたが、一般求職者についても2.21倍から1.51倍へと、需給バランスの改善は著しかつた。

 しかし一般求職者中には就業経験をもち、年齢も相対的に高いものが多いが、これに対する求人は若年層に集中する傾向があり、量的なバランスのみでは解決し得ない問題を含んでいる。34年10月における大阪府の調査(学卒関係を含まない)によると、 第III-5-2表 第III-5-3表 のように求人求職の間には年齢的にも、また賃金の面でも大きなくい違いがあり、中年層以上での需給バランスは著しく不均衡となっている。このような傾向は年令別の賃金格差が大きく若年層は低い賃金で雇用できること、技術革新の進展に対応する能力は若年層の方がまさっていることなどに原因している。労働供給がひっ迫してない限り、このような傾向は今後も一層強くなる可能性を持っていると考えられる。

第III-5-2表 求人求職の年齢別構成(大阪府)

第III-5-3表 求人求職の賃金階級別構成(大阪府)

労働力著増期の需給動向

 これまでの労働力人口の増加率も大きかったが、今後数年間の増加率はさらにこれを上回ることが予想されている。生産年齢人口の増加は 第III-5-4表 にみられるように今後10年間はなお大きく45年以降においてはじめて戦前の増加数を下回るようになる。今後10年間のうちでもその前半(35年~40年)に人口増加は特に大幅である。進学率を若干上昇するものとして計算すると、学校卒業者から進学者をのぞいた新規労働可能人口は年平均200万人に近いと予想される。

第III-5-4表 人口増加の推移

 またこの期間は産業構造の変化や貿易自由化の影響が現実化する時期にあたり、国際競争力の弱い産業から発生する離職者も相当数に上るとみられる。さらに前述のように潜在的な労働供給の圧力は低下しつつあるとしても、なお、就業の必要度の高い求職者や、転職希望者などあ240万人に達しており、労働供給の圧力は我が国経済にとって極めて大きいと考えられる。

 これに対して労働需要はどうであろうか。今後における経済成長率、労働生産性、産業構造変化の動向などが労働需要を左右する。これまでのような高い経済成長率が維持されれば、製造業の雇用需要の増勢はさらに続くであろうし、また所得水準の上昇による第3次部門の拡大も今後に期待されよう。従って労働の需給バランスは、供給の著増する今後数年間も34年度ほどではないにしても、徐々に改善の方向にむかうものと見てよいであろう。

 以上のように最近の労働力の需給バランスは量的には次第に改善される方向にむかっている。しかし質的な面ではなお重要な問題が残されている。既に述べたように、労働市場においては需要が若年層に集中し、中年以上の求職者に対する求人は極めて少ない。しかるに今後産業構造の変化や技術革新に伴って、配置転換を要求されるの労働者の中には適応能力の劣った中年層以上のものが多いと予想される。これらを労働力を必要となる他の産業、他の地域に移動させ、新しい職場を与え、あわせて経済構造変化の阻害的要因をとり除くことが、我が国経済にとって今後の最も重要な課題の一つである。

労働移動とその対策

我が国労働移動の特質と問題点

 我が国の労働移動率は 第III-5-2図 のように米国に比べるとかなり低い。しかも大企業の労働移動率は極めて低く、規模が小さくなるほど移動率は高くなり、規模別の差が極めて大きい。

第III-5-2図 日本、アメリカの労働移動率

 このような我が国の労働移動の特色は何によっているのであろうか。まず大企業についてみると、新規学卒者を採用し、これを養成訓練して基幹労働力とする制度がとられている。このような基幹労働力は不況期にも解雇することは極力避け、賃金をはじめとする労働条件は高く、「生涯雇用」や「年功賃金」の制度が労働移動率を低くしている。好況期には必要労働力は臨時工、日雇労働者として採用する傾向が強い。従って大企業の労働移動率を高めているものは主として臨時工である。

 これに反して中小企業では労働者の育成が困難であり、経営基盤もぜい弱であるため、景気変動に対して雇用は弾力的である。しかも労働条件が低いため労働者はよりよい条件を求めて容易に移動する。このことが中小企業の移動率を高めている主因である。

 以上のような大企業と中小企業との雇用制度、移動率の差は労働市場における雇用需要の質と移動の方向を決定している。すなわち新規学卒者を除くと労働市場の求人は大部分が中小企業からのものであり、大企業の求人は臨時工、日雇労働者などが大部分である。そのため労働市場に現れる求人の雇用条件は一般的に低い。このことはまた前述のような雇用制度とあいまって労働者が大企業相互間で、また中小企業から大企業へと移動することを困難にし、中小企業相互間あるいは大企業から中小企業へという移動にしてしまう。以上のことから我が国の労働移動は労働条件の面からみれば、下降的、転落的ないしは低い労働条件の下での水平的移動とならざるを得ない。このことは 第III-5-5表 第III-5-6表 によっても明らかで、離職前に大企業に雇用されていた者は22%あったが、再就職の場合には大企業に入職したものは4%に過ぎない。賃金についても同様で前職の賃金より5%以上低下したものが6割に及び、しかも年齢が高くなるほどその割合も高い。このことは一般に中小企業の賃金が低いということの外に、職種による賃率が確定していないという点などが影響している。

第III-5-5表 再就職者の事業所得規模別構成

第III-5-6表 再就職者の賃金の変動率別構成

 以上のように我が国の雇用や賃金の制度の中には労働市場の構造をゆがめ労働移動を過度に低下させ、あるいは不健全に高める要因を含んでいる。このような労働市場のゆがみを背景としてさらに産業間、職種間、地域間等の移動の困難性がある。このような労働移動の困難性は、技術革新や貿易自由化による産業構造の変化に直面して雇用の面での適応を困難にする恐れが強い。このような事情は最近における炭鉱離職者の再就職状況によく表れている。

 炭鉱離職者の再就職先をみると産業別には 第III-5-7表 のように多種多様であるが、それらの産業の求人に対する充足率が50%を上回るものは少ない。しかしながら産業間移動は労働者にとって多くの場合職種間の移動である。前表の産業別と職業別とを対照してみると坑内夫などは関連職種である土石採掘工、建設土工に転換しており、炭坑労務者の中でも自動車運転手、電気、機械関係などの技能工や若年の女子労務者はそれぞれ他業種の適応した職種に再就職しているとみられる。しかし単純労務、雑役などの職種や見習工に転換している者が極めて多い。ここに産業間移動の問題点がある。すなわち離職者の適応能力を拡大するための職業再訓練の必要性である。前述のように充足率が低いことは労働条件の問題もあろう。しかし離職者の適応能力を拡大することは配置転換を促進する一つの有効な手段である。

第III-5-7表 広域職業紹介による炭坑離職者の就職状況

 次に地域間移動の問題である。就業構造基本調査によると、33年8月~34年7月の1年間に新規就業、転職、離職の労働移動を行った者は426万人に達しているが、そのうち常住地をかえた者は2割強の88万人に過ぎなかった。しかもその地域移動は同一府県内における者が大半で88万人中46万人を占めている。さらに新規学卒者は地域移動が比較的容易であり職業安定機関も全国的に需要調整を行っている。これらの新規学卒者を除くと既就業者の遠隔地域間の労働移動は極めて少ないものと考えられる。また第2部「労働」の項で述べているように34年度には労働需要は引き締まってきたが、工業地帯やその周辺部をはなれた地方では需給バランスはほとんど改善されていない。

 このような地域間移動は産業間、職種間、企業間の移動にもまして多くの困難を伴っている。しかしながら34年10月~35年3月の6月間における炭坑離職者の再就職地の分布をみると 第III-5-8表 のように、離職地たる九州から遠くはなれた東海以北の地方に再就職者の55%が分布しており、条件さえあれば地域間移動が必ずしも困難でないことを示している。このような条件とは、安定した職場と住宅の確保などであるが、炭鉱離職者の場合にはこの点で各種の機関の協力などによって一般の場合より若干有利であったことは考慮しておかねばならない。

第III-5-8表 広域職業紹介による炭坑離職者の地域別再就職状況

第III-5-3図 事業所の規模別移動率の比較

望まれる対策

 以上のように我が国において労働移動が円滑に行われ難いのは、一面では雇用慣習や賃金制度、労働市場の構造などに深く原因している。しかし同時に全てをこれらに帰し得ない問題も存在する。既に現実の問題となっており、また今後急速に進展することが予想される産業構造の変化や技術革新に伴って要求される労働移動に対しては、さしあたって後者の問題から対策を樹立する必要があろう。

 対策の第一には職業再訓練の拡充が挙げられる。既にその一部は実施され効果を収めているが、なお改善し、拡充すべき点を持っている。例えば訓練の種目をさらに多様化し、多種多様の離職者にそれぞれ適応した訓練を行うようにすべきであるし、また訓練機関が失業者の多発地域や農村地帯には少ないことなどは改善を要する問題点であろう。

 第二は職業安定機関の拡充強化が必要である。新規学卒者に関して現在行っているような、労働需給の地域的調整機関としての機能を強化し、労働市場の地域的な制約を除去するように努めることは極めて重要である。そのためには職業安定機関を機械化し、その能率化をはかることなども必要であろう。

 第三に工業地帯に労働者用住宅を大量に建設することが望ましい。34年度には工業地帯の労働力不足がかなり表面化しており、労働需給の地域的なアンバランスは今後も大きくなる傾向がみられる。これには住宅問題が原因しているところが極めて大きい。同時に住宅建設は大量の労働需要を生み出し、直接的な雇用対策としての意義も大きいことに留意すべきである。しかしながら他方、地域間労働移動の困難性は、その全てを経済的な要因に帰することができない面を持っており、また人口の工業地帯への過度の集中は国民経済的にも困難な問題を生み出す恐れがある。そのため失業者の多発、滞留地域の経済的開発や工場の地方分散の重要な施策であり、地域間労働移動と平行して考慮されねばならない。

 最後に失業から再就職までの労働者の生活を保障し、労働能力の摩滅を防止するために失業保険の給付期間を延長することや、労働移動に必要な資金の貸与を行うなど、社会保障の一層の強化が望ましい。また職業再訓練の対象となり得ないような労働者や、一時に大量に発生する失業者に対しては、応急的な失業対策事業による吸収も考慮されねばならない。

 以上のような当面の対策とともに我が国独特の雇用慣習や賃金制度を次第に改める必要がある。特に賃金の年功序列的体系や本工臨時工間の格差の縮小をはかることは、労働市場の合理化を促進し労働移動を円滑ならしめる根本的な対策である。すでに技術革新の進行過程で、これらの制度や慣行は次第に質的な変化を生じつつあるが、このような傾向は今後さらに助長すべきであろう。


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