昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
日本経済の国際競争力と構造政策
産業構造政策への配慮
部品工業の専門化
経済の高度化の過程で、中小企業の階層分化が進み、かなりの業種にわたって中企業の発展がみられるようになった。高度加工産業の発展をはかり、その国際競争力を高めるために、これらの発展の兆しのみえてきた部品中企業の、一層独立的な発展=専門メーカー化が必要とされている。現在特にこれが必要とされているのは自動車部品工業においてである。従って、ここでは、専門化が既に確立され、国際競争力も十分に持つに至っているミシン、カメラ及びラジオ・テレビ部品企業における専門メーカー確立の条件を吟味し、これらとの比較において、系列下で急速な発展を示しつつある自動車部品工業の専門化も問題点を検討しよう。
部品工業専門化の現状
中小機械部品工業において、専門メーカー化が最も典型的にみられるのはミシン部品工業であろう。ミシン部品点数は大小約400点あり、部品メーカー数は約400軒といわれている。しかし、主な部品の生産は、上位3~4社でそれぞれ約7割の市場占拠率をもつに至っている( 第III-3-1表 )。特に代表的部品たる「中がま」、「ボビンケース」あるいは「ミシン用ネジ」等は、1社で6~7割をしめ、月間約15万台分を生産している。これらの専門メーカーの多くは、現在200~300人程度の規模の企業で、戦時中の軍需下請、洋食器、機屋等雑多な前歴のものがある。ミシン用ネジについていえば、そのトップメーカーは、従業員230人で月間700種類のネジ(ネジ屋としては種類は少い)を、のべ1300~1400万個も生産している。生産単位の最大なものはセンターネジで、70万個にも達するものもあり、月売上高約2,300万円のうち7割は50~60点のネジによつて占められ、その平均生産単位は10~15万個に達している。
組立大メーカー(約11社)といえども、月間生産規模は1万~3万台に過ぎないので、自社で10点以上の部品を作っている企業は6~7社に過ぎず、外注依存度は完成品(テーブル、足部を含む)で85%、頭部だけでも60~65%に達するといわれるほどである。
部品専門メーカーが確立しているので、組立は小・零細企業でも可能となり、130~140軒に達するアツセンブリのみ行う企業が、輸出の過半数を担当するという特異な構造を作っている。
カメラ工業についてみよう。カメラ用光学ガラスとシャッター部門も完全に専門化している。カメラ用光学ガラスのトップ・メーカーは、従業員230人で、月平均売上高4,400万円程度で全国生産の8割をしめ、あとは高級カメラメーカー数社が自製しているに過ぎない。シャッターについていえば、高級カメラ用のフォーカブレン・シャッター(レンズ交換のできるもの)は、ボディ組込という機構上の理由で、上位カメラメーカー10数社が自製しているが、全カメラ生産台数に占める比率は1割強(輸出台数での比率は5%)に過ぎない。9割をしめる中級以下のカメラに用いられるレンズ・シャッターの生産は、従業員1550人の企業が月産約6万個(金額8,000万円)で全国生産の6割を占め、その他は一流時計メーカー2社が兼業で生産しているだけである。
ラジオ・テレビ部品においても、専門メーカーの発達は目覚しい。巨大企業の生産にかかる真空管、ブラウン管、トランジスタ単体等は別として、固定畜電器、固定抵抗器、可変畜電器(バリコン)、可変抵抗器(ボリゥム)、テレビチューナー(同調器)等の主要な回路部品部門がそうである。
例えば、酸化チタン磁気コンデンサー(チタコンと略す)についてみよう。テレビではコンデンサーを一台当たり約100本使うが、そのうちチタコンを約60本使用し、トランジスタ・ラジオでは、全部で22~23本のうち12~13本はチタコンを使用する。このように重要なチタコンの生産は専門化し、某専門メーカーの生産は、34年夏には月産実に1450万個(金額で1億3,000万円)に達し、一社で全国生産の約65%を占め、巨大電気組立メーカー各社が製品の奪い合いをする状態である。当該企業は、昭和23年当時の1工場50人から、34年夏には3工場1400人に急速に拡大した。
このほかの回路部品でも従業員が1000人前後に達し、売上高1億円以上の会社が10社以上も急速に出てきている。
以上、ミシン、カメラ、ラジオ、テレビ部品工業における専門メーカー化の現状をみてきたが、これらの専門メーカーの製品価格の引下げは、量産による生産性の向上にもとづいて、メーカーが比較的自主的に行っており、製品の設計等もいまでは専門メーカーの仕様あるいは特許によることも多く、親企業への従属、系列関係というほどのものが見られないのが特徴である。
これに対し、自動車部品工業においても「専門生産」は急速に進んでいるが、特定組立親企業の系列支配が極めて強く、独立的な「専門メーカー」にまで発展しているものはまだ少い。系列下の多機種での中・大企業の発展という方向をとっているのが特徴である。
32年の「中小企業総合基本調査」によれば、「自動車の部分品及び付属品製造業」の企業数は全部で約3000あるが、49人以下の企業が9割と圧倒的に多い。しかし、生産金額では、付表25にかかげた約60社のみで約4割を占めるほど、上位企業に集中している。
完成車価格の5~6割を占める数千の外注部品の生産構造は複雑で、一概にはいえないが、主なものについて集中度を示したのが付表25である。金額のかさむ主な製品は、いずれもその8~9割までが数社に集中している。
集中度の高いものには、(1)自動車の機構とは一応独立的な部品がある。始動電動機、充電発電機のように巨大電気企業の兼業生産によるもの、あるいはタイヤの如きものである。気化器、燃料噴射装置、ばね、電池などの専門メーカーもこれに類する。(2)補修用需要が多く、規格が多種にわたるのでカー・メーカーでは内製していないもの。ピストン、ピストンリング、軸受メタル、点火プラグ等がこれにあたり、自動車以外の他産業をも多くかかえている。(3)特殊な材料、設備を要するもの。電線あるいは前照灯、スウィッチ等の用品類である。
これらの主要部品のメーカーには、自動車以外のいわば関連産業的色彩の強いものも多い。従業員500人程度以上が多く、企業の総生産額と当該商品(車種によりこの中も極めて多機種であるが)の生産額との差から明らかなように、多種類の商品を生産している。これらの専門化した部品企業でも、直後の競争相手たる二大四輪車組立企業双方へ組付部品を納入しえている場合はまれである。従って、付表25が示しているように、二、三輪車用あるいは補修用、他産業用の受注を多くせざるをえず、この比率は極めて高い。これらの専門化した中・大企業においてすら、組立親企業の系列関係がいかに強いかを示しているといえよう。
関連産業あるいは、衛星的第二会社はしばらくおき、下請系列化の中核的存在である200~500人程度の企業では、「系列下の専門生産」的傾向がさらに強い。これらの系列企業は、それぞれ30~50軒前後の再下請企業をかかえているが、これは部品再下請とともに、中堅企業の多種少量生産体制の反映でもある。
以上のように、自動車部品工業では、産業の規模が大きいので、部品企業の規模は大きくなり、主要な部品生産の集中はかなり進んでいるが、系列関係が強いので、多車種多機種生産であるのが現状である。
専門メーカー化の条件
以上みたように、ミシン、カメラ、ラジオ・テレビ部品においては、部品の専門メーカーが確立され、親企業に対する独自性も強い。では、なぜこれらの部門で専門メーカーが確立したかの原因を、技術的要因、産業としての規模(資本)並びに歴史的条件から検討しよう。当面の問題たる自動車部品工業の「系列化と専門化」における問題点を明らかにするためである。
規格の統一と専門メーカー化
中小企業の専門メーカーへの発展にとって、部品規格統一の必要性が強調される。規格の統一は量産を可能とし、従って機械の自動化、専用機械の使用が行われて、中小企業の低賃金に依存するのみでなく、高い生産性に基づく専門メーカーとしての独自性を獲得しうるからである。
しかし、一般には規格の統一は遅々として進展していないのが実情である。
自動車部品の場合特に規格の統一は遅れている。これに対し、ミシン、カメラシャッターの場合は、規格の統一が行われ専門化している。その理由をみよう。
まずミシンは、その基本的技術がほとんど進歩していない。ミシン産業における技術は、根本的には遠く明治時代にシンガーミシンとしてその原型が与えられ、以後本質的な発展はいまだにみられない。我が国のミシン工業は戦前にみるべきものがなく、輸入シンガーミシンの独壇場であった。戦後の生産再開にあたり、各社は補修需要からいっても、いかにシンガーとい同じものを作るかに腐心し、昭和23年早くも代表的数社の図面を持ちよってHA1型の標準図面を作った。これはシンガーミシンの標準型と全く同じものであり、いまだに家庭用ミシン生産台数の6割を占めているものである。
このようにミシンの技術は完成的技術であったので、規格の統一はなんらの摩擦もなく行いえたし、後にみるように産業としての規模(34年の売上高約200億円、四輪車は1,700億円、二・三輪車を含めれば約2,900億円になる)も小さいので、当時の中小機械工業の能力でも部品の生産は可能であった。ミシン組立大メーカーとしても、部品内製による多種少量生産よりは組立生産を有利とし、部品の外注依存度を次第に高めていったのである。
ミシン工業の産業としての規模が小さいといっても、部品規格の統一が行われているので、専門メーカーの生産単位は、現在では10万個以上に達し、特にネジではこれだけ多量の生産単位をもつネジは他にはあまりない。従って、ネジ専門メーカーでは自動化がすすめられ、また従来、旋盤を用いて熟練工が行っていたネジ切り作業を、転造機を多数入れて、若い女工で10~20倍もの能率を楽に出せるようになり、製品精度も急速に向上している。自動化の進展によって女工が過半数を占めるに至り、賃金コストは低下し、強い競争力をもつに至っているのである。
このようなミシンの部門専門メーカーの確立は、組立メーカーの排他的な系列化を不可能にし、現に系列の強さを誇った某組立企業の系列も昨年からくずれるに至っている。
ミシン工業では、このように技術進歩の停滞のため容易に規格の統一が行われて、部品の専門化が実現したのに対し、カメラ・シャッターの場合は、シャッターの速度、精度が急速に高まり、技術が専門化しているので、事情が多少異なる。
カメラの新型競争は極めて激しい。しかし、レンズ・シャッターのみは共通でありうる。レンズ・シャッター付カメラの部品点数は低級カメラの150~200点から中級カメラで500点ほどであるが、このうちレンズ・シャッターのみで部品点数は100~200点にも達する。従って、シャッターとレンズさえ得られれば、中・低級カメラ組立は小企業で可能である。
シャッターの生産は、はじめ大カメラメーカー及び一流時計メーカー1社が兼業で行っていたが、進駐軍兵士向けの特需で急増したカメラ需要に、シャッター生産が間に合わず、一部組立メーカーの援助で従業員30人余のシャッター専門のメーカーが新しく発足した。この専門メーカーは、輸出の急増で量産が進むにつれ、ミリメートル単位の細かいシャッター部品の機械加工の自動化を急速に進め、精密治具ボーラー、精密検査機などを輸入し技術を高めていった。一方、シャッター組立作業はピンセットとネジ廻しによる人海戦術で、その締付け作業は最終的には作業者のカンによる細密作業である。既存のカメラメーカーは、生産量の少いフォーカルプレン・シャッターは内製しても、生産量の多いレンズ・シャッターは専門メーカーと量産規模が異なり、人件費も高いので内製をやめ、専門メーカーに発注するに至った。専門メーカーは、残業・低賃金という中小企業の有利性を発揮して時計兼業メーカーを抜きさり、現在従業員も1550人に達し全国生産の6割をしめ、製品は完全に自社の設計によるものを販売している。
高級カメラのボディー、フォーカルプレン・シャッターの精度、耐久性等はレンズと異なり必ずしもまだ世界一とはいえない。しかし、高級カメラの対米輸出は、日独ともに1社月間500~1000台程度に過ぎず、市場は極めて狭い。従ってて、1社の月産量も最高3000台程度に過ぎない。少量生産なので高級カメラのボディやシャッターの機械加工の自動化には限度があるし、また組立ラインの作業の細分化は遅れており、作業効率は悪い。高級カメラはこのように量産規模が小さいので、たとえ日本のカメラの材質、機械加工の精度が多少低くても、賃金差がプラスして、日独間であまり差がない状態になっているといえよう。これに対し、アメリカでクリスマス用プレゼント品としての性格が強い中低級カメラでは、価格的に完全にドイツ品に打ち勝っている。レンズ・シャッター及びレンズにおける専門メーカーの確立によつて、カメラ組立月産3万台にも達する企業が可能になり、若年工の人海戦術のよる組付作業の細分化が可能となっているからである。
以上のように、ミシンもカメラ・シャッターも同じく規格の統一によって、専門メーカーの確立をみているが、確立の理由はミシンでは技術的停滞性のためであり、カメラ・シャッターでは精密機械技術と人海戦術的組付作業との結合の結果であった。
中小企業的有利性の利用
生産の非連続性
産業としての規模の小さい場合に、規格の統一による量産化によって、専門メーカーが出現する場合をみた。これとは逆に現在の技術をもってしては、生産期間が長く、生産が非連続的であるために大企業向でない特殊な分野がある。カメラ用レンズがこの例である。
カメラ用光学ガラスの生産過程の特質は、生産期間が4~5カ月と長いうえ、製品歩留が4割程度と低く(さらに完成品たるレンズとしての歩留は実に2割程度になる)、生産が非連続でマスプロできないことである。すなわち、ガラス原料を溶解するための”るつぼ”を乾燥させるために3ヵ月も要し、溶解後徐冷するのに2週間、そのほか何度も加熱したり、目で脈理や、あわ等の不良箇所を除いたり、手間と時間がかかる。
産業としての規模も、先にみたように230人の企業で月産4,000万円程度で全国生産の8割を占める程度のものであり、要するに、大企業向でなく、かといって、小零細企業では、非常な光学的計算を要する設計理論並びにある程度の設備資金(建物、機械ともに約3~4億円)を必要とするので生産不可能という産業である。
第一次大戦による輸入杜絶のため、ドイツ人技師を招いて教えをうけた日本の光学ガラスの性能は、現在、ドイツ品を抜くまでに成長している。これは東西ドイツ分割による事情があるとはいえ、基本的にはレンズ制作技術が、以上みたように他産業の技術水準と比較的関連なく発展できるし、しかも、生産が非連続で、設計技術さえあれば生産できるという特質を持っているためである。米、独等では化学工業の発展の結果、光学ガラスよりはフィルムの発達が著しいのに、我が国では逆の発達を示したのもこのためであろう。
技術的進歩の激しさ
超小型化、高性能化による部品の技術進歩が極めて激しく、かつ爆発的な市場拡大をみせたラジオ、テレビ部品における専門メーカー化の条件はどうか。これには発達の歴史的条件と技術的条件とが考えられる。前者については、後で述べるとし、後者についてみよう。
ラジオ・テレビ部品のうちで、特に回路部品の専門化が進んでいるのは、回路部品が最終製品の設計とは関係なく共通であり得ることである。しかも機構的にいって、その技術は独立的に進歩しうるものである。弱電部門の技術は、現在世界的にも最も進歩のはげしい部門の一つであり、超小型化、高性能化に伴って、特に部品での新しい素材の開発はめまぐるしいほどで、今日の部品がいつまで使用できるか極めて不安定ともいえる。
また、ラジオ、テレビ部品の多くは、極めて手作業を多く要し、機械化しにくいし、ラジオ、テレビ程度の部品の精度ならば、機械化してもさほど能率も上らないし、精度も大して違わないという程度のものが多い。中小企業的低賃金利用と家庭内職にまで連らなる下請制が極めて多いゆえんである。
ラジオ、テレビ部品は以上のような性格を持つので、巨大組立企業が、内製するのはまれであり、部品の設計、試作を行った場合にも、量産化し得る見込がたつと、生産は部品メーカーに行わせる場合が多い。部品メーカーの量産によるコスト・ダウンの効果を狙う方が、組立メーカーとしても有利であり、このため専門メーカーの発達をみている。この点、音質その他で自社製品の特質を出す必要があり、商品としての価値に直接影響するスピーカーの生産が、組立巨大メーカーでは内製されるのが賀比較的多いのと対照をなしている。
また、弱電部門の技術は、技術進歩の激しさから、部分的、応用的技術の発明、発見の可能性が極めて多い。バリコンにおいてポリエチレンのフィルムを挟んだポリバリコンが発明されたのが好例である。容積もキャラメル大と著しく小型になり、トランジスタ・ラジオに欠くべからざるものとなり、発明者は完全に市場を独占し、急速に1000人もの企業に発展した。
労働集約性
細かい手作業は、日本の特に女子労働者が器用だといわれ、だからそのような産業の輸出競争力は強いとよくいわれる。しかし、最近のW・F法(Work factor)による動作研究の精密な資料によれば、器用さにおいては日米国民に差はないという結論が示されている。つまり、細密な作業は元来機械化しにくいし、機械化すると膨大な設備になるので、機械化するか、手作業でやるかは賃金との相対的関係が決めるということである。
一般に、100万円の機械を購入した場合、大企業では一人、中小企業では二人の工員を節約しなければならないといわれる。このことは、機械の経済的耐用年数、賃金水準の相異に基づいているものであるが、基本的な要因は後者である。従って逆にいえば、中小企業はそれだけ人海戦術的有利性を持っているといえよう。
しかし、専門メーカーの初任給は確かに従来の中小企業より高くなっているが、設備機械の合理化が、不熟練若年工、女工の採用を可能とし、総賃金コストとしてはかえって低下さえしている。従って、合理化は有利なものと変わってきている。一般に成長産業ほど若年工、女工の割合が急速に高まっているのはこのためである。
ラジオ・テレビ回路部品のあるものは、「日本の組立メーカーに6~7円で売る部品が、米国の市販品では120円もする」といわれるほど安い。手作業に依存する度合が極めて多く、家庭内職にまで連なる下請利用が可能だからである。また、さきにみた光学ガラスの専門メーカは月間50~60万個のレンズを生産するが、ガラスをレンズにプレスする最終工程の9割を下請に賃加工させている。その結果、専門メーカーの工員約100人分の節約が行われ、従業員一人当たり月間売上高も19万円と高くなっている。
このように、急速に発達をみた部品専門メーカーの多くは、一方で設備機械の合理化、近代化をはかるとともに、他方では、若年工、女子労働者あるいは下請制などの中小企業的有利性をフルに利用しているのが特徴である。
系列化と専門化
部品工業発達の歴史的相異
部品工業の専門メーカーへの発展の条件としては、以上みてきたように技術的条件も重要であるが、産業発達の歴史的条件がより重要な影響を持っている。親企業と部品工業との支配従属の関係がどのように形成されてきたかということである。
ミシン、カメラについては、既にふれたように産業としての規模も小さいので、組立親企業も比較的小さく、支配従属関係もさほど強くはなかった。ラジオ、テレビ親企業は巨大電機企業として、日本でも最大級の企業である。しかし、ラジオ部門の発達の歴史は、後にみる自動車工業とは極めて対照的である。前者はいわば「下から発達した」部門であるのに対し、後者は「上から発達した」部門であることである。この相異が、前者での部品専門企業の発達を容易にし、後者では系列下での専門生産として困難な道をたどらせている大きな理由と思われる。
ラジオ、テレビ部品工業の発達の歴史をみよう。ラジオ業界は、戦前いち早く外国技術資本を導入した巨大電機企業が、真空管生産で制覇した後は、当時のラジオが低級ラジオであったために、ラジオセツトの組立企業も中小資本であり、中小部品工業との間にいわば対等の社会的分業体制が成立していた。戦後簇生した中小部品企業も、24年不況、26年からの民間放送開始によるスーパーラジオ・ブーム、28~29年不況による整理、倒産といった幾多の変遷をへて、生き残った企業は技術的にも資本的にも優れたものであった。そこに30年以降のトランジスタ・ラジオ、テレビ・ブームが展開されたのである。
重電巨大企業の多くは、それまでは電源開発ブーム、設備投資ブームに忙殺され、ラジオ、テレビ組立に本格的に乗り出したのは最近のことである。先に述べた部品の技術的性格により部品技術は専門化し、特殊化し、巨大企業といえども競って専門メーカーから部品の購入をする状態となった。上層部品企業は売手市場であったことも加わり、ブームに乗ってますます専門メーカーとして発展したのであった。
これに対し、我が国の自動車工業は、「上から発達した」典型的な部門である。自動車親企業は、機械工業の基礎が弱いままに、朝鮮特需をスプリング・ボードとし、外国機械技術を導入し急速に発達した。そこでは部品工業との断層をうめるために、強力な下請企業の系列化による育成を必要とした(自動車工業の系列化の実態については前年度「年次経済報告」中小企業の項参照)。従って、親企業と部品企業との支配従属関係も極めて強い。我が国の自動車部品工業の発達の歴史が、ラジオ、テレビ部品工業の発達とも違うし、下から発達した多くの先進諸国の自動車工業の発達とも異なって、系列支配が強く、部品工業の独立的専門メーカー化を困難にしているのはこのためである。系列下での専門化の実情と問題点を次にみよう。
系列化と専門化の問題点
我が国の自動車部品価格は、規格化、専門化が遅れているために、 第III-3-2表 にみるように、米国に比べ平均約4~5割高いといわれている。
我が国の自動車部品工業は、付表25にみるように、系列下で専門化した上層企業すら、「当該商品」の売上高の「企業全体」の総売上高中に占める割合が小さいものが多い。このことは技術的にみても、自動車部品の多くは、電機回路部品と異なり、優秀設備機械を多量に必要とするので、優秀機械を購入しえた少数の系列上層企業に、多種類の部品の発注が集中するに至ったことを示している。しかも、四輪車、二・三輪車の急激な市場拡大が、親企業間の過当競争を引き起こしているので、同一部品に対する規格が、企業ごとに異なって、多車種多規格少量生産に陥っている。
一般に、自動車は既に完成的技術であるといわれるが、ミシンにみたような意味とは全く異なる。その本質は産業としての規模が極めて大きい本格的な「量産技術」であることであり、「管理技術」が量産規模の飛躍によって刻々質的に変化し、我が国でははじめて進行しているものなのである。神武景気をへて、系列下請企業の上層では、個々のレイ・アウト(機械の配置)、設備の近代化、工程管理、労務管理は急速に整備されてきたが、今やその総合化が必要な段階に直面してきている。製品の精度、コスト・ダウン、納期の厳しさは、親工場での製品検査の全廃を目途として、下請工場の工程管理を徹底させ、再下請工場を指定し、従来の口頭での指導を、要因分析を示す統計、グラフなどによって行うなど、徹底したものに変わりつつある。W・F・などによる標準作業でも、従来は量産規模の違いを考慮して、米国などに比べ6割増し程度のゆとりを認めていたのを、100%の実施をはかる段階にきているほどである。このように市場競争の激しさからくる管理技術の厳しさは、他産業にその類をみない。それは資本的にも人的にも、従来の中小企業的なものからの脱皮を要求していることを意味している。下請企業の階層分化の進行によって、親企業としても従来の系列企業全般に対する一律な指導から、系列の再編成を行う必要が生れてきているのはこのためである。
専門化した上層部品企業すら、四輪業界を二分する二大企業へ同時に納入できるものは少なく、二・三輪車用、補修部品用を半ば近く受注し、多機種多規格、少量生産に陥っていることは先にみた。しかし、これは同時に、系列下の部品企業にとっては、新車組付用部品の精度、コスト・ダウンの要請が厳しいので、より利幅の大きい補修部品あるいは精度の甘い二・三輪用の受注で、企業の蓄積を図るための対抗策でもある。系列強化によるコスト・ダウンと多機種少量生産との矛盾といわざるを得ない。それは必然的に再下請、再々下請へのシワの転嫁を意味し、犠牲と無駄の多い道であり、国際競争力の点からも問題であろう。
しかし、自由化の実施を控え、市場競争の激しさは、部品設計においても、従来の自社の特色に重点をおく方針から、いかにすれば安くなるかに重点が移ってきている。そこでは当然少量生産の親企業は、大量生産の親企業と同一の部品を使わざるを得なくなるはずである。
自動車工業の国際競争力を強めるためには、系列下での発展という歴史的条件をこえて、部品工業の一層独立的な発展を推進しなければならないし、その可能性も徐々にではあるが現れてきているといえよう。上層部品企業は、二・三輪、補修用部品を半ば以上生産している実情からみても、もし規格化、機種交換、集中生産が行われるならば、現在でもすぐに、少なくとも倍近くの量産単位をうる可能性がある。部品企業の専門化を確立し、国際競争に耐えるためには、規格統一と部品企業の蓄積を可能にする単価決定についての親企業の協力が何よりも必要であり、これの推進のために政府の適切な処置が要望されるゆえんである。