昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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日本経済の国際競争力と構造政策

産業構造政策への配慮

高度加工産業の確立

 今後における日本経済の成長を考え世界市場に適合した輸出構造の確立を目指す場合高度加工産業の確立を指向する必要が強く認識される。今までにも重化学工業化は相当叫ばれてきたが、その中でも鉄鋼、重電機、造船、合成樹脂などは既にかなりの発展段階に達し、その国際競争力は外国と比べてひけをとらない。従って自動車、産業機械、電子工業、有機合成化学などいまだ競争力に乏しい高度加工産業の強化がこれから特に要求される。これら高度加工産業は附加価値率が高く、その発展は日本経済の高成長を維持する重要な要因となっているからでもある。ここでは高度加工産業の確立のために解決されるべき課題は何かという点を考えてみよう。

外延産業の育成

 高度加工産業を発展させることは経済全体の立場からみれば原材料あるいはエネルギーのコスト高を克服する道であるが、エネルギーや原材料コストをまず可能な限り下げておくことはやはり高度加工産業確立のための前提条件として重要な意義を有している。

 日本の原料条件が劣弱なことは既に述べた。従って貿易自由化のメリットはまず原料条件の改善に役立つ方向で享受さるべきであろう。同時に国内のエネルギー産業あるいは鉄鋼業や非鉄金属鉱業においてはそのコストを国際水準に近づけるべく一段と合理化を強める必要が認められる。これらの外延産業を育成強化することも高度加工産業確立への重要な前提条件である。

エネルギー産業のコスト引下げ

 まずエネルギー産業では高炭価問題の解決が緊急の課題であろう。それには重油価格との対比において石炭価格の引下げがはかられねばならないが、その際需要産業におけるオートメーション技術の発展により、流体原料の優位が明らかとなり、石炭のメリット比は次第に小さくなっている点が注目されねばならない。

 34年末、通産省の石炭鉱業審議会はこの点をも考慮して今後5ヵ年間に1,200円/トンの炭価引下げを最低の目標として答申した。その場合の出炭水準は年間5000~5500万トンの範囲に設定することが妥当であるとしている。そこで1,200円の引下げと出炭5000万トンを維持するには坑口集約と坑内構造の大幅な変革が必要である。我が国石炭鉱業の労働生産性は切羽面においては西欧諸国とそう変わらないが、坑内外を合わせると西欧の約半分に下がる。これは深部採掘に対応した坑内骨格構造ができていないからである。このような大規模な合理化を実施するには大まかにいって現有炭鉱の約半数をスクラップ化し、それに相当する出炭能力をもつ新鉱を開発することが必要である。従ってこれに必要な設備投資はおよそ1,400億円の巨額に達し、さらに10万余の雇用人員を他産業に吸収しなければならない。また流通面においても、流通機構の簡素化、協同化、規格売炭制への移行、計画配船、石炭荷役の機械化により流通経費を大幅に下げねばならない。石炭産業がこのような大規模な若返り工事を達成することができれば、それは電力業など他のエネルギー産業のみならず、高度加工産業発展のためにも真に望ましい環境をつくりだすことになろう。

 これと関連して電力業におけるコスト引下げ努力も必要である。電力業では、最近奥地ダム建設費の増大、水力から火力での転換に伴う運転費上昇、送配電コストの場嵩などにより、電力原価の上昇傾向がうかがわれる。そこで今後電力原価の上昇を抑制し、さらにコスト引下げをはかる諸方途が考えられる必要が生じている。その第一は電力用炭価の引下げである。これは既に述べたような石炭鉱業の合理化によって漸次実現されていくであろう。しかしそれだけでは十分にコスト上昇を抑制できない。そのためには第二に重油専焼火力の建設が必要である。重油専焼により建設費で16%、発電原価で6%程度の割安化が可能である。今後増加エネルギーを重油専焼火力によって吸収すれば、既存の石炭使用量を一挙に減らさなくとも、電力原価の引下げに大きな効果を及ぼすであろう。以上述べたような方向に沿って、エネルギー産業の総合的なコスト引下げを考えていくことが、産業全体の発展と国際競争力強化のために望まれるのである。

鉄鋼業における原料基盤の強化

 エネルギー産業とともに外延産業の基幹をなすものは鉄鋼である。鉄鋼業での問題は次のような点にまとめることができよう。第一に増大する鉄鋼消費に対応して原料基盤を強めなければならない。日本の鉄鋼消費は世界で最も著しいテンポで伸びてきたし、今後もまた伸びるであろう。我が国の鉄鋼生産は既にフランスを追い越して今や世界第5位に躍進した。このため鉄鋼石、原料炭の輸入依存度はますます高まり、輸送距離も遠隔化してきた。従って原材料基盤の強化のためには大型鉱石輸送船隊の建設、大型鉄鋼港湾の整備がぜひとも必要で、そのためには国家資金の大規模な投入などの政府の果たすべき役割が非常に大きい。第二はそれだけでなくラテライトなど近接地域の未利用鉄資源の開発利用、直接製鉄法など新技術の開発も今から考えなければならない問題である。

高度加工産業発展の条件

 以上のように加工産業をとりまく外延産業の育成強化の方向が明らかになったとしても、加工産業自体にはまだ解決さるべき課題が多く残されていて、高度加工産業確立への道は険しい。

高度加工産業確立の主導産業としての意義

 高度加工産業では機械工業が中心をなし、そのうちでも特に自動車、産業機械、電子工業などが重要な位置を占める。それは次のような意味においてである。第一にこれらの産業は附加価値率が高く、その発展は経済成長の柱としての役割を果たしうる。第二に連関効果が大きく関連他産業に対する市場造出力が大きい。例えば電子工業をみよう。従来、我が国の電気機械工業は重電機を中心として発展してきた。ところが最近耐久消費財市場の拡大に刺激されて電子工業の発展がみられるようになった。電子工業は重電機に比べて連関効果は非常に大きいと考えられる。 第III-2-1図 をみて戴きたい。モーターとテレビについてその構成部品及び材料を示したものである。これからわかるようにモーターの場合は部品の数も少なく、材料も鉄と銅以外は目立ったものがない。ところが電子工業になると各種電子管、トランジスターやダイオード、など半導体素子、抵抗、コンデンサー、コイルなど回路部品、プラグ、ジャック、コネクターなどの機構部品、スピーカー、マイクロホンなどの音響部品、サーボモーター、チョッパー、マイクロスイッチなどの制御用部品、これら数百の部品からなり、その材料も半導体材料(ゲルマニウム、シリコン)電子管材料(ニッケル、タングステン、モリブデン、アルミニウム、ガラス)磁性材料(パーコロイ、フェライト、永久磁石)弾性材料(ベリウム銅、燐青銅)絶縁材料やプリント配線基板、磁気テープフィルムなどに用いられる高分子材料(フェノール樹脂、アクリル樹脂、エボナイト)等数えあげればきりがない程である。従ってこれに関連する産業も非常に多く、連関効果が非常に大きいことが分かるであろう。自動車の場合も同様のことがいえる。

第III-2-1図 重電機とテレビの関連効果比較

 第三は関連産業の技術水準を引き上げる効果である。自動車の場合でいえば鋼板、特殊鋼、鋳造品などの技術向上が自動車の性能向上や歩留増加に必要とされるし、工作機械や軸受に対しても同様のことがいえる、以上三つの効果を相互に関連せしめながら、高度加工産業の発展は経済の拡大、技術の発展に大きな役割を果たすとみなされる。

 そこでこれらの産業が拡大発展するためにはいかなる課題が解決さるべきであろうか。

量産体制の確立--自動車工業

 自動車工業においては量産体制を確立することが当面の焦点である。自動車の製造コストは量産規模に支配されるといって差支えない。通産省の調べでは月産能力が2倍になれば、コストは2割低下するとみこまれている。

 量産体制確立への道は市場問題と大きな関係がある。

 第III-2-2図 は各国の一人当たり国民所得と一人当たり乗用車保有台数の相関を示すものであるが、これから分るように一人当たり保有台数は一人当たり所得に非常に大きく支配される。しかしここで注目すべきは次の点である。同じ乗用車といっても、国によってそれぞれ所得水準や国土条件に応じた経済車を制作していることである。所得が高く道路条件のよい米国と、所得が相対的に低い西欧とでは経済車の性能やサイズは当然異なるはずである。西欧ではドイツのフォルクスワーゲン、フランスのルノーイタリアのフィアットなど気筒容積600~1000CC級の乗用車が普及しているのに対し、米国は2500CC以上が大部分を占めている。従って設計製作技術が発展し、そのような経済車を生み出すことが可能ならば所得水準が相対的に低くても普及率は上昇する。また輸出率の拡大が量産体制確立のために必要である。戦後西欧の自動車工業が発展した理由は輸出の著増に求められる。現在ドイツの輸出率は48%(1958年)イギリスのそれは46%、フランスは34%、イタリアは43%である。このように輸出市場が拡大すれば量産効果は非常に大きく、大幅な価格低下を実現できる。それは国内市場に依存する場合よりも普及率を高めるように作用するであろう。

第III-2-2図 一人当たり国民所得と乗用車保有台数

 それでは我が国の場合はどうであろうか。第一に所得レベルや国土条件に適応した経済車はまだ確立されていない。モデル変更がかなり頻繁で新しいモデルが続々と生まれてはいるが、長期に安定需要を吸収しうるものはまだ生まれていないといえるだろう。安定的な経済車を作り出すためにはカー・メーカーはいうに及ばず広汎な関連産業の技術研究を基礎的な面から特に強める必要がみとめられる。第二に輸出の拡大である。我が国の乗用車輸出はようやく始まったばかりで、まだ年間5000台程度の実績しかもたない。西欧の例をみるまでもなく量産規模の拡大のためには輸出市場は大きな役割をもつ。しかし真に輸出力ある乗用車を作り出すには上に述べたような我が国独自の大衆車を確立する必要がある。ただここで注目したいのは我が国の道路事情である。道路条件が劣悪なために我が国の車は輸出市場で要求される使用条件とは全く相反する低速重荷重の性能に重きをおいている実情である。輸出市場に重点をおけば内外2種類の平行生産を行わねばならない。それは量産効果の発現を無駄にしてしまうであろう。このように道路の劣悪は国内普及率の拡大を阻み、輸出市場の拡大にも悪影響を与え、二重の意味で自動車工業発展のくびきとなっている。以上のべたような諸点が自動車工業発展のため当面解決さるべき課題であろう。

技術開発能力の培養--電子工業

 自動車工業と並んで機械工業の発展を支えるべき産業は電子工業である。戦後電子工業の発展は極めて著しかったが、それは特にテレビ、ラジオなど耐久消費財需要の拡大、及びそれに伴うマイクロウェーブ網の発達、オートメーションの進展によるオートメーション機器需要の増大に基づくものであった。電子工業の発展テンポは機械工業のなかでも一番高く、34年の生産規模は30年当時の3倍に達している。このような発展の結果我が国の電子工業は量的にみてもかなりの水準に到達したとみられる。テレビの生産台数は西欧にひけをとらない。トランジスターの生産量は米国と首位を競い、西欧を合計した生産量をはるかに上回る。このように機械工業に占める電子工業の地位は次第に強固になってきた。しかしその将来に関してはいくつかの問題点が提起されよう。量的には強化されはしたが、質的な面では諸外国に比べ相当な遅れがみられるからである。例をトランジスターにとろう。

 生産量が米国に匹敵するといってもその内容は非常な開きがある。日本のトランジスターは大部分がラジオ用で電子計算機、搬送電話装置、無線通信機器など電子応用機器に使用されるものはわずか3~4%に過ぎない。ところが米国の場合はラジオ用は50%程度で、軍用20%、電子計算機やオートメーション機器用が20%を占める。米国の場合は工業用の高性能トランジスターは非常に多いのである。日本ではラジオ用は作れるが、工業用の高性能トランジスターは米国から逆に輸入している状態である。将来トランジスターはラジオ用が頭打ちし、工業用の比重が急激に高まると考えられるから、日本のトランジスター工業は内容的にみるとその基板はまだかなり弱いことがわかる。

 このように最も発展したとみられるトランジスター工業でさえ内容的には非常な遅れがあり、他の部門ではその遅れはさらに大きい。電子計算機、オートメーション機器などがそれである。 第III-2-3図 からわかるように産業用電子機器の輸入依存度は極めて高い。また電子工業の技術はまさに日進月歩で、技術的開きがさらに広がる可能性さえ蔵している。従って電子工業での課題は何といっても高度の技術開発能力を培養することにあろう。特に半導体の分野やシステムエンジニアリングでの技術開発を一層強める必要がある。

第III-2-3図 電子工業部門別輸入依存度

 我が国の技術者は個々にみれば決して能力は低くない。トンネルダイオードやパラメトロンのごとく優れた基礎研究がみられるのであるが、それを実用化する能力がかけているのである。要は協同研究の推進や研究チームの養成など研究体制を早急に確立することにあろう。この点では政府の積極的な役割が養成されよう。

専門化と需要産業の協力--産業機械

 この分野は工作機械、製鉄機械、建設機械、化学機械など従来、技術とも経営的にも最も遅れた分野を形成していた。この分野で最も必要なことは各部分の専門化規格化をおし進めることであろう。例えば工作機械の場合、各メーカーが専門化することによって専門機種の技術が著しく向上した例がみられる。ターレット施設、フライス盤などの分野がそれである。専門化すれば技術が向上し安定した需要がえられると同時に制作経験を蓄積することによってさらに技術の向上が可能となる。工作機械の場合メーカーが専門化する必要はいうに及ばず、モーター、自動制御機器など電装品や油圧機器、チャック類などの部品についても専門化規格化を行うことが必要であろう。これら部品の精度、耐久度は工作機械そのものの技術を左右する。これらの部品が多数の中小メーカーは分散発注されているのでは専門部品メーカーが育たず、その技術向上も望めない。

 また化学機械の場合をみると、これまでの化学機械工業はコンプレッサーやポンプなどの単一機械メーカーの域を出なかったものが、最近ようやく総合プラントメーカーが育つようになってきた。これらの企業は従来のメーカーが造船メーカーの副業的存在であったのに比べると、独立した専門メーカーといってよいだろう。このようなプラントメーカーは今までと違ってプロセスの基本設計(ベーシック・デザイン)から始まり詳細設計(ディテール・デザイン)、プラントメーキング、プラント建設まで一貫して担当し得る能力を備えている。このような技術は従来のものとはまったく質的に異なったもので、応用化学、化学工学、機械、冶金など、各部門の技術が総合されたものである。しかしこのようなメーカーでも現在の段階では、独り立ちしてプロセスの開発を行う能力はまだ備えてはおらない。多くはユーザーが購入した外国のベーシックデザインを買い、ディテールデザインに移す程度である。真の意味で専門化したプロセス・エンジニアリング・カンパニーが育つのはこれからの問題である。

 なおこのような専門化を進めるためには需要産業側の協力が必要である。例えば化学機械の場合、専門化した設計会社が育ってその技術能力もかなり高い水準に達したにかかわらず、需要者たる化学工業側の理解がまだ浅く、設計をまかせ、あるいは新しいプロセスの開発にさいしてコンサルタントとして利用するという面はまだ不十分である。このため現在設計の専門メーカーとみられる企業も建設工事や造機部門を広汎に兼業するなど多角経営で経営維持につとめている。このように産業機械では需要産業の理解と協力がなければ真の専門メーカーが育つことはなかなか難しい。

大規模化とコンビナート化--石油化学

 石油化学はそれ自体をみれば必ずしも高度加工産業とはいえない。しかし石油化学製品は合成繊維、合成ゴム、合成樹脂など広汎な加工分野の裾野をもっており、その発展は全体として高度加工産業たる役割を果たしうる十分な意義を蔵している。

 その石油化学工業は最近めざましい発展を示しているが、国際的にみればようやく発展の端緒をつかんだ程度である。我が国の石油化学は米国のように天然ガス(全体の50%)や石油精製ガス(全体の45%)を原料として利用できないのでナフサ(重質揮発油)を主原料としている。西欧の場合も日本と同じゆき方をしているが、その価格は日本よりも5割近く割安である。従って日本は世界で最も高い原料を使用していることになる。これは揮発油需要が相対的に少ないことからくる石油精製業の経営における問題であるが、この歪みを一挙に解決することができないとすれば製造加工過程でそれに対応した合理化が必要で、第一に生産規模の拡大が要請される。これについては既に(2-15)において述べた。第二は副産物の総合利用で、この問題は最も大切である。我が国の石油化学はナフサ分解技術を導入したため分解ガスの収量構成は 第III-2-1表 の通りで、米国のように精油廃ガスを原料とする場合に比べ、エチレン以外の副産物収量が多い。従って我が国の場合は米国の場合以上に副産物の総合利用をはかる必要がみとめられる。そのためには大規模な総合コンビナートを形成すること、副産物を利用する新しいプロセスを開発することが重要である。

第III-2-1表 エチレン製造における収量構成

 資本系列の枠をこえた企業間の協調体系を確立することがそのための必須条件になろう。

産業間の縦断的結合

 以上のように高度加工産業確立のためには各分野においてそれぞれの条件に応じた対策が必要とされる。しかしここで共通の問題として考えてみなければならないことは産業間の結合の問題である。

 例えば鉄鋼業と機械工業の関係について考えてみよう。先進諸国においては鉄と機械は経営的にも技術的にも密接な連携が確立されていて、鉄鋼業は機械工業の大量買付けに対して数量エキストラ制による価格割引きを実施したり、材料の研究なども積極的に推進している。我が国の場合はこうした結びつきは今まで非常に弱かった。最近自動車工業の周りに調質圧延工場や特殊鋼工場ができて、そのような方向への胎動がみられる。

 このような産業間の縦断的結合は鉄鋼と機械の間に必要なだけでない。石油精製と化学工業、鉄鋼業と化学工業、化学工業と繊維工業などの間の縦断的結合を一層強めることの必要が強く認められる。

 今後の重化学工業政策は個別産業の発展のみでなく、高度加工産業確立の前提条件として産業間の縦断的結合を進め、国際競争力を強化することに一段と意を用なければなるまい。


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