昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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日本経済の国際競争力と構造政策

日本経済の国際競争力の評価

我が国企業の経営力

 前述のように、この数年の日本経済や産業の発展には目ざましいものがあるが、これを企業経営の側面からとらえてみると、大企業についてさえ、技術革新の担い手としてのたくましい経営力を十分に備えているとはいいきれない。すなわち、イ)自己資本の弱さとこれをカバーする借入依存度の高さ、ロ)経営ユニットの小ささ、ハ)自己の研究基盤の弱さ、などの諸点は、日本の大企業を欧米諸国の大企業の経営力と彼我対照した場合に、特に目につくことがらである。

 これらの諸点は、もとより相互に関連しあっている面が少なくないが、次に項をわけて検討しよう。

第II-3-8表 男女間平均賃金の格差

資本構成の歪み

 我が国企業の経営力の不安定性は、これまでにもしばしばいわれてきているように、資本構成の歪みに集約的に反映されている。 第II-4-1図 のように、現在の我が国企業の自己資本と他人資本の割合は3:7の比率を示し、戦前に比べても自己資本の比重が著しく低下している。また、アメリカ、イギリスが自己資本6:他人資本4の割合でほぼ戦前の資本構成を保っているのに比べても、大きな差を認めることができる。戦後同じような復興過程を歩んだ西ドイツにおいてすら、自己資本比率は41%を維持している。しかも、我が国の場合総資本の32%を占めるに過ぎない自己資本のうちには、資本金に繰り入れられていない再評価積立金(全体の6%)を含んでいる。

第II-4-1図 主要国製造業の資産及び資本比較(%)

 このような我が国企業の資本構成悪化の傾向は、一つには戦後インフレの遺産である。この点西ドイツの場合、徹底したインフレ収束と、資産再評価による思い切った償却実施措置、配当抑制などによって企業資本充実策がはかられたのと比べてかなりの違いがある。日本の場合にはインフレの収束が一時に行われず、再三の再評価実施の限度額に対しても企業資本充実はおくれ、再評価積立金の資本組入れも不十分なまま残っている。しかしともかくも、資産再評価によって一時は改善の方向をみせた資本構成は、昭和31年以降一貫して悪化しており、現在の傾向が続くものとすれば、2~3年後には自己資本比率がさらに悪化の度を加えることも十分考えられる。

借入依存型経営と金利負担の増加

 それでは、かかる資本構成の歪みは、日本の大企業の年々創出する収益力の低さの結果として生じたものであろうか。

 いま減価償却前の粗利潤率の高さを分配構成の面から国際的な比較を行ってみると 第II-4-1表 の通りとなっている。すなわち、最近の日本の企業は技術革新途上では粗利潤をあげる力を相当に増しており、アメリカの場合は別としても、イギリス、西ドイツに比べて比肩し得る高さにある。

第II-4-1表 主要酷製造業の粗利潤率(対使用総資本)構成比較

 にもかかわらず最終的に企業に帰属する純利益、社内留保が少ないのは、粗利潤の分配構成の基づくものである。まず、減価償却費からみると、我が国の場合戦前よりも償却率が高まり、粗利潤に占める比重も高いが、技術進歩の激しく、投資が大規模化している時期に、企業ができるだけ資本の固定化を防ぎ早期に価値回収をはかりつつある事情を反映している。しかも、我が国の場合は産業別には資産の再評価と資本組入れが十分に行われたとは言い難い業種もあり、また設備の耐用年数の縮小、償却の加速化等についてもなお検討の余地があるようである。租税支払の割合が戦前よりふえているのも各国共通した事象のようで、我が国の場合も租税支払率の高さのみが企業の内部蓄積力を弱めているとはいえない。結局我が国の場合に、企業の社外流出の負担を大きくしているのは、利潤のうち支払金利の割合が大きいからである。

 支払金利の問題は利子率の高低と借入依存度の多寡にわけて考えられる。我が国の金利水準の問題については後に述べるが、現状では国際的にみても少なからず高い。しかしながら長期的にみれば利子率はむしろ漸減の傾向にあるといってよい。これに反して借入依存度は年々増大する傾向にある( 第II-4-2表 参照)。金利負担の増大は借入依存度の増大により借入金累積高の絶対的な大きさにある。かくて 第II-4-1表 にみられるように、企業利潤(粗利潤)の獲得においては他の主要国に比肩しえても、企業の手もとに残る純利益としてみれば著しく差が現れる。しかもそのうちから相当多くのものが配当して社外に流出してゆくのである。例えば、我が国製造業における戦前(昭和9~11年平均)の配当率は9.4%であったが、最近では12.5%である。

第II-4-2表 製造業借入金利子率及び借入金依存度の推移

 このようにして企業の支払金利は近年増加の一途をたどり、その結果は自己金融力は弱まり、ますます借入依存度は高まる、という悪循環を繰り返すこととなる。

経営ユニットの小ささ

 我が国の主要産業の大企業の経営ユニットが主要諸外国に比べて小さいことはしばしば指摘されるところである。いま鉄鋼、自動車(乗用車)及び化学工業について比較してみても、 第II-4-3表 のごとくわずかに鉄鋼において最大企業がイギリス、西ドイツと比肩し得るほかは、上位3社を合計しても全く桁違いの生産規模であることがわかる。例えばこのことは、化学工業の新しい担い手、石油化学工業にも典型的に現れている。

第II-4-3表 主要国主要業種の経営規模比較

 我が国のエチレン生産4工場は、全て年産2万5千トン以下のものであるのに対し、アメリカにおいては、2万5千トン未満のもの6工場、2万5千トン~4万トン3工場、4万トン~10万トン9工場、10万トン以上10工場を数え、最大生産能力の工場は年産実に24万トンに達するといわれている。同様のことは各石油化学製品についても明瞭である。しかも依然としてこの程度の工場がぞくぞくと計画されて激烈な競争を展開しつつある現状である。このように小規模経営がひしめき合い、それが技術革新の進展に追われて激しい投資競争を演じ、やがては業界の自主調整問題を引き起こす例は我が国の場合特に多い。

 次に民間設備投資額や、主要産業の投資額が日本の場合と近似している西ドイツをとって、大企業の設備投資ユニットを業種別に比較してみると 第II-4-4表 のとおりである。1社当りの設備投資額が西ドイツに及ばない業種として、鉱業、鉄鋼、機械、電気機械、自動車、化学を挙げることができる。さらにこれを資本金ユニットで比較した 第II-4-5表 と対照するならば、我が国企業経営の資本力の弱さ、しかもその割に背伸びした投資を行っている現状が一層明白にあらわれている。

第II-4-4表 日本及び西ドイツ企業の投資ユニット比較

第II-4-5表 日本及び西ドイツ企業の資本金ユニット比較

 このように大企業の場合でさえ多数の企業がひしめきあって投資のシェアをわかちあっている状態は、当然企業の投資資金調達の無理となって現れ、借入依存の増大と関連している。 第II-4-4表 及び 第II-4-5表 のように、ドイツの大企業の場合にはおおよそ資本金の枠のなかで設備投資が行われているのに、我が国の場合には、資本金はかなり名目的なもので、資本金規模を大幅にこえる設備投資が行われている。その資本源泉の多くの部分は銀行借入金に依存しているわけである。

研究投資の貧しさ

 我が国企業の経営ユニットの小ささ、そして借入依存経営のあり方は、また研究投資の問題と因果関係をもっている。目まぐるしいばかりの技術革新期にあって、我が国の企業が競って外国技術を導入し少なからぬ技術料を支払っている。しかし、このような状態が恒久化することは長期的に国際競争力を高めていくためには望ましいことだといいきれない。それには研究投資を一層強化して、新しい技術の開発と蓄積に努めることが前提である。しかしながら我が国における研究投資の実情は、外国にくらべて決して満足すべきものではない。例えば、研究投資の必要性の最も高い化学工業についてみても、我が国の場合では使用研究費の売上高に対する比率が平均1.5%(科学技術庁調べ、32年度)であるのに対し、アメリカは2.6%(National Science Faundation 調べ。1953年)、イギリスは2.4%(Science and Industry Comittee)調べ。1956年発表)となっており、大きな差がある。このことは世界の主要化学会社の投資についてみると一層明瞭である。 第II-4-6表 にみられるように、1956年においてアメリカのデュ・ポン社は年間の研究費は277億円で売上高の4.1%を占め、ユニオン・カーバイド社は同じく198億円で4.2%、アメリカン・シアナミド社は79億円で4.5%、イギリスのI.C.I社では同じく121億円で4.1%となっているのをはじめ、世界の主要会社はいずれも1社で日本の化学工業全体の研究費より多い額を投じている。

第II-4-6表 主要国大企業の研究投資(化学工業)

 これに対し我が国では、1~5億円の研究費を支出した化学工業会社は24社、5~10億円のものわずかに4社、10億円以上は皆無という状態である(科学技術庁調べ、32年度)。

 このような我が国企業における研究投資の劣弱さがもたらされる原因は、日本では技術発展の主導性をを持つべき大企業ですら、自己蓄積基盤が貧弱であり、多額の研究投資を寝かせるにしては経済規模が過小であること、それよりは短期即効的に技術導入の果実を摘む途を選んできたからである。

企業経営の体質改善

 以上のような諸事情は、これまで日本の経済が、資本や物の自由な交流からかなり封鎖された環境のなかで高成長を続けてきたこととも関連している。しかしながら、今後の貿易、為替の自由化体制を前提として考えるならば、日本の企業経営が内有している幾つかの脆弱性が漸次解決されていくことが必要であろう。

 第一には、自己資本の過小な経営は、それだけ景気変動、不況に対して弱いという点である。自由化後の世界景気変動に耐えうるためには、いま以上に自己資本の充実の必要性が生ずるであろう。これまでの景気後退の経験でも、日本は大企業においてすら不安の心理がかなり強かったが、これも自己の資本で景気の波をしのぎきる経営力を有しないからである。国内の銀行がどんな不況でも融資をしてくれる保証があるならともかく、国際的な資本の自由移動を前提とする限り、企業資本の強化は大きな課題である。

 第二には、今後日本の企業が有利な条件で外資導入、外国技術の提携をはかるためには、一層財務構成の改善が必要であろう。優秀な技術を導入しようとすれば、次第に資本提携の要求が強まっているのが最近の傾向である。これまで日本の国内での融資基準を考える限り、どの企業の資本構成も悪く、資本の固定化傾向も共通の問題であったから、どの企業も市中銀行から機会均等的に借入に依存することができた。世界的に資本の合理的な視野で考えるならば、財務構成の良い企業に有利な資本が流入されるのは必然の傾向である。また日本の企業が外国資本の経営支配を恐れるのも、自己資本の過少であることによる面も少なくないのであるから、この点からも企業資本の充実につとめることが望まれよう。 第三に、企業の自己蓄積力が不足である限り、企業の自立的な研究投資の基盤が成熟しにくいということである。

 これらの諸点を勘案し、貿易の自由化に即して企業の自己資本が充実しうるような企業自身の努力はもちろん、環境が次第に整備されることが望ましい。そのためには技術革新の進展に見合う償却制度の充実、企業課税を中心とした税制の面での配慮も前提となり得るであろう。企業の自己資本の充実が進めば、それだけ他人資本への借入依存度も低減し利子率低下の方向も生じ、全体として企業の支払金利負担の度合も減じていきうるであろう。企業の自己資本調達力が不足し、借入依存度が絶対的に高い水準では、一旦は政策的に利子率は引き下げることができても、資本の需給関係から自然利子率は再び高い水準にもどる運動をするだろう。先行き外国資本の導入を国内資本不足の緩和、利子率低下の刺激とする一応の効果は考えられるにしても、要は我が国の企業の資本力を充実してかかることが、回り遠いようでも基本的な解決策なのである。

 同時に企業の合理的な組織化をはかることによって、経営のユニットの拡大につとめ、資本の最大効果をあげることも必要である。これには化学工業におけるように経営の総合化、多角化をはかることが望まれるものもあり、機械工業のように生産や市場の専門化体制の強化に努めることが緊要なものもある。いずれにせよ小規模経営の過当競争を排除し、各企業が最も能率の高い生産活動を行いうる体制を整え得るような組織化が、一層考慮されるべき時期にあるものといえよう。


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