昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
日本経済の国際競争力と構造政策
日本経済の国際競争力の評価
労働生産性と賃金の国際比較
労働生産性の上昇と労賃コストの低下
我が国労働生産性の著しい上昇
我が国の労働生産性上昇は戦後復興段階を終えるにつれて次第に鈍化はしているが、最近数年においても技術革新による設備の近代化を通じ、めざましい向上を続け、欧米先進国との差を縮めている。
まず工業労働生産性の推移を見よう。28年から34年までに工業労働生産性は55%上昇した。これを年平均にすると7.6%の上昇ということになる。欧米工業国は同期間にフランスが日本並の年平均7.7%、西ドイツとイタリアが約6%、アメリカとイギリスが3%の年上昇率であるから、我が国は欧米工業国に比べても、最も高い上昇を続けているということができよう。
各国の生産性上昇には二つの型がある。第一は雇用が余り増加しないで生産性が上昇している国であり、アメリカやフランス、イタリア等はこの類型に属する。第二は雇用を拡大しながら生産性が向上している国である。我が国や西ドイツはこの類型に属している。特に、我が国においては、生産性の上昇と並んで雇用の拡大率においても、世界の最高であることは注目される。
生産性の推移を産業別に見ると、国によって多少の差異はあるが、輸送機械、石油石炭製品、化学、電気機械等の重化学工業は一般に上昇率が高く、反対に皮革、食料品、木材等の軽工業では低い。特にこの傾向は我が国において著しい。輸送用機械等がよい例で、日本、西ドイツ、アメリカでは共に最高の上昇を示している業種である。その中でも、我が国は28年から33年までに約2倍に向上しており、西ドイツの8割、米国の4割をかなり上回っている。
この他石油石炭製品、化学、電気機械、紙パルプ、一般機械、鉄鋼等においても我が国は4割から8割の上昇であり、フランスの化学ゴム等を別とすると、共に世界最高の上昇率といえる。このような重化学工業に反し、我が国の皮革、食料品、木材等の軽工業では西ドイツ、アメリカ、フランス等の上昇率よりも反って低く、重化学工業に比べると著しく鈍っていることが目立っている。
このように業種別にみた生産性の上昇率においては、我が国では業種間の開きが非常に大きいということが一つの特徴点といえる。
以上のように我が国の労働生産性が高い上昇を続け得たのは、第一に需要の変化に対応する大量生産化、品質向上、新製品の造出、生産工程の近代化等、技術革新による近代化投資が行われ、それが生産能力の拡大と雇用節約的な効果を生んだことである。第二は新しい技術、新設備に適応し易い新鮮な労働力の供給が、十分にあったことである。第三は拡大した生産能力が効果を発揮するだけの国内消費や、輸出需要の増大が伴っていたということであろう。事実ここ数年の、我が国産業設備投資の増加率は、欧米を遥かに上回っている。業種別にみても、生産性の高い業種程、設備投資の増加率は大きい。例えば石油精製、鉄鋼、自動車等生産性上昇の高い産業を見ると一人当たり有形固定資産の増加率が非常に大きい。これに対し生産性上昇の低い食料品、皮革、木材等においては、あまり増えていない。また、新鮮な労働力の増加については、生産年齢人工の増加率が、世界的に高いことは周知の事実であるが、その大半が、新規学卒者によって占められてきたので、これらがより高い労働能率をあげ得る要因として働いたものと思われる。
労働コストの低下
前述したように、我が国の労働生産性は、国際的には最も高い上昇を続けてきた。これに対し、賃金の動向はどうであろうか。
名目賃金で見ると、28年から34年までに38%の上昇である。これは年平均にして5.5%であるから労働生産性の上昇に比べるとやや低い。これに対し、フランスは年平均8.2%、西ドイツは6.9%、イギリス6.5%の上昇であるから、共に我が国の上昇率を上回っており、かつ、生産性の上昇率よりも高い。米国の賃金の上昇は我が国よりも低いが生産性を上回っていることにおいてはフランスや西ドイツと同様である。
一方、実質賃金の動向をみると、28年から33年までにフランスと西ドイツは共に生産性の上昇よりも、若干低い年平均5~6%の上昇を続けている。また、英米両国は生産性の上昇とはほぼ同率の2~3%の上昇にある。これに対し、我が国は28年から34年までで年平均4%に達せず、生産性上昇率の約2分の1程度ということになる。
このように、我が国の賃金上昇は生産性に比べると相対的に低いので、生産物単位当たりに占める賃金コストは、ここ数年においてもわずかずつ低下傾向を続けている。これに対し、欧米諸国は前述したように何れも名目賃金の上昇は、生産性を上回っているので、賃金コストは上昇を続けているといえる。この面から見た我が国産業の国際競争力はここ数年来、相対的に強化されてきているといえるだろう。
以上の傾向は産業別に見てもほぼ同様である。我が国においては生産性上昇率の低い、食料品、皮革、ゴム製品、非鉄金属、木材、紡織等で若干の賃金コスト上昇が見られる外は、大部分の産業において低下している。特に生産性上昇率の高い電気機械や輸送用機械等では3割を越える大幅な低下が見られる。
これに対し、欧米諸国では大部分の産業において上昇しており、低下が見られるのは化学、輸送機械等の、生産性上昇の著しい小数の業種に限られている。特に鉄鋼ではアメリカやフランスの上昇が著しく、西ドイツでもわずかながら上昇しており、我が国とは著しい違いを見せている。
以上のように、我が国の工業は高い生産性の向上をとげる一方、賃金の上昇も国際的には高い部類に属してはいるものの、生産性の上昇に比べると名目賃金でも、実質賃金でもこれを下回ってきたので、労賃コストは漸減傾向を維持してきた。特にこれまで、国際競争力の弱い分野と見られてきた重化学工業において、大幅な低下が見られたことは我が国産業の国際競争力を強化する上において、かなりの役割を果たしてきたといえるであろう。
生産性、賃金、労賃コストの水準
西欧水準に迫る労働生産性
前述したように我が国の労働生産性は、欧米諸国よりもかなり高い上昇を続けてきたので、欧米諸国との水準の差をかなり縮めているものと思われる。そこで、我が国の物的生産性の国際的水準がどの程度かをみたいわけだが、工業全体、あるいは鉄工業総合で比較することは困難であり、かつ、価値生産性については為替レートの影響が加わるので、主要業種の物的生産性を幾つかに類型化して比較してみることにしよう。
まず第一は、最も自然条件の悪い地下資源と結びついた石炭等のような産業である。石炭産業の生産性を見るとインドよりも若干高い程度でアメリカの15分の1、西欧諸国の2分の1の低さにある。カロリーの低さを考慮すると実質的な生産性はさらに低いということになろう。それでも25年当時は西欧諸国の3分の1の水準にあったので、その差はかなり縮まっているといえる。
第二は技術水準も高く、資本集約的で優秀な労働力が結合している基礎産業である。これらの分野においては、前述したような急速な向上によって、ほぼヨーロッパの水準に近いところまで到達している。例えば鉄鋼をみると、アメリカの5割、フランス、西ドイツ、イギリス、ソ連等の西欧諸国とほぼ同水準に達している。セメント、電力等においてもほぼ同程度にあるといえる。
第三は技術水準は高いが労働集約的で、若干女子労働力と結合している産業である。綿紡績業はその代表的な産業といえる。もともとこの産業の生産性水準は世界的に高い方に属していたが、最近では英国を上回りアメリカの8割の水準に達している。最も、これは十大紡の水準であるから新紡や新々紡等では、これ程の高さにないことはいうまでもない。
第四は技術水準が比較的低い機械工業の分野である。機械工業の中でも大量生産方式を特徴とし、我が国においては新興産業である自動車産業等は、前述したような急速な上昇にも拘らず、大量生産の効果を十分に発揮し得ないため、欧米に比べるとなお低い水準にあるといわれている。また、工作機械や産業機械等もほぼ同様の状態にあるものと見られる。しかし、多種小量生産方式を特徴とする分野では、鋳鉄鋳物、鋳鋼等のように一人当たり生産重量でアメリカの約2分の1で、イギリス、西ドイツ、フランス等の西欧諸国とほぼ同水準に達しているものもある。
以上のように業種によってはかなりの差異があるが、我が国の生産性を国際的に比較するにおいて、重要なことは中小企業の低水準の問題である。上述の例は比較的大企業の多い業種であって、中小企業の分野においては依然その差は大きいものと思われる。この関係を直接的に物的生産性によって比較することは困難であるが、付加価値生産性によって西ドイツと比較してみると、中企業まではほとんど差がない銑鉄鋳物などの業種においても、小企業になると急速に開きが拡大し、小企業比重の大きさと相まって、業種全体の生産性を低めている。最も中小企業の価値生産性には価格の低さが反映しているので、物的な生産性ではそれ程の開きはないであろうが、我が国工業全体の生産性水準を高めるためには改善を必要とする最も重要な部門といえるであろう。特に大企業を頂点とし、下部に多くの中小企業を擁していて、国際競争力の弱い自動車等のような機械工業においては、製品全体の精度を高め生産性水準を高めるために一層重要な問題といえるであろう。
賃金水準と労賃コストの低位
生産性の水準に比べると日本の賃金は相対的に低い。工業労務者一人一時間当たりの賃金を為替レートによって比較してみると、1958年において日本は22セントである。これに対し、アメリカは213セント、イギリス67セント、西ドイツ52セント、フランス37セント、イタリア35セントであるから、数年前に比べると幾分その地位が上昇したとはいえ、依然として、アメリカの10分の1、英、独の3~4割、仏、伊の6~7割という水準である。
最も、公定レートで換算するには問題があるので(3-4)1959年の購買力平価(試算)で推計してみると西欧との差はあまり変わらないがアメリカに対しては18%に接近する。しかし、これは時間賃金であるので家計の基礎となる実収賃金としてみるには、さらに労働時間を考慮し、児童手当等の社会保障給付や退職手当等をも加えなければならない。例えば、日本は退職手当等の比重はやや大きいがフランスやイタリアは児童手当等の社会保障給付が賃金の2~4割程度支給されているので、仏、伊等の実質的な差はもっと大きいと見なければなるまい。
以上は工業労務者の平均で見たものであるが、我が国の賃金は業種間、規模間に大きな開きがあるので、資本集約的で生産性の高い大企業の業種等では、アメリカとの差は大きいにしても、西欧との差はかなり接近している。例えば500人以上の労務者をとると、為替レートによる比較でも英独の5~6割、仏伊の8~9割前後となる。また、前述したように労働生産性が西欧水準と接近している鉄鋼、電力、セメント等の業種についてみると、鉄鋼ではアメリカの2割であるが、英、独、仏の約7割である。電力もアメリカの2割、英、仏の7割であり、セメントではアメリカの29%、英国の7割に近い。従って消費者物価の割安を考慮するとその差はさらに少なくなろう。
このように生産性の高い基準産業における賃金は西欧水準にかなり接近してきているが、依然低いのは中小企業の賃金である。例えば1~4人規模の労働者をとると為替レートの比較ではアメリカの6%、英独の2割、仏伊の3割程度である。また労働生産性ではアメリカに次いで最高の水準にある綿紡績業等も、若干女子労働者の比重が大きいことが、影響しているため、十大紡でも、アメリカの8分の1、イギリスの3分の1の水準にある。
以上のように賃金水準においても欧米の水準に幾分接近してはいるが、戦前に対する上昇率でみると、まだまだ低いといえる。英・米両国の実質賃金は戦前(1937年)に比べ約8割上昇し、西ドイツも約5割上昇しているが、我が国は25%増の水準に止まっているので、平均でみた賃金の開きはなお戦前よりも拡大しているようである。
以上見てきたように我が国の賃金は生産性に比べると相対的に低い業種が多いので、労賃コストも国際的には低い業種が多い。
例えば基礎産業をみると、鉄鋼のトン当たり労賃はアメリカの3分の1、イギリスの2分の1、西ドイツ、フランスの6~7割である。セメントや電力ではそれ程の差はないが、欧米諸国に比べて低位にあることには変わりがない。特に低位にあるのは技術水準が高く、労働集約的な産業で若干女子労働者を多く雇用している繊維工業や電子工業などの産業である。また、中小企業の製品も労賃コストは低い。前述した銑鉄鋳物などについても労賃コストは欧米諸国の3分の1前後である。
しかし、反面、労働生産性が低いために労賃コストでは国際的に割高な産業もある。例えば石炭産業をみると、トン当たり労賃はイギリスやベルギー程ではないが、アメリカや西ドイツ・フランスなどに比べるとかなり割高となり、高単価をもたらす一つの要因になっている。また技術水準が遅れ、生産性の低い自動車その他の機械工業においてもほぼ同様の傾向のあるものと思われる。
労賃コスト低位の要因
以上見てきたように、ここ数年来の我が国の労働生産性は引き続き高い上昇を続け、賃金もかなりの上昇を保持してきた。その結果欧米先進国に対し、生産性ではかなり、賃金においても若干の接近を示した。しかも単位生産物当たりの労賃コストは欧米諸国とは逆に漸減傾向が続き、労賃コストの低位性は強まったといえる。労賃コストの低位性は原材料の割高を克服せねば国際競争力が足りないこと(2-2参照)、高金利(2-5参照)などの理由もあるが、労働面からみると次のような諸要因が考えられる。
第一は我が国が完全雇用の状態に達していないことである。これは労働所得の分配率を低め、労賃コストを国際的に低位にしている基本的要因でもあるが同時に、最近数年における労賃コスト低下の一つの要因でもある。この期間中労働需要も増大しているが、新規学率者、不完全就業層を含めると、労働の需給関係はなお供給過剰気味にあった。
第二部「労働」の項で述べているように34年度には労働需給はかなり改善されたが、それは主として技能工と低賃金の若年労働力についてであり、全体としてみれば労働力の供給源にはまだかなりの余裕がある。一方西欧諸国では、周知のようにほとんど完全雇用状態にあり、この面からの賃金引上げの圧力が極めて強い。 第II-3-7表 のように29年から0年頃から西ドイツにおいてもフランスにおいても失業者数、求職者数は著しく減少しはじめ、33年には28年当時の2分の1から3分の1となり、反対に未充足求人は30年10月から34年10月の間に2~3倍に増加し、フランスの場合も労働需要の増大はさらに大きい。しかもこれに対して熟練工でも、未熟練単純労務者でも、求職者は減少している。このことが各業種にわたって、また熟練度の差別なく賃金を上昇せしめる結果となっている。
第二は技術革新投資による資本費負担の増大である。前述したように最近の生産性の上昇は、技術革新投資に負う面が大きいが、その反面、減価償却費その他の資本費負担が増大していることが、生産性の上昇に比べると賃金の上昇を、相対的に低める要因として働いたものと思われる。
第三は、年功序列体系をもつ我が国の賃金構造の下において賃金の低い若年労働力の増加率が大きかったことである。大企業の若年層の増加はそれ程大きなものではないが、中小企業においては若年層の比重がかなり拡大してきている。このことは、平均賃金の上昇を低め労賃コストを低めた一つの要因とみることができよう。
以上の外産業別に見て労賃コストを低位にしている特殊の構造的要因がある。それは、男女、年齢別、賃金格差の大きさである。
製造業男子労務者では、18歳未満と40~45歳では約4倍の開きがある。これに対し、諸外国では未成年の労働者と成年労働者の間には格差を設けているが、成年労働者(おおむね20歳前後以上)では熟練度、職種による格差はあるものの、その差も比較的小さく、同一職種、同一熟練度であれば同一の賃率が適用され年齢や勤続による賃金格差はほとんど存在しない。
男女別賃金格差もまた極めて大きい。紡績業、男女格差を見ると日本は男子に対し女子は54%であるが、欧米諸国は何れも7割以上の水準である。このように我が国の若年層や女子労働力の賃金は相対的に低いので、高い技術水準で、しかも若年女子労働が十分結合し得る産業においては、労賃コストは低位となる要因をももっている。繊維産業、カメラ、電子工業等はその好例といえるであろう。
以上のように、我が国の労働生産性は、最近数年においても引き続き高い上昇を続け、これに伴って賃金も改善されてきたが、労賃コストではわずかずつ低下傾向にある。また業種別にみると資本集約的な基礎産業のように、生産性においても賃金においても、西欧にかなり接近している分野もある反面、著しく立ち遅れを示している新産業、機械工業、中小企業等広範な分野等もある。今後我が国全体の生産性を高め、賃金水準を引き上げていくためには、高い技術水準に労働力が結合する、高度加工産業的な新産業の育成も望ましいが、最も立ち遅れている中小企業の技術水準を高め近代化を進めて、賃金の改善をはかっていくことが重要な方向であろう。