昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

昭和34年度の日本経済

国民生活

34年度の国民生活の特徴とその要因

消費生活向上の内容

 前述したように34年度の都市・農村を合わせた国民消費水準は前年度とほぼ同程度の向上を示した。これを都市と農村に分けてみると、都市では上昇率が鈍り農村では増大している。

 まず、都市世帯についてみよう。都市世帯の可処分所得は前年を上回る上昇を示したが、消費性向が低下したため、消費支出は前年度とほぼ同率の6.4%の上昇であった。さらに第2部物価の項にみるように、消費者物価が料金関係を中心に前年度に対し1.6%上昇したため、消費水準では前年の伸びを下回る4.7%の上昇にとどまった。 第14-1図 は全都市全世帯の消費支出がどのような産業部門に支出されたかを前年度と比べたものである。同図からも明らかな通り、増加支出のうち農林水産物に向けられた割合は12%程度に過ぎない。これに対し工業消費財への支出は前年度の50%からさらに58%へと増加し、反対にサービス部門へは30%と前年度よりもかなり低下した。農林水産物への支出増加は主として肉乳卵類、果物類の支出増加によるもので主食類では麦、雑穀類が3割減少し、米類も1%ほど減少する等食生活の改善傾向は従来に引き続き着実に進行している。工業消費財への支出増加は主として前年に引き続く耐久消費財の増加と被服消費の増加である。なかでも家庭用電気器具を中心とする家具什器への支出額は前年度を30%上回る大幅な増加を示した。この増加率は前年と同程度であるが、都市家計消費に占める比重の増大を考慮すれば今年度の家具什器支出増加の工業生産に与えた影響は一層大きかったといえよう。また被服への支出増加は主として和服、洋服及び下着類の購入増であり生地類などの増加は少なかった。サービス関係では、電気代が家庭用電気器具使用増加を反映して前年に比べ15%も増加し、またテレビ聴視料は料金改定の影響も加わって60%も増加したが、外食費の伸び悩みや映画観覧料の減少などで、全体としての増加率はかなり鈍化した。

第14-1図 増加消費支出の産業部門別配分状況

 一方農家の消費はこれまでにない顕著な増加を示した。消費支出全体では前年度に比べ、現金消費支出で9.3%、現物を含めた消費水準でも5.0%の増加となった。この増加率は28年度以降最高のものである。消費の内容においてもかなり都市的生活化への傾向が現れており、家具什器、電気代、肉乳卵類、外食、被服などの費目の増加が著しかった。特に家具什器への支出は前年度艪T3%増と著増して都市世帯の30%増をはるかに上回った。

 このように34年度の国民生活は、都市、農村とも同様の質的向上をみせたが、特に家具什器の支出は都市、農村を通じて顕著な増加をみせ、都市農村を合わせた家具什器支出の伸びは前年度の21%増から39%増へと一段と大幅なものであった。そこでその内容についてさらに詳しくみることにしよう。まず、このような家具什器の支出増加の特徴をみると、テレビと電気冷蔵庫の購入増が最も著しく、またテレビの購入世帯の中心が高所得層から中低所得層に移ったことである。 第14-2表 に示す通り、家庭用電気器具の購入金額は都市世帯でも前年に対し60%増加した。また当庁調べの「消費者動向予測備調査」(都市)によると、34年1月より35年1月までの一年間にテレビを購入した世帯は、都市世帯の約20.3%に達し前年度の11.7%に比べるとはるかに大きい。また、農家においても前年度の1.7%から6.6%へと大幅に拡大した。都市世帯のテレビ購入率を所得階層別にみると中所得層の30%が最も多く、高所得層の15%の2倍に達している。これに対し電気冷蔵庫では都市全世帯の約3.5%が購入し、前年度の2.1%をはるかに上回ってはいるが、依然高所得層を中心に増加しており、中所得層の購入も幾分増加し始めた段階である。この結果、都市における保有世帯もテレビは34年2月の23.6%から35年2月には44.7%となり、電気冷蔵庫では5.7%から10.1%となった。

第14-2表 家庭用電気器具、光熱費、教養娯楽費支出増加の内訳(名目)

 このようにテレビや電気冷蔵庫等の購入意欲が強いのは、生活の合理化を目的とする家庭の電化やデモンストレーション効果が影響していよう。特にテレビについては価格が中所得層においてもほぼ買いうる水準まで低下していること、購入後においては比較的安い料金によって家庭娯楽が楽しめること等が挙げられる。このほか、月賦販売の普及が家庭用電気器具の購入増を助けていることも見逃し得ない。消費者動向予測調査における都市世帯の月賦購入の割合はテレビで5割、電気洗濯機等では4割と前年よりもかなり増加し、中低所得層ではさらに高い値を示している。

第14-2図 主要耐久消費財普及状況

 なお前述したような国民生活の向上の中で依然立ち遅れているのは住宅事情の改善である。

 34年度の住宅建築戸数は増改築を合わせて56万戸と、好況に伴う民間自力建設戸数の増加を反映して前年度を11%上回った。しかし総理府統計局調べによる住宅難世帯は33年10月に全国で約230万戸と全世帯数の12.5%に達しているので、この程度の増勢では住宅事情の早急な解決は望めない。しかもこの不足は依然として大都市ほど激しく、所得階層別には中低所得層で著しくあらわれている。このような住宅事情改善の立ち遅れは、「建設」の項にみるようにと土地価格の高騰によって建設費の増高していることや、国家資金による住宅建設も充分でないことによるものであり、今後の国民生活にとってこれらの点に対する充分な対策が最も重要な課題であるといえよう。

個人所得の増加

 前述したように、34年度の消費生活が前年に引き続き着実な向上を遂げたのは、好況及び豊作による個人所得の増加が大きかったからである。

 全都市勤労者世帯の実収入は39,756円(5人、30.4日換算)と前年に比べ7.2%増加し、33年度の5.7%増をかなり上回った。これには三つの要因がある。第一は好況に伴い、ベースアップや定期昇給の増加率が大きく、世帯主定期収入が5.2%増加したことである。第二には残業時間の増加や期末賞与の支給増等を反映して、臨時収入が15.4%の大幅な増加を示したことである。第三には「労働」の項にみるごとく就業機会の増大や若年層賃金の上昇などによって、世帯員収入が前年度に対し27.6%に達する大幅な増加を示したことである。このような実収入の増加の上に前年4月から実施された減税の影響も加わったので可処分所得では8.1%増と実収入以上の増加となった。

第14-3表 可処分所得、消費支出の推移

 また農家においても農業所得、農外所得の両面にわたって増加し、農家現金所得は前年度を11.4%上回った。すなわち農業収入には「農業」の項にみるように米の未曾有の豊作と価格支持制度の存在などによって大幅に増加した。これに対し農業支出は微増にとどまったので、農業現金所得は前年に比べて13.6%増と著しい増加を示した。さらに好況を反映した就業機会の増大に賃金水準の上昇が加わって労賃俸給収入も10.8%増加し、農家所得の近年にない大幅の増加をもたらした。

 このほか、34年11月以降施行された福祉年金の実施がある。その支給額は少額であり支給月数も4カ月分に過ぎないので、今年度の国民生活全体に与えた影響は軽微であるが、この給付は比較的低所得層を中心とするものであるので低所得層の家計に好影響を与えたものと思われる。

第14-4表 農家家計収支

貯蓄率の増加

 上述したように個人所得の増加はかなり前年を上回ったが、都市・農村とも消費性向は前年度より低下し、所得増加率に比べて消費の増加率は若干低目となったので貯蓄率が増大した。

 全都市勤労者世帯の可処分所得は前年度に対し8.1%増加し、そのうち31%が貯蓄にまわされたので、家計の黒字率は前年度の11.3%から今年度は12.8%に上昇した。このように貯蓄率が増加したのは次のような要因によるものとみられる。

 第一は臨時収入の増加率が大きかったことである。一般に定期収入に比べると臨時収入の増加は貯蓄に向ける割合が多いが、前述したように34年度の所得増加は各階層を通じ臨時収入の増加が大幅であった。

 第二は高所得層の消費性向の低下が大きかったことである。前年度には高所得階層は耐久消費財の購入や住宅修繕などのための消費性向が急増した。本年度も家具什器の増加率は衰えていないが、住宅修繕や食料支出等の低下率が大きく、増加所得の約49%が貯蓄に向けられた。

 このように34年度の貯蓄率は、前年度の持合いから再び増加に転じたが、貯蓄内容においては前年に引き続く傾向が維持されている。すなわち高利回り貯蓄への移行と保険加入の着実な増加である。特に高利回り貯蓄の増加については、証券投資の大衆化を反映した有価証券投資が大幅に増加をみせたことが目立っている。

第14-5表 勤労者世帯収支バランス


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]