昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
昭和34年度の日本経済
労働
好況下における雇用の動向
製造業と建設業の著しい雇用拡大
34年度の鉱工業生産の対前年度増加率は29%に達し、33年度はもちろん、神武景気の31年度をも上回った。このような好況を反映して、雇用の増加率も大きく毎月勤労統計(規模30人以上)によると対前年度8.8%増で、33年度の増加率3.2%の3倍に近く、31年度の8.2%をもわずかながら上回っている。
産業別にみると、建設業、製造業、卸小売業などの増加率が著しかったが、運輸通信業、電気ガス水道業ではわずかの増加にとどまり、鉱業では4.1%の大幅な減少であった。33年度と比較すると鉱業を除く第二次産業の雇用増加率が高まり、第三次部門では増勢が鈍化している。31年度と比べても製造業の増加率が卸小売業のそれを上回っていること、建設業の伸びが著しく高かったことなどが特徴である。
このような傾向は失業保険被保険者数からみた雇用の動きにおいても同様である。34年1月~35年1月の1年間の被保険者の増加は1179千人(11.5%)に達したが、その増加数の構成では製造業が60%を占め、卸小売業とサービス業が24%、建設業が9%で、製造業における雇用増加が極めて大きかったことを示している。
製造業の雇用増加の状況をさらに業種別にみると、住宅建築や家具類のめざましい伸びを反映した木材木製品、家具装備品製造業、輸出増加と消費の高度化に支えられた食料品製造業、自動車生産の増大に伴うゴム製品製造業などで雇用増加も著しい。しかし、雇用拡大の中心となったのは、生産増加率が73%にも及んだ電気機械をはじめとして精密機械、一般機械、金属製品、鉄鋼など金属、機械工業である。
これらの業種の製造業全体の雇用増加に対する寄与率をみると 第13-2表 のように69%に達している。31年度にはそれが48%であったことと比較すると34年度にはいかに金属機械工業の雇用増加が大きかったかが明らかである。それに対して繊維や衣服、化学などの業種では増加率が低く、特に繊維工業では生産が22%も拡大しているのに雇用増加率は3.5%と極めて低い。
大企業と臨時工の増加
雇用増加の状況を規模別にみると、卸小売サービス業と雇用の減少した鉱業を除いて他の産業ではいずれも、規模が大きいほど雇用増加率が高く、33年とは反対の傾向がみられる。特に製造業の大規模事業所における雇用増加が34年の特色であるが、これを31年当時と比較してみよう( 第13-3表 参照)。景気停滞期から回復期にかけては今回(33年7月~34年7月)は大規模が最も増加率が高いが、前回(30年7月~31年7月)は大規模では減少していた。景気上昇期に入っても今回(34年7月~35年1月)は大規模の増加率が最高であるが、前回は中規模が最高の増加率を示し、大規模では小規模とほぼ等しい程度であった。
これらの中にはかなりの臨時工が含まれている。労働省「労働異動調査」によると、33年末から34年末の1年間に製造業では常用工は6%の増加にすぎなかったが、臨時工は39%と急増した。製造業の中では繊維、化学、ゴム、鉄鋼、非鉄、電機、輸送機械などでの増加率は50%~80%と大幅であった。このため34年末には臨時工は常用工の8%、500人以上の大企業では12%にも達した。
労働需要の増加をこのように臨時工でまかなっていることは、依然として臨時工の景気調節弁的役割がかわっていないことを示している。しかし、臨時工の増加も31年当時とはかなり趣を異にしている。30年末から31年末にかけての1年間には常用工の4%増に対して臨時工は52%と、34年をはるかに上回る増加率を示した。また増加労働者のうちの臨時工の割合をみると31年には41%を占めていたが、34年には29%とその比重は低下してる。さらに業種別に比較してみると、一般に臨時工の多い業種は、金属、機械関係であるが、31年にはこれらの業種で74%増加したが、34年には46%の増加にとどまった。金属、機械関係を除くと臨時工の多い業種は食料品、衣服、化学、ゴム、窯業などであるが、これらの業種を合計した臨時工の増加はあまりかわらない。すなわち金属、機械関係業種の臨時工の増加が31年ほどではなかったことが、製造業全体の臨時工の増加率を低めたということができる。
なぜ金属、機械で臨時工が31年ほど増加しなかったのか。第一に33年中には臨時工は29~30年当時ほど減少していなかったこと、機械工業中でも特に臨時工の多い造船業が34年には不況であったことなどが挙げられる。しかしながら、さらに重要なことはここ2、3年来設備の合理化が進み、従来多くの臨時工を必要とした造船などの間接工程で、それほど多くの人力を必要としなくなったことである。また常用工と臨時工の間には労働条件の格差が大きくそのため労務管理上、種々の困難な問題が生じ、それを回避するため臨時工の採用を手控え、下請を利用する度合いが高くなっていること、一部には常用工への繰り入れを実施したこと、労働市場の需給バランスが改善され臨時工という待遇では募集が困難になったことなどもかなり影響している。
労働需給の改善とその影響
好況下において労働需給が改善されることは従来もみられたところで、31年度にも工業地帯では技能工の不足、臨時工の募集難という現象があらわれたが、34年度にはこの傾向が一層強くなり技能工のみならず女子や若年の未熟練労働力の不足は34年度の労働の分野における特色の一つであった。
34年度の職業安定機関を通じてみた労働市場の需給バランスは有効求人1に対して有効求職者1.7倍にまで低下し、33年度の2.5倍、31年度の2.3倍に比べて著しく改善され、従来のはなはだしい求職者過剰の状態がかなり緩和された。
地域別にみると東北、山陰、南九州などでは需給の改善はあまりみられず、炭鉱離職者が多数発生した北九州では前年度より悪化したが、京浜、中京、阪神の大工業地帯やそれに隣接する地方では求人が激増し需給バランスの改善は著しかった。また北関東、山陽などの地方でも工業地帯の大工場の進出によって新しい労働需要が生み出され、同様な傾向がみられた。
また、労働需要の増加によって労働力が農業から都市産業へ、中小企業から大企業へ移動する現象もみられ、食料品、繊維、各地の特産的業種の中小企業などではその補充と生産拡大を賄う労働需要とが重なって労働力不足が目立った。
以上のような労働需給の改善は産業活動の活発化によって求人が急増したのに対して、求職者は逆に10%も減少したからである。例えば職業安定機関を通ずる求人は前年度比35%増となったが求職者は10%減であった。求人の増加を産業別にみると、卸小売業とサービス業では4~5%の小幅の増加にとどまったが、製造業、建設業、運輸通信業では対前年度比20~30%の増加となった。製造業の中でも第1次金属が前年度の2倍強、電気機械と輸送機械がそれぞれ約80%、一般機械が60%、化学工業も30%とそれぞれ大幅に増加し、食料品や繊維では10~15%の増加であった。34年度の工業生産のうちで機械工業、特に電気機械と自動車の生産拡大が著しいが、これはいわゆる労働集約的産業で生産拡大に要する労働量は他の産業に比べて極めて大きい。しかもこれらの業種で量産体制が確立されたため、元方たる大企業と下請、部品メーカーとの両側で労働需要は急激に膨張した。これとともに産業機械や金属工業でも設備投資の増大に伴って雇用需要は急増した。その結果求人は技能職種と、若年層に集中した。34年10月の大阪府の調査によると求人の55%は20歳未満の若年層を対象としたものであった。
以上のような需要の増加に対して労働の供給は全体としてはかえって減少した。新規学校卒業者中の職業安定機関を通ずる求職者は33年度もあまり増えなかったが、34年度には中学で前年より6%減少した。これに対する求人は45%も増加したため、求職者1に対して求人は1.92倍で求職者数を著しく上回った。高校では求職者は15%増加したが求人の増加も40%と大きかったので、求人は求職の1.02倍と、中学同様に求人が求職者数を超過した。高校におけるこのような現象は戦後初めてであった。他方、新規学卒者以外の求職者は減少した。これは好況による失業発生の現象と就職機会の増加によって労働市場に滞留する者が少なくなったことが最も大きな原因である。さらに未就業者や業主、家族従業者などから雇用労働希望者として労働市場に現れる者が減少しつつあると考えられる。総理府統計局「就業構造基本調査」によって34年7月と31年7月とを比較すると、新規の就業希望者、追加就業希望者及び転職希望者は133万人減、特に新規の就業希望者は59万人減と、大幅な減少となっている。このことは高率の経済成長が続き、その間に就業希望者や転職希望者などのうち産業活動の中に吸収された者や世帯主の所得水準の上昇によって家族が就業する必要がなくなったりした者が多かったことを示している。
労働需給の変化は以上のようであったが、両者の結合関係をみると、就職率(求職者のうち就職した者の比率)は、33年度の15%から34年度には18%へ上昇したが、就職者の実数は33年度に比べ6%の増加にとどまり、求人数が35%も著増したのに比べると増加の幅は著しく小さい。また、充足率(求人に対する就職者の比率)は33年度を下回り、31年度に比べてもかなり低く、製造業でも65%あったが、建設業、卸小売業、サービス業ではいずれも60%にも達していない。このような充足率の低下は求人が技能工や若年層に集中し、事務職種や無技能の中年層求職者では需給バランスがあまり緩和されなかったこと、求職者が就職先を選り好みする現象がみられたことなどの結果である。
以上のような労働の需給バランスの変化のために、労働市場では求人側が技能工や臨時工の採用条件を緩和し改善する傾向がみられた。例えば若年層に偏重していた求人が次第に年令制限を緩和する動きがあらわれ、また35年3月の学卒者についても、中学卒業者に対する求人が高校卒業にきりかえられた例などもあり、従来求人が賃金の低い若年層に極度に集中していた傾向がわずかながらも、改められる兆しがみえた。そのほか労働力の充足に困難を来した中小企業では、労務管理に対する労使双方の関心が次第に高められる機運も生じてきた。