昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
昭和34年度の日本経済
交通・通信
国際輸送
海運市況
昭和34年の海運市況は、34年における需要要因の好転はあっても、32年以降の船腹需給の不均衡から、前年に引き続き低水準における横ばいを保った。
すなわち34年の世界貿易は、33年中期以降の世界経済の立ち直りと34年の大幅な工業生産の発展(対前年比11%増)を反映し、輸送数量指数(国連統計28年=100)も32年131、33年128から34年には139と相当の上昇を遂げている。従って油槽船を除く船腹需要を示す不定期船貨物成約量(ウエスチンフォーム海運報告による。季節変動修正値。)は 第9-7図 に示す通り、33年第2四半期を底として漸次増加に転じ、34年には対前年比122%となっている。一方船腹供給は、30~32年のスエズブーム時に発注された4千万総トンにのぼる新造船の市場投入がいまだ続いており、また国際海運競争の激化に伴う高収益船による新旧交替、新興国の海運拡充、造船所側からの好条件(低船価信用供与等)をもってする実需誘発などによる建造も加わって、34年には、870万総トンと前年の906万総トンに次ぐ新造船が登場した。他方解体量も、34年には320万総トンと前年の145万総トンを大幅に上回ったものの、純増量はなお550万総トンに達して供給過剰の持続を招いている。これを示す指標は、係船量の推移であるが、市況の後退とともに増加した民間係船量は33年5月には保有量の約6%たる1千万重量トンを超え、その後もなお増加を続け、34年9月には1,380万重量トンに達した。その後荷動きの増加とともに若干の減少をみせたものの35年4月現在なお880万重量トンの水準を保っている。
このような需給状況を反映して34年の運賃市況はまず貨物船部門については 第9-7図 に示す通り英国海運会議所の不定期船運賃指数によれば前年に比し約7%の上昇を示し、本年も1~4月の水準は、前年、前々年の同期に比して10~20%の増加となっている。また油槽船運賃指数(ノールウエーシッピングニューズのUSMCFlat=100)も 第9-8図 に示すごとき船腹過剰の影響が大きく、係船、穀物積み取りなどの対策にもかかわらず、前年を下回る市況となっている。
我が国を中心とする海運市場に目を転ずれば、まず北米東岸、南米、北米太平洋岸等の遠洋水域はここにおける海運活動が大部分便宜置籍船を含む外国船の活動に委ねられており、運賃市況も国際的な一般市況と全く軌を一にしている。他方東南アジア方面の近海水域では、我が国の経済成長に伴う鉄鉱石を中心とする輸入増加及び輸入貨物輸送協議会によるカルテル活動に長期間にわたる大宗物資のピストン輸送も加えて特殊市場を構成しており、32年当時の低下の度合いは一般市場ほどはなはだしくないまま今日に至っている。
日本海運の概況
34年度末の日本商船隊は、年度間に59万総トンの船腹を加え、600万総トン(外航船は502万総トン)と、戦後15年にしてようやく、戦前の最盛時の水準に達しえた。これによる輸送貨物は、合計4710万トンと前年度に比して15%の増加となっているが、貿易量(特に輸入量)が前年度に対し約2230万トン増の8170万トンとなったため、積取比率では輸出56%、輸入51%と前年を下回るものとなった( 第9-9図 参照)。外国為替収支における貨物運賃部門は、受取では輸送活動の増加を反映して84百万ドルと22%の増加を見せたものの、輸入量の増加に伴う積取比率の低下により支払が前年度に比して53百万ドル(38%)増の192百万ドルとなったため、バランスではかえって悪化し、108百万ドルの払超となった。
外航運賃収入は、前項において述べたごとく市況が前年度に比してわずかながら強含みを加えた横ばいに転じたため、前年度比16%増と輸送量の増加をわずかに上回っている。従って海運企業(利子補給対象53社)の収益も2,023億円と前年度に比し15%増となり、一方、減価償却を除く費用は金融費用の15%の大幅増にもかかわらず、1,781億円と6.4%の増加にとどまったため、償却前利益は242億円と前年度の約3倍の増加をみせている。しかしながらその内訳を見れば、その大半は定期船を中心とする大手オペレーターの業績向上に負うところが大きく、その他はオーナーの用船料の低水準、タンカーのスエズブーム時の有利な長期契約切れに伴う収入減などの悪材料をかかえて今後の経営は楽観を許さぬものがある。また、34年度の減価償却限度額は413億円であり、依然として50%程度の実施しか行えぬ状態にあり、このため年度末の償却不足累計額は674億円と前年度末の620億円をさらに上回った。
さらに新造船のための借入増により34年度上期末の設備資金借入残高は、前年同期より約370億円増の2,570億円となり、償還延滞は495億円と前年同期を約210億円上回り、自己資本比率は21.8%に過ぎない。これらの指標によれば、かねてより論じられている企業基盤の弱体性は一部の例外を除いては改善のあとを見出せない。
日本海運をめぐる諸問題
国際競争力強化の動き
前項において述べた企業基盤の脆弱性及びこれに伴う国際競争力の弱体性を是正するための政府側の措置としては、35年度予算においては利子補給制度の復活(9億5,000万円)、三国間輸送助成及び移民船運航補助の増額(計2億4,500万円)をみ、また第15次計画造船においてスクラップアンドビルドが採用されて商船隊の船質を高める努力がなされ、このほか34年11月には新造船の制限、企業の自主的強化計画の実施等を内容とする施策が打出され、具体化が進行しつつある。これに対応して企業側では、内部での合理化、経営多角化努力、不定期船部門でのカルテル活動が続けられているほか、34年9月にはニューヨーク定期航路において、邦船9社をマネープール(運賃積立て)による収益配分を行うための3グループに分けて過当競争の回避を図っている。また、34年暮以降、中堅クラスの不定期船、油槽船オペレーターの合併統合が行われ、企業協調の新しい方向を示している。
定期航路の紛争
34年6月以来のニューヨーク定期航路における米国船主の盟外配船は、第三国船主の脱退通告を生み、28年以降の邦船各社の努力により再建された航路秩序が混乱の危機にさらされた。また盟外配船はバンコク、インド、西アフリカ、欧州等の各航路でも起こりつつあり、これは、主として不定期船部門における需給バランスのくずれが長く続き、不況が長期化、深化するとともに定期船活動の安定性に着目した不定期船主、新興国海運の航路への割込が行われたことによるものであるが、彼我の競争力の差が大きいだけにその抑止は困難をきわめ、加えてその痛手は一層著しいものと考えられる。
海運市場の狭隘化
第9-3表 は新造船発注者の内訳を示したものであるが、ここに示すごとく、次第に海運企業(コモンキャリアー)以外の産業が船舶を所有する傾向が認められ、34年度の新造船にはこのようなケースが全体の4分の1を占めるにいたっている。これは不況の長期化とともに企業力の弱さを露呈した我が国の海運企業が、資金の調達と積荷の長期安定のために造船所または海運需要産業の力を借りようとし、造船所側も海運企業の資金調達に力を貸して操業度の維持に努めていることなどが短期的な要因とはなっているが、根本的には原材料コストに占める運賃部分の割合の高い海運需要産業-鉄鋼業、石油産業等-が自らの企業力の膨張とともに輸送コストの引下げと安定とを目途としてインダストリアルキャリアー化し、または傘下会社をして長期安定運賃のもとに原材料輸送に当たらせるという世界的傾向が我が国に波及したものと考えられる。
一方コモンキャリアーが保有する場合でも、これら産業は長期契約を通じて輸送コストの低位安定を図っており、この場合において我が国の海運企業は資本費の割高等のためにこれに応えることができず、ために外国海運の輸送にこれを委ねるという事態が最近現れている(鉄鋼業の石炭専用船問題)。海上荷動きのなかにおける二大成長商品、原油と鉄鉱石において海運企業の輸送分野が縮小しつつあり、このことは、自由な海運市場を狭隘化し、需給バランスによる市況変動を激化させ、また国際的にみれば供給過剰の事態を長期化させているものといえよう。
我が国産業の成長の前提としての輸送コストの低位安定を図るためには、日本の海運企業としては企業内容の改善、高収益船の採用、資本費の低減等による競争力の強化に努めることが必要であり、これが後退しつつある自らの輸送分野の維持、拡充に対しても唯一の有効な手段となろう。