昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

中小企業

深刻化した労働力不足

 中小企業における労働力、特に若年工の充足難は、本年度の特筆すべき事柄であった。これは前回のブーム時にはみられなかった現象で、中小企業にとって深刻な問題となった。「労働」の項にみるように、本年度の労働力需給関係は大幅に改善されたが、大企業の吸引力が強いため、中小企業へそのしわが寄せられたのである。

 充足難は、全般的な現象であったが、その度合は業種別にみると、織物が最も深刻であった。というのは本年度の織物の好転が、長い不況過程で人員整理を行ってきた後のものであることに加えて、機械や電気機械等の労働力需要が極めて大きかったためである。充足難は、電機産業等の地方進出によって、一層拍車をかけられている。一部では、転業者がでたため、生産力の低下をきたしたところもあったほどである。

 綿織物の中心地泉州の場合をみると、新規中卒者が従来の給源地である九州、四国地方でも募集できなかったので、ほとんど確保できない状態であった。なかには織機300台、スフ糸自家紡績という中堅企業で、50人求人したのに1人も確保できなかったという極端な例もみられた。

 知多地方でも充足率3割という状態で、自然退職者の補給すら困難となった。また、毛織物の産地尾西地方では、工員の約1割が完全に不足し、充足見込みもたたないところから、悪どい引き抜きが横行した。特に毛織物は、昨年10月以降、2年ぶりに操短が全廃されたので、一層その悩みは大きい。一部では、三交替制やパートタイム制を実施しており、最悪の場合、織機の一部が休機せざるを得ないといわれる。福井地方の絹人絹織物業界でも充足率は5割に過ぎず、二交替制をとるなどしてカバーしている。

 織物ほどの深刻さはみられないが、機械工業でも、やはり若年労働力の充足難は全般的にみられた。従業員40人のある工場で、25人募集したのに応募者はわずか4人に過ぎず、工場増設を控えて、ついに日雇労務者の中から採用せざるを得なくなった電機メーカーもある。しかし、自動車部品メーカーの場合にみられるように、第1次下請メーカーでは、充足難はあまり問題になっていないのに対して、再下請メーカーでは、労働力依存度が高いにもかかわらず、新規中卒者はほとんど確保できないところもあるというように、同一業種内でも規模または階層別にみると、かなり様相を異にしている。第二次下請メーカーでは、在籍者の移動も激しいので、充足難は強まっている。大メーカーになるほど汎用機械を専用機に改修し、一人の持台数を増やすなどして、労働力不足をカバーできる力を持っているが、小規模メーカーには概してその力はない。それだけに労働力不足は、増産にとって大きな隘路となっている。 第5-8表 に示した事例からも、この間の事情が伺われよう。

第5-8表 技能労働力充足状況(34年11月)

 現在の求職者の7割までが、中小企業からの転職希望者といわれているが、しかも求人のほとんどが中小企業であることろに問題の深さがある。

 以上のような、中小企業の労働力不足は、中卒者の絶対数が少ないという事情もあるが、東京都の場合にみられるように、50人未満の事業所で採用した中卒者が、その後6ヶ月間に25%も退職しているという事実(34年)に問題の根源があろう。中小企業では、充足難を解決する方法として吸引力を強めるため、待遇改善を余儀なくされており、寄宿舎等の厚生施設の拡充や賃金引上げが全般的に顕著であった。例えば、尾西地方では、昨年12月から業者間協定による最低賃金制を実施したが、その場合も当初考えられていた日給180円という案を、200円(15歳、週休、8時間労働)に引き上げざるを得なかった。桐生地方でも日給165円を190円に引き上げる業者間協定が結ばれるなど待遇改善が進んだ。また鋳物工業でも、鋳型工、中卒15歳で230円、経験4年360円を決定している。業者間協定という形はとらないまでも、初任給の引上げはほとんどの部門でみられた。

 しかし、賃金を引き上げたり、厚生施設の拡充を図っていても、問題は解決されない状態なのである。

 従って、企業としてはこの面からも、設備合理化を迫られることになる。先にみたように、本年度の設備投資が高水準であったのは、以上のような背景が一つの要因として考えられよう。しかし、設備投資を行う場合にも、機械は発注しても入手できるまでには、半年から一年かかるという実情では、どうしても人手を増やしてカバーせざるを得ない。それが困難であるという悪循環が、特に小企業にとっては大きな問題となっているのである。


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