昭和35年
年次経済報告
日本経済の成長力と競争力
経済企画庁
昭和34年度の日本経済
中小企業
活発化した企業活動
本年度は、中小企業にとって極めて繁忙な年であった。
中小機械工業は、前年度に引き続き高い生産上昇を示し、各メーカーもフル操業を行ったところが多かった。雑貨工業も、米国を中心とした輸出の続伸によって、機械工業に次ぐ高い上昇率を示した。また、深刻な不況にあえいでいた織物工業も、本年度は本格的な立ち直りをみせている。好況の圏外にあったものは、石炭や造船関連部門等の一部の業種に過ぎなかった。このことは前年度に比べて、企業整備件数(従業員499人以下の企業)が半減していることや、賃金不払未解決件数が、大幅に減少していること等に端的に反映されている。
このように、本年度の中小企業は活況を示したが、この一年間の動向から、特徴的なものを挙げると次の通りである。(イ)生産は尻上りに上昇し、それに伴って、一部には能力的に限度を示したところや、取引先の逆選別という現象がみられたこと。(ロ)しかし、生産上昇の割には、利益率の好転はみられなかった。つまり数量景気であったこと。(ハ)設備投資は、合理化投資を中心にかなり高い増加率を示したこと。(ニ)労働力不足が、中小企業にとって深刻な問題となったこと。(ホ)自由化を前にして、大メーカーが従来の系列企業の再編成に乗り出していること。
以上に挙げた本年度の特徴点を、典型的に示していると思われる中小機械工業と織物工業について、以下に述べよう。中小機械工業は、前年度に引き続き一層好況を持続したものとして、また織物工業は、前年度の不況から本年度に入り急速に回復したものとして、取り上げる。
尻上りの生産上昇
フル操業の下請メーカー
本年度の大幅な生産上昇をリードしたのは機械工業であったから、中小下請メーカーの受注も活発で、年度間を通じて尻上りの上昇を示した。中小企業庁調べによる特定親工場への納入金額をみても、1~12月間ほとんど直線的に2倍の水準まで増加している。また 第5-1表 にみるように、35年1~3月の中小機械工業の生産は、前年同期に比べて44%増と、大企業と等しい上昇率を示した。業種別にみると、一般機械、電気機械、自動車等の水準が高い。このことは、生産上昇の中心が、設備投資と耐久消費財需要であったことに照応するものである。特に中小下請メーカーへの依存度が高く、企業数も多い電気機械や自動車等の耐久消費財部門が、好況であったということは、中小下請メーカー全体の景気を支えた大きな要因であった。
これらの下請メーカーでは、相次ぐ受注によってフル操業を行ったところが多く、比較的小規模企業でも、二交替制を実施するなどして注文を消化したところもある。しかし、それでも品種によってはなお需要に応じ切れず、品不足を生じた程である。
以上のような情況下で、有力メーカーの中には、有利な取引条件を求めて受注先を逆選別するという現象まで現れた。このような現象は前回ブーム時にはみられなかったことである。
次に、代表的な二、三の業種の動向をみてみよう。
自動車部門メーカーは、乗用車を中心とする生産の著増によって、部品生産も全体として2割弱(金額)の増加をみた。これは平均値であるから、大メーカーにつながっている部品メーカーは、これ以上の増加を示したとみてよい。増産の過程では、部品が間に合わず、親企業が自ら巡回して集荷したり、従来、親企業を介して輸送されていた部品加工を、直接下請メーカー相互間で受渡しさせることによって、納期を短縮させたところもある。特徴的なことは、自動車メーカーが増産体制に移行するに際して、特に再下請メーカーの立ち遅れが、無視できないところまで切実な問題となってきていることである。そのため親企業が下請メーカーの能力的限界から、一部社内生産に切りかえたところもあるといわれる。
電気機械部品メーカーも、一部には受注辞退が現れるほど活況を呈した。特に、大手メーカーにつながっているメーカーの受注増加は著しかった。しかし、機種別にみると、 第5-2表 に示したように産業用電気機械(回転及び静止)が、大幅に増加しているのに比べると、民生用電気機械の生産の伸び率は停滞的である。このことは34年1~3月期は、産業用の水準が低かったのに対して、民生用は高水準であったということもあるが、家庭用電気機械の需要に、ようやく頭打ち傾向がみえている反面、設備投資に関連した需要が旺盛であることを物語っている。小企業でも設備機械の設置に伴い配電室を設けるなど、中小企業からの需要も旺盛であった。開閉制御装置を製造している企業などは、相当な受注残高を抱えてフル操業を続けている。
このように設備投資が旺盛であったから、工作機械のメーカーの受注も極めて活発で、金属加工機械の35年1~3月の生産(中小企業)は、前年同期に比して57%増となっている。一年ないし一年半分という膨大な受注残を抱え、フル操業を行ったメーカーが多く、注文を断わるというほどである。この部門にみられた特色の第一は、前回ブーム時には大企業からの受注が主体であったのに対して、今回は中小企業からの需要が活発であったことである。第二は、各メーカーの生産機種が専門化されてきていることが挙げられる。Aメーカーを例にとると、33年の停滞時には、特定機種への生産集中度が80%であったのが、34年末には99%になっている。コストダウンのためには、どうしても専門化せざるをえなくなっており、その結果機種によっては値下げが可能となったものもみられた。
上昇に転じた織物工業
33年秋以降上昇に転じた中小織物工業は、本年度も引き続き上昇過程をたどり、 第5-3表 にみるように、年度中の生産増加率は18%を示した。
品種別には合繊織物の増加が特に大きいが、綿、絹、人絹織物など前年度に減産したものも一様に増加している。
綿スフ織物は、年度初めに6%の工場が操業を停止していたのだが、年度末には3.8%に減少している。また操業度も月を逐って上昇し、35年3月には綿スフ織物91%(前年同月85%)、絹人絹織物93%(前年同月88%)となった。多くの工場がフル操業を行い、なかには二交替制をとったところも多かった。それでも10~12月頃には、綿スフ織物などには品不足状態すらみられたほどである。
34年4月には2割封鍼、週休制をとっていた綿スフ織物は、10月以降1割封鍼、休日廃止に緩和されている。基礎控除等を考慮すると実質的な操短率は7~8%にすぎない。
このような活況を支えたのは内需、輸出がともに好調であったためである。特に内需は旺盛であった。前回ブーム時には、内需の停滞を輸出がカバーしたのに対して、今回は人絹織物などは逆に輸出三銘品(塩瀬、朱子、フジエット)の不振を内需がカバーしている。
本年度の特色の一つは賃織生産が増加していること、二つは品種の転換が進んだことである。賃織生産の比率を綿スフ織物専業についてみると、34年3月52%、9月53%、35年3月55%と高まっている。このような賃織比重の増大傾向は、ここ1~2年来紡績メーカーが合理化対策の一環として採算の良くない兼営織布部門を縮小していること(前掲第5-3大企業参照)、需要は旺盛であるが、大メーカーには向かない高級織物を、賃織系列を強化して手がけていること等に基づいている。
また、好況過程でスフ織物から綿織物へ、絹人絹織物から合繊織物へ、安物から高級物へ等々、それぞれ有利な品種への転換が進んだ。例えば、需要が頭打ちの小幅織物業界のように、ジャガードやドビー装置をつけ、製品の高級化を図って活路を見出したところも多い。
生産の急増に拍車をかけたのは、後述するような織工賃の著しい好転である。好採算に支えられて、この際一挙に過去の赤字を取り戻そうという増産意欲がメーカーを刺激したことは否めない。例えば、綿スフ織物の場合、織機増設が規制されているところから、特別な事情で閉鎖した工場の織機が飛ぶように売れていったり、化繊織機や合繊織機の増設が届出制であることを利用して、綿スフ織物を織るなどの形で増産が行われたことに、それが反映されている。
利益率は横這い
先に述べたように、本年度の生産増加は著しかったが、その割には利益率は好転しなかった。
第5-4表 にみるように、中小企業は、売上高の著増にもかかわらず総資本営業利益率は、34年7~9月までは下押し傾向を示している。これは売上高営業利益率が好転しなかったためであるが、大企業の売上高は中小企業ほど増加していないのに、総資本営業利益率、売上高営業利益率とも上昇しているのと対照的であった。
このことは鋳物工業に端的に現れている。銑鉄鋳物の生産は、旺盛な設備投資に支えられて、前回ブームを上回る増加率を示したが、価格は 第5-1図 にみるようにほとんど横ばいである。なかには33年の不況時よりも悪いケースもみられた。このように採算的に好転しなかったのは、親企業がコストダウンを強要して買い叩いているためであった。この典型的な例は自動車工業である。前掲グラフからもそれがうかがえるが、全般的な下請単価をみても、自動車部門の下落が最も大きい。
中小企業庁調べの「下請工場調査結果報告」によると、自動車部門の受注単価が前期より下落した業者数割合は、4~6月39%、7~9月56%、10~12月42%を占め、業種中一位となっている。
このような事例は多かれ少なかれ他部門にもみられた。 第5-5表 にみるように、他業種も売上高営業利益率の低下によって、経営資本営業利益率が低下している。これは前回ブーム時と若干異なっている点である。本年度は、中小企業の多くが採算的にはむしろ悪化したが、これを量的な面でカバーしえたとみることができよう。もっとも、織物の場合は 第5-6表 にみるように、採算面でも著しい好転を示している。これは不況過程で、過剰織機の整理や弱小メーカーの脱落が進んだことに加えて、原糸メーカーの操短緩和による原糸の割安が幸いしたためであった。さらに原糸メーカーによる有力機屋の争奪戦がこれに拍車をかけ、「工賃ブーム」をもたらした。しかし、人件費等の値上りを考慮すると、表面に現れたほどの好転は無かったといえる。
旺盛な設備投資
本年度の中小企業の設備投資は、7割の企業が実施し、極めて活発であった。中小企業金融公庫調べによると 第5-7表 にみるように、前年度に比して60%増となっている(東商調べでは65%増)。一方、大企業(資本金1億円以上)のそれを当庁調べの投資実績調査によってみると、23%増(東商調では28%増)であるから、本年度の中小企業の設備投資は大企業以上の増加率を示したとみることができよう。このように中小企業の増加率が大きいのは、受注の活発化を背景に大企業からの合理化要請が極めて強いことに加えて、中小企業相互間の競争が激しいことの結果とみられよう。
規模別の増加率をみると、規模の大きい企業ほど高い伸び率を示しているが、特に200~299人の上層企業は、約3倍という著増を示していることが目立っている。
内容的には、合理化を目的としたものが多い。投資額の4割弱が合理化機械であり、前年度に比べて60%増を示している。増加率は規模が大きいほど大幅で、10~29人が45%増であるのに対して、200~299人規模では3倍となっている。つまり、投資総額の規模別格差は、合理化投資のそれを反映したものである。このように合理化投資が増加していることが特徴的であるが、ここにみられる規模別格差は、今後予想される企業間競争の激化の中で、優劣格差をもたらす大きな要因として、注目してよいであろう。