昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

企業経営

利益上昇の背景

企業利益と原価変動

 今次の好況は、設備投資の急速な増勢による総資本回転率の停滞、産業構造の変革に基づく業種間格差の拡大など、前回の好況とは異なる特徴を示しながら、なお数量景気を持続して企業に高収益をもたらした。次に、このような利益上昇の背景を明らかにするため、製造業における原価変動の推移をみよう。

 第4-2図 により34年度の原価構成を前年度と比べると、原材料費、労務費、諸経費、金利の相対的低下が利益上昇に貢献していることが分かる。他方、管理販売費、減価償却費は増加しているが、その伸びが小さかったため企業財務を圧迫するに至らなかった。内外物価の安定、前年の金利引下げによる金利負担の相対的低下等の好条件が、企業内務力による原材料費、労務費の低下と相まって利益の上昇をもたらしたのである。

第4-2図 企業利益と原価変動(製造業)

 次に技術革新のもとでの企業の活発な設備投資が、企業財務にいかなる影響を及ぼしているかをみよう。

 第4-2図 にみられるように、34年度の原価構成を30年度と対比すると、減価償却費と金利を合わせた資本費が、約13%増加している。減価償却費、金利は、原材料費と異なり生産や売上高の増減にかかわりなく負担しなければならぬ固定的な費用である。減価償却率は企業の収益好転に伴って上昇しつつあるが、固定設備の増勢が一層急速なため、減価償却費の増加となり、さらに外部借入依存度を強めて金利の増加となっている。

 資本費負担の増加とともに注目されるのは、一般管理販売費の増加である。これは大規模な設備投資を続ける以上、売上高を伸ばさなければ経営に行き詰まりをきたすこととなる。市場の要求に即応して製品の改良に努め、新製品の開拓を絶えず続けるため市場調査を行うなど、販売機構の拡充の結果が、販売費の増加となって現われている。また投資の大規模化、長期化は、一歩誤まれば企業の浮沈に関することであり、投資決定に当っては長期の見通しと計画の上に立った慎重な配慮が要請される。わが国の経営管理方式は、生産技術の近代化に比べ数段の遅れを示してきたが、管理機構の充実、事務のオートメ化がようやく実行段階に入ったといえる。そしてこのことが本社費などの管理費を増加させているといえよう。

 減価償却費や金利などの資本費と一般管理販売費の総原価に占める比率は、製造業全般でみてそれぞれ約1割である。これらの費用の増加にもかかわらず企業利益が上昇しているのは、労務費、原材料費の相対的減少によるものである。特に総原価に占める比率が労務費は1割であるのに対し、原材料費は約6割であるから、原材料費の減少が企業採算に及ぼす影響は大きい。原材料費の相対的減少は、原材料価格と原単位の向上の両面からみなければならない。しかし原材料価格と製品価格との比価はここ3~4年ほぼ均衡しているので、合理化による原単位の向上が原材料費の減少に寄与しているといえよう。技術革新期の合理化投資が、労働節約、原料節約となって効果を現し、労務費、原材料費の減少が資本費、一般管理販売費の増加をカバーしているのである。

業種別動向

 以下主要業種について31年度以降の各原価要素の変化をみよう。

第4-3図 主要業種の原価変動

 減価償却費は石炭を除き各業種とも伸びている。金利の伸びがおおむね各業種とも減価償却費の伸びより高いのは、減価償却費や内部留保による内部資金の増加のみでは、増大する設備資金を賄うことができず、外部借入依存度を強めているためである。

 一般管理販売費は、石炭を除き各業種とも伸びているが、特に電気機械の伸びが著しい。家庭用電気器具の大幅な伸びによる販売網の拡充、宣伝費の増加などによるもので、消費革命に対応した企業活動の変化を特徴的に示している。

 労務費では石炭の伸びが目立っていて、34年度上期では総原価中4割近くを占めるに至っている。これに対し自動車での労務費比率の低下は著しく、31年度には総原価中1割を占めていた労務費が、34年度上期には6%まで下っている。量産化による労働生産性の向上を示すものといえよう。

 原材料費比率が相対的に低下している業種は、電気機械、一般機械、化学、鉄鋼、自動車等であって、技術革新の成果がこれら業種に特に顕著に現われ、原料節約効果を生んでいる。

 原料節約効果は各業種によりその現われ方が異なっているが、おおむね次の四つのタイプに分けることができよう。

 第一は、鉄鋼にみられる生産工程の一貫化による原料条件の克服である。従来の平炉、電気炉はスクラップを多量に必要としたため、原料費がスクラップ輸入価格の変動によって大きく上下する悩みがあった。しかし転炉技術の確立は、スクラップよりも銑鉄の使用比率を高め、スクラップ輸入価格からの変動を緩和させてきた。また高炉の大型化から転炉、圧延までの全工程を一貫化することにより、燃料原単位の著しい向上をみている。

 第二は、技術の進歩が原料転換を呼び原料費の低下となっている化学である。アンモニアガス源は、従来の石炭、コークスから石油、天然ガス等の流体原料へと急速に転換しつつある。全国アンモニア生産能力のうち、流体原料によるものが28年には5%であったものが、33年には29%を占めるに至っている。これは28年のアンモニアの主原料費が、5年後の33年に石炭法では16%低下であったのに対し、天然ガス法への転換により35%低下したという例によっても、原料転換によるコスト低下の有利さがわかる。

 第三は、工作機械や一部の産業機械にみられるが、生産分野の専門化によるロット生産の確立が、材料や労務工数を低減させているタイプである。

 第四は、量産化そのものがコスト低下を呼んでいる自動車、電気機械である。

 このように近代化、合理化効果を原材料費比率、労務費比率の低下に結実させることによって、資本費負担の増加をカバーし、収益の向上を図ることが、技術革新下の企業の経営政策であるといえよう。


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