昭和35年

年次経済報告

日本経済の成長力と競争力

経済企画庁


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昭和34年度の日本経済

企業経営

増大した投資と企業経営

資本係数の上昇

 以上に述べたように今次の好況過程において、企業は旺盛な設備投資を継続しながらも高収益をあげたのであるが、今後も長期的に近代化、合理化投資の実をあげ、均衡ある発展を続けるためには、残された問題が少なくない。

 設備投資の急速な拡大は、 第4-3表 にもうかがえるように趨勢的に資本係数の上昇をもたらし、企業が単位当たりの生産、売上を増やし、付加価値を増加させるために必要な資本の単位量が増加していることを現わしている。資本係数の上昇は、現下の設備投資が単に従来の設備を拡張するのではなく、生産設備の改良、或いは新鋭設備による近代化を目指した技術革新下の投資であることを示している。すなわち近代化、合理化投資は最新鋭の設備を導入するとともに、オートメーション化による工程の自動化、連続化によって関連付帯設備までを含めた全体の合理化を必要とするため、投資の規模を一層大型化し、資本の回収期間を長くする傾向にある。

第4-3表 主要業種の限界資本係数

 もっとも資本係数の上昇は、産業別にみれば、一つには鉄鋼業のように土地造成、港湾浚渫費など直接の生産力に関係の少ない部門の影響によるもの、二つには繊維工業のように主として操業度変動に影響されるもの、三つには化学工業のように石油化学等の新産業の基礎形成のために影響されているものなどがあって、一律に類型を分けがたいし、今後の資本係数の趨勢も簡単に判断は下し難い。しかしながら、少なくともこれまでの資本係数の上昇が、資本費負担等の上昇となって、財務構造を不安定にさせてきていることは否定し得ないであろう。

財務構造の不安定

 資本係数の上昇に示される投資の大規模化、長期固定化傾向が、原価面では減価償却費や金利などの資本費負担の増加となっていることは、前述した通りであるが、企業の資金繰りからみても、設備投資の急増が、資金需要の増大を招き、企業の財務構造を悪化させる結果となっている。もちろん企業収益の著増により、内部留保は手厚く行われ、34年度上期の社内留保率は、全産業で前期の22.9%から34.9%へ、製造業で26.5%から40.2%へと目ざましい増加を示し、これに減価償却引当の増加や、特別償却などを加えた内部蓄積力は充実された。しかし設備投資の増勢テンポは、企業の内部資金の増加を上回り、外部借入依存の傾向をさらに強めるに至った。このため30年以降低下してきた資本構成が、34年度上期にはこれまでの最低となり、固定比率も上昇の度を増している。

 こうした企業の財務構造の悪化は、技術革新の潮流の中で企業が激しい競争に打ち勝ち、自己の優位性を維持するため、設備の近代化や新生産技術の導入に自己蓄積力以上の積極的な投資を行ってきたためであるが、企業の安定性、健全性からみて決して好ましくない。企業の財務構造を充実するためには、税制面、金融政策面にも考慮すべき点がある。しかし第3部2-5においても述べるように、今後貿易、為替の自由化の進展に対処して海外との競争力を強化するためには、収益力の向上とともに財務構造の安定化が必要であり、企業自身の総合的な財務管理が今後の課題となろう。

 最近企業の内部に長期計画の重要性が認識され、既に鉄鋼、電力などの基礎産業において実施されている、。技術革新の急速なテンポは設備の巨大化、企業規模の拡大を呼び、投資リスクの一層の増大が、従来の経営手法を反省させ、長期的な経営計画の策定に基づいて新規投資を決定しようとする企業の態度をとらせたものといえよう。長期計画の設定は、組織面では業務活動の迅速化を意図する事業部制と相まって、トップマネジメントの確立と企画調査、技術研究スタッフの強化という方向を生み出している。これらの動きは、企業が短期の利潤期待から過度の投資を行い、いたずらに企業間競争を激化して設備過剰を招くことなく、企業の長期に渡る均衡ある発展のため一層推進されるべきであろう。産業界全体の自主性確立と相まって、企業経営力の安定した充実は、国民経済的観点からも要請されるのである。


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