昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
国民生活
戦後の消費と貯蓄
3年続いた個人消費率の縮小
32年の国民消費は前述したようにほぼ前年並みの上昇であったが、経済の成長率に比べると著しく低く、国民総支出に占める個人消費支出の割合は前年の59.2%から57.7%へとさらに縮小した。これに反し産業別設備、在庫、住宅等の国民間総資本形成は前年の22.4%から26.0%に拡大している。
戦後における国民総支出の中の個人消費の割合は好況期には縮小し、不況期には拡大するという短期循環的な変動を経ながら趨勢的に縮小の傾向をたどっており、25年以降は既に戦前の構成比65.4%を下回っている。特に30年以降においては3年間もその傾向が続いており、資本形成と個人消費の上昇の差は著しく開いてきている。すなわち30年から32年までの3年間に個人消費支出は23.8%の上昇であるが、民間資本形成は110%と個人消費支出の約5倍近い上昇率を示している。
また、一人当たり実質個人消費支出の年平均上昇率は25~28年度には9.3%であったが、29年度以降は著しい鈍化を示し、32年(暦年)には4.0%の上昇にとどまった。
以上のように最近における民間総資本形成の著しい増加の反面、個人消費の上昇が鈍化しているのは2年続きの好況という短期循環的な影響も無視できないが、所得構造の変貌と貯蓄性向の上昇という構造的な問題が大きな影響を与えているものと考えられる。
所得構造の変貌
所得構造の変貌が個人消費構成比の縮小に影響を与えているということは貯蓄率の高い所得が拡大し、消費率の高い所得が縮小していること、すなわち所得構造それ自体が消費を鈍らせるように変貌しつつあることである。
このような所得構造の変貌は大きく分けると三つある。その一つは個人消費の基盤となる個人所得の増加率が法人所得の増加率よりもかなり低いことである。30年以降の個人所得と法人所得の増加率を比較すると、前者は3年間に32%の増加であるのに後者は89%も増加している。
法人所得の大半は内部留保により資本の蓄積となるが、一部は株式配当として個人に帰属する。しかし、個人帰属分もその大部分は貯蓄に向けられるものとみて間違いないので、法人所得の増加率が高く構成比が拡大することは総支出の中の個人消費の割合を相対的に低めることになる。このような法人所得の構成比の拡大は好況の連続という短期循環的な影響も大きいが、戦後における趨勢的な労働所得の分配率の低下と個人経営の法人化による個人業主所得の法人所得と勤労所得への分解も影響していよう。
所得構造の変貌の第二は個人所得の中で賃貸料、利子所得などの財産所得の比重の拡大である。戦後の財閥解体、農地改革による高額小作料の廃止、家賃地代の統制、法人所得における社内留保の拡大等は戦後の一時期においては個人所得の中の財産所得の割合を著しく低めた。しかし、ドッジ中間安定期以後の資本の蓄積の推進と相次ぐ家賃地代の引上げ等により財産所得の増加率は著しく高まってきた。30年以降の3ヵ年においても賃貸料所得は66%、利子所得は83%の増加となり、消費率の高い勤労所得や農業所得の上昇に比べると著しく高い。これらの財産所得はその一部は個人消費として支出されるが、大部分は資本として蓄積されるので財産所得の拡大は個人消費支出を相対的に縮める要因となる。
第三の要因は所得階層別分布の拡大である。
前述したように戦後の一連の民主化政策は確かに一時的には高額資本所得層を分解し、所得の平等化をもたらした。また勤労者間においても実質賃金の極端な低下によって賃金の格差も著しく平準化した。例えば、製造業の規模別賃金格差をみると終戦直後の21年には1000人以上100に対し4~49人では、81.4%という英・米先進国並みの格差に過ぎなかった。しかし、ドッジ中間安定期以後の経済の拡大発展と資本蓄積の推進、資金体系の正常化によって所得格差は再び拡大の方向をたどり、最近特にその傾向が顕著となっている。
国民所得統計により28年から31年までの3日年間における非農林個人業主、重役、勤労者、農民の一人当たり所得増加率をみると、最も所得水準の高い非農林個人業主と会社重役はともに23%の増加を示しているのに、勤労者は17%の上昇にとどまっており、農家所得はさらに低く15%の上昇に過ぎない。
所得階層差は勤労者、個人業主、農民等の内部においても拡大している。総理府統計局の家計調査による職業別可処分所得をみると、最も所得水準の高い民間職員は28年から32年までの4ヵ年間に39.9%上昇しているのに対し、臨時日雇労働者は6.5%の上昇に過ぎない。また、30年の製造業の規模別賃金格差は1000人以上100に対し4~49人で43%、4~9人では39.9%であり、前述した21年の81%に比べると著しい拡大ぶりである。さらに職業別消費支出でみると、消費水準の高い経営者と自由業者はそれぞれ35.1%と39.6%の著しい上昇であるのに零細な商人、職人、無業者は、20.6%と15.9%の上昇にとどまっている。
このような所得階層別の変動を労働力臨時調査及び民間給与実態調査の所得階層別分布のローレンツ曲線と家計調査の勤労者五分くらい階層の変化でみると雇用者、非農林業主、農林業主とも均等線から一層遠ざかっており不均等拡大の傾向を明らかに示している。また勤労者世帯の五分くらい階層では最高の階層が28年から32年までの4年間に可処分所得で42%上昇しているのに最低の階層は25%の上昇にとどまっている。
一般に所得分布の階層差は後進国ほど大きいが、中進国から先進国へと進むにつれて階層差は漸次縮小し、勤労者の内部においても職員と労務者、熟練労働者と不熟練労働者間の格差は縮小する。さらに先進国においては財政による高率の所得配分が行われるので階層差を一層縮めるといわれている。事実、戦後の欧米諸国の所得階層分布は戦前に比べると著しく均等化しており、特に所得再配分の効果が大きい。我が国においても、前掲図表にみられるように勤労所の税引後の所得配分は税引前に比べると平等化を明瞭に示している。
前述したように我が国の所得分布は戦後の急激な平等化から再び不平等化への方向をたどっている。
所得階層分布の拡大は一面においては貯蓄率を高め資本の貯蓄を推進するが他面、階層差の拡大による社会的緊張が強まってくるので、低所得層に対する社会保障制度の確立等所得再配分政策やその他所得格差の均等化施策をとることが必要である。またそれは社会福祉の向上をもたらすのみでなく、経済の安定的成長という国民経済的要請にも合致することになろう。
貯蓄性向の上昇
国民所得における戦後の個人貯蓄は、25年から始まっている。24年までは個人消費は個人可処分所得を上回っていたが、消費生活の向上、物価の安定、動乱ブームによる所得の急上昇等により25年は可処分所得の14%が貯蓄された。26年以降においても好況期には貯蓄率が拡大し、不況期には縮小するという短期循環的な変動を繰り返しながら趨勢的には上昇傾向を続けている。32年は個人可処分所得の18.5%が貯蓄されたが、これは趨勢的な貯蓄性向の上昇傾向と短期循環的な影響が重り合ったものと考えられる。しかし、現在の貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄の割合)は既に戦前(9~11年)の15.2%を大幅に上回っており、世界の各国と比較しても著しく高い。例えば1956年の英・米・独の個人業主、勤労者等を含めた個人所得の貯蓄率をみるとイギリス9.7%、西ドイツ8.2%、アメリカ7.0%で趨勢的には上昇傾向にあるものの我が国に比べると著しく低い。このように我が国の個人貯蓄率が高いのは一般労働者の貯蓄率も高いのであるが、そのほかに経営と消費が混合しているために貯蓄率が著しく高く現れる都市個人営業世帯がかなりの比重を占めているという、我が国個人所得構造の特殊性も反映している。
まず勤労者の貯蓄性向からみよう。戦後の勤労者は終戦直後のインフレと赤字生活によって戦前及び戦時中の貯蓄はほとんど喪失してしまった。全都市勤労者世帯の平均家計は25年までは赤字であったが、26年よりようやく黒字に転じその後は一貫して貯蓄率が高まり、32年は可処分所得の12.5%が貯蓄され、戦前(9~11年)の11.5%を上回った。また時系列にみた実質所得の限界貯蓄性向は短期循環的な影響を受け27~28年に低下し、29年に上昇したが、30年以降は7割前後に推移している。
このように勤労者世帯の貯蓄性向が高まっている要因の第一は消費生活が戦争直後の低水準から漸次回復し28年頃を境にして住の生活を除くと一応戦前水準に到達してきたこと、衣料品や家具什器のストックも若干ずつ増加し物価も比較的安定していること等により消費性向が鈍化してきたことである。第2は貯蓄保有額の回復意欲の高まりである。戦後の勤労者の貯蓄保有額はインフレと赤字生活によってほとんど皆無に等しくなったので、家計の弾力性を回復するうえからも貯蓄保有額の回復意欲が強くなってきている。しかも、貯蓄の割合は既に戦前水準を突破しているとはいえ、家計の黒字の一部は繰越金を増やすこと等にも充てられており、貯金・無尽保険掛金等の貯蓄率の割合はいまだ戦前の水準よりもかなり低い。
このほか、勤労者の貯蓄意欲を高めているものに戦後の住宅事情の悪化による住宅資金の貯蓄とその月賦償還があり、また、長期的には戦後の家族制度の崩壊による老後生活への備えの必要性等が挙げられよう。
勤労者よりもさらに所得水準が高く、貯蓄率も高い世帯は都市の営業個人世帯である。この世帯は大部分が経営と消費が未分離であり、労働所得と資本所得とが一体化して個人業主の所得に帰属している。従って本来資本所得として資本の貯蓄に回り設備及び在庫投資や預貯金となる部分が、個人の可処分所得における貯蓄に算入されているため貯蓄率が著しく高く現れる。これ等の数字を正確に把握する資料はないが、非農林業の個人業主の所得水準は勤労者の約2倍の高さにあり、特に鉱業の業主の水準は著しく高い。また戦前に対する上昇率においても勤労者が31年において371倍であるのに対し、個人業主は535倍に上昇しているので戦後における貯蓄率上昇に大きな影響を与えているものと推定される。特に短期循環における貯蓄率の変動は、勤労者よりも個人業主の貯蓄変動が動かしているといえる。このような非農林業の業主世帯は世帯数で約400万を超え総世帯の約2割を占めているので我が国の貯蓄性向に大きな影響を与えている。
農家世帯は経営と消費が未分離である点においては都市営業世帯と類似しているが、所得水準ははるかに低く農業投資を含めた貯蓄率においても都市勤労者より、若干高い程度である。戦後の農家は農地改革による高額小作料の廃止、物的生産性の上昇、農業生産物価格に対する生産財価格の相対的低さ等により28年頃までは好転が続き、既に消費は26年頃において戦前水準を突破していた。しかし28年頃を境にして農業生産物価格と生産財価格との関係は逆転し、農業の近代化が進行しているにもかかわらず所得の上昇は著しく鈍化してきて、31年までの3年間に15%の上昇にとどまっている。一方、可処分所得に占める貯蓄の割合は29年以降漸増傾向にあり、31年においても15.6%が貯蓄に向けられている。もっともこの貯蓄率の基礎となっている可処分所得の中には農業用資産に対する減価償却を含んでいるので、これを控除すると貯蓄率は若干低下する。また、貯蓄の中の約37%が農業経営に必要な固定資産に投資されているので、これ等を除いた貯蓄率ではかえって都市勤労者よりも低い。しかしながら戦前の農家に比べるとその貯蓄率は著しく高まっており家計の安定性も増している。
以上のように最近の貯蓄性向は勤労者、都市営業個人業主、農家等の各分野において上昇の傾向にあり、所得構造の変貌とともに個人消費比率縮小の有力な要因となっている。しかし、戦後の貯蓄を戦前に比較してみるとはるかに大衆化している。すなわち戦前は農村の地主層、都市の高額資本所得層、都市営業世帯、サラリーマン等によって主として貯蓄されていたが、戦後は高額所得層の一部が分解した反面、一般労働者、都市営業世帯、農家等によって貯蓄される割合が多くなってきている。もっとも最近の傾向は前述したように再び所得分布が拡大し、高額所得層の所得増加率が高まっているので、貯蓄の中の高所得層の比重は漸次拡大傾向にある。