昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

各論

国民生活

昭和32年度の国民生活

景気後退と国民生活

 国際収支改善のための経済政策の転換は既に述べてきたように経済の各分野にデフレ的様相を引き起こしたが、経済循環の最終部門である国民生活においても、他部門に比較すれば軽微であったがその影響を免れることはできなかった。景気後退の国民生活への影響は下期になって、主として都市の勤労者、中小商工業主、職人等に生産の減少に伴う失業の増加、所得水準の伸び悩み等として現れた。しかし、前半が神武景気の余恵としての著しい上昇にあったので年度消費水準としては前年並みの4.7%の上昇となった。一方、農家は豊作に恵まれ、デフレの影響をほとんど受けなかったので消費水準の伸びは2.3%と前年のそれをやや上回った。その結果都市、農村を総合した全国消費水準は対前年度比3.7%増とほぼ前年並みの上昇となった。しかしながら個人所得の伸び率は、法人所得や財産所得に比べるとかなり低く、貯蓄性向も強かったので消費の伸びは経済の成長率に比べると依然として低かった。また住宅難もたいした改善をみるにいたらず、生活必需的物資の値上がりから、低所得世帯においては収入、物価両面から家計への圧迫を受け所得階層差は拡大した。

 まず年間の推移をみると、前年においては前年の神武景気の余恵としての春闘の賃上げ、公務員給与ベース引上げ、4月からの減税等によって勤労者の可処分所得は上昇傾向を続け、季節性を除去した指数でみると4~6月平均では前期より7.8%増、7~9月ではさらに1.4%前期を上回った。このような可処分所得の増加に応じて消費支出も増大し、勤労者世帯、一般世帯とも前期を上回る伸びを示した。すなわち勤労者世帯においては年初から6月のピーク時まで上昇を続け8月以降は停滞したが4~6月間には前期に対して4.3%、一般世帯においては3.1%といずれも前期より高い伸びを示した。この間消費者物価が米、野菜、魚などの食料や薪炭類等の家庭用燃料の供給不円滑から例年の季節変動以上の騰勢を示したので、消費水準の伸びは若干低められたが、それでもなお全都市全世帯においては、6、7月のピーク時には年初に対し約6%高の水準にまで上昇した。

 しかるに下期に入ると経済基調の転換による雇用の減少、賃金の鈍化等により、勤労者世帯の収入水準は伸び悩みを示した。すなわち景気後退に伴う生産抑制に基づき労働時間は短縮され、年末の臨時給与を別とすれば賃金水準は漸次鈍化し、全都市勤労者世帯の季節性を除去した可処分所得は33年1~3月平均では7~9月の水準を下回った。もっともこれは最近における賃上げ、定期昇給等の春季への集中という影響も加わっているものと思われる。その結果収入水準の伸び悩みに対応して消費支出にも抑制傾向がみられるようになったのである。勤労者世帯の消費支出をみると10~12月、33年1~3月ともそれぞれ前期に対し0.7%増にとどまった。しかるに消費者物価は野菜、果物類の出回りによる食料価格の値下がり、暖冬による薪炭類の反落に加えて、デフレの浸透による消費購買力の伸び悩みも影響して11月頃より弱含みに転じたので、それが下期の消費水準にプラス要因として作用し、全都市全世帯の季節性を除去した消費水準では33年1~3月には前年ピークの水準をやや上回るに至った。

 一方農村は「30年につぐ豊作」で農家経済が比較的平穏に推移したため、年初来微増傾向を続け、年度間2.3%の上昇をみたのである。

第149表 全都市全世帯消費水準の推移

第149図 消費水準及び実質所得対前年上昇率

第150図 可処分所得、消費支出、消費水準の動き

第151図 消費者物価の動き

32年度国民生活の特徴

貯蓄増大とその内容

 32年度における国民生活の第一の特徴は前年に引き続く貯蓄率の上昇であった。すなわち国民所得統計による平均貯蓄性向は18.5%と前年よりさらに高まり、家計調査においても勤労者世帯の実収入の伸びは前年度に比べてやや鈍化したにもかかわらず、貯蓄率、黒字率はいずれも上昇をみたのである。

 全都市勤労者世帯の32年度の実収入は月平均35,070円(5人、30.4日換算)で昨年に対し6.9%の増加であったが4月から減税の影響を受けて可処分所得では9.8%の上昇となった。これに対し、実支出は31,004円(5人、30.4日換算)と前年比5.2%の増加にとどまり、従って家計の黒字は4,066円と実収入の11.6%を占めるに至った。また、可処分所得の中で貯蓄率は12.6%と前年よりさらに高まった。このような32年の貯蓄率の上昇の原因には長期的なものと短期的なものとが考えられる。長期的な要因としては後述するような貯蓄保有高の回復意欲、住宅資金の確保、家族制度崩壊による老後生活への備え等があろうが、短期的にはデフレによる所得減少の不安、減税の所得効果や収入増が貯蓄率の高い層に著しかったこと等が挙げられよう。

 さて、家計収支の黒字が資産形態別にどのように処分されたかをみると、その大半は前年度と同じように預貯金及び年金、無人保険掛金等の長期、短期金融機関への預け入れであり、特に預貯金の伸びが大きい。これを金融統計からみると民営の全国銀行、相互銀行、信用金庫の定期性預金の伸びが著しいのに対し、官営の郵便貯金の伸びはかなり低くその増加率は前年を下回っている。これは郵便貯金の預金者が元来比較的所得の低い層であるのに対して今年度においては所得増加が比較的高所得層において著しかったため、貯蓄の多くが郵便貯金よりも民営の銀行に流れたためと思われる。家計調査によると所得階層別の貯蓄率が高所得層ほど高く、また全国銀行の預金者別預金調査においても前年に比べて1口、10万円未満といった小口の増加額が減少して、50万円以上の大口層の増加額が増えている等の事情からも今年度の極めて高い貯蓄率が比較的少数の高所得層によって達成されたことがうかがわれよう。さらに民営金融機関が預金金利を引き上げたことや金融逼迫のために預金獲得競争が激しかったことも影響している。保険の伸びは預貯金ほどではないがかなり好調であり、ここにおいても官営の簡易保険積立金の伸びは鈍い。有価証券投資の増加は目ざましいがこれは証券投資信託と金融債、特に割引金融債の増加によるものであり、他の貯蓄より高利回りであること、無記名であるため課税を免れ得ること等がその増加の原因であろう。

第150表 実収入、可処分所得、消費支出の推移

第152図 国民所得による平均貯蓄性向と限界貯蓄性向

第151表 勤労者世帯収支バランス

第152表 32年の個人貯蓄増加額の前年比

消費構造の変動

 32年度の都市消費は消費支出で7.3%、消費水準で4.7%の伸びを示した。

 まず名目消費支出の増加率をみると費目別では住居、雑費、被服、非主食などの増加率が高かったが、前年と異なって食料、光熱費において支出増が著しかったし、食料費の中の主食は前年の減少に対して約5%もの増加を示している。雑費は前年度の上昇率を上回ったが、被服費、住居費の伸びはやや減少している。前年に比べて食料、光熱費への支出が大きかったのは主食配給価格の引上げ、魚介、野菜、薪炭類等の供給不円滑からの価格騰貴が影響している。そしてまたこれらの2費目の性格が生活必需的物資であるため、住居、被服等の支出の増加を相対的に低めたといえるであろう。

 このように消費支出の増加が物価騰貴に吸収されたため、消費水準でみると主食、光熱関係の伸びは前年を下回り、逆に住居、被服関係の伸びは前年より鈍化はしているもののかなり高かった。特に主食の消費水準は前年を下回った。主食における消費構造に米食率の増加と麦類支出の減少という傾向がみられることは前年と同様である。非主食の中でも肉、乳卵類、菓子、果物、酒、飲料等の比較的物価が安定している品目が増加し、これに反し物価上昇傾向にあった野菜類、魚介類では伸び悩み、停滞ないし減少を示した。被服は前年より伸びはやや低まったが、物価も安定していたため住居関係につぐ高い増加率を示した。しかし装飾品的な身回り品は前年より減少し、どちらかといえば生活必需的な衣料に対する消費が伸びている。住居関係は各費目中最も上昇率が高く前年比1割近くも増加をみたが、これは家具什器が25.5%と品目中最高の伸びを示したことによって支えられたものである。家具什器類の増加の中心は家庭用電気器具、家具などの耐久消費財であり、家計調査によってもいずれも2割を上回る上昇率を示している。

 当庁調べによる「消費需要予測調査」(33年2月実施)によると電気釜、テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機を中心に電気器具は極めてさかんな需要の波にのっており、なお潜在需要はかなり強いことがうかがわれる。また、通産省調べによる家庭用品の「需要動向調査」によれば電気釜、電気冷蔵庫、電気掃除機等の電気器具において購入希望が強く、実績としても衰えをみせていない。いずれの調査によっても特徴的なことは発展テンポの鈍ってきたテレビ、洗濯機などの購入希望が中階層ないし低階層にまでひろがってきていることで、特に洗濯機は家計支出の低所得階層ほど購入希望が強く現れている。また「予測調査」によれば調査対象世帯のほぼ4割の世帯において月賦利用が行われていることが示されており、月賦販売のかなりの普及がうかがわれる。一方家計調査より家計における掛買払の小売商よりの購入高に対する割合をみると、逐年上昇傾向をたどり32年においては掛買率は11.1%と前年よりさらに上昇をみており月賦は中、下所得階層における生活設計の有力な手段として家庭生活に入り込んでいる。しかし欧米諸外国に比べれば我が国の消費者信用取引はいまだかなりおくれていることは否めず、また取扱商品も耐久消費財などの高額品のみならず、繊維製品、見回品、家庭用日用品などの低価格品を対象とする場合が多く販売条件も極めて区々であり、月賦金利の問題等その前途には問題は多い。

第153表 消費水準上昇率増減の著しい費目

第153図 全都市消費水準費目別対前年上昇率

現下の住宅問題

 戦後最も回復の遅れていた「住」の生活も住宅建設戸数の増加に伴って漸次住宅難は緩和されてきたが、32年度の建設戸数は31年度の増加ぶりに比べるとその増勢は鈍化をみせた。すなわち、本年度においては建設戸数は約47万戸(新築及び増築)であり、前年に比し5.9%の増加であり、31年度の10.9%増に比べると著しい鈍化である。これは公営、公庫、公団等の政府資金関係の新築住宅は17万戸と前年比16%の増加を示したのに対し、民間自力建設関係は25万7千戸で前年よりも2.4%と減少を示したことが影響している。民間自力の新設住宅を利用関係別にみると約7割を占める持家が4月をピークにして漸減傾向をたどっているのに対して、約2割を占める貸家は横ばいないし微増傾向を続けている。

 民間自力建設住宅が着工減退をみたことは、景気循環的な影響もあるが戦後12年の歳月を経て自力で家を建設しうる資力を持つものは一応家を建ててきたという事情も反映しているであろう。またある程度の余裕金を持ち公庫住宅融資により持家を建設しようとする者や、公団住宅等の4,000~5,000円という家賃の負担にほぼ耐え得る中所得層での住宅難も漸次緩和されてきた。しかしながら低所得層においては依然として住宅難は深刻である。低所得向けの住宅として公営住宅があるが、これも第一種(家賃1,700~2,600円)、二種(家賃800~1,600円)を含めて32年度の建設戸数は4万6千戸であり、その競争率は32年度の東京において第一種住宅は38倍、第二種では29倍という激しさである。一方、民間の貸家は宅地価格の上昇、建築費の高騰から著しい高家賃を示しているが、他方勤労者収入の低位から支払い得る家賃は低く抑えられるので民間貸家は採算が合わずほとんど伸びていない。現在建設される貸家は勤労者世帯がかろうじてその負担に耐え得る4.5坪の低質の木造アパートである。前述の漸増気味にある民間自力建設の貸家もこの種のものと思われる。

 低所得層における住宅難は上述のように深刻である。自力で住宅建設する資力もなく、かつ償還能力の低い人々の住宅難を緩和するためには、低利長期資金の大量の供給による公営住宅を中心にした低家賃住宅の建設が強力に推進されねばならない。と同時にそれはただ量的不足を補うというだけにとどまらず、質的にも中高層の不燃化住宅の建設、また、いわゆる下駄ばき住宅の建設等が考慮されるならば都市計画上からも望ましいのみならず宅地の利用も一段と効率化し、宅地所容量を節減し得るであろう。このように今後の住宅政策はその重点を低家賃の公営住宅におき、社会政策的な面からの拡充化が望ましい。

 さらに戦後回復段階の終了とともに景気動向が漸次強まり、不況の期間も長引くようになってきているので社会政策的な住宅建設のほかに景気支持政策としての住宅投資という面からこの問題を考慮する必要があろう。

第154図 民間自力建設住宅の推移

第154表 住宅新設戸数

所得及び消費の階層別変動

 今年度においては低所得世帯の家計収入の伸びが相対的に低かったうえに、物価上昇が生活必需品的物資において高かったので所得面においても、消費面においても階層差の不均衡の拡大が目立っている。

 まず当庁調の「消費予測調査」の結果によると33年2月現在において過去1年間に所得の増加した世帯は年収60万円以上の高所得層ほど多く、所得が「減った」か、「あまり変わらなかった」世帯は低所得層ほど多い。さらに製造業の規模別賃金格差は若干ながら拡大しており、大規模労働者に比して中小規模の低賃金労働者の賃金上昇が相対的に低いことを示している。さらに国民所得統計においても分配所得の中で個人賃貸所得や利子所得、また法人所得における配当所得比較的高額資本所得層に属する層の割合が増加していることも、上述の傾向を裏付けているものといえよう。

 さて、家計調査における勤労者世帯の所得階層別五等分区分によると、勤労者世帯内部における階層差拡大はかなり明らかである。まず、実収入の面では前年が五階級とも対前年増加率1割に及んでいるのに対して、32年度においてはその伸びは高所得層ほど高く低所得層ほど低い。とりわけ世帯収入の中の賞与等の臨時収入の伸びの不均衡が目立っている。さらに4月の減税の影響が高所得層ほど大きく現れたので可処分所得では一層高所得層の増加率が高まり、最高階層の13.1%増に対し最下層は4.4%増にとどまっている。次に消費支出をみると前年には中間層の伸びが大きかったが今年においては高所得層が下層の2倍以上の伸びを示している。しかもなお低所得層においては消費の伸びが収入の伸びを上回っているので、下層における貯蓄率はマイナスとなり貯蓄引出もかなりの率を占めている。すなわち先にもふれたように貯蓄性向の堅実な向上という平均的な傾向は、少なくとも第三階層以上の比較的高所得層についていい得ることであって、それ以下の階層にあっては逆に赤字の増加をみている。

 次に消費内容をみると、低所得層においては物価上昇の大きかった米、魚介類、野菜類等、食料を中心とした支出の伸びが大きく、従ってエンゲル係数は低所得層ではほとんど改善のあとがみられず、むしろ高まる結果となっている。これに反して比較的物価も安定し、また緊要度も低い家具什器・衣料品・見回品といった費目においては上下における支出差が顕著である。このように32年においては物価の値上り傾向が生活必需品的なものにおいて多くみられるため、低所得世帯のウエイトをとったC・P・Iを考えるとその上昇傾向はより強いと思われるので、実質水準における所得階層間の格差はより拡大傾向にあるといえよう。

 最後に生活被保護世帯の収入を一般の勤労者世帯のそれと比較してみよう。

 家計調査における東京都の一般労働者世帯の実収入は32年6~11月平均で、37,064円(四人世帯)であるのに対し、生活被保護世帯(日雇労働者世帯、四人世帯)では11,189円で前者のほぼ30.2%の低位にある。さらに生活被保護世帯においても勤労収入がかなりのウエイトを占めているが、これは一つには保護基準額以下の低賃金、低収入の層の多いこと、二つには低所得層ほど有病率が高く従って医療費が増嵩し、疾病にかからなければ被保護世帯にならなかった勤労世帯が医療単給世帯となっていること等によるものであり、個人の手のみによって疾病に対処することがいよいよ困難化するという事情を示すものであろう。

第155表 勤労者世帯所得階層別(5等分)所得消費の変動


[次節] [目次] [年次リスト]