昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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各論

交通・通信

旅客輸送の立ち遅れとその要因

旅客輸送需要の増大

 前節で述べたごとく、昭和32年度の景気下降に際して、貨物輸送需要が若干の鈍化を示しているのに対し、国内旅客輸送にはその影響がほとんどなく、各機関とも一様に増勢をみせているが、これを長期間の趨勢でみても、 第106図 のように逐年ほとんど変動をみせず着実な増加の傾向を示している。

第106図 国鉄旅客貨物輸送量の推移

 旅客輸送がこのように着実に伸長する原因はどこにあるのだろうか。旅客は、大別して定期旅客と定期外旅客に二分され、その人員割合は国鉄、私鉄で、ほぼ6対4の比率になっている。定期旅客数を規定するものは、雇用者数、学生数であるが、これらは戦後確実な増加を示しており、昭和25年に比べ、32年の雇用者数は48%増、高等学校以上の学生数は60%増となっている。一方、定期外旅客は、さらに生産的旅客(社用、商用等)と消費的旅客(行楽、家事等)に分けられ、その割合は、大凡5対5程度であるが、このうち生産的旅客については戦後の生産活動や販売活動の活発化によって輸送需要が増加しており、消費的なものについてみても、総人口の増加(32年度は25年度に比し約10%の増加)、消費水準の上昇(31年度は26年度に比し都市46%、農村22%の上昇)、及びスキー、登山、行楽等を中心とした旅行性向の増大等を原因として、輸送機関に対する消費的需要が増加している。

 このような旅客輸送の増加傾向は、なかでも大都市において、特に著しい動きを示している。人口の都市集中と、都市の広域化--すなわち都市周辺部の人口増加によって、都市旅客輸送は、単に人員が増加したのみならず、その距離も著しく伸長した。東京都の昭和30年の都心部人口は、昭和10年に比べて20%減少しているのに反し、周辺部は50%増加しており、また都心二区における昼間人口は夜間人口の3.2倍に達していることからみても、この間に往来する通勤、通学等の輸送需要の膨張がうかがわれる。事実、国鉄の東京周辺の32年度輸送量は、25年の52%増となって、全国の44%増を上回り、また電車区間定期旅客平均輸送キロは、昭和11年度の10.4キロから25年度の13.9キロ、31年度の14.5キロと次第に伸長している。このような都市集中の現象はまた家計支出中、交通通信費に対して支出される割合が、都市2.0%、農村1.8%(31年)と、都市の方が高いことからみてもわかるように、都市においては、輸送網が発達し、その利用が手軽に行われるため、これが全国的な輸送需要を増加させる一つの大きな要因ともなっている。

 以上のように、旅客輸送需要は年々着実に増加し、昭和25年度以降の総旅客輸送人キロメートルをみても、年間の伸び率は平均8%と貨物の7%を上回っている。これを輸送機関別にみると、その伸び率には若干の格差がみられ、25年度から32年度までの間に年平均の伸び率が国鉄は5.5%(定期6.5%、定期外4.8%)、私鉄は4.7%であるのに対し、バスは19.2%、乗用車は41.2%となっている。この結果、国民一人当たりの全輸送機関の平均乗車回数は、昭和25年度の116回に対し、32年度には195回となった。

不足する輸送力

 一方、輸送力の供給の面はどのようになっているだろうか。輸送力を支える輸送施設は、車両等の可動施設と、線路、道路等の基礎施設に分けられる。従来各部門とも輸送需要の増加に対しては主として可動施設の増備によって応じてきたが、この面のみによる増強には自ら限度があり、2倍にも3倍にも増加する需要を支えるためには基礎施設の増強を行わねばならない。しかしこのためには極めて多額の資金と長年月を要し、用地の獲得やその補償等に多大の困難を伴うので、従来各部門とも容易に基礎施設の拡充を行い得ないできた。すなわち、国鉄においてはその輸送人員は戦前(11年)の約4倍(貨物は3倍)になっているのに対し軌道延長はわずか25%増に過ぎず、また道路輸送でも自動車数は約10倍になっているのに、幅員の拡張、舗装等道路の整備は遅々として進まず、現在においても、なお国道、府県道中自動車の通行不能部分が約9%を占める状態となっている。

 このような旅客輸送需要の膨張に対する施設面の立ち遅れは、いきおい輸送の混雑と流動性の鈍化をもたらす。これは都市輸送の面において最も激しく露呈しており、都市内の国鉄、私鉄電車の主要線区ではラッシュ時においてほとんどがその基礎施設の能力の限度いっぱい-例えば、国電中央線急行区間では2分間隔、10両編成-の運転を行っているのに、乗車人員は定員の3倍に達し、戦後13年たった今日なお終戦直後の殺人的混雑状態が十分には緩和されたといい得ず、戦前に比しはるかに悪い状況となっている。またこれら大都市の路面交通も、輸送需要の増大に伴う自動車数の著しい増加によって、全く混乱状態を呈するに至っており、 第107図 にみるように東京都心のラッシュ時においては、走行速度が一時間当たりわずか8キロメートル程度という箇所もあって、走行時間よりも交差点等で停車している時間の方が長いという現象が起こっている。路面交通の能力は交差点によって制約され、4車線における交差点の通過量が昼間時12時間で3万台を越すときは、道路交通の流動性は著しく阻害されるといわれているが、32年10月の調査では、東京中で3万台以上の通過量を有する交差点が47箇所に及んでいる。また都心部における駐車場の不足は、路上駐車や、不必要な車の移動等の現象を惹き起こして少ない道路容量をますます小さくする原因となっている。

第107図 乗用車時間別所要時分及び速度比較

 次に長距離旅客輸送についてみると、列車の混雑状態は車両の増備によってやや改善されつつあるが、一方、行楽客や帰省客など旅客の季節的集中が激しく、多客期には、なお定員を相当オーバーしている。例えば、昭和33年1月上旬における東海道線上り急行列車は定員に対して124%、山陽線では142%の乗車人員となっており、また上信越線季節的旅客の多い区間では、単線による線路容量の不足が多客期に膨張する輸送需要を賄い切れない状態となっている。

 なお、これら長距離輸送については、混雑の解消と同時にスピードアップ、快適性の確保等、質的向上を目標とした輸送の近代化が要請されているが、この点についても、鉄道は戦前の状態とほとんど異なることなく、自動車の長距離輸送は、我が国の道路整備の立ち遅れのため先進欧米諸国に比して、その進展が著しく制約されている。また航空機についてもいまだ国内の路線網の拡充が十分といいえず、ローカル路線においては空港や運航の安全を確保すべき諸施設の未整備のため、その定期性や、安全性の確保に困難をきたしており、旅客定期船では船質の老朽化が問題となっている。

 以上のように、旅客輸送の面においては輸送量の増加に応じ切れない輸送力と、その結果としての混雑状態が表面化するとともに輸送サービスの質の低さが問題となっている。今後、経済成長や個人の旅客性向の増大につれ輸送需要はなお着実な増加を続けるものと予想されるので、この際、旅客輸送力の抜本的拡充とその近代化を講ずる必要がある。しかし、輸送難が最も緊迫している大都市において、輸送基礎施設を拡充整備するためには、キロ当たり地方の10倍を超える膨大な資金を要し、またその拡充にも自ら限度が予想されるので、むしろ根本的に新都市の建設、住宅の適正配置、学校、研究所の分散等都市計画の面において輸送需要の発生の適正化をはかることが必要である。


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