昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
鉱工業生産・企業
調整段階に入る設備投資
高水準を維持した設備投資
このようにして31年度に行き過ぎた在庫投資は金融引締めによって大幅に下落して約1カ年ではほぼ調整の緒についたといえるが、同じように経済拡大の起動力となった設備投資はなお高い水準にある。
前年に投資ブームと呼ばれて7割もの急増を示した設備投資は、32年度においてさらに増加し、開銀調「32年度産業設備資金供給実績」によれば対前年比20%増となっている。
32年度の金融引締めが投資削減を目指し、財政投融資の繰り延べなど積極的な抑制策が打たれたにもかかわらず、なぜ設備投資がこのように高水準を維持し得たのであろうか。
金融引締めは、32年度当初なお旺盛であった投資需要を確かに抑制した。資金的に外部依存度の高い我が国の企業にとって、それは最も直接的な効果をもつものであったことは否めない。しかしながら、32年当初において各企業のもっていた投資計画は 第27表 にみるごとく、31年度を6割をも上回るものであったのだから、全体として12%の削減計画をたてたといっても31年度の実績に比べなお4割高となっている。すなわち金融引締めの後も、投資規模は前年度を凌駕する実勢を保持したのであった。
その後景気後退が進むにつれて、資金繰りが悪化し、削減された前計画以上に圧縮する企業も増えてきたが、結局年間を通じてみると前述のような高水準を保つことになった。32年度にかかる高水準を維持した要因としてはさらに次のようなことがらが挙げられよう。
すなわち基礎産業と成長産業の投資が堅調を続け、そのうえ投資の大型=長期化傾向が高まり、投資懐姙期間が長くなっているため、32年度中は特に継続工事の比重の増大が目立ち、投資実績を落とさないですませたこととともに、前年の投資ブームによって機械メーカーの受注残高が累積していたことから、景気後退においてこれがバッファーの役割を果たしたためと考えられる。
基礎産業と成長産業の投資の堅調
30年後半から31年に欠けての投資ブームに際して隘路となった電力、鉄鋼、石炭及び輸送などの基礎産業と、技術革新を基盤とする化学や機械などの成長産業における設備投資は、一般産業と比べて割合に好不況に左右されるところが少なく、さらにそれらの設備投資は国家的見地からみて発展を期待されるものであったため、金融引締めにもかかわらず削減率も軽度で堅調な設備投資が行われ、デフレに伴って次第に停滞気味となった一般産業とは異なった推移をたどった。
当庁調「法人企業投資予測調査」によって31年度投資実績と32年度投資実績見込における産業別比重を比べると 第28表 の通りであって、電力、鉄鋼、石炭、海運の四基礎産業の設備投資額が全体に占める比重は、31年度の41.4%から32年度は47.8%へと上昇しており、ことに電力と鉄鋼の伸びが著しい。
機械も31年度の投資ブームに起因する設備拡張が続いたため、7.7%から9.5%に比重を増している。化学は全体としては減少を示しているが石油化学、合成繊維等の新規部門はむしろ増加している。その他の一般産業については繊維をはじめほとんど後退を示しており、景気後退に対する影響が顕著である。
投資の大型=長期化
かくて32年の設備投資は基礎産業や成長産業の堅調に支えられたものであるが、基礎産業ほど投資規模が大きいし工事期間も長い。そのため、いわゆる投資の懐姙期間が延長し、投資活動の水準を落とさないですませることになる。前掲「法人企業投資予測」について、工事一件当たりの工事費と平均工事期間をみると 第29表 の通りである。電力や鉄鋼は一工事当たりの工事費が繊維等に比べるとそれぞれ18倍、6倍という大きさで工事期間も約2倍となっている。そのうえ、一般産業でも工事期間の長期化する傾向がみられ第1回(32年9月)と第2回(33年2月)の調査の間だけでも4カ月の工事期間の延長がみられている。
継続工事の比重の増大
一工事当たりの投資金額が大きく工事期間の長い基礎産業部門の比重が増大するのだから当然継続工事の比率は増大する。金融引締めによって投資意欲が資金面から抑制されると新しい計画は打ち切っても継続工事は続行しようとする。
一部には継続工事の工期の繰り延べさえみられたが、32年度中においては新規投資の減少が目立ち継続工事の占める割合は一層増大した。
「法人企業投資予測」によると、32年度下期の設備投資額のうち全体の85%を占める主要工事について、新規工事(32年10月以降着工)18%、継続工事82%となっている。全体の8割余を占める継続工事が金融引締めに際しても非弾力的に働いて、設備投資を高水準に保つ重要因子として作用したといえよう。 第62図 は固定資産の新設高と資金供給との推移を示したものだが金融引締めによって一時資金供給は下降したが、継続工事を中心とする投資の続伸によって再び設備資金供給が上昇せざるを得なかったことを示している。
受注残高の累積
投資の大型=長期化は必然的に投資が着手されてから完成するまでの期間を長引かせるが、設備機械メーカーの能力不足がそのタイム・ラグをさらに増大させた。
32年度の機械受注状況をみると30~31年度の投資ブームによって、機械メーカーの受注は急増し受注残高が累増して32年4~6月のピーク時には、造船部門27カ月、一般機械部門14カ月、全体平均で18カ月分にも及んだ。この間投資の行き過ぎを機械メーカーの能力不足で抑制した形になったわけだが、その後受注高の低下、販売高の増加が続いたにかかわらず受注残高はわずかの減少を示したにとどまり、32年度における景気後退に対しても投資の減退をさらに遅らせる効果をもったとみられる。
投資意欲の減退
設備機械の需要急減
前述のごとく投資活動は2年続いて高水準を維持したが、新規発注の意欲は明らかに減退している。当庁調べの「機械受注状況調査」によると、各産業の設備機械の発注状況は32年度に入ってからは急減している( 第64図 )。
32年4~6月ではまだ集中発注のあとの反動的減少に過ぎなかったが、7~9月には金融引締めの効果がようやく現れ、投資需要は著しく減退した。また既契約分の繰り延べや解約も目立ったが、この時期には投資意欲の底堅さは残っており、いわば強制された投資減退の段階といえよう。金融引締めはこの間投資にのぼせ上がった企業に対し解熱剤の役割を果たしたといえる。
10~12月になると投資行き過ぎの調整過程に入り、繊維、化学、紙パルプ等の一般産業は一段と収縮し、基礎産業も主要部分を残して附属、関連設備では工期の繰り延べが行われた。33年に入ってからは堅調な電力、石炭を除き他の産業は引き続いて横ばい状態で推移している。以上のごとく投資意欲が急減したのは、金融引締めによる効果も大きかったが、その反面31年の行き過ぎた投資に対する反省が新規発注の態度を鈍らせた点も無視し得ない。次に31~32年の投資はどのように行われ、その結果どのような問題が生じているかを述べよう。
行き過ぎた投資の調整段階
行き過ぎた設備投資
昭和31年の投資ブームは、石油、化学、鉄鋼等装置産業の各分野にオートメーションの導入を促進し、合成繊維、合成樹脂等いわゆる新製品の普及をもたらした。またこれまで立ち遅れていた機械工業の近代化を進めるなど、近代化投資による効果はかなり大きいものがあった。31~32年の造船、自動車工業の輸出状況にみるごとく国際競争力の基盤強化に果たした役割も無視するわけにはいかない。だが31年の投資が前年を7割も上回るという急増を示したところに問題を残している。その内容をみるとそこには趨勢的な増大と循環的な急増とがうかがわれる。例えば生産・能力及び投資について26年以降の経過をみると、 第65図 にみるごとく生産も投資も電力、鉄鋼など基礎産業は一般産業の拡大テンポに比べると小さい。設備能力の推移もほぼ同様の経過をたどっている。そのため機械に対する鉄鋼、また化学、鉄鋼に比べて電力の伸びが遅れた形となっている。産業構造自体が鉄鋼、電力の多消費型に向かい資本集約度の高い産業構成になっているとき、31年の投資内容が一般産業において前年よりも倍増と、基礎産業の5割増をはるかに上回る結果となったことがこのアンバランスをますます拡大する傾向を強めたといえる。このため31年度末から基礎産業の投資を急速に実施することとなったと考えてよい。基礎産業についての投資はある程度の必然性をもっていた投資であったが着工が一般産業と一時期に集中したため、投資の行き過ぎをことさらに大きくしたのである。
しかもそれ以外の面では、投資の動機が多分に誘発的な性格をもっていたことを指摘しなければならない。例えば売り上げの伸びと投資の伸びとの関連をみると、28年も31年も売り上げが増えたから投資を増やしたのだという傾向が各産業にみられるが、28年に比べて31年の方が売り上げの上昇にみあって投資を増やした率ははるかに大きかった。「法人企業統計」による売上実績と開銀調査の投資実績とからみると、28年は売上が16%伸びたのに比べて投資の伸びは25%ですんだが、31年になると25%に対して75%と著しく大きい。これは技術革新の受け入れに伴い、企業間の設備投資競争が激しくなっていたため、31年のような好況期にはこぞって各企業とも投資を急増させたとみることができる。この傾向は当然のことながら基礎産業よりも一般産業において著しくみられた。
こういった31年の投資が急増を示した要因からみても、産業構造の高度化に伴い同じ生産をあげるにも投資額が増大するとか、投資コストが上昇したなどの点が挙げられるにしても、一部にはやはり必要以上の投資を行ったのではないかという疑念もわこう。そこである年に投資されたものが、翌年の生産活動に寄与するものと考慮して試算してみると、 第66図 に示すごとく、31年度中の投資規模は32年度の生産活動に必要なだけの投資に比べるとかなり上回っていることがわかる。すなわち、鉱工業全体で5,000億円の投資があれば足りる計算になるものが、実際には約7,000億円弱と3割余も上回っていた。内訳でみると一般産業は必要投資額を7割をも上回り、明らかに投資の行き過ぎ現象を示している。過剰度は食品、繊維、紙パルプなどの消費財において特に著しかったようだ。これに対して基礎産業は相対的に投資の着手が遅れたので、31年中は投資実績が低くでているということもあってむしろ1%ほど不足したことになっている。
かかる趨勢的、循環的な投資が重なった結果、31年度に投資の急増をよび、国際収支の危機をも招く結果となったとみられるが、単に31年度の投資が国民経済的にみて過大であったばかりでなく、企業にとっても過大であったことに問題がある。一般産業は2年分近くの投資を一挙にしたことになり、当然設備能力の急増がみられた。
過剰能力の出現
景気の行き過ぎを是正したデフレ政策は前述したように各産業に生産過剰をよび操短が強化され、その結果設備過剰という問題が表面化してきた。一般産業のうち主な業種について投資ブーム直前の31年3月を基準として32~33年度末のそれぞれの能力と生産の伸びを比較してみると、 第67図 のごとくいずれも生産に対して能力の上昇は著しい。これは一般産業が32年度後半から生産水準が低落したのに対して、設備投資は逆に生産力効果を発揮する時期にきていたので需要の伸びに比べて能力の増大が大きく現れたためである。従って趨勢的には将来緩和される可能性はあるにしても短期的な景気循環の過程ではその特徴として投資ブームのあとに一時的に過剰現象を生ずるのは避けられないようである。しかも産業によってかなり様相を異にする。例えば一般産業のなかでも繊維工業のごときは著しい生産能力の増加に対して需要の伸びが小さいので、ここ2、3年は過剰設備の圧迫に悩まされることになろう。また基礎産業の一つである鉄鋼業でも、最近の需要減退から線材、板関係など一部製品が過剰現象をみせてはいる。新産業はその性格として当初の能力増大テンポが需要の伸びに比して著しいだけに、これも一時的な低操業を避けられない。
31年以来の旺盛な設備投資は33年に入ってからもなお能力増大をもたらすであろう。従って33年度は需要の増加はかなり見込まれているにもかかわらず、例えば繊維、非鉄、化学工業の一部等にみるごとく、ある程度の過剰現象が続くことは避けられないものと思われる。
旧設備廃却の難しさ
生産能力が需要をかなり上回った状態にあるのは、単に新投資の生産力発現の結果ばかりではなく、既存設備の新陳代謝が十分行われないということも大きな原因である。例えば大蔵省の「法人企業統計」で固定資産残高の増え方をみると、昭和25年に2兆3,000億円だったものが32年には5兆円と約2倍になっている。これは25年以降5兆円の投資をしたのだが2兆3,000億円を減価償却した結果価値的な残高は5兆円にとどまる結果となっている。これに対して現在の設備能力はほぼ3倍に達している。言い換えれば価値的には2倍しかない設備が、物理的には3倍となって残っていることになる。その間技術進歩によって能力が増大しているという面もあろうが、減価償却のすんだものがほとんど能力として残されていることを示しているといえよう。
通産省調べによると 第68図 のごとく、産業によってはこの1年間に若干改善されたものもあるが、多くの産業ではなお旧式設備の占める割合が大きいのに注目される。旧式設備を思いきって廃却すれば過剰設備はかなり緩和されよう。だが企業の立場からみると、いまの段階では旧設備を稼働した方が新設備よりもコストが低いというものもあるし、またこれまで需要の変動が大きかったために、これからも将来の需要拡大期を予想してなるべく設備能力を温存しておこうという考えがなおあとをたたない。またオートメーションの導入も市場が拡大しているときには労働問題もあまり大きくならないが、景気後退期に旧設備を廃却してオートメーション工場へ生産を集中しようとするとあまった労働をどうするかで労資の対立が激しくなる。さらに石油化学の出現に伴って、今までの発酵法によるアセトン、ブタノール産業が転換を迫られるといった例が多いが、産業全体が廃止されるというのは大問題である。かかる雇用問題、新規産業と既存産業との調整等から、現実の旧設備廃却には多くの抵抗が予想される。
今までのところ過剰設備に悩む産業でも旧設備の廃却を積極的に進めてきたものは少ない。例えば繊維工業においては織機を買い上げてスクラップにする調整組合がある。これは31年6月以来実施されているものだが、6万台位廃却せねばならないというのに、現在までのところ絹、人絹織機9000台、綿、スフ織機約1400台の買い上げが行われているに過ぎない。また機械工業では造船、自動車、電機等の大手メーカーのうちには、自社の設備更新と系列強化との一石二鳥をねらって、旧設備を下請企業に移譲するケースが多く見られてきている。もともと技術水準の向上に伴い中小下請メーカーでも旧設備を廃却して新しい設備にとりかえねばならぬが、現在までのところ中小企業の設備の廃却がそれほど進んでいるとは思えない。戦後はじめての大幅な旧設備の交替期にきているにもかかわらず、これを企業が自主的に実施することはなかなか難しい問題が残されているようだ。従って今後望まれる方策としては、設備の買い上げを行い旧式設備を強制的にスクラップ化すること、旧設備廃却を前提として新規計備の投資を認めるといういわゆるスクラップ・アンド・ビルト方式による投資規整を一層強化すること、あるいは税制面において償却の短縮化をはかること等が考えられよう。
今後の投資動向
今までにも幾多の海外新技術の採り入れが行われたが、我が国産業界に紹介され登場したものだけで新技術、新製品が種切れになったとはいえない。また現段階はその大半が播種期を終わった程度で、試作段階にある各種新製品、新技術を大量生産の軌道にのせるためには、なお多くの設備投資は起こり得るものと考えられる。31年の投資ブームは技術革新の波にのって高次の近代的技術をせっ取し、先進国の水準へ追い付く過程とみられる。今までの投資傾向をみても各産業とも上昇するときは大きく、減退するときは少なくしかも小幅であり、戦前にはほとんど現れなかった下方硬直性が看取される。このように趨勢的には投資意欲は堅調を保っているが、景気循環の下向きカーブに当たって33年度の投資は、過剰能力の圧迫と市場の先行きに対する不安からかなりの減退は避けられないようである。通産省調べの「設備投資計画」は前年度より7%減少したにとどまっている。また当庁調べの「投資予測調査」では33年度上期は前期を若干下回る程度の高水準である。しかしその内容は基礎産業グループが継続工事中心に堅調のためなお26%増加したが、一般産業は33年9月までに工事費中の2割が完成される予定だし、新規工事も少ないので逆に19%の減少となっている。これは投資ブームの終熄期として当然の現象と思われることからみて、基礎産業の投資の堅調に支えられて全体でみた設備投資の減退は小幅であろうが、ここしばらくは投資の停滞が続く可能性は強い。