昭和33年

年次経済報告

―景気循環の復活―

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

速過ぎた拡大の整理過程

 速過ぎた拡大によってもたらされた国際収支の悪化を是正すべくとられた手段は、決して産業にとって安易な道を約束するものではなかった。国際収支の傷手は比較的早く癒されたが、企業に与えられたデフレの影響はかなり強くかつ長く続いている。

 昭和32年度の鉱工業生産は 第55図 にみるように、5月をピークとしてその後は急速な低下を示したが、前年度中に急上昇して、年度初めに高い水準にあったため、年度平均では,144.4(通産省調昭和30年=100)と、前年度に比べ11.9%の上昇となった。

第55図 産業動向の推移

 これに対して出荷の伸び悩みは32年年初から目立ち、製品在庫は増加の兆しをみせていた。出荷指数は32年度平均で136.5と前年度の8.9%増にとどまり、生産との間の格差を拡げたが、この結果 第55図 にみるごとく生産者製品在庫は、急速に増加し33年1月のピークには前年同月の1.5倍に達した。デフレ期に出荷が落ち、在庫が増え続け、生産を低下せざるを得なくなるというのは通常のことだが、29年のときには下落は5カ月間続いただけで下落率も5.4%だったのに対し今回は10カ月続いたうえに、その低下率も10%と大幅で、激しい下落率と長い継続期間を持っている。

 しかも今回のデフレは、世界景気の停滞期と期を一にしているところに特色がある。 第56図 にみるごとく、欧州諸国の生産の推移はそれほどの伸び悩みをみせていないものの、1954年に比べると軒並みに伸び率は低く、アメリカは日本と全く同様な過程をたどって低下している。1954年には世界各国と日本の景気動向にズレがあったことが緊縮政策によっていったん収縮した産業活動の立ち直りを早くしたが、今次のデフレは世界景気の全面的な沈滞と重なっているところに景気後退の根深さを予想させるものがある。

第56図 日本の景気後退期における世界主要国の生産動向

景気後退の始動因

景気後退における在庫投資の役割

 昭和32年度の生産は上昇より下降への急転換を示したが、かかる生産基調の急激な変化は何によってもたらされたのであろうか。

 当庁調べ「国民所得統計」によって32年1~6月と7~12月の最終需要の動向を比較すると、消費、設備投資、財政、輸出はいずれも横ばいないし漸増の傾向にある。この最終需要に対して在庫投資のみが大幅な減少となっている。

 すなわち季節変動を除去した推計値でみると、在庫投資を除いた最終需要の総額は上期の5兆2,500億円に対し、下期は5兆4,200億円とほぼ横ばいであるが、在庫投資は5,600億円から1,600億円へと約4,000億円の減少となっている。最終需要の増加1,700億円を在庫投資の減少4,000億円が打ち消してしまっており、在庫投資を含めた総需要の低下は全て在庫投資の減退に起因することがわかる。このような経過は29年のデフレにおいても全く同様であって、景気下降の最初の局面では在庫投資の大幅な減退が主たる役割を果たしている。このように在庫投資の大幅な減少が起きたのはもとより金融引締めによって、各企業が資金繰りに困り、卸小売業が手持ち在庫を圧縮したり、製造業が原材料在庫の仕入れを手控えたりしたことによるものだが、これも急速な拡大過程にあってそれまであまりにも多くの在庫をかかえ過ぎていたからにほかならない。

 32年に入ってからの生産は前年以上に急上昇を続けたが、この時期の生産を支えた需要の中心は前年から増大してきた設備投資と在庫投資であった。在庫投資は製造業及び卸小売業の両者ともに著増している。売上増加額に対する在庫増加額の比率、すなわち限界在庫係数は32年に入ってから、製造業でみると31年下期の0.29に対し32年上期では0.92、卸小売業でも0.09から0.20と急上昇した。需要の増加テンポを大幅に上回って在庫蓄積が行われてきたことは、一部には輸入原材料の到着のズレこみなど意図に反して増えたものもあろうが、多くのものは今までの経営拡大の惰性で、先行きを楽観していた企業行動の現れである意図された積極的投資であったとみてよい。

 しかしかかる企業の強気によって作り上げられた、在庫投資によるみかけ上の需要は、いったん金融引締めによって企業の強気が是正されるとたちまち消失し、意図した在庫投資は行われなくなる。こうして前述のごとき需要縮小の結果として生産は下降に入るわけだ。我が国の場合の景気変動はこうした在庫投資の急変を契機としておこるのだが、その内容をみると流通在庫の変動が大きくかつ早く起こるという特色がみられるようだ。

 大蔵省「法人企業統計」によって在庫投資の動向を流通、製品、原材料、仕掛品別に示したのが 第57図 である。これでわかるように流通在庫は、29年の場合も32年の場合も、引締め後3カ月で在庫減らしを行っており、もっとも早く反応している。また原材料在庫は6カ月後に在庫減らしが始まっている。このうち輸入分素原材料在庫は、29年の場合は3カ月後に、今回の場合はかなり遅れて6カ月目に本格的な在庫減らしが始まっており、過大輸入のためにズレ込み分が大きかったことを物語っている。

第57図 我が国在庫投資の循環

 仕掛品在庫は29年の場合は6カ月で在庫減らしに入っているが、32年には6カ月後ではなお在庫が増加している。この差は32年には機械工業と建設業における仕掛品が特に増えているためで、設備投資急増の影響が仕掛品の形でなお残っていることを示している。

 さらに引締めから在庫調整を経て再び在庫補充が始まるまでの期間をみると、流通在庫においては29年の場合はほぼ6カ月と思われるが、32年の場合は6カ月ではまだ在庫調整が続いているようだ。原材料在庫の調整期間は最も長く29年の場合は1年半もかかったが、今回はピークがずれていることと、低下度も小さいことからみて一層長引くことが予想される。このことは他面「貿易」の項でも述べたごとく比較的長く輸入の低水準が続くであろうことを予想させる。

 製品在庫は原材料、仕掛品、流通在庫などと異なってデフレ期には意図せざる在庫の性格が強く、前者と逆のサイクルを画いている。通産省調べ「鉱工業製品在庫指数」でみても、29年の場合は引締め後6カ月で在庫はピークに達し、その後は減少していったが、今回は8カ月でピークを示しており、在庫調整が前回に比べて非常に遅れたことがわかる。

 以上のことから今次の景気後退も流通在庫減少を起点として原材料、仕掛品在庫の減少に波及し、メーカーの製品在庫の累積を招くという通常の在庫調整による景気後退、いわゆるインベントリー・リセッションの形態をとったといえよう。

連関需要の収縮効果

 このような在庫投資の景気後退に対する影響には見逃し得ないものがあったが、在庫調整の結果が関連産業に波及してゆく効果も意想外に大きかったとみられる。例えば人絹の流通在庫が圧縮されると、人絹の出荷は減少し生産を低下せざるを得ない。人絹の生産が落ちると、パルプ需要が減少し、さらにパルプ工業でのソーダ需要が減ることにもなる。こうして人絹に対する在庫需要の減少はソーダ工業の需要減退をも招くわけである。これが鉄鋼と機械のような関係になると鉄鋼に対する在庫需要の減退が鉄鋼生産を減少させるばかりでなく、ロール等の機器の損耗が少なくなることから機械への需要が減り、そのためにさらにはね返って再び鉄鋼に対する需要低下となる。かかる形の需要減少の波及効果を連関需要の収縮効果とよぶことができよう。

 そこで、この連関需要の収縮効果をみるために、需要変動に対して工業の総生産額がいかに変動するかを当庁調べ「昭和30年産業連関表」によって試算すると、 第58図 に示すごとく非常に大きいことがわかった。増えるときには総需要の5,800億円増に対して1兆3,000億円の生産を増やさねばならなかったが、減るときにも総需要の2,300億円の減少に対して7,000億円の生産をおとさねばならなかった。これは投資財をつくるには多くの生産過程を経るだけに、最終の投資財を1億円作るのに工業生産は2億7,000万円生産せねばならないという関係にあるため、投資の変動が大きいと生産に与える影響が大きくなるためである。今次の景気後退において、29年に比べ生産の低下率を大にした理由として連関需要の比率の増大をあげねばなるまい。

第58図 需要の変動と総生産の変動

我が国の在庫投資の特色

 前述したごとく景気変動に対して在庫投資の果たした役割は大きいが、我が国の場合、国際的にみても在庫投資の変動が国民所得に与える影響が大きいといえるようだ。 第23表 に在庫投資の与える影響を寄与率(国民所得に対する在庫投資の比率×変動率)の形で示すが、先進国に比べ2倍位の大きさをもっている。後進国ほどこの寄与率が高い傾向にあるが、日本は特に在庫投資の比率が高いという特色がうかがわれる。

第23表 在庫変動の国際比較

 我が国の在庫投資の国民所得中に占める比率が大きい理由としていくつかの理由が考えられるが、その一つとして工業原料の輸入依存度が高いからだといわれている。しかし輸入依存度の高さのみについていえば、イギリスも日本と同様であるのに、在庫投資でみると我が国の方が数等大きい。従って我が国の在庫投資の大きいのは輸入依存度のほかに日本経済特有の中進国的性格による面を考える必要があろう。

 例えば、世界諸国の総資本形成中の在庫投資の比率と、一人当たり国民所得との相関図( 第59図 )をみると、後進国ほど在庫投資の比率が大きいことがわかる。言い換えると資本蓄積不足国ほど在庫の増加テンポが早いということである。その中でも日本はとりわけ高いが、それは在庫水準が大きいうえにさらに増加テンポも早いことが相乗された結果とみることができる。

第59図 一人当たり国民所得と在庫投資比率

 在庫を多く持つ要因としては、我が国の二重構造の特質としての中小企業の広汎な存在が挙げられる。各経営単位に分散させつつ在庫を保有せねばならないことが全体として多くの在庫を保有することになっている。さらに我が国の中進国的性格は、工業の比重が比較的高いにもかかわらず工業生産の成長率がとりわけ高かったことに象徴されよう。在庫は工業製品が多いわけだがその高成長が必然的に在庫補充の度合を大きくし、在庫投資の比率を増大させる。高い工業成長が大きな在庫投資を誘致することは、 第59図 にみるように先進国でも成長率の高い西ドイツ等が、傾向線よりも上方にあることによってもうかがえよう。

 かかる中進国的性格は企業の利潤追求の仕方にも現れ、工業利潤、生産利潤を追求するよりも、投機的な商業利潤を得ようとする企業行動が、高い成長期待のもとに在庫投資を大きくしたことも否み得ない。

 これらの諸要因が全て我が国の在庫投資をことさらに大きくしているとみられるが、その中でも流通在庫に我が国の特色がうかがわれる。流通在庫は本来ならば景気変動に対してあまり左右されずに保持され、緩衝的な役割を果たすべきにもかかわらず、日本の場合には流通在庫の大部分が借り入れによって保持されているために、金融引締めによって直接的に影響され、景気後退期に逆に在庫をはきだして価格下落に拍車をかけ景気変動の主役をなしている。 第60図 は流通在庫の変動率をアメリカと比較したものであるが、アメリカでは日本に比べて変動の幅が小さいことはもちろん、生産が同じく低落に向かった57年の6月以降日本と丁度逆の形で在庫が増えていることにアメリカの在庫変動の特質がうかがわれよう。しかも我が国の場合にはその流通面にずっと多くの在庫投資が行われていることが問題になる。製造業と卸売業の在庫投資の比率をアメリカと比較すると 第24表 に示されるように、我が国の卸売業の在庫投資の比重がかなり大きいが、その卸売業が借入依存度が高く経営基盤が弱い。そのため日本の在庫変動が特に商業的性格を強くしていることとなっている。

第60図 流通在庫の変動率

第24表 日米在庫の比較

 このような事実は我が国の商業部門が過剰人口を包摂し、競争が特に激しいという特異性や、流通部門を構成する商社、問屋の経営力が戦前に比べても著しく脆弱化していることに結びつくものであろう。前述したように我が国のインベントリー・リセッションがまず卸売業に始まったに対し、アメリカではまず企業の原材料在庫の調整に始まっているのもこのような構造的背景によるものと考えられる。

 我が国の景気変動の幅を大きくしているものが、かかる在庫投資の変動によるものだということからみて、流通機構の整備とともに企業における科学的な在庫管理が行われることが経済の安定にとって望ましいといえる。

操短の拡大と生産調整の遅れ

 32年度の生産の動向は、前述したような在庫投資の減退に始まる下降過程に特徴づけられる。デフレの浸透に従って、過剰生産現象がみられ、製品在庫の圧力が強まった。この在庫圧力の軽減のために、操短という手段によって生産調整が進められていった。 第61図第25表 に示すごとく、その実施時期にも規模にも多少の差がみられるが、広汎他業種にわたって実施されている。29年当時には繊維、鉄鋼の一部、ソーダ、非鉄などに操短が行われただけで、むしろ倒産などからの意図せざる生産調整効果が大きかったと思われるのと、世界景気の好転に因した輸出の大幅な増大によって、比較的短期間に終わったのに対して、今次の操短は実施業種並びに操短率の大幅なこと、及び実施期間の長いことに特色がみられる。

第61図 主要産業の操短状況

第25表 業種別生産の低下率

 次に操短状況を業種別に少し詳しくみてみよう。

 まず、繊維産業は、30年度に実施された「かけこみ増設」が逐次稼働するにつれて、既に年度当初より過剰生産の傾向がみられた。従ってスフ綿が4月に操短を開始したのを筆頭に、紡績、紡糸部門では7~9月にかけて一斉に操短が行われた。中小企業が多く企業間競争が激しい織物部門においては、協調が困難で操短に踏み切るのが遅れていた。しかし33年1月に織物部門にも中小企業安定法に基づく操短が行われるに及んで、さらに一段と生産は低下し、ピークからみると年度末では14%もの低下となった。

 このような繊維の動き、特に過剰の度合の著しい人絹不況の影響を受けたパルプとともに、輸出に支えられて比較的好調に推移した肥料を除き、化繊、紙パルプの操短に影響されたソーダや、急速な能力の増大に需要が伴わず大幅な操業度の低下を招いた塩化ビニール等の部門を有する化学でも、下期に操短に入り6月以降年度末までに、約10%の減産率を示している。

 また海外市況の不振を反映した非鉄金属では、電気銅等が10月より操短に入り、年が明けてからは一段と操短が強化されたため、最高生産をあげた6月に比して、19.2%もの大幅な下落率を示した。

 一方31年度においては隘路産業といわれた鉄工業でも、隘路打開のための製品輸入があり、そのうえ鉄鋼不足の声が大きかった時期に必要以上に機械産業が鉄鋼を仕入れていたことから、需用者側の在庫調整が大幅だったことも加わり、不足から過剰に急転して、市況の悪化に拍車をかけた。そのため11月には鉄鋼ストで17%も生産が下がったのに、需給関係は基本的には改善されず、33年1月からは鋼塊、3月から厚板及び中型形鋼などが本格的操短に入り、7月に比して19.4%の減産と諸業種中最大の低下率を示している。

 これに対し、投資ブームの余波を受けて、なお多くの受注残高をかかえている機械では、新規受注の大幅な減少はあったが、生産の低下は少なく、自動車などに操短がみられたにとどまり、7月のピークに比して5.5%程度の減産に過ぎず、デフレの痛手は少なかったといえる。これは年度中輸出船の建造が増加したことや、テレビ、電気冷蔵庫、電気釜などの耐久消費財の伸びを反映した電気機械の好況によって支えられた面も大きい。

 同様に設備投資の高水準から建設業の堅調に支えられた窯業でも、比較的減産率は小さく6月をピークにして5.9%程度の低下にとどまった。しかしながら投資の停滞傾向に輸出不振が加わり、33年度に入ってから、セメントも操短に踏み切らざるを得なくなっている。

 前年度において隘路産業として生産増強を要請されたエネルギー部門でも、32年には産業活動の停滞に反し、発電能力と出炭の著しい増加から受給が大幅に緩和された。電力では製造業の動きに応じて産業用需要は、7月の需要を最高に逐月低下を示したが、動力としての電力依存度が高まっているためか鉱工業ほどには低下せず、そのうえ家庭用需要が電気器具の普及によって順調に伸びたため、発受電合計で前年度に対して12%の増加となった。豊水に加え、火力発電の増強と融通電力の増大によってこの需要増加に対処し、広域運営への足がかりを作ったのが特筆すべきことであった。

 石炭も順調な荷渡しを続け、生産は不需要期にも440万トン前後の高水準を持続し、年間5260万トンと前年を8%上回った。しかし製造業の不振は石炭需要の減退を招くのは必然的で、11月に記録した戦後最高の荷渡しも、結果的には電力、鉄鋼等の大口工場貯炭の増加となってしまった。そして年度末には、業者貯炭及び消費工場貯炭はそれぞれ前年度末の1.5倍、3.3倍と増加している。長期計画に基づく増産態勢へ踏み出した途端に、このような過剰生産が発生し、エネルギー産業中で景気変動の影響を最も大幅に被るものとして、計画でも懸念され特にその対策の必要を強調されてきた石炭業界には、33年度において本格的な影響が表面化してくるものと思われる。

 以上にみられるごとく、各産業ともに操短に入りながら、製品在庫の重荷を容易に解消し得ず、月を追って操短率を上昇するといったように、29年に比べ生産調整を遅れさせてきたが、この要因としては、次のことが挙げられよう。

 第一の要因は、景気後退による在庫圧縮が、29年に比べ大きくかつ長く続いたことだ。前述のように需要減退は、まず流通在庫の圧縮によって始まったが、それが連関需要の減退をよび、各関連産業に波及する。各産業の生産低下は当然原材料仕入れの手控えを起こすために、さらに一段と在庫投資の減少をよび起こすことになり、景気後退に拍車をかけることになる。これが金融引締めに続いて経済自体が自律的景気後退に移行するメカニズムであるが、この間にあって企業の見通しが甘く、需要減退の幅を見誤っていたことが第二の点である。そのうえ在庫投資の減退から前述した連関需要の低下までには、タイム・ラグがあるため、どうしても最初からはっきりした需要見通しをたてることは難しく、29年に比して生産迂回度が高くなっていることも加わり、この効果が大きくなっていたことが第三点として挙げられる。これらが需要の見込み違いを大きくし、各産業の操短目標を初めは少な目にさせたことと思われるが、企業が操短計画をたてて実行する際に現れる抵抗が第四点として考えられる。簡単に雇用を減らすことができないこと、2年続きの好況により企業の経営基盤が強くなっていて、ある程度ならば在庫保持能力を持っていたこと、企業間競争が激しいために、ややもすると操短の足並みをくずしがちだったこと、あるいは後述するようにこれ以上生産を落とすと赤字になるという損益分岐点が高くなっていたことなどが挙げられよう。特に争って設備投資を行って資本費を増嵩させたところでは損益分岐点の上昇が大きく、どうしても操業度を落としたくないという操業意欲が強かったものとみられる。

 これらの要因が結局、当初より大幅な操短に踏み切るのをちゅうちょさせ、生産調節を遅らせたことになった。しかし33年に入ってから企業は甘い見通しにこりて、一段と操短を強化したことと、在庫投資の減少がほぼ止まったということもあり、年度末にはようやくその効果が現れ、製品在庫も2月には減少に転じ、市況も回復してきた。

 かくして目先の生産と需要との関係では、むしろ生産が需要を下回っていることより明らかなごとく、過剰生産の問題も一応解消の方向に向かったとみられる。しかしいまだかなりの滞貨をかかえており、現行の操短ペースを維持しても、正常在庫に戻るには秋口までかかると思われる。その滞貨がはけた後は、操短も幾分緩和されるだろうが、その間にこれまでの投資による設備増強が次第に生産力化してくることからみて、過剰設備の問題が後をひくだろうと考えられる。


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