昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
鉱工業生産・企業
デフレ下の企業経営
増大した投資の企業経営への影響
既に述べたごとく、昭和32年の設備投資は前年に引き続いて高原水準を維持してきたため、32年度末の有形固定資産残高を30年と比較すると、全産業では33%、製造業では42%の上昇に達している。かかる資本の長期固定化傾向は企業経営に対して種々の影響をもたらす段階にさしかかっているが、これまでの投資の急増が企業経営上いかなる影響を及ぼしたかを、次に財務諸表によって検討してみよう。
利益率の低下
前年度の投資景気の余勢を馳って、32年の前半は企業はなお好況を享受したが、デフレの浸透が全面化するに及んで、売上高、利益高ともに減少し、景気後退の影響を端的に表現している。
法人企業の売上高は、32年上期は前年同期の30%増と、好況を謳歌した31年下期をさえ9%上回る堅調を示したが、32年下期は上期の2%増にとどまった。純利益額についてみても、32年上期は前期に比し10%の増加であったが、後半は逆に上期を25%も下回り下落の度合は一層激しくなっている。この間の事情を反映して、金融引締めの時期を境に資本回転率は悪化し、売上高純利益率、総資本利益率ともに急速な下降に転じた。増大した資本規模が不況時には総資本利益率を一層悪化させたともいえよう。
各産業に対する影響の度合はそれぞれ様相を異にするが、32年後半には機械部門を除いて各業種とも軒並みに営業利益の減少していることが目立つ。なかんずく、需要の不振による繊維、紙パルプ、運賃下落による海運、物価下落の影響を直接に受けた卸小売、投資需要の減退による鉄鋼、資本負担の大きい鉱業等に影響が大きく、わずかにセメント、電力が景気変動に比較的支配されない経営を続けたが、概して重工業よりも軽工業、流通部門に景気後退の影響が強く反映している。
資本係数の上昇
前年度は投資財部門を中心に戦後最高の設備投資が行われた。在庫投資も大幅に増大したが、生産財、投資財部門の設備投資の比重が大きく、その結果資本係数の上昇をもたらしている。資本係数は企業が単位当たりの生産、売上、付加価値の増加のために必要とする資本の単位量であり、これの上昇は最近の設備投資が特に生産設備の改良、最新鋭化を中心に行われていることの現れでもある。すなわち高性能設備の導入、オートメーションに伴う工程の連続化、自動化が関連付帯設備まで含めた合理化を要求するため投資規模は一層大型化、長期化する傾向にあり、これが企業の資本負担を高めている。
もっとも景気変動の影響により、設備の稼働が高率化する好況時には、売上高の上昇が資本の上昇を上回るため資本係数は低下し、不況時には逆に市場の停滞によって売上高、付加価値ともに下落する結果、資本係数は上昇する性格がある。
資本係数のこれまでの変動過程は業種によって必ずしも一様ではなく、ことに現在の段階では循環的不況の要因に支配されている度合がより強い。しかし、やや長期的にみればなお趨勢的な上昇傾向が認められ、26年頃と比べても製造業では約6割の増大である。今後我が国の産業構造が一層重化学工業化するとすれば、産業全体としてこの傾向はなおしばらく続くものと思われる。
損益分岐点の上昇
企業にとって資本負担が増大する一方では、これ以上生産を落とすと赤字になるという限界の操業度を示す損益分岐点が上昇する傾向にある。大蔵省「法人企業統計」により損益分岐点を概算してみると現在まで趨勢的な上昇がみられ、31年上期と比較しても32年下期では全産業、製造業ともそれぞれ4割前後の上昇である。
減価償却率も近年逐次向上しつつあるが、技術革新期の現段階にあっては、設備投資の増大が償却の負担を高めているとともに、金利、管理費等と併せて固定費の累増をもたらし、その割には原材料費、労務費等の変動費は切りつめられていないため損益分岐点は上昇せざるを得ない。企業にとっては、物理的には磨滅していなくても効率の悪い設備を速やかに廃却し、高性能の新鋭設備の稼働によって変動費を効果的に圧縮していくことが望ましいが、かかる廃却はいまだ十分に行われていない。いずれにせよ企業が最小限の採算を維持する損益分岐点が各業種とも一様に上昇していることは、生産拡大への圧力となり、景気後退時にも操短をしにくくさせ過剰設備をして過剰生産へつながらせる有力な要因となっているようだ。
資本構成の悪化
このように急速に高潮した企業の投資活動の影響は、また資金需要の増大を招き、財務構造の健全化を阻害してもいる。投資活動の盛行に従って資金の不足はいきおい外部の借入に依存する度合を強めた。そのため、資産再評価や自己資本充実措置等によって逐次改善されつつあった企業の資本構成は30年半ば頃より再び悪化し、自己資本の比重は相対的に減少している。今日の企業投資の大規模化、設備資本の長期固定化の傾向が、特に投資の限界部分に大きく現れ、企業にとって自己資金源泉の枠を超える資金需要が多くなる。これまでの例でみると、資本構成は好況時には悪化し、不況時には改善される循環的な傾向が強く、しかもその改善は資産再評価に頼る部分が少なくなかった。昨今の資本構成にみられる借入金依存度の上昇傾向は急速には改善されそうにもない。そのうえ戦後の異常なインフレ段階を脱した現在では、従来固定資産の低簿価修正を目的に行われてきた資産再評価に、資本構成是正の速効的役割を期待できる機会が次第に少なくなりつつある。
かかる環境のなかにあって、企業が真に自己資本の充実をはかり資本構成の健全化を達成するためには、今後とも着実な努力と多くの時間を必要とするであろう。
景気循環と利潤変動
32年の企業の財務内容の悪化は、資本係数のように趨勢的に負担を増す要因と、景気後退に伴う循環的な悪条件がつみ重なったためといえるが、ことさらに企業経営は景気変動の波によって大きく揺り動かされる。特に企業活動の終局的結果である企業利潤についてその現れ方は著しい。そこでこの景気変動と企業利潤の関係をやや長期的に画いてみよう。両者の関係を総合的に理解するために、「法人企業統計季報」の業種ごとの純損益から、いわゆる「法人利潤の動向指数」を作成したのが 第70図 である。
これによると第一に、企業利潤は景気変動と密接な関係を有し、大体一致した変動を繰り返してきた。すなわち26年以降についてみると一般の景気変動とタイミングを同じくする2循環を経験し、現在は第3回目の下降に入っている。第二にみられる特色は、企業利潤は30年以降、全業種のほとんどのものが同じ波にのって上昇を開始し、それがこのたびの金融引締めを契機として、一斉に下降を示したことである。これは29年の後退のときは、好況産業と不況産業が混在し、その足取りがまちまちで、各業種間に遅速の差を示していたことと考え合わせて、今次の景気後退の特色であるように思われる。
ではこの企業利潤の変動が、いかなる要因によってもたらされたのであろうか。これを27年以降についてみると物価の上昇は原材料費の騰貴をもたらしたが、売上高原材料費率は逆に低下し、賃金上昇の遅れもあって製品価格中に占めるコストは相対的に減少し、このために利益率は上昇した( 第71図 )。すなわち、まず最初に、価格の上昇に伴う売上高の増加はこれまでの在庫を市場に放出せしめ、この在庫の評価益により企業は商業利潤を獲得することができる。さらに、売上高の増加による資本効率、資本回転率の向上、操業度、生産性の上昇の遅れと相まってコストを一般に低下せしめ企業の利益率は上昇する。物価下落の場合はこの逆の力が作用し、企業の利益率は減少する。このように企業利潤は一般物価の上昇、下降があると、原材料費、賃金等のコストとの関係により変動する。かくして企業利潤は賃金、原材料費により左右され、一般の物価と大体一致した動きを示すことになる。ところがこれをアメリカの場合についてみると事情は異なる。物価は製品価格、原材料価格ともあまり変動を示さなかったが利益率は激しく変動している( 第71図 )。従ってアメリカの利潤の変動はもっぱら生産の変動とそれに伴う生産性の変動によって左右されているように思われる。我が国の利益率変動は物価に基づき、アメリカの場合は物価に左右されずして生産性により変動するというところに特色があるようである。我が国の場合企業努力が生産性向上に向けられるよりも商業利潤の追求に追われる面が強かったという原因も、このような事実から理由づけることができよう。
高成長期待の企業行動と景気変動
以上に述べたように我が国は戦後幾度かの激しい景気変動を経験し、好況のあとにくる景気後退の衝撃は企業にとってかなり厳しかった。しかしながらこの景気変動の振幅の大きさは、貿易依存からくる外部要因もさることながら、企業の内部要因によって拍車をかけられる面が少なくないように思われる。我が国の企業には高成長期待で行動しがちな性格があり、予想生産、予想収益が、実際の投資規模に見合った生産や収益力よりも過大に見積もられるため企業自らの負担を重くしている点も否定できない。この高成長期待の企業行動に支えられ、景気変動の波を強めたものとして考えられることの第一は、戦時、戦後の経済過程が在庫蓄積や生産設備の多い企業ほど優者の地位に据えてきたという歴史的経験である。従ってこれまでのビジネス・サーベイでみても将来に対してつねに高成長期待であり( 第72図 )、これに基づいて投資を増やし、生産を増大した傾向がうかがわれる。これまでの我が国経済は需要超過の経済であったからこのような企業行動も結果的には報いられる点が少なくなかったし、いわば下方硬直的な企業行動も、高成長の経済循環によって意図せずして形づくられてきたのであった。第二は、投資の重複化をもたらした技術の模倣である。我が国の企業は自らの手で生産技術を開拓し独自の市場を培養していく意欲に乏しく、いたずらに他企業の工業化に成功をおさめ、危険が少なくなった技術を移植導入していく傾向が強い。それは特に海外技術に依存するという点において著しく、このことは技術の供給者が常に複数で存在していることにほかならず、一段と設備投資の重複化を促進し、景気変動の波を大きくした。第三は、我が国の企業行動は少なからぬ投機性を内有していることである。我が国の企業には生産性利潤が少なく、これをカバーするために投機的利潤を追求しようとしているようにみられる。この投機性のために不必要と思われる投資、生産を増大し景気のうねりを大きくしていることも否定することはできない。ことに前述した流通在庫投資の変動の大きいことはこの面の要因が大きいようだ。
このように中進国的、かつ戦後的な企業者の行き過ぎがちとでもいえる行動が投資を増大し、生産を増加して一段と景気変動を強め、その波動を大きくしてきたものといえる。
企業経営の進路と合理化の尺度
だが、かかる行き過ぎがちな企業者の態度が今後も続いてよいものだろうか。前述したような景気動向からみて、現在の景気後退はある程度長引く可能性が強い。戦後13年を経た今日、企業者ははじめて強気な行動が報いられないという事態に追いこまれるかも知れない。企業の強気によって経済の高成長が実現され、高成長率の期待がさらに企業を強気にさせるという相互依存関係がたち切られるとすると、企業経営は新たな問題と取りくまねばならなくなろう。
現在の我が国における企業経営の財務比率を 第36表 に示すが、標準比率とはかなりかけ離れた状態を示している。自己資本に対して負債の割合はあまりに多過ぎるし、年々の固定投資の割合は自己蓄積力に比しかなり大きい。それらが我が国の経営の安定性、弾力性を著しく低めている。
この標準比率を物指しとしてみる限り、我が国の企業の経営の現状はかなり不安定であるといわねばならないであろう。もとよりこれまでの経営分析の尺度も古くなって、そのままでは現状の経営を適確にはかる物指しとはいえない。しかしそれにしても我が国の企業経営が、表にみるような歪みを現していることについては、過去のインフレ遺制、高金利の経営与件等のほかに、企業自らが合理的な経営を営むについて反省すべき点が少なくないようである。
戦後インフレによる帳簿体系の混乱によって、企業は経営状態の適否を判断する尺度を見失ったままで今日に至った。しかし戦後経営と訣別し合理化途上にある日本の企業が、経営合理化をおしはかる尺度を必要とする時期にさしかかっていることは事実であり、その意味からも経営分析の役割を吟味、再検討し、合理的経営の進展に資することを考えてよいであろう。
経営合理化の適正な尺度をもち、企業が日本経済のなかで安定的成長をはかるためには、経営の主体性の確立と相まって科学的な経営管理方式の推進をはかり、企画調査、技術研究スタッフを充実させていくことが望まれよう。現在の巨大な資本蓄積と広汎な技術体系の消化段階は、企業が一層広汎かつ合理的な管理職能を充実させ、企業の責任制を樹立していくことを、国民経済的観点からも経営的見地からも要求するようになっているからである。