昭和33年
年次経済報告
―景気循環の復活―
経済企画庁
各論
貿易
国際収支変動の諸原因
国際収支バランスは昭和31年度の第2・四半期(7~9月)頃から悪化に向かい32年度の第1・四半期(4~6月)を底にして再び回復に転じ、今日に至っている。30年9月の82百万ドルの受超の山から発して32年6月の114百万ドルという払超の谷を経、33年の3月の65百万ドルという受超の山まで、一循環の期間は約2年半、山と谷の差は2億ドルであった。これは32年度の月平均輸出額234百万ドル、輸入額280百万ドルに比較しても極めて大きい振幅というべきである。
しかしこのような変動は今回初めてのことではない。戦後10年余の間に日本経済は既に3回の国際収支の危機を経験した。昭和24年、28年及び32年がそれである。日本経済はその性格上国際収支の変動にさらされやすいという欠点をもっており、32年の困難もこの体質的な弱さの現れとして理解されるべき点が多い。そこで次に国内経済活動、輸入原材料在庫変動、海外需要、価格等が日本の輸出入をいかに決定し、その関連が国際収支をどのように変動させてきたかを少しさかのぼって検討しよう。
国内経済活動と輸入
戦後の日本の国際収支変動要因としては輸入が一番大きく、28年度の悪化、29年度の好転、31年度、32年度上半期の悪化、32年度下半期の好転等の主要因であった。輸入変動を決定するものは何か。輸入水準が国民所得のレベルと関連していることはいうまでもない。所得が高ければ輸入にあてられる部分も多くなり、所得が低ければ輸入品の購入も少なくなるからである。28年度の凶作のような場合には所得の増加とは関係なしに食料輸入が増加するのでこの関係が乱されるが、長期的にみれば大体所得と輸入との間には関連があることは 第35図 からうかがわれるであろう。
しかし、最近の経験は短期的には輸入と所得との連関はそれほど簡単でないことを教えている。 第35図 に示すように所得の増減に対する輸入増減の割合、すなわち、限界輸入性向は大幅に変わっている。従って日本の輸入の変動が大きいのは国民所得変動が大幅なばかりでなく、所得の変動につれて輸入依存度が変わるということにもよっているわけだ。
それでは輸入依存度の短期の変動は何故生じてくるか。最近の変動のあとをたどってみると、その動きは不規則ではなく経済の変動テンポと関連をもっていることがみられる。すなわち経済の変動率が大きい時は輸入依存度は急変するのである。
これは需要と生産との二つの側面から説明されよう。
まず需要面からいえば経済成長のテンポが変化する場合に、消費は比較的安定しており、在庫投資や設備投資のような輸入依存率(インポート・コンテント)の大きい部分が変化することによる。通産省が産業関連表を用いて試算したところによると32年で100ドルの支出をした場合、それが設備投資だと17ドル、家計消費だと11ドルの直接間接の輸入が必要になる。在庫投資の場合も輸入に依存する割合は消費よりも高いであろう。すなわち経済が変動する場合輸入依存率のより大きい部分の変動が大きいこと、これが輸入依存度の短期変動を起こす理由といえよう。
輸入依存度の短期変動が大幅である理由は生産面からも説明される。それは景気変動期において通常変動幅が最も大きいのはサービスや農業、鉱業生産ではなく、輸入依存率の高い工業部門であるということだ。また32年度の動きをみると、 第36図 の通りで、工業のうちでも直接輸入原料に関連をもつ生産財部門の動きが大きく、最終需要財ではそれほどの動きを示さなかった。32年度の上半期に生産財の生産を高めた主因は鉄鋼であり、下半期に生産財生産下落の要因となったのは鉄鋼のほかに綿糸があった。輸入素原料を直接必要とするのは生産財部門であるから、この変動率が高かったことは輸入依存率を変動させる一因と考えられよう。
また個々の原料の輸入比率の変化も無視できない。国内の原料生産は変動の幅が小さいので急激な経済変動に伴い原料必要量が変化する場合、その差は輸入原料の増減によって調節される。このような変化は32年には、くず鉄、原料炭、パルプなどに顕著にみられたのである。またエネルギー総使用額中に占める輸入石油の比重も高まった。工業生産と輸入素原材料消費との関連は 第37図 に示す通りで、30年を100とした指数で比較して、30年には生産の1ポイントの上昇は輸入素原材料の1ポイントを要した。しかし両者の比は31年には1対1.3、32年には1対1.9と急テンポな上昇をしている。これも生産構成の変化と輸入が限界的な原料供給源であって、輸入原料への依存割合が工業生産の上昇につれて高まったことによるものであろう。工業生産や素原材料消費と比較しても輸入素原材料消費の変動は一層大幅という関連がみられたのであった。
このほかに31年から32年へかけての主要な輸入変動要因として特徴的なことは、国内経済上昇テンポが余り急速であったため原料を輸入して国内で製品化するのでは間に合わず、鉄鋼や機械のような半製品、製品の輸入比率が高まったことだ。32年度に入ってからの半製品輸入は後述のように必ずしも全量が消費に見合ったものではないが、いずれにせよ製品、半製品は金額的にもかさむため輸入変動の大きな原因となった。このような要素が重なり合って輸入は経済水準それ自体のみならずその変動のテンポに応じて大幅に変化したのである。
輸入原材料在庫変動
輸入に影響する需要変化のうち最も直接的な関連をもつのは輸入原材料在庫投資の変動である。輸入原材料在庫投資は国際収支変動の要因としてどれほどの重要性をもっていたであろうか。
まず、素原材料についてみれば、輸入原料消費統計と原料輸入統計との対比から推定されるところでは、昭和29年度には在庫を食いつぶし、30年度にはわずかにこれを蓄積し、31年度から32年度の前半までは相当の蓄積が続いたようである。その蓄積額は30年度価格で評価して30年度に約5,000万ドル、31年度には約2億ドルと推定される。この蓄積によって在庫率も31年度末には30年度の水準を約1割上回るところまで回復していた。しかし在庫蓄積のテンポはそこでとまらず、32年度に入って第1・四半期だけでさらに約8,000万ドル(時価評価)の蓄積を加えたのである。32年度に入ってからの蓄積は主としてくず鉄、鉄鉱石、原油、原料用炭、羊毛、パルプ用材等にみられたが、これはスエズの紛争、将来の消費増大の予想、保有外貨の先細りから輸入が抑制されるのではないかという不安等による思惑も多かったと思われる。このほかに鉄鋼等製品原材料在庫の蓄積もあり、原材料在庫変動はこの期間における国際収支の赤字基調をさらに激しくする不安定要因となった。第3・四半期からは生産や物価の下降の見通しや金融の逼迫から在庫が縮小を始めた。
在庫変動についてはその金額的な変動のほかに注意すべきことがある。その一つは輸入原材料在庫でも国産品と競合するものとしないものとで経済に与える影響が非常に違うという点である。後者は、主として素原料であるがこれはその後の輸入を節約し国際収支の好転に役立つという効果をもつ。しかしこの期間の銑鉄、鋼材等国内生産と競合する半製品の輸入在庫は、国内景気の下降期において鉄鋼市況を圧迫することとなった。上期中の鉄鋼輸入は2億2,000万ドルにのぼったのであって、この期間の外貨の流出が単に外貨準備が輸入原料のストックという実物的な準備にかわったという表面的なものではなくて、半製品の滞貨を増やしその後のデフレを激しくする結果をもたらしたという点に注意すべきであろう。
在庫変動はまた価格の高い時に多くを輸入し、価格が低下した時に買い控えたことによって、同一量の輸入にもより多くの外貨を消費するという結果をもたらした。もし32年度と同一規模の輸入を上期と下期で逆に行えば5,000万ドル程度の外貨が節約となったであろう。
輸出変動と国際収支
輸出は戦後には輸入についで重要な国際収支変動の要素であって、27年度の輸出低下、29年度以降32年度の前半頃までの輸出好調が国際収支に与えた影響は大きい。
輸出は国内需要変動と海外需要変動との両者の影響を受ける。内需変動の影響のうち日本がイギリス等と異なるのは、国内投資需要と輸出との関連が比較的うすいことである。イギリスでは国内投資が資本財の輸出を妨げ国際収支を悪化させるといわれているが、日本でも鉄鋼等では投資増大によって輸出が妨げられたという例がみられた。鉄鋼は29年度のデフレ時に国内需要の減退から輸出が増大し、31年と32年の前半には国内投資ブームで内需に吸収されて輸出に向かわず、32年の後半には再び輸出が増大するという循環をえがいている。しかし日本の輸出の過半を占めるのは繊維品や雑品類等の消費財であって、これらについては投資と輸出との関係は直接的でなく、投資が国内消費需要の変動をもたらすに至って間接的に輸出に波及する。従って国内経済活動の変化の輸出への影響はイギリス等に比べて緩慢のようである。日本が国内景気の高まった31年末から32年上期において輸出の好調を続けることができたのも一つは輸出構成のこの特色によるものであろう。
次に海外需要の日本の輸出に対する影響をみると世界貿易の変動に対する日本の輸出の変動は、米、英、独に比べて大幅であった。( 第40図 )
日本の輸出が海外需要の変動の影響を受けやすいのは主として次の二つの理由によるものであろう。
一つは安定市場を欠いていることだ。イギリスはスターリング地域や西欧大陸に、またアメリカはカナダやラテンアメリカに安定市場をもっている。これは単に歴史的、政治的な結合性が強いというばかりでなく、海外投資、多角決済制度、経済的な相互補完的分業関係等さまざまな条件によって裏付けられたものである。これに対して安定した市場をもたない日本の輸出は海外需要のわずかな変動の影響も強く受けやすいことは 第41図 に示す通りである。
理由の他の一つは商品面における弱さにある。日本の輸出変動が激しいのは繊維品と鉄鋼、機械であるが、繊維品は景気後退の際まず相手国の輸入制限の対象となりがちである。また鉄鋼や機械は競争力が乏しく相手市場の需要が増加し供給が追い付かない場合には日本の輸出は増加するが、供給が過剰になると市場から駆逐されやすい。鉄鋼の輸出は国内需要の影響を受けることは前述したが、海外景気の影響もまた大きい。この点でドイツの輸出が重工業品で強い競争力をもち世界需要の影響をわずかしか受けないのと異なっている。
32年度にも日本の輸出は7~9月に対前年度24%増というピークに達したが、その後頭打ちとなり33年度の4月、5月には前年同期を下回るに至った。日本の輸出に占めるウェイトからいって対米貿易は特に重要であるが、これについては単に景気後退でアメリカの輸入需要が落ちているというばかりでなく、国内産業保護のために日本の雑貨や鮪等の輸入を制限しようとする動きが強まっている、という点に問題がある。アメリカの対日輸入制限運動は26年頃より冷凍鮪、鮪缶詰、ミシン、陶磁器、綿製品等多くの商品について行われたのであるが、アメリカの景気が後退期に入るにつれてその運動が一層強まってきている。
欧米の景気後退は東南アジアにも反映し、特に外貨事情の悪いインドやインドネシアに対する日本の輸出低下傾向が目立ち、世界景気の影響を受けやすい日本の輸出の前途には問題が多い。
輸出入と価格の関係
日本の国際収支変動が大きい理由として、輸入価格変動が余り輸入量を調整する力をもたないという点も挙げられよう。価格の変化は需要の変化と密接に結びついているので価格効果だけを抜き出すことは非常に難しい。しかし日本の輸入はその5割以上が必要不可欠の原料品によって占められ、しかも繊維原料のように全量輸入に依存するもの、あるいは石油、原料炭、鉄鉱石、くず鉄、非金属鉱物等過半を輸入に依存し、国内原料と非競合的な関係にあるものが多い。従って日本経済では価格が高いからといって、輸入をやめて国内に切りかえるという余地は余り多くないし、また価格の低落が輸入を刺激することも少ないのである。
第42図 にみるように、輸入価格と輸入数量とは多くの場合並行して推移していることはこれを示すものとみられよう。
価格の変動は輸入を調整する力を持たないばかりでなく、先行に対する思惑と結びついて日本ではむしろ輸入変動の幅を拡大することが多い。32年度においては、輸入価格が最高であった5月が輸入数量もまた最大であり、その後は価格下落につれて輸入も低下している。輸入価格の騰貴はかえってその一層の騰貴予想から輸入意欲を刺激し、逆に価格の続落は輸入を手控えさせることになっている。32年の初めのような価格上昇期に輸入意欲が強かったことは従来景気安定政策が十分でなく国内物価変動の幅も大きく、思惑を刺激する要素が多かったことにもよるものであろう。
日本の輸入品中には、遠距離からの重量物資が多いため、 第43図 に示すように価格中に占める海上運賃、保険料の比重が大で32暦年には輸入CIF価格の23%であった。輸入CIF価格はFOB価格の変動に加えて海上運賃の騰落によって大幅に上下する。この大幅な価格変動が概して輸入量の変動と同方向であることは、輸入額の変動を大きくする一因である。
輸出についてはやや事情が異なっている。日本の輸出品の国際比価は「物価」の項にみるように商品によって異なっており、大体において機械、鉄鋼、化学肥料等の重化学工業品は割高、繊維や雑品は割安となっている。このことから重化学工業品では、その国際比価の割高が輸出伸長を妨げる要因となっているといえよう。30年以降工業諸国がいわゆるコスト・インフレで物価が全面的に上昇傾向を呈したのに、日本の価格が安定していたことは機械や化学品の輸出を増大させることに役立った。これに対し繊維品や雑品では、価格の不安定が相手国市場を攪乱し、買い控えや輸入制限を引き起こす例がみられた。概していえば重化学工業品についてはコストの引下げが、また軽工業品については価格の安定が輸出増加の道であろう。
32年度の国際収支変動の原因
以上で輸出は世界景気の影響を拡大して受け、輸入は国内需要よりもより大幅に変動することを述べた。輸出が国内景気に影響を及ぼして輸入の変動をもたらすまでには時間的ずれがあるので、このような輸出入の性格は国際収支の大幅な変動を引き起こしやすいといえよう。
この性格にてらし合わせて、昭和32年度の国際収支の変動の原因を最後に総括的に検討しよう。32年度前半の急激な国際収支の赤字の原因は何であったか、またその後の急激な改善は何故生じたのであろうか。
第2表 にみられるように受取側には大きな変化は生じていない。上期と下期を比較すると世界景気の下降による輸出減少の影響はいまだ余り強くなく受取額は全く同額であった。変化の主因はもっぱら輸入にある。
日本の輸入のピークは32年度の第1・四半期であり、このときは通関額で月平均426百万ドルであった。これに比べると第4・四半期の水準は268百万ドルで約4割の減となっている。この急激な変動な説明することが改善の理由を明らかにすることになる。
第一に注意すべき点は、昨年度の第1・四半期の輸入の急増が素原料よりも製品輸入の増大によって引き起こされた面が強かったということである。これは経済の過熱状態期における特殊な現象であって経済基調が一転して冷却期に入ると急速に低下した。
第二に、前述のごとく昨年のピーク時には月平均約3,000万ドルの素原材料在庫蓄積が進んでいた。今日はこの蓄積が行われていないということだけで(積極的に在庫食いつぶしを行わなくとも)それだけの輸入減少が生じている。
第三は輸入素原料使用額自体が低下していることだ。生産低下率よりも輸入原料使用率の減少は一層急速である。工業生産の第1・四半期から第4・四半期へかけての低下は10%だが、輸入分素原材料消費指数は19%も下落している。生産に対する輸入原料消費の弾力性は、生産変動期には大幅に変化するのである。
第四は輸入価格の低落である。前述の諸原因から生じた実質的輸入減少のほかに、5月をピークにして輸入価格が毎月低下を続けたので名目支払額はさらに低下した。4~6月の平均に比して1~3月の原料輸入物価は12%の下落となっている。輸入の価格弾力性は小さいので価格低落は輸入数量を増加せず、輸入支払額を減少させた。
最近の輸入が果たして生産に見合っているかどうかを正確に判定することは難しいが、上述したことから大体の推定をすると、 第45図 の通りで各種の減少要因があるので現在の低い生産水準の下では、大幅な在庫食いつぶしを行っているとは考えられない。
このようにみるならば32年度の初期に生じた異常な輸入増加は、生産の増加と輸入の依存率の上昇による原料需要増、完成品輸入、原料在庫増加、価格騰貴等多くの原因が複合したものであり、その後の収支の回復はこれらの諸原因が逆に働いたことによるものであろう。経済の上昇期には輸入増加の諸要因が同時に働き、また下降期には輸入減少要因が一斉に作用するため国際収支は上下に大きくゆれることになる。過去2年の変動の経験は短期の国際収支の動揺が国内経済を攪乱しないように外貨準備等を増加して緩衝手段を強めるとともに、他方国内経済の成長テンポ特に投資の調整によって国際収支の安定化をはかることの重要性を教えている。