昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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労働

社会保障の動向

 戦後社会保障に対する国民の認識が急速に向上するに伴い、その発展は顕著なものがあった。昭和29年度の社会補償費用総額は4,643億円で前年に対し875億円、19.9%の増加であり、対国民所得比率も7.3%と前年の6.5%を上回っている。一方国庫負担額は916億円で前年を18%上回り、一般会計に対する比率も9.2%で前年よりかなり増加している。遺家族援護費及び旧軍人恩給を入れると1,617億円となり、対前年26%増、一般会計に対する比率も16.2%とさらに増加している。このような比率の大幅上昇は、社会保障費の年々変わらざる増加に対し、国民所得、一般会計が緊縮政策を反映して停滞ないし縮小したことによる。

第124表 社会保障総費用と国民所得

社会保険

 社会保険の普及状況をみると 第125表 のごとく、29年も各年に続き普及拡大が明かである。特に医療関係の上昇が目立っている。それは主として日雇労働者健康保険、私立学校教職員共済組合、市町村職員共済組合の創設による増加と、健康保険及び国民健康保険の普及増加によるものである。従って国民総医療費に占める社会保険の比率も漸次上昇しており、28年以降には40%を超えるようになった。社会保険の経済規模を29年予算でみると収入総計2,863億円、支出総計2,488億円に達している。

第125表 社会保険の普及状況

 このような社会保険の発展の中にも問題がないわけではない。その一つに健康保険財政の不均衡がある。特に問題の多いのは主として政府管掌のそれである。政府管掌健康保険財政収支調によると26、27年度には若干黒字を出していたものが28年度には純計約2億円の赤字を生じた。29年度にはさらに不均衡は拡大し純計58億円、積立金をあててもなお40億円の赤字となった。この最大の原因は最近の医療費の急激な増加にある。29年度医療に関する給付費も前年を約35%も上回っている。これら医療費の膨張は被保険者数の増加、点数引上げ(入院、往診)療養給付期間の延長、及び治療薬剤の支給範囲の拡大等による。そしてこれらはほとんど結核によって加重されている。特に入院の増加は結核病床の増加と手術の一般化による処が大きく、例えば健保実態調査にみても入院医療給付費のうち結核が過半を占めている。これら政府管掌の健康保険の赤字補填策として30年度においては一部を資金運用部資金より借入、一部は保険料の引上げによって補うことになったが、いまだ基本的な解決には達していない。

 失業保険は29年度当初予算では国庫負担91億円とほぼ前年度程度を見込んだが漸次保険財政が逼迫したので、補正予算で28億円追加し合計120億円となった。 保険財政の逼迫は、経営不振からの保険料滞納増加、受給者増加、そのうち特に多額報酬者の受給者の増加と緊縮政策の影響として臨時工、季節労働者などの短期雇用者の受給が目立って増えていることなどによるものである。

 さらに社会保険において大きな問題は規模5人以上の中心企業においてなお相当の未加入者があることのほかに零細経営主、規模5人未満事業所の被用者が、社会保険の適用から除外されていることである。しかもこの面への国民健康保険普及も十分でない。

 これらの層は大部分が低所得層であり、厚生省の調べによると、低所得層ほど有病率が高いことに照らしても、社会保険の加入が最も必要とされる部面でもあるといえる。

公的扶助

 生活保護世帯及び人員は29年月平均66万世帯189万人で、人口千人当たり21.4人の保護率である。これを前年に比べれば1万7000世帯、4万7000人の減少である。扶助別では医療扶助のみがひとり増加している。このような保護世帯の減少傾向は、主として28年以降遺家族援護法による各種援護の施行や旧軍人恩給支給により、母子家族が保護からはずれたことによる影響であり、男子世帯ではかえって増加をみている。また緊縮政策の影響による失業者の増加が失業保険、失業対策事業等の手段による救済を通じて生活保護を受けるまでには、若干時間的にもずれることも影響している。

第66図 扶助別生活保護費

 一方保護費用では、総額月平均32億4,000万円で前年をほぼ9%上回っている。扶助別では全般に増加しているが、特に医療扶助費の増大が著しい。従来最高であった生活扶助を、28年以降医療扶助がこれを上回り、29年には前年より9.6%増加して月16億円となり、総費用のほぼ50%を占めている。このような膨張は、大部分結核に基づくものである。29年6月の厚生省の医療扶助実態調査によれば、総医療扶助費64.5%(前年61%)を結核が占めている。そのうち入院費の増大が目立つのは健康保険と同様であるが、とりわけ結核入院は医療扶助入院のうち、件数、金額ともほぼ70%を占める状態である。一人当たり医療費の増大は、一般的趨勢であるが、被保護者では健康保険に比してかなり高い。

 次に公的扶助の水準は、現状では一応の水準にある医療扶助を除き、総理府統計局「家計調査」による支出水準の4割程度に過ぎない。医療扶助と生活扶助のこのようなひらきは、医療給付期間を長引かせる一因ともなっている。なお、被保護世帯中、世帯主が労働者を有しながら、失業や低収入のため保護を受けている烽フは53%もあり、その半数は日雇と自営業者で占められている。

失業者吸収の諸事業

 失業情勢の悪化に伴い、公共事業等において失業吸収促進の諸措置がとられた一方、失業対策事業にても事業規模拡大、特別失対事業等の措置が行われた。

 公共事業は一般に産業の経済効果を高めることと、失業対策の2目的を有するものであるが、29年度は後者が大きく強調された年である。ために失業者吸収率の改正、事業実施地域の失業者発生地域への即応、就労者の輸送、賃金日払等の労働条件収善を行った。しかしこれらは失業情勢の悪化に即して主として年度中途から行われたため、その効果をあげるには種々困難があった。それを補うために補正予算において緊急就労対策事業を、当初予算の節約の解除分をあてて実施した。緊急就労対策事業は一般公共事業より失業者吸収率を高めるために非熟練労働を吸収できると同時に、労務費の割合が高い事業種目を選定し、失業者発生地域に重点的に実施された。総事業費17.3億円、一日平均就労1万5000人と予定した。そのほか鉱山地区失業者を対象に鉱害復旧事業の繰上施行及び下水道施設事業、河川事業を、都市失業者を対象に予算節約分解除及び予備費支出で実施した。これらの措置により公共事業における失業者吸収は 第126表 のごとく予算額が減少したにかかわらず増加をみせた。

第126表 緊急就労対策事業の事業費及び予定吸収失業者数

 失業対策事業では当初予算での国庫補助額は一日就労を前年度5%増の16万3千人として111億円計上したが、補正予算で85億円追加して第4・四半期一日18万6000人就労(年度間平均17万人)に事業を拡大した。結局29年度国庫補助119.5億円で前年度より18.7億円19%の増加となった。この事業の最近の特色として労働市場における就業機会の減少による女子と老齢者の就労増加とともに、この事業への就労による生活維持者の固定化と、投下資金の効率化をねらう事業内容の高度化の要請とがある。これらに即応して規模拡大と平行して、事業内容の高いものと低いものへと分かれる傾向がみられる。第4・四半期から実施された特別事業は、比較的高能力の失業増加に即して資材費も多額に計上した事業内容として公共事業に劣らない高度の事業を行うことになった。例えば一般の失対事業の事業費中労務費の割合55-60%に対し、これは40-45%となっている。本年度は一応テストケースとし補正予算で5千万円程度を見込んでいるが30年度においては特別失業対策事業の名称により35億円、一日3万人就労が予定されている。

第127表 公共事業に対する職安紹介労務者の就労数

第128表 失業対策事業費内訳

 以上のように我が国の社会保障費用は年々増加の方向にあるが前述したような幾多の問題点が指摘できるので今後においてはより重点的効率的に強化運用していくことが必要とされよう。


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