昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
労働
不況現象の特徴と雇用構造の特質
不況現象の特徴
昭和29年における前述したようなデフレ的諸現象は過去の不況現象に比してどのような特徴がみられ、それらの諸特徴は我が国経済における雇用問題とどのような関係にあるかを探ってみることにしよう。
29年不況現象の戦後の24年の不況期に比し、特に特徴的であるのは生産の減少率に比し、常用雇用減少率がかなり緩和的であり、反対に労働生産性の停滞とも相まって賃金の停滞が強かったことである。
29年12月の鉱業生産は前年同月に比し7.6%減であるのに対し常用雇用の減少率は8.2%であり、製造業では生産0.8%増に対し常用雇用は2.5%減であるから29年の雇用減少率はほぼ生産減少率に近かったといえる。
これに対し、24年には鉱業生産7.4%増に対し常用雇用10.4%減、製造業生産10%増に対し雇用6.3%減で、生産上昇下における雇用減少であった。これとは反対に29年12月の製造業定期給与は前年同月よりも1.8%の上昇に過ぎなかったが24年は27.4%上昇していた。
また実質賃金においても29年年間の製造業では前年よりも0.1%の上昇で戦後始めての停滞であったのに対し24年は37%という著しい上昇振りであった。
このような不況現象の差異を生ぜしめた要因は何であろうか。まず第一に両時期における経済の回復段階の差異と緊縮政策をとらしめた国内諸条件の差異が考えられる。24年の緊縮政策は鉱工業生産が戦前の7割、消費水準も戦前の7割といういまだ経済の回復途上における安定政策であり、その目標は補給金と赤字融資から脱し単一為替レートによる国際貿易への直結とそれによる経済の自立であった。従って24年は低い生産水準と生活水準とを基盤とする需要の強さにより安定期においても鉱工業生産は上昇を続けた。これに対し29年は鉱工業生産水準は既に戦前の7割増、消費水準も一応戦前水準に回復し、むしろ全般的な生産過剰気味の下におけるデフレであったため生産は減退をもたらしたものと考えられる。
第二のものとしては企業側における条件の差異が考えられる。24年は戦時中の過剰雇用が終戦時の整理によってある程度の縮小をみたが、戦後のインフレーションのベールに覆われてなお潜在的過剰雇用の状態にあった。特に機械工業や製材木製品等は過度に膨張していたことも否めない。企業はこのような状態を急速に是正しようとしていたため財政収縮による需要の急減と相まって機械工業を中心に大企業の大量整理となって現れた。これに対し29年は24年から29年にかけての合理化の過程を経てその後の膨張期においても雇用増加を抑制していたため近代的企業における潜在的過剰雇用の状態は24年とは比較にならなかった。
第三の要因として考えられるものは29年は時間外労働の比率が膨張しており実質賃金もほぼ戦前水準に回復していたためそれだけ雇用実人員の縮小を少なくすることができた。
第四の要因は失業状態と就職難を背景とする人員整理に対する社会的抵抗の差異である。24年はインフレの余燼がなお残っておりヤミ経済も完全には解消せず、特に安定期においても生産水準や生活水準が上昇したことは統制の撤廃により必然的に拡大が予想される卸売、金融保険、不動産、サービス業等の流通、サービス部門への雇用吸収が予想されていたので、就職難は29年ほどの深刻さはなかった。
これに対し、29年は流通サービス部門は24年の2倍増という過度の膨張となり、生産及び生活水準の停滞下に多くの不完全就業者を内包しながら激しい競争の下にあった。農村においても農業分解作用は促進し零細農業の非農林業への転業または都市流出への圧力は増大していた。特に職安市場における求職者に対する求人数の比率は膨張期の28年においてさえも24年に比すべき就E難にあった。こうした雇用構造の変化や就職難を背景として人員整理に対する社会的抵抗は24年よりもはるかに強まっていたといえる。特に大企業における労働組合の組織強化は人員整理に対する最も大きな抵抗であったことはいうまでもない。
このような諸要因の差異は前述したような特徴となって現れたが、そのうち雇用縮小に対する社会的抵抗の背景をなした雇用及び失業構造の特質についてふれてみることにしよう。
雇用構造の特質
29年の緊縮政策によって、前述したように雇用の減少、失業の増大という顕著な不況現象がみられたが、農業及び零細企業等の後進的産業が大きな比重を占めている産業構造と要就業人口増加率の大きいこと、及び社会保障の不十分さなどによって表面に現れない不完全就業者も著しく増加したことは既に述べた通りである。次にこのような雇用構造の特質を概観してみよう。
まず農業が業主とその家族による自家労働により低い生産性の下に経営されていることは周知の通りであるが、非農林業においても就業者総数の約4割は個人業主とその家族従業者であり、そのうち事業所調査に現れた規模別構造は4人以下が約3割弱、5~29人が約3割余を占めている。このような零細経営における就業は生産性が低く低所得水準であり、かつ不安定就業が多い。
前にも述べた総理府統計局の「離職及び転職に関する労働力臨時調査」による29年10月の低収入や不安定職業等のために現在の就業に不満をもっているものは、耕作規模5反未満(東北1町未満)等に多い農業単独自営業主、事業所をもたないような行商、呼売、修理業等や家内工業等の非農林単独自営業主と規模10人以下の零細企業の雇用者等の中に最も高い比率がみられ、ついで雇用者のない零細経営の家族従業者と規模10-100人の雇用者の中に多いことは注目すべきことである。さらに同調査において、非就業者の中にも就業を希望している者が完全失業者を含めて316万人に達し、そのうち、本業を希望している者は184万人、求職活動を行っている者は166万人の多きに上っている。また失業対策審議会が29年3月に総理府統計局調「失業状況実態調査」の所得調査より推計した生活被保護層とほぼ同水準に近い低所得のものとして所得の面から不完全就業者とみている者は576万人(28年3月は670万人)に達している。
かかる就業構造の下において生産年齢人口は年々100万人近くが増加し要就業人口の増加は70万人近くに達している。動乱ブームとその後の国内投資による経済拡大期には不完全就業の問題はそれほど表面化しなかったが、基本的に大きな改善をみるまでには至っていない。すなわち「労働力調査」によると26年から29年までの3カ年間に生産年齢人口は304万人増加し、要就業人口は約200万人前後増加したものと考えられるが、労働力人口はこれを上回る360万人増加している。これは農林、非農林をも含めて非労働力の労働力化が行われたことによるものと考えられる。一方事業所センサスによる同期間内の非農林業事業所の就業者増加は零細経営の就業増加をも含めて144万人を数えた。もっとも事業所センサスによる増加就業者の大部分は雇用者であるから、その点からは一応雇用構造の好転のあとがみられるが、そのうちの6割に当たる約80万人は10人以下の零細企業の就業増加であり、さらに事業所をも持たないような極く零細な不安定就業者も増加しているものと考えられるので基本的な好転はみられない。しかも現在、農林業の就業者は既に飽和状態に達し、前述したような過剰就業者を抱えているので、今後の要就業人口は主として非農林業に吸収せねばならないが、現在の要就業人口の増加率は非農林就業人口の約3.1%に当たり戦前の2.8%よりも増加している。従って今後の日本経済は戦前以上の高い発展率が要請されている。
かかる状況下において新規労働力に十分な雇用の機会を与えていくことは日本経済に課された極めて重要な問題といわねばならない。