昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
労働
緊縮政策下の労働経済
昭和29年の労働経済は緊縮政策によって24年に比すべき激しい影響がみられた。すなわち労働力人口は前年よりも45万人増加したが、規模30人以上の常用雇用は減少し、失業が増大するとともに就職難は一層深刻化した。そして増加就業者の大部分は卸小売、金融保険、サービス業等の第三次産業及び製造業の零細企業の就業者となって就業構造の悪化をもたらした。また賃金の上昇は著しく鈍化し、戦後向上の一途をたどってきた実質賃金も始めて停滞をみるに至り、賃金の遅払も増加した。特にデフレ期の特徴として中小企業や投資財産業等においてより強い影響が現れるに至った。次にこれらの概況をみることにしよう。
失業の増加
29年労働経済における第一の特徴は失業の著しい増加である。金融引締めの影響を受けた流通部門と紡織業等を中心ニする中小企業、及び前年より悪化の度を強めてきた中小炭鉱における倒産、人員整理が春から6月頃にかけてかなりの増加となって現れた。ついで6月から8月頃にかけて造船、鉄鋼等を中心とする機械及び金属関係の人員整理が顕著であった。同期における企業整備と人員整理の状況を労働省「企業整備状況調」によってみると紡織業では前年同期に対し事業所数で2.4倍、整理人員で1.3倍の増加、機械金属では事業所数で3.9倍、整理人員で2.9倍の増加振りを示した。特に鉄鋼機械等においてはかなりの規模にわたって整理が行われたため日本製鋼室蘭、尼ケ崎製鋼のような激しい争議の発生をみるに至った。9月に入ると輸出の増加、金融引締めの若干の緩和等により人員整理はやや緩和されてきたが、なお前年よりも高い水準が続き11月から年末にかけては駐留軍労務者の整理、建設業を中心とする季節労務者などの離職者の増加が特徴的に現れた。かくして年間の企業整備件数と整理人員数は前年の2.1倍及び1.3倍に達した。特に規模500人以上ではほとんど増加しないのに100人以下では整理事業所数で2.7倍の増加振りを示した。
かかる人員整理の増加傾向は失業保険にも反映して29年の年間離職者数は110万人を超え前年よりも25万人の増加となり、離職率(被保険者数に対する離職者数の比率)年間14%とともに戦後最高の数字を示すに至った。また受給者実人員では月平均47万人となり前年の4割増となったが、失業率(被保険者と受給者を加えた者に対する受給者の比率)では5.1%となり戦後最高の25年よりは若干低かった。
産業別の離職傾向はほぼ「企業整備状況」に近く、建設及び金融保険が2倍増、製造業、卸小売業の5割増等が顕著な増加振りを示しているが、被保険者数に対する初回受給者数の比率では建設、石炭、修理業、駐留軍労務者を含むその他のサービス業等が年間2割を超え離職の激しかったことを示している。また製造業の中分類別では、衣服身廻品、ゴム、輸送用機械、金属製品、紡織、機械製造業等の中小企業の多い産業と投資財産業等の比率が高かった。
一方、総理府統計局調の「完全失業者」も前述したような離職者の増加と新規学卒者の未就職者増加を反映して年初来増勢を続け8月には戦後最高の71万人を記録し下期における水準は特に高かった。そして年平均の完全失業者数は58万人となり前年に比し3割増となったが下期では前年同期よりも67%の増加となった。この増加を24年に比較すると増加数、増加率とも若干低かった。
こうした失業状勢の悪化は労働市場における求職者を増大せしめ職業安定所に申込んだ一般有効求職者数は月平均117万人に達し前年よりも17%の増加となった。これに対し有効求人数は33万人に過ぎず前年よりもかえって減少したため就職率また日雇求職者についても月平均37万人となり前年の8%増となったが特に下期における増勢が強まった。これに対し民間求人は減少の一途をたどったため、失業対策事業の拡大、緊急就労対策事業の新設、公共事業への積極的吸収、失業発生の激しい炭鉱地帯における鉱害復旧事業の繰上げ実施等の措置がとられたが、なお日雇労働者の就労日数は減少して収入の減少を招いた。は12.5%に低下して就職難は一層深刻化した。
また日雇求職者についても月平均37万人となり前年の8%増となったが特に下期における増勢が強まった。これに対し民間求人は減少の一途をたどったため、失業対策事業の拡大、緊急就労対策事業の新設、公共事業への積極的吸収、失業発生の激しい炭鉱地帯における鉱害復旧事業の繰上げ実施等の措置がとられたが、なお日雇労働者の就労日数は減少して収入の減少を招いた。
さらに30年に入ると失業状勢は悪くなって、新規学卒者の就職も29年より悪化した。特に大学卒業生の就職率は78%に低下し、高、中学校等についても小規模の労働条件の低い不安定な経営に就職するものが増加した。こうした状況を反映して30年3月の完全失業者は84万人に達し前年同月の1.4倍に著増した。
雇用の停滞
常用雇用の減少
29年の常用雇用は金融引締めによる不況の影響を受け、3、4月の新規学卒者の入職率においても前年より若干低かった。さらに5月以降は鉱工業減産の影響を受けてほとんど全産業にわたる停滞ないし減少となり、12月の「毎月勤労統計」による規模30人以上の産業総数においては前年同月よりも1.8%の減少となった。
産業別には前年に引き続き深刻な不況下に減産が続けられた石炭鉱業の人員整理を反映して鉱業の減少率が最も大きく8.2%に達した。ついで製造業が、印刷出版、化学、石油石炭製品、精密機械などの減産とならない産業を除くと全分野にわたる雇用減少となって、製造業平均で2.5%の減少となった。
製造業中分類のうちで特に減少率が大きかったのは経営基盤の脆弱なそして受信力の弱い中小企業の多い家具装備品、衣服身廻品、皮革、紡織業などと投資減退の影響を受けた金属、機械関係の産業である。これに対し、卸売小売業、金融保険業、運輸通信その他の公益事業などの流通及びサービス部門では4月以降の減少傾向には変わりはなかったが、減少率が低く12月の雇用水準はなお前年よりもかなりの増加となった。これは主として消費需要に依存する第三次産業の性格上不況気においても消費需要がそれほどの減退をみない反映と考えられよう。
このようにして、29年の常用雇用は減少を続けたが、規模別にみると若干異なった動きがみられる。すなわち、失業の項においても述べたごとく中小企業においては金詰まり、需要減少などにより倒産及び整備が行われたのに対し、大企業においては労働組合の反対等により鉄鋼、機械関係等を除くと大量の整理はほとんどみられず、生産制限による雇用量の縮小は比較的抵抗の弱い臨時日雇の整理と時間外労働の短縮に求め、常用雇用実人員の縮小はもっぱら労働異動による自然減少の不補充に求めた。その結果として大企業の常用雇用の減少率は中小企業より少なかった。
また、製造業の職員と労務者では職員はむしろ増加しているのに労務者は減少率が大きく、男子と女子では女子の方が減少率が大きい。前者は生産制限の場合に通常みられる傾向であるが、後者は女子構成の高い衣服身廻品、紡織業等の減少率が大きかったことの反映と考えられよう。
なお、総理府統計局が29年7月に行った事業所統計調査結果より労働省が暫定的に改訂した常雇規模30人以上の常用雇用指数は 第110表 のように、29年6月において26年に対し産業総数で14.1%、製造業で15.7%の増加となっている。しかし、これは26年から28年にかけての経済膨張期における増加によるものと思われ、デフレに入った29年において減少を続けたことは前述したところと変わりはない。
臨時日雇の動き
動乱ブームによる経済膨張とともに急激に増加してきた臨時日雇雇用は労働条件も常用雇用よりは一般的に低く、企業における景気変動の雇用調節的役割を負わされてきたが、29年の不況においても、常用雇用に比しより強い影響がみられた。すなわち、「毎月勤労統計」による規模30人以上の臨時日雇延人員でみると29年12月の産業総数では常用雇用が前年同期よりも1.8%の減少であるのに臨時日雇は13%の減少をみており、製造業の同月では常用2.5%減であるのに対し臨時日雇は22%減少している。特に減少の激しかった石炭と鉄鋼をみると、石炭の12月においては職員及び常用労務者はともに前年同月よりも12.4%減であるのに臨時夫と請負夫はそれぞれ21.7%及び37.1%減となっており、鉄鋼では職員1.1%増、常用労務者2.7%減に対し、臨時工17.3%減、日雇20.3%減となっている。
しかし、反面、常用雇用が増加している卸小売、金融保険、運輸通信その他の公益事業では常用雇用以上に増加を示している。また失業者の再就職形態は常用よりも臨時日雇的な浮動的職業が多いことより考えると規模30人以上での減少が大きくとも30人以下の零細経営も含めると臨時日雇的不安定雇用が減少しているとは言い難い。
なお「労働力調査」による29年の日雇労務者は前年と同数の126万人であった。
労働時間と雇用
29年労働経済の特徴の一つに労働時間の短縮がある。金融引締めによる在庫投資の圧縮、卸売物価の低落などにより企業は5月頃から減産に入ったが、それと併行して一方においては人員整理及び自然減の不補充により、他方では時間外労働の短縮が行われた。また一部の産業では休日の増加などもみられた。「毎月勤労統計」による製造業12月における常用実人員の減少は前年同月に比べ2.5%の減少であるが、臨時日雇をも合わせた総延人員の減少は4.1%となり、一日当たり実労働時間数の減少は1.2%であるから総労働時間の縮小は約5.3%に達した。特に減産の激しい機械製造、電気機械、輸送用機械などは5-6%前後の時間短縮がみられた。また規模別では人員整理の困難な大規模になるほど時間短縮の比率が大きく、小規模になるほど実人員の減少率が大きかった。このような労働時間の縮小はそれだけ実人員の減少率を少なくしたといえるが、他方においては賃金減収の原因となった。
零細企業就業者の増加
29年は前述したように規模30人以上の常用雇用は減少し、失業は増大した。しかし、一方「労働力調査」による総人口と14歳以上人口はそれぞれ前年より125万人及び97万人の増加となり労働力人口も45万人の増加となった。このうち13万人は完全失業者の増加であるが残りの33万人は就業者の増加となったことになる。これを産業別にみると、農林業就業者は前年よりも45万人減少し、非農林業就業者が81万人の増加となったのである。農林業就業者の減少は主として女子短時間家族従業者と男子短時間自営業主及び家族従業者であることより考えると前年の風水害復旧作業等により農業に従事した家族労働が非労働力となったものと零細農家の非農林業への就業によるものと考えられる。また非農林業の増加は主として卸小売、金融保険、不動産業56万人、製造業22万人であるが、そのうち前者は約7割、後者は約5割が個人業主とその家族従業者であることより考えるとその大部分は零細経営か家内工業就業者の増加であることが推察されよう。特に下期においては不況の影響が顕著に現れ雇用者は上期の37万人増から下期の43万人増であるのに自営業主は上期の6万人増より24万人増へ、家族従業者は17万人増から28万人増へと前期的就業形態の増勢を強めている。しかもそれは全般的に女子労働の増加であり下期の雇用者においても男子は前年より12万人しか増加していないのに女子は29万人の増加となっている。そして男子就業者の増加は主として個人業主となって現れている。
かかる零細経営の就業は生産性も低く、所得も低いから必然的に就業状態に不満をもつ者の増大を招来する。総理府統計局「離職及び転職に関する労働力臨時調査」29年10月分によると、平常の就業者の中で収入が低いとか不安定な仕事などのために現在の就業に不満をもつ者は「仕事が主なもの(平常の状態が主として仕事に就いている者)」の中に762万人、「仕事が従なもの(平常の状態が仕事はしているが、家事、通学等が主であって仕事が従なもの)」の中に69万人、合計831万人に上っており前年同月に比較すると274万人(約4割)の増加を示している。
賃金の停滞
名目賃金上昇の鈍化
緊縮政策の賃金への影響はまず名目賃金の停滞として現れた。すなわち金融引締めという経済の一般基調による不況の影響を受けて、賃上げ労働攻勢は春の炭労ストの結果もたらされた約3%の賃金値上げ、私鉄、合成化学などにおける若干の引上げのほかは、大体定期昇給によるか、あるいは一時金の支給という形によって賃金率の引上げが抑制され、また公務員、公社職員等の秋の賃上げ攻勢が不成功に終わった事と、下半期における時間外労働の短縮、減産による能率給の減少等も基因して賃金上昇が著しく鈍化したのである。
29年平均の常用労働者一人一ヶ月当たり現金給与総額は、労働省調「毎月勤労統計」の調査産業総数によると28年平均に比べて6.9%の増加にとどまり戦後最低の上昇率を示した。29年12月の賃金を前年同月のそれに比べてみるとほとんど大差がなく、30年に入ると製造業労務者の賃金はわずかではあるが前年同月の水準を初めて下回った。産業大分類別には建設業の年平均賃金が12.4%の上昇をみたほか、いずれの産業においても10%以下の上昇にとどまり、特に鉱業においては29年2月の炭労ストによる減収の影響もあって、わずか2.3%と最低の増加率を示した。このように前年に比べて上昇は著しく鈍化したものの、景気後退の影響を強く受けている産業とそうでない産業との間にはかなりの差異がみられる。すなわち製造業中分類において年内の動きをみると比較的停滞度の少なかったものは食料品、木材及び木製品、印刷出版、化学、石油及び石炭製品、ガラス及び土石製品などの緊縮政策下にも比較的安定した国内需要に支えられた消費財生産部門に属する産業である。これらの産業にあっては労働時間の短縮はほとんどみられず、減少してもわずかな割合にとどまった場合が多い。これに反して29年に入って賃金水準が下降に転じたものは、一般機械、電気機械器具、輸送用機械器具などの主として生産財生産部門に属している産業及び財政投融資に密接な関係のある部門である。このように機械工業を中心にして賃金が低下してきたのは不況による産業設備投資減退の影響によるものであり、不況期にみられる通例の傾向といえよう。ただし今回の不況においてはこれらの産業では雇用の削減もみられるが、労働時間数の減少傾向がより大きく作用し、能率給の縮小とともに生産制限に伴う残業規制による超過勤務給の減少、一部産業における休日の増加などによる減収等が賃金水準を低下させる要因となっている。需要区分別に上述の賃金の上昇傾向をみると 第61図 に示すように建設関係が最も高いが、前年と異なって投資財部門の賃金上昇の鈍化と消費財部門の好調がうかがわれる。
毎月「決まって支給する給与」においても調査産業総数の年平均では7.3%の上昇率で前年の上昇率の約半分にとどまった。さらに年内各月の推移をみると年初来ほとんど横ばいであり後半に入るとやや停滞度が強まっている。このことは前にも述べたように企業が需要減退に対応し、人員整理を実施するとともに時間外労働の節減、休日の増加等の方法をとり始めてきたことが反映しているものと思われる。事実平均総労働時間は28年までの漸増傾向から、卸売及び小売業を除き各産業とも減少を示している。このような傾向は特に後半において顕著に現れ、減産の激しい機械工業、輸送用機械等はいずれも後半から前年水準を下回るようになった。しかし労働時間による影響を受けない家族給や、休日増加に対する補償賃金もあるため、時間当たり賃金としてみると鈍化の度合いは幾分低い。
一方臨時給与は28年から29年にかけて労働組合の賃上げ要求に対し、景気後退期において切下げの困難なベース・アップをさけ、一時金の支給によって解決をはかったものが多かったため、ボーナス制の普及と相まって夏期には前年水準よりもかなり高かった。しかし、29年後半に入り、不況の進展とともに企業収益の減退を反映して12月には公益事業、建設業を除くと全般的に前年水準を下回り、製造業中分類においては紙、皮革、金属、機械関係が軒並みに低下した。
ところで29年3月の電産、電労連に対する中労委の調停案の中に大きくクローズ・アップされた定期昇給制度は、緊縮政策による賃上げ抑制という要請を具体化する一つの方法として登場したことも29年の特徴の一つといえるであろう。
実質賃金の停滞
実質賃金においてはさらに停滞度が顕著である。すなわち戦後逐年上昇を続けてきた実質賃金は29年において対前年比、税込、産業総数0.4%、製造業0.1%の上昇でほとんど横這いに推移した。
これは名目賃金の上昇がかなり鈍化している反面、「物価」の項でも述べたように消費者物価指数(C.P.I)は年間ほとんど低下を示さず、なお前年に比べて高水準にあり年平均で6.4%の上昇となったためである。実質賃金は平均的にはこのように横這いであったが不況の影響の強かった産業や名目賃金の切り下げが行われた企業の労働者の実質賃金はかなり低下したところもあると思われる。すなわち鉱業はじめ機械関係、ゴム、皮革等はその代表的なものといえよう。ただ4月から勤労所得税の若干の引下げが行われたため税引とすると税込よりは産業総数、製造業とも幾分上昇率が高い。
賃金構造
前述したように29年の賃金は年平均にすると定期給与よりも臨時給与の増加がより鈍化したため、給与総額に占める臨時給与の比率は前年までの傾向とは逆に縮小をみせた。また操短などに伴う労働時間の短縮等は給与構成の変化にも現れ、労働省調「給与構成調査」によってみると、 第115表 のように能率給(奨励給)、超過勤務給の縮小が目立っている。
さらに29年の賃金構造をY業別、規模別、労務者と職員、男子と女子の賃金格差でみてみよう。
まず産業別には鉱業の上昇率が低いために製造業との格差が縮小し、またガス電気・水道業などの平均賃金の高い産業が製造業との格差を拡大した。製造業内部の最高最低の賃金格差にはかなりの開きがみられ、依然として拡大傾向が続いている。
事業所内部における労務者と職員、男子と女子の間の賃金格差は前年とほとんど変わりがなかった。
また、製造業事業所規模別にみると、500人以上の大規模に対し中規模産業(100~499人)においては前年より拡大し、小規模産業(30~99人)ではほぼ保合である。
これは金融引締めの影響が中規模企業に比較的強く現れたことの反映ではないかと考えられる。すなわち、法人企業統計においても中規模の利潤減少率が最も大きく、不況の影響の強かった鉄鋼等においても賃金切下げが行われたところは中規模企業が多かったこと等からもこのような事情は推察されよう。なお、規模5人以上の事業所における健康保険料算定の基礎となる標準報酬によって大規模(500人以上)と中小規模(5-499人)に属する事業所の賃金格差の推移をみると格差の拡大傾向がうかがわれる。
また人事院の民間給与実態調査(従業員50人以上の約4200の事業所の給与実態調査)により職務の段階別に賃金格差をみると、29年3月において対前年同月の賃金上昇の割合は下位の職務から上位の職務になるにつれて漸増の傾向を示しており、補助的な仕事に従事するものにあっては約3%、係員級にあっては6%前後、係長級以上にあっては大体10%以上である。このように下級職と上級職との賃金格差が拡大する傾向にあることは戦後の生活給偏重の反省から職能給の比重が漸次強まっていることの反映と考えられよう。
以上常用労働者について検討してきたのであるが、同一職種にありながら臨時及び日雇労働者というように雇用形態を異にすることにより生ずる賃金格差は依然として拡大傾向にあり労働力需給における不安定雇用の相対的弱さを示している。
賃金遅払の増加
賃金上昇の鈍化傾向とともに不況の影響をより強く受けた石炭、造船業等の中小企業を中心に29年においては賃金遅払が著増した。労働基準局の把握した賃金遅払の状況は昭和25年上期のドッジ・ライン末期をピークとしてその後減少の一途をたどったが28年下期より再び増加し始めた。すなわち29年10月末において不払金額は2,042百万円にのぼり、ドッジ・ライン時の最高、2,079百万円(25年8月末)にせまり、前年同期に比較すると約4倍をこえる金額である。これを規模別にみると100人以下が総不払事業所のほとんどを占め中小事業所の比率は依然として大きく7月以降はやや拡大傾向にある。産業別には不況の影響を強く受けた石炭、造船、機械、造船を除く輸送用機械器具、建設業等の産業に特に多い。なお地域的には長崎、福岡、北海道等に多く発生をみている。このような賃金遅払に対する救済策として労働金庫より中小企業労働者ならびに造船関係の遅払に対して融資の措置がとられた。
労働生産性上昇の鈍化
戦後の鉱工業生産の上昇とともに逐年著しい向上をたどってきた労働生産性も、緊縮政策の影響を受けて企業が生産制限を始めるに及んで上昇は停滞を示すに至った。すなわち当庁生産指数を「毎月勤労統計」常用雇用指数で除した29年12月の物的生産性指数は鉱業0.4%、製造業3.4%の上昇となった。これは前年の上昇に比べると鈍化が著しい。
しかし、企業は雇用量縮小の方法として常用雇用よりも臨時日雇の整理、労働時間の短縮をはかっているので、これを含めた総労働時間数によって除した時間当たり労働生産性指数によると製造業1-3月においては前年同期よりもかなり高く、減産に入った7-9月及び10-12月においてもなお若干の生産性向上がみられ12月においても約6%の上昇となっている。また業種別には減産の激しい機械関係の下期における低下を除くと石炭、金属鉱山、製糸、紡積、紙パルプ、化繊、鉄鋼、石油石炭製品等主要業種では下期になってもかなりの上昇率を示している。
このように生産の減退下においても、なおかなりの水準の生産性向上が続いていることは一面においてはそれだけ雇用量の縮小が大きかったことの反映でもあるが、他面においては企業の合理化が進展し始めていることを物語るものと言えよう。
一方、時間当たり賃金では下期になるに従い停滞度が強まり、製造業29年1-3月では前年同期よりもかなりの上昇であったが、12月では2%の上昇に鈍化している。従って、時間当たり賃金の上昇は時間当たり労働生産性の上昇よりも若干低目となり、7-9月を除くと単位生産物当たり労賃は大体において保合若しくは若干低下傾向がみられる。また業種別においても鉄鋼、機械、硫安等を除くとほぼ同様の傾向にあるといえる。
さらに30年1-3月になると単位生産物当たり労賃の低下は幾分強まっている。しかし、他方、卸売物価は低落傾向にあるので原料価格の低落を考慮しても付加価値生産性の上昇は物的生産性の上昇よりも幾分低かったものと考えられる。従って売上高に占める労務費比率、付加価値の中に占める労賃の比率では前年よりも幾分増加していることが推察される。