昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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鉱工業生産・企業

生産性向上への努力

合理化投資の成果

 前述してきたように、緊縮政策の影響から企業の設備投資意慾は減退した。反面製品価格の低落に対応するため早急なコスト引下げを迫られたから、企業の合理化の方向はより節約的な性格を帯びざるを得なかったが、昭和26年以降の合理化投資や管理技術の進歩の効果はようやく現れ始めたようだ。これまで各産業で活発に行われてきた設備投資の中には電力、セメント、硫安、綿紡、毛紡、紙、パルプなどのごとく急激な需要の増加に対応するための設備増設に主眼がおかれた産業もあるが、石炭、鉄鋼、機械などの重工業部門では設備の老朽化や陳腐化に対処することに重点をおいた設備の更新、近代化が行われてきた。このようにして合理化された設備の稼動によって原単位とか、労働生産性の面で、また製品の品質向上の面でかなりの成果がみられる。

 そこで合理化投資について、個々の産業での成果と、関連産業に及ぼした効果について特徴的な点を挙げてみよう。

 まず個々の産業における成果として、第一に合理化設備の稼動が比較的早かった結果、その成果が顕著に現れている例として造船業が挙げられる。造船業では25年以降、熔接建造方式の採用と主機関の製造に関する設備や工程の合理化が行われた結果、合理化前の五次船と昨年10月に決定をみた十次船とについて契約時の船価見積で比較してみると工数で30-40%、鋼材使用量で約10%の節減をみた。

 さらに、合理化投資の開始がおくれ、そのため当初の計画が完了していないにもかかわらず、かなりの成果をあげている例に軸受工業がある。軸受工業では27年以来合理化3ヵ年計画を実施してきた結果、合理化前と比べると最近では回転精度で30%の向上がみられ、また約20%の音響の低下など品質向上のあとが著しい。それとともに工数の節減等顕著な成果をあげている。

 次に、石炭業では25年以降行われてきた坑内鉄化の推進に続いて、27年以来堅坑開発による炭坑の抜本的な若返り工事が図られてきた。最近堅坑の完成した炭坑では坑内外の運搬系統の機械化によって間接部門人員の節減と運搬能力の飛躍的な増加がもたらされたため、その坑口の出炭能率が2倍近くも上昇したところがある。また、鉄鋼業では26年以降いわゆる「第一次鉄鋼合理化3ヵ年計画」が実施されてきた。そのうち製銑及び精鋼部門の合理化設備は27年頃をピークとして完成し、28年度にはそのほとんどが操業を開始した。従ってこれらの部門での合理化成果は高炉のコークス比の低下、平炉における製鋼一時間当たり良塊生産量、良塊トン当たり消費熱量、良塊歩留りなどの指標に端的に現れている。このように重点産業として財政投融資の支えによってかなり大規模な合理化投資を行ってきた石炭、鉄鋼等では個々の面ではその成果を挙げているものの、後述するような理由からいまだ予期していたような効果を全面的に発揮するまでには至っていない。

 一方、電力、セメント及び綿紡のようにむしろ設備の増設を主とする設備投資を行ってきた産業でも、生産能力の量的な拡大と併行して質的な強化が行われてきた。例えば電力では電源開発計画の進行による急速な出力増加がみられた反面、労働生産性の向上やロス率、石炭消費率の低下などかなりの効果をあげている。セメントにおいても新鋭設備の稼動によって、石炭消費率の向上がみられた。また綿紡でも精紡工程におけるスーパー・ハイドラフト化、ニューマチック・クリヤラー、ラージ・パッケージなどの普及に加えて労働面の合理化が伴った結果、労働生産性は28年以降急速な向上を示した。

 かかる個々の産業の合理化努力に伴う製品の品質向上は、それを原料とする産業の合理化に貢献するといった形で合理化成果は関連産業間に波及する。石炭を例にとると石炭品位の向上は、製鉄工場における選炭の廃止、高炉銑のコークス比節減、ガス法硫安工場や火力発電所における石炭原単位の低下に寄与している。また鋳鉄技術の進歩、冷間ストリップミルによる冷延薄板の普及、珪素鋼板の改善等鉄鋼部門での合理化努力や軸受製品の品質向上などが、自動車工業における材料歩留りの向上や電動機などの質的向上の点で、自動車工業や電気機械工業の合理化を助成している。

 さらに重油転換が各産業の合理化成果に寄与した点も無視できない。石炭に代わる重油の使用が鉄鋼、板ガラス、機械工業(熱処理関係)などにおける炉作業の自動制禦化、標準化をもたらし、製品の品質向上や燃料原単位向上の一因となっている。その顕著な例は前述した鉄鋼業の平炉作業にみられる。すなわち、良塊トン当り消費熱量や製鋼一時間当たり良塊鋼量など生産性諸指標の向上の一斑は重油使用の普及に負うている。

 以上にみるごとく相当合理化の成果があがった部面があるがなお改善の余地が残されている部分も認めないわけにはゆかない。

第36図 平炉原単位の推移

第31表 綿紡積業における労働生産性の推移

第32表 電力における合理化成果

第33表 セメント工業における石炭原単位の推移

第34表 石炭灰分と高炉コークス比の推移

第35表 硫安原単位の推移

生産性向上の課題

 合理化投資の成果を発揮させる上でなお解決しなければならない問題は大別して、それが企業自体に内在しているものと、企業外に存在するそれとに分けられよう。

 まず企業内に存在する諸要因のうち第一には、鉄鋼業のように合理化設備がやっと完成したばかりのため、いまだ本格的な稼動状態にない場合が挙げられる。鉄鋼業では前述したように製銑、製鋼部門ではかなりな成果がみられるが、新鋭機械の導入を主とする圧延部門の合理化は輸入機械の延着などもあってその完成がおくれ、その大半は29年度中に完成されたばかりである。従って各メーカーが極力新設備の操業引上げに努力しているものの、労働の習熟度との関連などから本格的な操業状態にまで到達するには稼動開始後1年あまりの日子を要するのが一般的な現状といわれている。

 第二に、合理化の進行に遅速の差があり、特に直接部門に比べて間接部門の合理化がし残されている点が挙げられる。このことについては既に29年度「年次経済報告書」でも指摘した。従来の合理化投資は戦時から戦後にかけての空白から生じた生産設備の技術的水準のおくれを急速に取り戻すことにあったため、主設備に重点をおかざるを得なかった。従って主設備が一応合理化された今後は間接部門の合理化が望まれており、ことに鉄鋼業のように大量の重量物を処理せねばならぬ産業では輸送部門の合理化が必要とされている。

 合理化投資の成果発揮を阻んでいる第三の要因として雇用問題がある。このことは石炭業に端的に現れている。石炭業では前述のように堅坑開発によって著しい労働生産性の向上がみられたが、その場合でも社会的経済的な情勢から大幅な人員整理が極めて困難なため、不良坑の整理による堅坑への生産集中はいまだ十分に行われていない。そのため堅坑開発の成果がフルに発揮されていない状況にある。

 以上は問題の所在が主として企業内にあるとみられる点について取りあげてきたが、次に企業外的な、むしろ企業間に横たわっている要因の主なるものとして、第一に大企業と補完的関係にある中小企業における設備合理化の停滞、第二には、過剰能力の存在とそれとの関連で合理化設備への生産集中の困難性が挙げられよう。

 第一に、中小企業における設備合理化が停滞している典型的な例として機械工業における完成品メーカーである大メーカーと、その部品供給者である下請け中小メーカーとの関係が挙げられよう。例えば歯車の専業メーカーはほとんど中小企業で設備の合理化が停滞的であったため、高性能な製品の生産に対する要求を充すことができず、その結果、完成品メーカーである大メーカーが自家生産する体制がとられていた。戦後、自動車、船舶など完成機会の進歩に対応する歯車生産設備の更新要請も、前述のような事情から、完成品メーカーの新鋭工作機械導入といったむしろ完成品メーカーの自家生産体制を強める形で解決されてきた。このことは欧米先進国の例にみられる歯車の専業化体制と逆行するものであり、また導入された新鋭機械がその性能をフルに発揮し得ず、国民経済的にみてマイナスな事態を生ぜしめるようなことにもなる。このように中小メーカーが多い部品メーカーの設備合理化が立ち遅れていることは、機械工業における合理化を一段と進める上での重要な問題の一つとなっている。

 第二には、生産能力の過剰と、合理化設備への生産集中の困難性の問題が挙げられる。過剰能力は市場との相対的関係において問題となるのであるが、この点、需要の増加に対処する供給力の増加にむしろ投資の重点がおかれた綿紡、精糖、紙パルプなどの諸産業では需要を上回る著しい能力増加がみられた結果、市況の崩落や操業度の低下といったような生産能力の過剰現象が起きている。( 第37図 )。一方、設備の更新、近代化を行った場合にも必然的に生産能力の拡大が伴う。従って生産能力の増加に応じた市場の拡大か旧設備の廃却が伴わないと過渡的に前述のような過剰能力の傾向に悩むことになる。合理化効果の顕著だった造船業を例にとると、熔接技術の普及とブロック建造方式の採用によって著しい工数の節減と工期の短縮がみられた結果、船台の大型化と引換えに旧船台の廃止が進められたにもかかわらず、船台の消化能力は大幅に増えた。そのため操業度維持の必要から採算上かなり苦しいと思われる価格で受注する事態も生じているといわれる。

第37図 稼働能力の伸びと稼働率の変化

 かかる過剰設備の存在は一面においては合理化設備への生産集中が困難なためにほかならない。第36表に28年から29年への生産集中傾向を示すが、主要産業においては目立った集中は行われていない。生産が上昇する好況期にはあまり集中傾向の生じないのは当然であるが29年のごときデフレ下でも企業間の競争から生産性が高い企業に集中するとは限らないのである。すなわち、借入金への依存度が高い合理化投資では資本費の増嵩によるコスト引上げ要因が伴う一方、大小企業間に大きな賃金格差が存在することなどで、新旧設備間に原単位や労働生産性の面では差がはっきりしていてもコスト面では優劣の差が縮まり、その結果、旧式設備を従来通り稼動するために合理化設備への生産集中をおくらしている面も少なくない。このような傾向は、例えば炭況不振から減産に追いこまれている石炭業において、合理化投資を進めた大手炭坑に対する中小炭坑の低賃金を基礎にした安売による根強い抵抗といった形で現れている。

第36表 主要業種の生産集中度

 以上を総合してみて、ここ2、3年の合理化、生産性向上の努力は、ある程度その効果をあげつつあることは疑い得ない。その反面、かかる成果の一層の発揮を阻害する条件が多く胚胎していることも確かである。

 今までの合理化投資の果実をより一層実らせるためには、生産性の高い優秀な設備の稼働率を高めるための努力が必要だし、そのために産業の再編成、合理的な産業の組織化の課題も真剣に検討されるべき段階に至ったと考えられる。企業にとっても、国民経済にとってもこのような努力なしには過去の資本蓄積を有効に生かすことにならないからだ。

 しかも29年の緊縮経済は生産性向上の阻害条件を一層明確にさせ、企業の整理統合など産業再編成への端緒を与えたという面もあるが、他面、操業度の低下などから合理化の成果を覆いかくし、コストの面でも企業の採算を支え、経営を安定させるまでには至っていない。次に企業経営の面からこの問題をとりあげてみよう。


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