昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

 

鉱工業生産・企業

緊縮政策下の生産の動向

概況

 昭和29年度の生産水準を鉱工業生産指数(当庁調)でみると、昭和9-11年基準で167と前年度を3.5%上回ったに過ぎなかった。これは年度上昇率としては戦後最低であり、膨張経済といわれた28年度の生産が前年度に対し24%増大したのに比べると、生産の伸びは著しく鈍化したといえる。このように生産上昇がほとんど頭打ちとなった要因を緊縮経済の波及過程をとおして検討してみよう。

上期における生産の縮小

 28年10月以降の金融引締めの影響は、29年1月頃から流通部門、ことに手形決済や資金を銀行に依存する度合の大きい卸売部門に対する運転資金供給の圧縮となって現れたので、その資金繰りが急速に悪化した。このため、卸売業では仕入商品の買控やストックのはきだしによって資金負担の軽減をはかったが、その反面では2月頃から物価の崩落を招き、二重の責め苦を負うことになった。それにもかかわらず鉱工業生産は膨張経済の惰性で3、4月頃まで横ばいながらも高水準を持続したので、鉱工業の製品在庫は急増するに至った。これを通産省調べの製品在庫指数(昭和25年基準)でみると、28年12月末の125からピークの29年7月末には190と7ヵ月間に5割の急増を示した。

 このような在庫圧力に加えて売上回収条件の悪化により生産部門の金詰りも急速に進んできたため、企業は資金面の危惧を種々の方策で切り抜けようとした。その第一の方法としてとられたのが在庫圧力を軽減するための生産の抑制だった。その結果、生産は29年5、6月頃よりかなり急激に縮小し、生産指数でみると3月より8月まで9%も落ちこんだ。ところが生産抑制は操業度を低下させ、コストの上昇要因ともなるし、一方では製品価格の低落に見舞われたので、企業は一層コストの引下げに努力しなければならなくなった。第二の方法として、資金回収が早くかつ在庫負担の軽減にもなる輸出にも対して、より一層努力を向けるようになった。しかしながらこの場合にも一部には安値輸出によるものがあったようで、一時的には資金繰りを緩和してもかえって企業収益悪化に悩むものもみられた。

 こうした努力のかたわら資金繰りの窮迫、取引の縮小、採算割れなどから経営内容が悪化して、2、3月頃から不渡手形の発生や倒産するものが続出した。これらはほとんど弱体な中小企業にみられたのであるが、商社、鉄鋼、石炭、機械などでは一部の中堅クラスにまで整理、倒産するものがでて事態は深刻さを加えてきた。このような現象はさらに大企業にまで及ぶかにみえたが、5、6月頃から金融の引締め態度もやや緩和してかかる波及過程を食い止めることとなった。それとともに生産抑制の効果がようやく現れ、輸出も7月頃から増加し始めたため、製品在庫は8月より減少に転じ不渡手形や倒産の発生もやや下火になった。

第31図 鉱工業生産と製品在庫の推移

下期における生産の回復

 下期に入ると生産は次第に回復して上昇に向かう一方、製品在庫も減少の一途をたどった。その要因の一つは輸出増加であり、他の一つは底固い消費需要とそれに伴い上期に過度に在庫圧縮を行った流通面での、在庫補充があったからであろう。

 輸出増大の理由は「貿易」の項に示す通りであるが、その過程を鉄鋼の例にとると第32図にみるように、売掛金回収率や現金入金率の上昇によって資金繰りが好転したばかりでなく、海外相場の反騰によってまず輸出価格が上昇し、輸出増加により需給がひっぱくして国内市況も反揆し、生産も上昇するに至った。このような例は非鉄金属においてもみられた。

 第二の要因についてみると、上期において流通部門の手持品や生産部門の原材料の在庫調整がほぼ一段落したのに対し、最終消費需要が高水準のまま継続されたのと、一方では生産が回復してきたので、景気の見通しがやや明るくなったことも加わって消費財や原材料の在庫補充がある程度進められるようになったからであろう。かくて30年3月には製品在庫は29年7月末のピークから25%減じ、生産は178と29年8月の底から14%の上昇を見せた。

 その反面下期には29年度における財政投融資削減の影響が強く現れてきたばかりでなく、収益の減少、資金難から設備投資の減退傾向が目立った。

 以上のように消費は比較的堅調で輸出はむしろ著増したにもかかわらず、29年度の生産上昇が極めて低かったのは、年度間を通じてみると在庫増加があまりみられなかったこと、すなわち在庫投資が著減したことと設備投資の減退によるものであった。

生産の動向

 以上のような一般的な生産停滞の中でも今次の緊縮政策の波及に応じて需要面に増減の差が生れ、これがまた生産の動向に跛行性を及ぼしている。

 まず用途別に消費財、投資財及び基礎財の三つに分け、緊縮政策の波紋が生産部門に及ぶ直前の29年3月を基準として、それぞれの年間の推移をみてみよう。( 第33図 参照)。

第33図 用途別生産指数の推移

 消費財の生産は上期の下降度がもっとも少なく、下期に入ると前年度末より数%高めのまま横ばいを続けた。これは消費水準がほぼ前年度下期の高水準のまま推移したことと(「 」の項参照)、繊維品などの輸出増加によるものとみられる。しかしラジオ、真空管、自転車等の耐久消費財は在庫圧力が大きいため上期の下降度が大きく、下期も前年度末程度の水準であった。また繊維品は消費財全体とほぼ同様の経過をたどったが、綿製品は大、中小メーカーの競争により常に生産過剰の状態を続けて市況は下期も漸次悪化し、30年に入ってから綿織布についで綿糸も操短するに至ったのに対して、スフ製品は市況不振に悩みながらも大幅な輸出増加や混紡物の出回りにより前年度に比べ3割増産されるなど、個々の品目をみれば区々の動きがあった。

 投資財では消費財と対照的に、前年度末から10月まで大幅に約1割5分ほど下降し、下げどまったままの水準で下期は横ばいを示したが、その内訳をみると次のような差異がある。「設備機械」は設備投資の減退を反映して上期に2割強下がり、その後も漸減をみせ年度中の下落率は3割弱でもっとも高かった。「車両、船舶」は上期に造船及び自動車の不振により著しく下降したが、下期には10次船及び大量の輸出船の着工により急速に回復を示した。これらに反し「建設材料」は建設投資がほぼ前年度並みであったので夏場の不需要期に若干低下したが、下期にはほぼ前年度末の水準に戻っている。

 基礎財では投資財の原材料ともいうべき鉄鋼、非鉄金属は在庫増加が大きかっただけに上期の下降は投資財と同様に高かったが、その後輸出によって持ち直し本年に入ってから急激な生産上昇をみせた。化学肥料は堅調な需要に支えられてきた上に、本年に入ってから輸出の増加もあり生産は若干上昇した。エネルギー部門では、28年度より不況に見舞われていた石炭は一般的な生産停滞のためにさらに不振におちいったが、石油製品は前年に続いて堅調に終始するなど相反した動きがみられた。

 年度間の推移は以上の通りであるが、それらの年度平均をとり、前年度と比較すると、消費財の9%増に対し投資財は逆に8%減を示し、基礎財は2%の増加であった。

 これらの動きからみられるように輸出が生産に与えた影響は大きかったようだ。そこで輸出の増大が生産に及ぼした効果をみると、29年度の生産増加の半分近くが輸出増加によるものとみられる。また主要輸出品37品目をとって、その生産及び輸出の推移を全体の生産の推移と比較してみれば、第29表に示すごとく生産に与えた輸出の影響は下期においても顕著だったようだ。

第29表 主要輸出品の生産と輸出の推移

 このように生産の増減にかなりの差異を生じたことは産業間に明暗の差をえがきだしている。しかし綿紡のように過剰競争のために不況にあえぎながらも操短ができなかったものも、機械、金属のごとく投資需要減退から減産を余儀なくされたものも、いずれも過剰生産傾向に悩んでいる。好調だったセメントなどでも最近ではこの傾向がみえ始めている。

在庫の動向

 生産の面のみならず緊縮経済の波及過程において、一つの特色をなした在庫変動においても、既に述べたように流通部門と生産部門への現れ方に時間的ズレがあったばかりでなく、流通部門では卸売業と小売業の間に、生産部門では製品と原材料の間に、原材料では輸入原材料と国内原材料との間にそれぞれ差異があったことが特徴であった。

 まず「商業動態統計(通産省調)」によって流通在庫をみると、 第30表 にみるように、卸売業では29年当初より下降し、29年末までに1割減少した。ただ9月末にいったん上昇したのは、繊維品関係において秋冬物の買入が行われたからである。これに反して小売業では年間を通じて漸増したが、これは消費水準が前年度下期の水準のまま横ばいに推移したからであろう。それにしても前年度の増加趨勢に比べると、その趨勢は著しく鈍化しており、やはり緊縮政策の影響を受けて仕入商品の手控えに努力したことがうかがわれる。

第30表 在庫額の推移

 次に鉱工業在庫のうち原材料在庫の動向をみてみよう。原材料には輸入原材料が含まれているが、輸入原材料のみについてみれば、年度当初既契約分の輸入品が入荷したため急増し、6月にピークに達したのち年末まで減少に向った( 第34図 参照)。これに対し輸入原材料以外の原材料在庫は、29年当初より買い控えられ、29年9月頃までに若干減少したものとみられるが、その後生産の回復とともに一部で在庫補充が行われたようである。従って原材料在庫総額は第30表に示すように29年6月にいったん上昇をみせたが、9月には年度当初より6%減少し、下期には再び微増を示した。ところが、原材料の在庫調整は各業種一様に行われたのではなく、生産減退の著しかった機械工業において特に顕著であって、29年12月末には年度当初に比べて約2割減少したのが目立っている。

第34図 機械及び繊維製品の生産者在庫指数と輸入原材料在庫指数の推移

 一方製品在庫の全般的な動きは既に述べたように、29年当初より急増し、8月より反転したが業種別にみると次のような特徴がみられる( 第34図 参照)。29年のはじめ頃より在庫が急増したものに鉄鋼、非鉄金属、ゴム製品など原材料の買控えの影響を強く受けたものと、繊維品など商社の在庫調整の影響を強く受けたものとがある。一方、投資の減退に関連の深い機械、窯業製品はやや遅れて29年5月頃から急増した。

 以上を総括すると、29年当初より6、7月頃までは企業の意図しなかった在庫(生産部門における製品及び既契約分の輸入原材料)のみが増勢を示し、意図した在庫(流通部門の手持品や生産部門の輸入以外の原材料)は従来の増勢から頭打ちないしは減勢に転じたのに反し、29年8月頃からは前者が在庫調整に入って減勢をみせ、後者はむしろ在庫補充のあとがみられた。その結果、年度間における全産業の在庫総額の増加はあまりなかったものとみられるが、これは戦後年々大幅な在庫増加を続けてきたのに比べると急激な変化といえよう。

減退した設備投資

 在庫投資の著減と並んで機械設備投資及び建設投資など固定資本投資の減退も緊縮政策の生んだ一つの波紋であった。29年度の固定資本投資総額は前年度に比べ1割弱の減少とみられる。これは個人住宅及び官公需などの建設投資が「建設」の項に述べるごとくほぼ持合いにとどまったに反し、産業における設備投資がこれまでそのテコとなっていた財政融資の削減と、投資意慾の減退によって大幅に約12%減少したからである。これを時期別にみると、設備及び建設投資とも、年度当初には前年度の継続分があったため高水準が維持されたが、7-9月より減退傾向が目立った。

 次に29年度「産業設備資金供給」(開発銀行調)を業種別にみると、財政投融資の削減の結果これに依存度の高い四大産業(電力・海運・石炭・鉄鋼)は前年度を15%も下回った。また一般産業についても、金融引締めによる資金調達難に加えて、需要の減退、利益率の低下から機械、繊維、商業などいずれも減少をみせた。ただ窯業及びガスでは、これまで比較的需要堅調であったためなお増加をみせていた。これを、「機械受注状況調査」(当庁調)でみると 第35図 のごとく、各産業とも前年度より著しい減少となっている。しかし29年度も下半期に入って輸出の増加に伴い、造船など一部の産業では、再び増加の兆しが見られる。

第35図 機械受注状況の推移

 さらに工事内容を「新規」と「継続」別にみると、新規工事の比重の高かった業種としては、ガス、通信機などに過ぎず、電力、セメント、硫安、石油精製、自動車、合成繊維などいずれも継続工事が多かった。

 これを要するに、29年度の設備投資は全般的に縮小した上にその中でも前年度からの継続工事が主体をなしていて新投資の意欲は大幅に減退したといってよかろう。しかも新規工事も製品の大形化、あるいは品質の向上をねらいとした設備更新や、改良、移設あるいは補修工事などの合理化投資が主要なもので設備能力拡充のための投資はほとんどみられなかった。


[次節] [目次] [年次リスト]