昭和30年

年次経済報告

 

経済企画庁


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緊縮政策の波及過程

緊縮経済の底流

 しからば緊縮経済の基調はどういう面に底流していたか、設備投資の減勢と個人消費の停滞にみることができる。

設備投資の減勢

 民間産業の設備投資に対する意欲は、年度はじめからはやくも衰えをみせていたが、6月頃までは前年度からの継続工事が尾を引いていたり、公共建設事業や国鉄、電々公社等の投資が多かったりして、設備投資全体としてはあまり減っていなかった。しかしこれもグラフが画いているように、7~9月期から顕著に減退し、下半期も計画造船の集中発注を除いてみると、低調を続けている。いま昭和29年度の設備投資が前年度に比べてどのぐらい減ったかをみると、産業設備資金の供給実積は内部資金をも含めて15%、国内からの機械受注額は16%、また設備機械建築材料等の生産指数では8%、それぞれ減少している。しかも設備投資の内容は、製品の大型化、品質の向上等をねらいとした設備の更新や、改良、移設、補修等の合理化投資が中心で、設備能力拡充のための投資は新産業等の一部を除いてあまりみられなかった。

 このような設備投資の減退は、緊縮政策に伴う企業の金詰りから投資意欲が衰え、そのうえ財政投資削減の影響が加わったためである。鉄鋼や石炭等の部門では財政投資を削られた影響が特に強かった。しかし緊縮経済は投資減退のきっかけをつくったにせよ、その背後に設備過剰の問題がもともと内在していたことは否定できない。

 朝鮮動乱後の設備拡張は生産能力を著しく増大させ、それを遊ばせないためにはさらに投資が増えて有効需要が喚起されなければならず、ここに日本経済が膨張一途の急坂を駆け上ってきたことは、昨年度の「年次経済報告書」が指摘したところである。この場合、有効需要の伸びが鈍るだけでも設備過剰、生産過剰を招来する。ところが過去の投資が設備能力として完熟したときに、売上高が伸びなくなってしまった。昭和26、7年頃では、設備投資が100増えた場合、一方で売上高が90増えていたが、それが29年度に入ると20しか増えなくなった。また操業度も停滞ないし低下の傾向をたどっているものが多い。しかもこれまでの投資はその多くを借入金によって賄いながら相当の部分を設備に固定してきたので、資本の回転が悪くなったうえに多額の金利負担が残ってしまった。企業利潤のうち金利支払いにあてられる割合は29年度上期で46%の高率に達している。投資の実りが少なくなったうえに、インフレ下のような債務者利潤もなくなり、こう金利負担が累積されてきては、投資意欲がでないのも無理はない。

 従って、必要な更新や合理化はともかくとして、設備投資の減勢には相当根強いものがあり、下半期の輸出増加や生産増加も大した刺激にはならなかった。

第7図 設備投資の減退

個人消費の停滞

 緊縮政策がまず個人消費に与えた影響は、物価の先安を見越した買い控えである。しかし賃金等の個人所得はすぐ減るものではない。それでも個人業主の所得は利益の低下や倒産の増加でいちはやく減少し、勤労者の賃金や農家の所得も次第に頭打ちとなり、それにつれて、消費も漸次停滞の色を濃くしていった。

 都市勤労者についてみると、物価や生産の低落で企業の収益が減り、倒産が増えたため、これにつれて雇用や賃金にもだんだん影響が現れるようなった。中小企業では経営の不振や倒産の増加からかなり顕著な人員の整理が行われ、労働省の調べによる昭和29年度の整理人員数は前年度を19%上回った。大企業では労働組合の反対もあって人員整理を容易に行い得なかったが、新規採用の停止による自然の減員や臨時工の整理によってやはり雇用は縮小した。その結果、従業員30人以上の事業所における常用雇用だけとっても、月を追って下降し、全産業で29年度中に2.3%減少した。さらに臨時工は9.3%減った。また賃金についても、給与ベースそのものを下げたところは少なかったが、それでも定期昇給の繰り延べ、労働時間の短縮等で支払賃金は次第に抑えられている。従業員30人以上の事業所における全産業の平均賃金は29年度中に2%ほど増加したが、まず横ばい状態を続けたといえる。特に工員の賃金が停滞的で、年度末頃には前年同期の水準を下回る月もでてきた。また賃金の不払いも目立っている。

 農家経済は都市に比べると幾分調子がよかったが、これは農業生産が前年度の凶作から回復し、しかも凶作で上った農産物価格の高値が、29年度の半ばまで持越されていたためである。しかし農産物価格も下半期には下がりだしてきた。また農外所得は緊縮政策の影響をうけて次第に減少した。従って農家所得全体としては年度平均でなお前年度の水準より6%高かったとはいえ、年度中の経過としては停滞的に推移して、前年同期に対する上昇率も上半期の8%から下半期の4%に縮まった。

 下半期の輸出増加を中心とした景気回復の背後にも、こうした設備投資の減勢や、雇用、賃金、消費の停滞が続いた。また賃金や消費の停滞は現金需要にも反映して、日銀券の発行高は下半期に入って前年同月の水準を下回るようになった。そうして輸出の増加が29年末頃で一段落すると、緊縮経済の底流が再び表面に現れて景気が下降し始めた。卸売物価は30年2月末から反落して、6月末までに6%も下がり、29年度の底値をも割って動乱後の最低に落ち込んだ。鉱工業生産も最近は上昇をやめ、繊維、鉄鋼等の一部には操短問題が再燃している。


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