昭和30年
年次経済報告
経済企画庁
緊縮政策の波及過程
昭和29年度経済の規模と構成
以上みてきたように、昭和29年度の日本経済は上半期縮小のあと下半期に上昇して、結局年度の初めと終わりの規模はあまり変わっていない。しかも前年度に膨張の過程をたどって到達したその高い水準から出発したために、年度全体の規模は前年度を上回っている。
当庁が暫定的に推計した国民所得計算によってみると、29年度の国民総生産は前年度より約3%、金額にして2,000億円ほど増え、物価の変動を除去した実質額でも2%ばかり増加した。また分配国民所得も前年度に対して4%、実質額で3%上昇している。もっともこれまでの国民総生産は、27年度が11.6%、28年度が15.8%と急激な膨張を示していたから、それに比べると著しく伸びが鈍ったといえるが、ただ緊縮政策も29年度経済全体の規模を縮小させるまでには至らなかったわけである。
これは投資が顕著に減少してデフレ圧力をつくりだしたにもかかわらず、一方で財政の消費的支出がふくらみ、経常海外余剰も著増し、また個人消費支出も減少するに至っていないためだ。まず投資についてみると、全体で前年度より3,400億円、17%減少し、そのうち財政の投資的支出が1,000億円、民間投資が2,400億円減った。また民間投資では在庫投資が1,600億円、設備投資が700億円余り、個人住宅投資が100億円縮小している。次に財政の消費的支出は1,300億円、17%増加した。中央財政では29年度予算そのものも消費的支出に関する限り、前年度より200億円余り増えていたが、そのうえに過年度歳出や繰越金等前年度財政からのずれた支出が加わり、また地方財政でも消費的支出は相当増えていた。第三に、経常海外余剰をみよう。これは前年度の100億円マイナスから29年度では逆に1,600億円のプラスとなり、差引き1,700億円の増加であった。こうした増加は国際収支の赤字から黒字への逆転に基づくものである。最後に個人消費は、前年度に比べて約2,500億円、6%増え、財政支出や輸出等に比較して伸びの率こそ少ないが、もともと比重が大きいだけに金額では最大の増加を示すことになった。また分配国民所得をみても、法人所得が減った反面、勤労所得は8%上昇し、個人業主所得もわずかながら増加している。ただこのような個人所得の伸びも消費の増加も、年度間の推移としてはおおむね停滞的であった。なお一人当たりの消費水準としては約1%の上昇にとどまり、それも農家が2%ほど向上したことによるもので、都市では年度平均としても前年度と全く変わらなかった。
ここで29年度の経済水準を主な指標によってみると、 第9図 の通りで、鉱工業生産は上半期に減少したあと下半期に上昇し、年度平均としては前年度を3.5%上回っている。このうち投資財の生産は機械を中心に8%減って、投資の減退を反映したが、基礎財は2%、消費財は9%増加した。農業生産も前年の凶作から回復して、前年度より9%ほど増えた。また輸出数量は35%増加し、輸入数量は12%減少したが、いずれにせよ戦前に対する貿易の回復は著しいおくれを示している。
かくして昭和29年度全体の経済規模が縮小をみるまでに至らなかったのは、投資が減っても、一方で財政の消費的支出が増え、あるいはまた海外市況が好転したり、農業生産が回復したりして好都合な条件が重なったためである。しかし個人の所得や消費はその性質上すぐ減ることはなかったにせよ、年度末にはようやく下向きの兆しをみせ、設備投資の減勢にも相当根強いものがある。従ってこのような状況の下では、さしあたり経済規模を拡大の方向に導く要因は少く、その突破口は輸出に見出さざるを得ない。