第二 各論 二 物価
(一)物價の動向と特質
(1)昭和二五年の物価水準
経済安定計画の効果が漸く実を結んで昭和二五年春頃の物価はかなり安定をみせていたが、朝鮮動乱を境として再び反騰に転ずることになつた。かくて昭和二五年平均の物価水準は次表の如く、前年にくらべて日銀調「東京卸売物価指数」で一八%、同「生産財実効物価指数」で一九%高くなつている。ただ総理府統計局調「消費者物価指数」は、昭和二五年上期まで消費財ヤミ及び自由物価の値下りが顕著であつたために、年間平均としては前年より七%低い水準にある。
(2)動乱後一ヶ年の物価推移
昭和二五年六月以降反騰に転じた物価が本年五月までに示した騰貴率は、前記「東京卸売物価」で五二%、「生産財実効物価指数」で六六%(ただし四月まで)、「消費者物価」(東京都)で二四%となつており、また当本部調「週間卸売物価指数」によると昨年六月二四日―本年七月七日までの約一ヶ年に五七%の騰貴を記録した。しかしこの間の足取りを上「週間卸売物価」によつてみると、必ずしも一貫しているわけではない。まず動乱直後八月中頃までは一週間二%のテンポで急騰したが、その後次第に緩漫となり、一二月頃にはほとんど横ばいとなつていた。ところで本年に入ると再び上昇テンポを早め、三月上旬までは一週間平均二%程度(ことに二月半頃は週三%)の騰勢を示したが、三月半から漸く頭打ちのきざしをみせて来た。ただ四月はじめに一部主要物資の公定価格ないし補給金廃止が集中したため、物価水準は一次急騰したが、五月に入つてから遂に反落に転じて毎週〇・五前後の落勢をたどり、七月七日現在でピークに対して五%の下落をみせている。
(3)物価傾向の特質
このように動乱後の物価推移にはかなりの波動がみられるが、ともかく一ヶ年で六割近くという騰貴率は戦後のインフレ期に匹敵するものである。しかし騰貴の原因には当時と大きな相違があり、戦後インフレ期においては主食をはじめ消費財物価の騰貴が波紋の中心であつたが、今回は主に海外市場の変化に基く貿易面の動搖が物価の騰勢を導いて来た点にその特質を看取し得る。そして海外購買力及びそれと関連をもつ投資需要が增大した反面、消費購買力は概して停滯ぎみであつたため、生産財物価の急騰に対して消費財物価が顕著なおくれをみせている。これは一面で食糧の価格が比較的安定していたことによるものである。從つて戦後インフレ期の如き物価賃金の惡循環もさして見られず、賃金の上昇は比較的緩漫であつた。しかもこれに加えて、原料価格の値上りは概して製品価格に対して遅れを示していたため、企業採算にゆとりを生じ、これが物価の推移にある程度の彈力性を与えることになつている。しかし反面では、製品価格に対する原料及び消費財価格のさや寄せの傾向も漸次あらわれつつある。
ともかく戦乱後の物価動向を要約すれば、貿易面の動搖を基本的要因とし、また補給金の削減や先高見越しの思惑等によつては跛行的に高騰した一部商品の価格が、次第に他の商品へ波及して物価水準全体の上昇へ転ずる過程をたどつて来ていると云える。以下これらの推移を追つて主な動きを概観してみよう。
(二)貿易商品の騰貴と物價の国際比較
(1)貿易関連商品の跛行的騰貴
貿易面の動向が物価高騰の基本的要因となつて来た点は、次の商品類別の物価騰貴状況において、繊維・金属・機械・建築材料及びパルプ・紙・ゴム等の如き貿易及び特需と関連の深い商品にける顕著な価格上昇の中に現れている。その反面主として国内市場を対象とする化学品・燃料及び食糧の価格騰貴は遅れを示している。
(2)輸出入価格の国内価格への波及
さらに具体的に貿易面を通ずる国内物価への影響を檢討しよう。まず主要輸出品一一八品目の輸出契約価格を総合すまでではると、昭和二五年六月―二六年五月の間に八六%(ピークたる二六年三月まででは九〇%)の高騰を示しているが、そのうち輸出の約六割を占める繊維及び金属について国内価格と比較してみると次の通りである。
すなわち輸出価格の顕著な騰貴に引きずられて国内価格も追随的に上昇している。また主な商品につき輸出契約価格と国内価格を対比して見ても、ほぼ同様な傾向を読み取ることが出来る。
他方輸入契約価格の値上りも国内物価騰貴の有力な一因である。輸入契約価格のうちでも食糧は概して安定しているが、主要な工業原料は次の如く顕著な高騰を示した。
このうち棉花・羊毛・生ゴムなどは各国の買付け競合による海外相場の騰貴を反映したものであるが、粘結炭・鉄鉱石・塩などの貴重品は、ことに昭和二六年に入つてからの海上運賃の急騰によつて影響された面が大きい。またこの間に輸入先を遠隔地へ切換えたという事情も上の影響も加重することになつた。
以上の如き輸出入価格の高騰は、昨年下期の出超と特需発生に基く物的、資金的なインフレ圧力の発生と相まつて、貿易関連の深い商品を中心に国内物価の騰勢へ導くことになつたが、本年三月頃から輸出価格も漸く停滯ないし、反落に転じ、これはまた後述のような国内物価反落の有力な要因となつている。
(3)物価の国際比較
動乱後におけるわが国の卸売物価騰貴率は前記の如く最近までの間に六割近く上つて、国際物価のそれを相当上廻るに至つた。すなわち動乱後本年四、五月頃までの間における主要諸国の物価騰貴率は、アメリカの一七%、イギリス二二%、イタリー二三%、カナダ一三%など、大体二〇%前後ないしそれ以下で、比較的高いフランス・ブラジル・ベルギーなども三〇%程度にすぎない。もつとも海外物価はアメリカをはじめすでに昭和二五年初め頃から漸騰していたのに対して、わが国の物価は動乱後騰勢に転じたため、その後の騰貴率がわが国においてある程度高めになる点は考慮さるべきである。それにしても主要商品の価格について国際比較をすると、つぎの如く昭和二五年六月頃は概して割安であつた日本の価格も、本年五月にはアメリカ及びイギリスの価格をかなり上廻つている。
(備考)なお、昭和二五年六月に対する主要諸国の生計費指数騰貴率で比較すると、本年三、四月頃までにアメリカ八%、イギリス四%、ドイツ七%などに対して、わが国は二一%(四月)となつている。
前述の如き動乱後におけるわが国の物価高騰は、貿易面を通じて海外市況変化の影響を受けたものであるにかかわらず、このように国際価格を上廻るに至つた原因の一つは、わが国の輸出品に向けられた海外需要が必ずしも正常な国際価格に立脚していなかつた点にある。たとえば本年四月における電気銅の生産者建値は一屯当り三〇万円で、アメリカの建値一九万四千円に比し著しく高いが、この日本建値は三月頃すでに三〇万円に逹していた市中相場にさや寄せしたものであり、またその市中相場は本年一月以来三〇万円をこえている輸出価格から影響を受けている。そしてかかる高値の輸出価格は主にアメリカ国内の灰色相場を反映したものである。ところがアメリカでは一部に高値の灰色相場があつても、市場の大半はそれによつてほとんど動搖を受けない一九万四千円の建値で取引されているが、わが国では市中相場に追随して建値も引上げられ、市場全体がその線にならされる。このような現象は多かれ少なかれ非鉄金属・鉄鋼はじめ他の商品についてもみられるところで、これもわが國経済の底が浅く需給関係の動搖が著しいことに基いており、また欧米諸国の軍備拡張に伴う輸出余力の減退によつて、わが国輸出品に対する海外需要が強められて来たことも輸出価格騰貴の一因である。
他方、わが国は重要原料の海外依存度が強く、しかもこれらの輸出入価格が前述の如き著騰を示したことも、わが国の物価を割高なものにさせた要因の一環を構成している。
(三)價格系列における特徴
(1)生産財と消費財
このように海外購買力の增大によつて物価が騰勢に導かれ、またそれにつながる産業の投資活動が活発となつて物価騰貴に一層の拍車をかけることになつたが、反面国内の消費購買力は停滯ぎみであつたため、動乱後の物価を生産財と消費財に分けてみると、この一ヶ年間の騰貴率は生産財七四%、消費財二六%で明かに後者の遅れが目立つている。消費財物価の遅れは主に食糧の価格が相対的に落着いていたことによるところが大きい。
また都市生活者に対する影響を最も如実に表す総理庁統計局調「消費者物価指数」(全都市)をみると、昭和二五年六月―二六年五月の間に二五%の騰貴となつており、やはりその上昇は生産財物価に比べて相対的に緩漫である。これは次表の如く、家庭用品のうち最も貿易面と関連の深い被服品が七一%の著騰を示したにかかわらず、主食が一四%の騰貴にとどまり、また公定価格の設定されている運賃・通信料金・電気及びガスなどの料金関係が上らなかつたため、雑費及び光熱品の価格が比較的安定していたことに基くものである。
(2)原料と製品
つぎに原料と製品にわけて動乱後の物価推移をみると下表の通りである。
これによると昭和二五年六月以降本年一月末頃までは原料と製品はほぼ同一歩調で騰貴しており、少くとも原料の騰貴が先行していたという動きは看取されない。しかも賃金は食糧を中心とした消費財物価の相対的安定を反映して上昇率がおくれているから、企業の利益は向上していたわけである。
ところで本年二月頃から次第に原料用製品の騰貴が強まり、ことに四月になると一部主要物資の公定価格ないし補給金廃止によつて急騰したため、完成品の物価を相当上廻るに至つている。すなわち概して製品を中心に高騰して来た物価に対し、原料面の一部からてこが入つたといえる。ただ反面電力料金の公定価格が堅持されており、また石炭価格も割合落着いているなど、いままでのところ原料品物価に対する波及性は余りみられない。
なお繊維・鉄鋼及び非鉄金属についてこれを個別的にみると次表の如くで、原料、一次製品はほぼ呼応した推移を示している。もつとも鉄鋼については本年三月末で公定価格ないし補給金が廃止された銑鉄及び屑鉄などの急騰で、四月以降原料価格がかなり製品を上廻るに至つた。
(四)昭和二六年三月以降の物價動向
(1)貿易関連商品の反落
動乱後顕著な騰貴をたどつて来た物価も、漸く本年三月半からたるみをみせ、四月半以後に反落に転じているが、これは從来著しい高騰をみせた貿易関連商品がつぎの如く下降して来たためである。特にスフ糸などは本年三月はじめ動乱前の二倍を上廻つたが以後反落し、七月はじめには動乱前の水準を一五%も割るに至つている。
かかる反落は前述した動乱後の物価動向の特質にかんがみ当然予想されたところでもある。すなわちこれら商品の顕著な高騰は、一部の海外需要によつて刺戟されたもので、必ずしも正常な国際価格に連けいしてはいなかつたから、その基礎は不安定なものであり、本年三月頃から国際市況が落着いてくるに応じて、わが国輸出品の高値に海外需要が追随し得なくなつて来たわけである。かくて輸出価格が頭を打つとともに輸出契約も停滯ぎみとなり、しかも国内向の販売量を增加しようとすれば、繊維の如き消費財の場合は購買力の面から抑制されて從来のような高値を維持することは困難となる。それに賃金や基礎原料の価格がおくれていたことも、物価反落の余地を残していたと云えるし、さらに一部輸入原料価格の低落も手伝つている。これらの事情は、また本年に入つてからの輸出停滯及び輸入著增による物的資金的な物価抑制要因、ことに四月頃から增大して来た輸入物資引取資金需要を消化するだけの蓄積余力がないことと相まつて、物価の反落を招くことになつた。
(2)物価上昇の波及過程
一方この間において、それまでおくれていた商品の価格は保合ないしヂリ高をたどつており、ことに一部原料用製品は次表の如く顕著な高騰を示している。しかして鋼鉄原料の値上りは、物価反落期においても鉄鋼一次製品の価格を動乱前の二・六倍という高水準に維持させる結果となり(第二八表参照)、これはまた鑄物用銑鉄と相まつて機械の価格を続騰させる有力な一因を構成した。すなわち機械の価格は本年四月二一日―七月七日間においても平均して一一%騰貴している。
前述の如く動乱後の動向には、一部輸入品を除き原料の面から物価騰貴を刺戟したという事情は概して少かつたが、それが次第に原料価格への波及性をもつようになると、その面からてこが入つて物価水準全体の水準を招き、跛行的に高騰した一部商品の物価が反落する余地も乏しくなる可能性をもつて来る。本年四月以降の物価反落期において完成品の物価がデリ高に推移している点もこの間の事情を物語つているといえる。
ただ食糧価格が農家購入品の物価値上りにかかわらず需給関係の安定によつて比較的落着いていること、公益事業関係の公定料金が引上げられていないこと及び石炭の価格が割合安定していることなどより、消費物価及び原料品物価はいままでのところ相対的に緩漫な推移をたどつている。從つてかかる面から見れば未だ原料用製品及び完成品、ひいては物価水準全体に若干の彈力性を残しているわけである。
(五)價格騰勢と補給金の整理
(1)価格統制の推移
昨年四月いらいの価格統制の推移をみると、次表の如く昭和二五年四月初めには大分類で六八八を数えた統制品目も、その後漸減して本年六月初めでは二五〇となり、この間に六割以上が廃止されている。
かかる価格統制の大巾整理は、経済活動に機動性を与えるという意図に出でたものであるが、また一面動乱後における物価高騰の波及過程でもあつた。すなわち、製品相場の高騰はその原料物資に設けられている公定価格との均衡を失い、また輸入原料の漸騰はそれを使用する製品の公定価格算定基礎を動揺させ、さらに輸出相場の絶えざる高騰に対して国内向公定価格が開きを生ずるなどの諸点から、公定価格を維持する場合かえつて生産・流通を阻害する面を生じて来たのである。かくて価格統制の大巾整理を実施し、銑鉄など一部商品については統制の一時停止を行つてその後の価格推移を見守ることにした。なお統制されていない商品の価格暴騰を抑制する措置として、輸出相場との連けいを考慮した「勧告価格」ないし「基準価格」が繊維品の一部に設定されている。もつとも本年三月以降は繊維品の反落により、これら商品の価格はすでに基準価格を顕著に下廻つているため、現在のところ「基準価格」も実効を失つて来た。
(2)補給金の削減
価格統制の整理と併行して補給金も漸次削減の過程をたどり、次表の如く消費二四年度では一、七九二億円で一般会計歳出総額の二四%を占めていたものが、二五年度では六四〇億円、二六年度では二二五億円に著減して、歳出総額に対する割合もそれぞれ一〇%及び三%縮小している。
かかる補給金の減少は、補給金支給対象品目の整理と補給金単価の削減に基くものである。すなわち昭和二五年七月から一〇月にかけて鋼材・化学肥料(ただし燐酸質肥料については燐礦石の補給金として存続)・ソーダ(ただしソーダ工業用特別塩価は継続)が廃止され、銑鉄の補給金も削減されており、さらに本年三月に銑鉄が廃止され、またソーダ工業用特別塩価も廃止されることになつた。かくして昭和二六年度は主要食糧及び燐礦石の輸入補給金だけに限られ、そのうち燐礦石は燐酸質肥料を通じて食糧価格に影響することを考慮したものであるから、実質的には食糧だけに対象を限定したといえる。
以上の如く、朝鮮動乱後における一部商品の跛行的価格高騰は他の商品に波及しつつあり、物価水準全体の底堅い上昇へ転ずる可能性をはらんでいる。しかもすでに国際物価をかなり上廻つているので、輸出の伸長が急務であるわが国の経済の現状にかんがみて、物価の抑制措置が要請されるわけである。ただ反面、從来輸出価格の騰貴は輸入価格の上昇にほぼ対応しており、それによつて交易條件が維持されて来たのであるから、輸出価格の調整に当つても同時に輸入価格の引下げが実現されなければ交易條件としては惡化することになる。