一七、建設事業
われわれは生産の增加を考える場合、まづ工場鉱山、農地等直接的な生産の場面にのみ注意をひかれやすいのであるが、実は之等生産活動の規模と質とは、鉄道、道路、港湾、電力、通信、河川砂防、水利等の公共施設や住宅の状態によつて大きく制約されるのである。このことは石炭の增産が輸送力の制約に行き当り、食糧生産が相次ぐ水害によつて、大きな打撃を受ける等の事実によつて明らかであろう。戰爭によつて荒廃したわが國経済の現状においては、このような限界が案外低いところにあると考えられるのであって、今後急速な生産力の回復を計画する場合には、直接の生産施設と同等に公共施設の復旧改善をはかり、両者の均衡をうしなうことのないようにせねばならない。
國土の荒廃についてはすでに昨年の実相報告書にふれられていたのであるが、その後の相次ぐ水害は、荒廃がすでに容易ならぬ段階に逹していることを物語つている。昨年六月に東北、七月、八月に北海道、九月に関東及び再度東北地方をおそつた水害の復旧所要額は三〇七億円に逹する。このうち国庫の負担額は二三二億円であり、前年度以前に繰越し分も三一六億円となる。これに対して昭和二二年度の予算に計上された災害復旧費は、僅かに五〇億円であり、災害復旧の大部分は次年度に持越されている。このことは今後の災害の規模をさらに拡大し、累加してゆく危險がはられていることを意味するのであつて、健全財政のかげにこのような実体的な事業の切捨てが行われていることを見のがすことはできない。
上の災害復旧はいわば事後処理のためのやむを得ぬ支出であるが、望ましいことは災害を未然に防止することである。わが國の耕地面積五九〇万町歩の中水害の危險のある部分は一七八万町歩であつたが、そのうち七四万町歩は過去における河川改修工事によつて、一應水害の危險を免れているとはいえ、残部の完成にはなお一五〇〇億円の資金が必要と見積られている。これに対して現在改修を施工中のものは、全國で二四七河川に上るが二二年度の事業費は僅かに五億八百万円という有様である。このほか河川上流における砂防工事も、土砂崩壊を止め、下流における土石流の被害や発電用貯水池の埋没を防止する極めて重要な事業である。しかし資産資材の不足から砂防工事は現在ほとんど停止の状態におかれている。
次に森林について見れば、戰時中及び戰後の過伐と造林の不足により、荒廃は急激に進行している。わが國森林の蓄積は約六一億石、そのうち利用可能なものは約四三億石と見積られ、生長量からみた適正な年伐採費は一億四、五千万石程度であるのに、戰時以降年々一億石以上の過伐を続けている。このような状態が続けば、用材林は五、六十年、薪炭林は十数年ですべて伐りつくされてしまうものと予想される。一方造林についてみれば戰時中は資材、資金、労働力の不足、戰後はインフレーションにもとずく造林費用の急騰、先行不安による造林未済地は昭和二二年末で一六八万町歩に逹し、これを五ヵ年間に回復するには、今後の伐採に基く毎年の新たな要造林面積三〇万町歩を加え、年六三万町歩の造林が必要である。これは昭和五―九年当時の年間造林面積の約二倍に当り、その実行がいかに困難であるかは想像に難くない。昭和二二年度における造林面積は上の必要量に対して五分の一程度に過ぎない。古來國家の盛衰は森林の消長と共にあるといわれている。われわれは將來の國民のために、現在において全力をあげて造林に努めねばならない。
次に道路であるが、わが國の國府縣道延長一二四、二五三キロメートルの中、自動車の通過し得る延長は、六五、六八〇キロメートルで全長の四八%に止まり、塗装区間に至つては五%に過ぎない。道路の舗装の壽命は平均約一五年であるから維持補修のためにも年四〇〇キロメートルの施工が必要であり、戰時中の荒廃復旧を加えて年一千キロメートルの施工を行つても、戰前の状態にもどすには七年を必要とするが、二二年度は特別整備工事で一四五キロメートルを施工したにすぎない。
鉄道、港湾、通信、電力等の諸施設については既に触れたので次に住宅その他の建築物についてみよう。戰災による建築物の被害は所藏財貨を除いても終戰時価格で一七一億円で、國内資産の戰災総額の三四%に当たり、戰前の市部における建築物床面積の三分の一が失われている。この結果住宅不足による生活の不安定を始め、学校その他の公共的建築物及び生産、交易等に必要な建築物の喪失による文化的経済的部面における障害は大きい現在われわれが建てねばならぬ建物は、最小限度に見ても約九三〇〇坪に逹し、之に必要な木材は四億二千万石で、この中住宅は二億四千五百万石となつている。
終戰以來政府は住宅を生産の直接的增強に役立てることに重点をおいてきた。石炭三千万瓲の目標はほぼ逹成し得たかげには、資金、資材を優先的に炭坑住宅の建設に注入した効果を無視することは出來ない。今後においても、鉄鋼の增産、港湾の荷役力の增強等には之を裏付けるための労務者住宅の建設が必要である。生産復興第一の建前から見て、都市における一般の住宅難を解消するには現在の資材供給状況が続くかぎりなお相当の長年月が必要であり、また資金面から見てもインフレーション克服のために極力その放出を抑えねばならぬ事情にあるから、ここ当分の間は大規模な住宅建設を進めることは困難とみとめられる。しかし住宅不足が國民に與える精神的、肉体的苦痛はきわめて甚大であるから、一日も速かに最低限の住宅事情を満すべく、政府においても具体案を考究しつつある。
以上述べたように建設事業としてなすべき仕事の量はまことに莫大である。戰後の甚だしい荒廃を修復すべき建設事業は平時的な経済における失業救済ないしは、購買力造出のための公共事業と同列に扱うことはできない。國土荒廃の加速度的進行を喰い止めるために、また生産復興の基盤を補強するために必要な建設事業は、現在の困難な経済事情のもとにおいても遂行されなければならない。そのためにはこの方面における総合的事業計画の樹立と、財政支出効果の科学的測定とによつて、浪費を排除し資金、資材の効率的を最大限に高めると同時に、才入増加のためのあらゆる方策を実行し、健全財政の維持と國土保全、生産復興の要望とを両立せしめねばならない。