一三、企業の近状


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 このように貯蓄による資金蓄積が不十分である上に、企業の側においても経営の赤字や負債の增大によつて信用力を失つているため、最近における企業の金づまりはかなり深刻である。金づまりの現象はインフレーションの進行とともに次第に顯著になりつつあつたもので、新價格体系は企業の收支を一應均衡せしめることによつて、この面からこのような金づまり現象を相当打開する効果をもつべきはずであつた。然るに新價格体系は種種の原因に禍されて、部門によつては企業の收支の均衡の上に、所期したような効果をもたらすことが出來なかつたのである。赤字を発生している企業についてその原因を見ると第一は操業度が予想以上に低下したことである。秋から冬にかけての異常な電力不足がもとになり、之に輸入原材料の入手不調等がからまつて、企業の操業度が價格改訂の際の想定を相当下廻つた爲、製品コストが割高になつたことである。第二は賃金の上昇である。一般企業の賃金水準は生産の增加に裏づけられることなく逐月上昇して労務費が增大した全國工場労働者平均賃金は一月には昨年七月の約一・六倍に逹している。第三は流通秩序がさしたる好轉を見せなかつたことである。公定價の大巾引上によつて、正常ルートに乗る資材量が從前よりふえたことは想像されるが、流通秩序の確立はなお不十分で、企業の資材の相当量をヤミ入手せねばならなかつた。この点に関しては、各應事務の不手際と停滯に起因する部分が相当多いことは十分反省せねばならない。すなわち先頃経済安定本部が、一部の物資について行つた行政監査の結果によれば、各官廳においては、割当切符の発券其他の手続事務に忙殺されて、制度改善のための基礎的科学的研究が等閑に附せられ、割当量決定の基礎資料の作成、割当証明書の還流の指導、生産実績の実態的調査等に欠けるところがあつたこと等が指摘されている。又価格改訂自体がその完了に三ケ月を要したため、製品の出廻りを阻害してそれだけ、資材のヤミ入手を余儀なくしたことも否定出來ない。之等の諸原因に基く企業の採算割れは、インフレに伴う增加運轉資金の需要增大や賣掛け金の增加、さらに政府の支拂停滯等と相まつて、企業の金づまりを甚しくしている。そしてこの金づまりは、退藏資材の出廻りを多くする面もあるが、金づまりの程度が次第に深刻になつて操業度を低下させ、製品單位当りの赤字を增大させている面もある。企業は製品のヤミ流し等によつて一時を糊塗しても、欺様な方法は結局國民経済の中におけるヤミ経済圏を拡大することになり、企業にとつても、決して問題を根本的に解決する途とはならないのである。

 また現在の金づまりはもともとインフレーションの結果なのであるから、ここで融資規制を緩和して放漫な信用創出を行えば、結局インフレーションを激化して次の段階における一層猛烈な金づまりを招來することも疑いない。インフレは戰後当然倒れるべき数多の企業を、資産の水增しによつて救いつつ現在まで延命させてきたのであるが同じインフレが企業の運営面において、漸く昨年あたりから一つのしつこくとなりつつあることは注目に價するといえよう。

 現在の企業の窮状の最大の原因は過剰雇用にあるということがよくいわれる。事実労働の生産性は戰前にくらべて甚しく低下を示しており、昭和一〇―一二年を基準とすると、昨年一〇月現在で從業者一人当りの生産高は鉱業は平均二八%工業は平均三三%に過ぎない。そして明かに過剰な雇用をかかえて経営にあえいでいる場合も、企業によつては認められる。

 しかしながら、労働の生産性が戰前の三割だから現在の雇用量の七割がそのまま過剰雇用であるということは勿論出來ない。何故ならば(一)補助部門や工場管理部門にあつては勿論、直接製造部門においてすら、生産の減退に比例してその雇用量を減する事は不可能であること。(二)かえつて工場管理部門においては、戰後官廳関係の統計調査事務、労務及び福利厚生事務、さらには会計事務等が增大しつつあること。(三)戰時戰後を通ずるおびただしい資本財の損耗により、これ等を修繕したり、或はその一部分を直接労働力によつて補う必要の生じたこと。なお又原材料の品質低下も、余分の人手が必要としている。(四)労働基準法の施行、その他の原因で労働者一人当りの労働時間が短縮されたこと。等によつて相対的には雇用量の增大が要求され、さらに(五)未経驗工の增大による勤労能率の低下や、(六)労働者の生活難、住宅難、交通難等による勤労意欲の低下の事実を考えあわせれは、現在の生産水準にもかかわらず必要とされる雇用量は案外大きなものとなつてくるのである。実際に各企業について調査した結果も、企業における過剰雇用は特に補助部門や工場管理部門において職員の過剰という形で相当認められるけれども、全体として見れば一般に想像されるほど多くはないということを示しいる。現在の労働生産性低下の原因としては、過剰雇用の面もあるけれども、設備の惡化、資金難、特に原材料及び動力の不足による操業度の低下という点も重視しなくてはならない。操業率の向上によつて過剰雇用を必要労働に轉化する余地も相当あり、かつぼう大な失業者を生じても之を吸收すべき余地が國民経済的に乏しい現状にあつては、労働生産性の向上のためには過剰雇用問題の解決も必要ではあるが、当面操業低下の原因となつている諸障害を打開して操業率の上昇をはかることがきわめて重要であると思われる。

 近い將來において、國際的競爭に耐えて日本経済の自立を完うする爲には、生産の能率化こそ不可欠な要請であり、低下した生産技術の國際水準えの復帰に努めると共に、この際非能率企業のとうたも必要である。かような準備態勢を整える意味においても、企業再建整備の関係や、集中排除法及び賠償の問題が一日も早く解決されることが望ましい。これ等の問題はまた、そのための先行不安によつて、生産阻害の一原因ともなつているのである。また價格決定の際の原價主義の原則や補助金制度も、現状においては或る程度己むを得ないというものの、生産及び経営の能率化を阻害する一面も無視出來ぬものがあり、かような態勢を徐徐に脱却する方向に向かわねばならない。

 次に中小企業について一言すると、我國の中小企業は戰前において、輸出産業及び國内民需品の生産の主要な担い手であり、戰時中においては軍需産業の下うけとして強靭な生存を続けてきたのであるが、今後においても、資本蓄積の著しい不足と労働力の過剰という日本経済の條件の下において、中小企業が再び戰前の役割を果すべき客観的條件は十分に存在することと考えられる。ただ大企業に比べて、どうしても技術的水準が低いし、資金資材の配当などの面でも不利な立場に立つことが多いので、政府としても中小企業廳の設置その他の方策によつて、経営、技術等の面において中小企業に対する指導援助の強化をはかりつつあるが、また中小企業の側においても組合組織を発展させる等によつて、中小企業のもつ不利な点を出來るだけ改善して行く必要があるといえよう。

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