九、物價の動き
物價という言葉には現在三つの使い方がある。その一は公定物價であり、二はヤミ物價であり、三は実効物價である。実効物價というのは昨年の経済実相報告書でもくわしく説明している通りそれで物を実際に取引する價格ではなくて、公定とヤミを総合した計算上の價格である。例えば、ある世帶に於てある期間の間に、一升二〇円で米が五升配給され、外に二〇〇円でヤミ米を一升買つたとすると、両方を総合して、結局三〇〇円拂つて六升のコメを買つた事になるから、米一升の実効價格は五〇円になるわけである。即ち実効價格は、配給率の比率が少い時には、ヤミ物價に近づくはずで、したがつて家計に対する物價変動の影響を見るためには三つの中で最も適切なものといえるのである。
そこで東京に於る三つの物價の動きを消費財について比較すると次の通りである。
この三つの指数は作成方法が同じではないから嚴密な比較には多少の難点を含むけれども、およそ次のことは明かであろう。すなわちまづ六月を境としてその前と後とで、三指数の動きに大きな変化があるのがわかる。六月以前にあつてはヤミの上がり方の方がマル公(〇の中に公の字)の上り方よりも激しかつたが、七月以後ではそれが逆になつている。世間ではよくいわれるように、マル公が二倍になればヤミも二倍になるというような現象は認められず、マル公を大巾に引上げたのに、ヤミ價格の上昇はむしろ鈍化し、その後年末という難関も無事通過して、この傾向は現在に至るまで続いている。年末を中心として十一月から二月までの間における東京のヤミ物價の上り方を、昨年と今年度について比較すると、昨年は六五%騰貴しているが、今年は一六%の騰貴に過ぎない。然しいくらヤミ値の上り方が減つてもマル公がひどく上つたから差引き同じではないだろうか。この疑問に答えるものは表の実効物價指数の動きである。
すなわち実効物價の上り方は二一年末から大体ヤミ物價を追つて大巾な騰貴を示していたのが、三、四月には食糧放出で一時停滯したものの、五、六月に入つてその騰貴率は他の二つに比し最も甚しくなり、八月以後においては逆に最も鈍勢となつている。この事は六月以前において三、四月の例外を除いてヤミ依存率が月を逐うて增加していたのが、八月以降には減少に轉じたということを表している。その原因としては、八月における輸入食糧の放出及びこれに続く新米の出廻り等の季節的影響が最も大きいものとみられる。さらに今年に入つてからは生鮮食品の配給が漸く軌道に乗り始めたため、実効物價騰貴の鈍勢は一層顯著になりつつある。
次に生産財の價格について見ると、公定價格は消費財と同様昨年一二月末までに六月当時の平均二倍半に逹しているが、ヤミ價格は九月以降騰貴の勢を著しく弱めており、この点に関しても消費財と軌を一にしている。すなわち八月までは毎月大約一〇%以上、五月の如きは一七%の騰貴率を示していたのが、九月以後は四―五%、一一、一二両月には二%に止まつている。この爲年末を中心として一一月から一二月迄の間で一二%の騰貴にすぎず、昨年度同期間の五三%に比し著しく緩漫であるといえよう。
ここで、現在の諸物價は戰前に比し平均して大約何倍位になつているかを見よう。その算定には理論上種々の問題があるが、大まかな計算によれば昭和一二年を基準として東京の昨年末現在で、消費財は公定が約八四倍、ヤミが約三六〇倍、実効物價が約二〇〇倍に当り、生産財は公定が七〇倍、ヤミが三七〇倍となつている。