四、工業生産状況


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 二二年度の生産を部門別に前年に比較すると、食糧品工業及び原油生産部門が僅かながら生産活動の低下を來した以外は、どの部門もかなり上昇を示した。增加率の著しい部門は、金属工業七一%、化学工業―三一%であり、特にその中でも鉄鋼・肥料等の增加が著しい。これに対して繊維業は二一%、機械工業は一二%の增加にとどまり、食糧品工業は逆に一九%の低下を示している。

 さらに品目別に二二年度(四月―三月)の生産実績を二一年度及び戰前に比較すると次表の如くである。

第3表

 まず鉄鋼について見れば、昨年一月傾斜生産の発足にともなつて、炭鉱向け鉄鋼需要を一〇〇%充足に努める一方、鉄鋼用配炭を優先的かつ大巾に增加して增産に努めた結果、その後の鉄鋼生産は月を逐つて上昇し、特に輸入用重油の本格的使用を開始した六月以降は急激に增加した。しかし八月の普通鉄鋼材生産四万七千トンを最高として、その後は電力の不足、労働不安等によつて生産が停滞した。鋼材の生産が電力事情によつて左右されるのは、圧延設備等の動力不足によるのみでなく、終戰いらい電氣炉製鋼が多く行われているためであつて、主として高炉による銑鉄の生産はこれと異り配炭の增加と共にほぼ順調に伸びている。本年に入つてからは電力事情の緩和と輸入原料の使用開始等により鉄鋼の生産は增加し、三月には普通鉄鋼材七万トンの生産をあげた。しかしながら二二年度の生産見込は、電力事情に加えて当初期待した華北粘結炭の輸入が実現出來なかつたためもあり、六七・五万トン生産計画を大分下廻り普通鋼材五七万トン、銑鉄四二万トンとなつたが、それでもなお前年度に比すれば鋼材一、七倍、銑鉄二倍の成績なのであつて、傾斜生産の効果があつたといえよう。本年は良質の鉄鋼石と強粘結炭が輸入される確実な見透しがあり、高品位原料の供給の增加は、操業度の上昇とともに石炭の消費率を切さげ配炭增加の割合以上の增産を約束する。最近の八幡における操業実績はこの事実を裏書きしている。

 次に鉄鋼と並んで基本的な投資財であるセメントについては、年間目標を一八七万トンに定めて增産に努めたが、実際の生産は一二八万トンに止まり、前年度に比し二割增である。生産があまり增加しなかつた原因は、主として配炭が思うようにふやせなかつたためであつた。鉄鋼とセメントは代表的な基礎資材であり、國土荒廃の防止と設備の復旧補修のためには年間最低限鉄鋼二百万トン、セメント四百万トン以上が必要と認められるが供給力は両者ともその三分の一にすぎない。その上終戰処理関係の割当が鉄鋼については総供給量の二割、セメントについては五割を占めるために、一般向けの供給は一そう窮屈となり、セメントのごときはむしろ前年より減少している。

 化学肥料は食糧增産の鍵として終戰いらい重点を置かれ、二二年度においても相当の成績を收めた。硫安はその製造工程に電氣を多量に使用するために、電気炉を使用する石炭窒素の生産と同様に主として電力供給の多少によつて左右され、昨年七月を最高としてその後減少した。過りん酸石灰の生産はそれほど電力に依存せず、りん礦石の大量輸入によつて順調に生産增加をつづけた。但し硫安やりん肥の生産の大切な原料である硫酸は輸送の不円滑に基く硫化鉱の供給不足によつて生産が妨げられ肥料の增産をはばむ一因となつた。

 機械工業の生産は、配炭の多少によるよりも電力コークス等の供給の如何により、さらに決定的には資材の有無によつて左右される。しかも終戰いらいの機械工業生産の回復は手持ストツクの使用によつて維持されて來たのであつて、過去一ヶ年にこの部門が消費した鋼材は約三四万トンと推定されるが、そのうち約七五%の二五万トンまでは在庫資材であつた。從つて原材料資材の增産によつてこの部門えの資材配当を速やかに增加せしめないならば、機械工業は現在の水準をさえ保ち得ぬことになるであろう。

 次に輸出産業の中心である繊維工業については戰時中平和産業であるが故に設備を解体、スクラツプ化されたため、生産の増加とあわせて設備の復元を急がねばならぬ特殊事情が存する。二二年の綿業の生産は原綿の輸入不調のため下期に減産に轉じたので、予定量に逹せず、綿糸二億六千万ポンド、綿織物七億平米ヤードと見込まれている。前年度の生産に比すればそれぞれ一、三倍および一、九倍であるが、未だ戰前の二割程度にすぎない。しかし本年は原綿輸入の見透しも明るいので相当の增産を期待できるであろう。綿製品とともに戰前世界市場に名をなした化学繊維は海外需要も多く今後の輸出品として有望なので增産に努めたが、二二年度の人絹糸の生産は二千万ポンドと見こまれ、前年度の約九割增に止まり、戰前の一割にも逹せず、スフは前年度より減少した。生産を阻害したものは石炭、電力事情とならんで、パルプ、かせいソーダ、硫酸、二酸化炭素等諸原料の不足である。毛、麻製品の生産も二一年度よりかえつて減退したが、これは原料の輸入がはかどらず、在庫が減少したためであつた。ゴム製品も同與な事情に基づいて前年度より生産が低下している。

 以上部門別の概觀を行つたが、二二年度の工業生産は総合して前年度より二割の上昇となる。

 すなわち出炭は三割、産業用配炭は四割強增加しているのに對して生産は二割增である。石炭が增加した割合にくらべて生産の增加が少なかつた原因は第一に時期的なずれである。石炭の增産とそれに基づく工業生産の增加との間には、当然ある程度の時間を必要とするが、石炭の增産は主として昨年下期においてなされたため、その効果は二二年度の工業生産に上に完全にあらわれてこないわけである。第二には輸送難である。掘り出された石炭はすぐさま工場に送り届けられねばならないのに、輸送手段の整備が遅れているため出炭の增加につれて山元や港の貯炭が増加し、本年一月末には百三十万トン余に逹している。又硫化鉱や薪炭その他の物資で、工場や消費者の手元に届かず空しく駅頭や港や工場に積み放しになつている例が極めて多い。第三には電力の不足である。前にのべた如く昨年夏いらいの電力不足のため、甚しい場合は、工場の休電日が一週間に本州で三日九州では五日に逹し、これが八月以降生産の低下した有力な原因となつた。第四には輸入原料の不足と手持資材の減少であつて、前者については繊維工業、後者については機械工業のところでのべた通りである。もともと傾斜生産は先づ石炭、次に鉄鋼のような基礎生産財の增産をてことして次第に各種生産財、消費財の生産引上の契機をつくり出し、消耗した設備を補修するとともに、枯渇した手持資材を補てんすることがそのねらいの一つであつたのであるが、起点となる石炭、鉄鋼の增産はかなりの程度逹成されたものの、その効果が生産全般に行きわたるまでにはいたらなかつた。したがつて重点産業においてさえ、主原料は比較的利潤沢であるのに、副資材や労務者用の物資が不足するような事態を生じ、それがまた重点主義の効果を減殺した。昨年秋いらい生産財の生産は割合に順調であるのに、消費財の生産が低下を示しているのも、以上のような原材料の枯渇と、その補てんの不足に基くものと説明されよう。第五に生産指数の構成上、機械工業、繊維工業、食品工業等の完成材のもつウエイトが、大きいので、それらの部門の生産が石炭以外の原因に基いて思わしくなかつたことも基礎資材の生産增加の割合ほど生産指数が上昇しなかつた一因となつている。

 しかしこれらの事情を顧みても、もし石炭が昨年程度にも增産されなかつたら、輸送、生産の各方面に深刻な障害が起つたものと想像されるのであつて、石炭増産の効果は決して軽視することは出來ないのである。

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