二、経済現況の概觀
上述のような基本的諸条件のもとに、戰後の生産は異常な縮少を示し、特に鉱工業生産は甚しく低下した。一方戰時中に蓄積された購買力の解放と、その後における財政の赤字支出及び企業に対する赤字融資とは、インフレーションを急激に進行させ、物價は急騰を続けた。
終戰直後、戰前昭和五―九年の水準に対して一割前後に低下した鉱工業生産は、一昨年秋に四割近くの水準にまで回復したが、その後は一進一退を続け、はかばかしい上昇が見られなかつた。インフレーションは一昨年暮から昨年の春にかけて進行の速度を加え、毎月一割ないし一割五分の物價騰貴をみるに至り、破局化近きを思わせた。ここにおいて前内閣は昨年六月組閣早々、まず経済問題をとりあげ、経済緊急対策の発表、物價水準の改訂、食糧緊急対策の実施等一連の対策を実行に移すと共に、日本経済の窮状を訴えて國民の耐乏と協力を求めた。
これらの諸施策は、実行の面において種々不備な点もあつたけれども、その後の経済の推移からみれば生産の回復とインフレーション解決の基礎を作り、國民生活を徐々にではあるが改善の方向に向けてゆく端緒をひらくこととなつたと認められる。
鉱工業生産については昨年夏から秋にかけて、渇水による電力不足や原料輸入の不円滑等の影響をうけて停滞を示したが、本年三月に終る昭和二二年度を通じてみれば、昭和五―九年の基準に対して四三・一%の水準に逹し、前年度に比較すれば二一%の上昇となつた。ことに昨年一二月以降渇水期にもかかわらず生産は增加の傾向にあり前記の指数で一二月四四・八%、一月四一・九%、二月四五・五%、三月四九・〇%の実績を示している。石炭については昨年下期以降漸く增産の軌道に乗り、本年三月までの一年間に二九三二万トンの生産を上げ、目標に対して九七・七%の成績を示した。これは昨年頭初以來実施された傾斜生産方式と、三千万トン目標逹成のために拂われた官民一致の異常な努力によるものとみとめられるかくて石炭生産額は前年度に比し三〇%を增加し、特に鉱工業用配炭は四六%の增加を示し、生産回復の有力な原動力となつた。電力についてはその供給不円滑が昨年の鉱工業生産に大きな障害を與えた。しかし発電量としては昭和五―九年基準に対し八五%の增加であり、鉱工業の生産規模に比して電力消費の增加が顯著である。これは石炭、石油その他の燃料不足に主要な原因があるけれども、今後さらに電力消費の合理化に努める余地がある。すでに昭和二二年度においても鉱工業生産は前述のようなに前年度に比し、電力消費量は四%の增加にとどまつている。
製造工業についてみれば、昭和二二年度の生産は昭和五―九年の基準に対し三五・八%であり、前年度に比較すれば二〇%の上昇となつている。これを部門別にみればつぎのとおりであつて、概して基礎資材部門の生産回復は顯著であるが、消費財の生産は停滞している。
本年度の鉱工業生産は、さきに前内閣によつて昨年度にくらべて四割の增産が目標としてかかげられている。生産の回復は戰後のわが國経済にとつて最も重要な課題であり、特に基礎資材生産の速やか上昇を逹成しなければ、ストツク資材の枯渇、産業設備の老朽化、國土の荒廃はますます甚しくなり、経済の本格的回復はいよいよ困難になるから、前記の目標逹成のためにあらゆる努力を拂わなければならない。もちろん輸送事情その他多くの困難が予想されるが、一面輸出品および國内向け基礎資材の生産に必要な工業原料の輸入が昨年に比し大巾に增加する見通しがあるから、この目標逹成は必ずしも不可能ではない。ただインフレーションの高進に基く生産の阻害については楽観を許さない。本年において生産の增加を期待しうるものは、主として輸出品及び基礎的生産財であり、インフレーションの緩和に役立つ國内民需向け物資の增産には大した期待をおくことは出來ない。しかも生産の急速な回復を図ろうとすれば資金支出の增大をもたらす。從つて貯蓄の奬励と財政收入の增加とによつて、購買力の吸收に努めインフレーションの高進を抑制しつつ、生産增加の目的を逹成しなければならない。
農業生産については、昨秋の米作実收高は五九六七万石で一昨年の六一三八万石にほぼ近く、肥料不足、水害、その他の惡條件にもかかわらず天候に恵まれて豊作であつた。その後の供出は順調であり、三月半ばには目標三〇五五万石を完遂し、本年の食糧事情緩和に大きく貢献している。
本年度の農業生産は前年に比し一割增産の目標を與えられている。もしもこの目標が逹成されれば、本年秋以降の食糧事情は更に改善され、経済の全般的回復に大きな効果を持つであろう。
輸送事情についてみれば、海上輸送は昭和二二年度一〇六八万トンの目標を逹成し、前年度にくらべて八八%の增加となつているが、鉄道輸送については昭和二二年度一億一千二百万トンで、前年度の実績に比べれば一二%の上昇を示しているが、輸送要請に対してはなお八五%に過ぎず、生産あい路重要な一因となつた。本年もまた輸送が生産回復の最大あい路となることが予想される。しかも鉄道輸送もついては、対前年一六%增に当る一億三千万トンの目標逹成にすら多大な困難が伴うものと見られるから、老朽化した施設及び車りようの整備補修、作業能率の向上等、輸送力增強のためあらゆる努力を拂わねばならない。
昨年中(暦年)における貿易は、輸入五億二千六百万ドル輸出一億七千四百万ドルで、前年にくらべて輸出入ともやや增加を示したが、輸入においては食糧を中心とする饑餓と疾病防止のための品目が総額の六八%を占め、輸出原材料及び経済復興に必要な基礎資材の輸入はまだ少額にとどまつた。また貿易のバランスは入超が三億五千二百万ドルに逹し、終戰いらい一昨年末までの入超分を合わせれば、既に五億三千万ドルに上るのであつて、わが國経済の現状はこのように巨額な外國の援助によつて支えられているともいえるのである。
本年わが國に與えられる輸入資金が各種の形で增加され、工業原料の輸入もかなり大巾に增す見込であり、これによつて國内における生産活動の上昇が期待されるのであるが、特に輸出の增加のために最大限の努力をはらつて、連合國の負担を軽減し、わが國の経済的自立の日を早めることは、われわれに與えられた重大な責任である。
次にインフレーションの動向についてみよう。物價の動きは昨年上半期においては公定物價の上昇は僅かであつたが、ヤミ物價及び実效物價は急激に上昇し七月迄にほぼ倍加した。その後物價体系の改訂によつて、下半期には公定價格が大巾に上昇したが、ヤミ物價及び実效物價の騰貴はかえつて著しく緩漫になつた。日銀券は昨年度中に一〇三〇億円を增加し、特に一〇―一二月間の膨張が顯著であつて、昨年末の発行高は二一九一億円に逹したが、本年に入つてからは一、二月ともに收縮を示したので、三月末の発行高は昨年末のそれを下回り二一八七億円に止まつた。最近のかかる傾向は、財政收入の促進、財政支出の抑制、産業融資の規制、貯蓄の奬励等各種対策が効果を收めた結果ともみられるが、一面、企業の金づまりが甚しくなり、また賃金水準の漸增、公定物價の採算われ等によつて、通貨增発の誘因は強力にはたらいているので、未だインフレーションの最後的終そくを期待しうる段階に至つているとはみとめられない。
通貨增発の原因を分析して見ると、昭和二二年度中の國庫財政資金の支拂超過は六四八億円、産業資金增加は一、六七五億円で計二、三二三億円に逹するが、これに見合うべき貯蓄の純增加は一、二五五億円にすぎず、結局その差額をまかなうために一、〇三〇億円の通貨增発がなされたのである。
まず財政についてみれば、昭和二二年度の一般会計は本年一月以来の徴税強化と財政支出の抑制とによつて收支の均衡を保つことが出來たけれども、特別会計においては借入金及び公債の純增六六五億円のうち日本銀行引受は五八四億円に逹し、財政資金支拂超過の主要な原因となつている。一般会計の歳入については、インフレーションの影響によつて捕そくの困難な所得が著しく增加しているので、徴税機能の強化により、このような所得の捕そくを徹底化することが急務である。まだ一般に低所得者の租税負担が重くなつているので、この点における補正も必要とされている。才出については、從來も物價の騰貴によつて実質的な節減が行われているが、経費の重点的配分と支出監査の励行によつて、さらに節約を図らねばならない。また特別会計の赤字の主要な原因となつたものは、鉄道及び通信会計であつて、損益勘定だけを見ても、それぞれ一六九億円及び六七億円の赤字を生じており、今後の対策を必要としている。
産業金融においては、融資規制の励行による賃出の抑制は、通貨の增発を抑え、物價を抑え、物價の騰貴をくい止める上に役立つている。しかしながら重要な生産事業の活動を継続させるためには、一部に、信用の膨張を余儀なくされており、特に復興金融金庫の融資は本年三月迄の一年間で五三五億円を增加し、この間における融資增加額の三二%を占めている。同金庫はインフレ下において重要な基礎産業の活動を維持する上に大きな役割を果してきているが、融資の相当部分が赤字金融であり、かつ復興金融債券の一般消化が不振である事情を考えあわせれば、産業の実態に即した融資先の選択と監査を組織的実行が要望される。
なお企業面においては、次第に経営上の強力性を失いつつある傾向がみられるが、今後は経済が一般に正常化に向い、特に國際経済えの参加が期待されるので、次第に非能率企業のとうたが進行するものと予想される。原料、動力の不足、設備の劣化、生活條件の低下等、戰後の経済的諸條件の下においては、戰前に比し或程度の過剰雇用が存在することはやむを得ないけれども、今後は乏等の惡條件は改善し、労働生産性を速やかに向上せしめねばならない。
次に賃銀と家計についてみれば、賃銀は昨年下期以降において月一割近くの上昇を続け、全國工場從業者の総平均賃銀は、七月の一、八三四円から本年三月の三、二二四円まで上昇している。下期以降の賃銀の上昇は物價の上昇を上まわり、本年一―三月の実質賃銀は昨年同期に比し、約二割の上昇を示した。
家計支出は上半期に急速に增加したが、下期に主食配給の改善と物價騰貴の鈍化とによつて增加の勢が弱まつた。しかし副食物配給の改善が不十分であつたこと、消費水準が次第に向上したこと等の原因で赤字の解消まではいたらなかつた。本年は食糧事情の改善に伴い、賃銀と家計支出のバランスは昨年に比し幾分改善をみるであろう。
都市勤労者の実質賃銀と実質家計費を戰前にくらべれば、賃金三割、家計費四割の水準にあり、両者の不均衡は家計赤字の根本的原因となつている。特に勤労者の家計において租税公課の負担が一割近くを占めていることは注目に値する。
衣料、燃料、日用品等生活物資の供給は前年度にくらべてさしたる改善をみなかつた。本年まず基礎産業の回復と輸出の增大に重点が置かれるから、消費物資供給の大巾な增加は期待し得ない。しかし食糧事情の緩和と、生産の全般的向上は徐除ではあるが國民生活の内容を向上させることとなろう。
以上にみるように最近のわが國経済は、石炭を中心とする生産の增加、原料の輸入の增大、食糧事情の緩和、インフレーションの緩漫化等のいくつかの好條件を示し始めている。しかし一面において多額の輸入超過があり、しかも各種施設の老朽化、河川、山林等國土の荒廃は依然として続いているのであつて、戰爭による莫大な損失を補てんし、生産施設を近代化し、輸出を拡大して経済的自立を逹成するためには、今後さらに多大の努力を必要とするであろう。