一、戰後経済の諸條件


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 戰後のわが國経済は、戰前にくらべて各種の事情が根本的に変化している。その主要なものとしては、戰爭による資産の喪失、貿易の縮少、國内人口の急增等があげられる。

 わが國経済の戰爭に基く損害については、昨年來経済安定本部を中心として調査中であつたが、最近そのとりまとめができた。これによると、わが國が空襲その他の戰災によつて國内において失つた資産(兵器、航空機、艦艇等軍事的資産の損失は含まない)の総額は、終戰時價格で四九六億円、物價指数によつて昨年末の公定價格に換算すれば一兆三八三四億円に逹し、戰前の國内資産の二約割に当る。この外戰時中の補修繰延べによる資産の減價、強制疎開による建物その他の損失、平和産業設備のくず鉄化等に間接的損害や、賠償施設の撤去、外地資産の喪失等がある。昭和一〇年におけるわが國の國民所得は一四五億円で、そのうち資本形成にあてられたものは約二二億円であり、これを終戦時價格になおせば六五億円となるから、昭和一〇年当時の経済状況をもつてしても、前記の直接被害を回復するだけでも十年近くを要する計算となる。しかも当時にくらべて人口が一割五分增加し、実質國民所得が六割以下に減少している現在の経済力を以てしては、さらに長い年月を必要とするであろう。もちろん年年の消費分を節約し、蓄積分を增加すること及び外國の援助を得ることによつて、回復に必要な年数を短縮することはできるけれども、住宅、輸送、工場等諸施設の損耗老朽と、河川、道路、山林等國土の荒廃とを修復して、わが國の物的資産を戰前の状態にもどすことはまことに容易ならぬ事業である。

 しかも資産の喪失は單に一回限りの損失としてではなく、生産の基盤を縮少することによつて戰後の経済回復をおくらせる大きな原因となる。たとえば住宅の不足と交通機関の不備とは、労働能率低下の原因となり、輸送、電力、通信その他諸施設の損耗は、産業の生産條件を著しく惡化させる。終戰以來の経済はこのような資産の喪失を補てんするよりも、むしろさらにこれを拡大続行させてきている。

 戰後経済の第二の條件として貿易上諸困難がある。八千万の日本國民が、昭和五―九年当時の生活水準を保つためには、二十億ドル前後の輸入とそれに見合う輸出が必要と見積もられるが、終戰後の貿易は各種の制約條件のため誠に不振であり昨年の実績は輸入がその二割五分、輸出がその一割にも逹しない。食糧、衣料、工業原料等各種の必要物資を輸入に仰がねばならぬわが國にとつて貿易の縮少は生活水準の低下と産業不振の主要な原因となる。しかも從來のわが國の主要な貿易相手であつた東亞諸國が、政治的経済的不安定を脱しきらぬため、わが國の輸入は主として米國に依存せねばならず、対米貿易バランスは著しく逆調になつている。この点は米國の資金的援助によつて緩和され得るけれども、根本的には東亞諸國の輸出力と購買力とが增加しなければ解決困難な問題である。

 第三の條件として國内人口の急激な增加がある。昨年一〇月一日の人口調査によれば、わが國の総人口は七八六二万であり、終戰以來六六〇万人の增加となつている。その主要部分は海外からの引揚者であり、昨年一〇月末現在五七七万に及んでいる。人口の增加は一面において生産的労働力の增加として経済の回復に役立つが、一面食糧その他の消費量の增加となつて輸入負担を增大させまた失業問題を深刻化させる。

 以上にあげたような諸條件からみて明かなように、わが國経済が短時日の間に戰前の状態にもどることはきわめて困難であり、全國民の節約と勤勉とによつて、はじめて將來における経済的自立と生活水準の向上とを期待し得るものである。

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