各論 (五)財政金融
一、財政と國民經濟
國の財政は單に政府勘定の出入りを示すだけのものではない。よく言われるように、それは國の経済の窓である。財政をとうして國の経済の全体をおしはかることができる。それだけにまた、企業とか家計とかいう経済の他の部門での不均衡が財政の部門へ移しかえられることが多い。まつたく、家計から企業へ、家計と企業から財政へ、財政から企業と家計へと、赤字の循環的な轉嫁をつづけていることこそが、今日の通貨と物價との持続的膨張の因でもあり、また果でもある。ところが、われわれの社會においては企業経営と赤字とは両立せず、また他方、國民労働力の再生産にはどうしても最低限度のものが必要であるため、國民の家計にも下りうる限度がある。ただ國の財政だけは、一見したところ、紙幣の印刷力さへ增せば國家の購買力をそれだけふやしうるかのごとくみえるため、むかしから容易な取扱いをうけたためしが多い。われわれはどこまでも、國の経済を、その全体の相互関連の立場から見ることを忘れてはならないのである。
二、昨年度予算の實體
なんと言つても、通貨の不健全な膨張の第一の原因は財政收支の不均衡にある。昭和二十一年度一般會計及び特別會計の歳出純計の総額は當初の予算では九四〇億円であつたが、その後何囘にもわたつて追加予算が計上され、一、九二二億円と當初の二倍以上に逹するに至り、七六六億円の赤字公債や借入金に賴らざるを得なくなつた。このような歳出の膨張は主として年度中における物價騰貴の影響と敗戰にともなう己むをえぬ経費の增大とが主因をなしているが、特に後者に関しては予算使用方法に對する監査の不十分による経費の增加も見のがせない。
これに對し歳入の面では、インフレーションの時はいつもそうであるが、その增加は時期的に遅れ、またその增加額も歳出の增加額に及び難いのである。二十一年度においては增加所得税を徴收し一般自然增收も相當額に上つたけれども、なお巨額の財政赤字をださざるを得なかつた。この赤字の大きさをほぼ傅えてくれる政府資金支拂超過額は別表の通りであるが、上のうちには財政税收入のような臨時收入が含まれているので実質的な赤字はこれよりもさらに大きかつたのである。
三、本年度予算の諸問題
本年度予算は一應收支均衡を保つものとして編成され、一般會計総額は一、一四五億円に抑えられたが、その後の物價の騰貴、人件費の增大などに伴ひ余程思ひ切つた對策をとつても歳出の膨張は不可避とみられ、特に價格調整費は一〇〇億円計上されているが、現在の情勢ではその增額は避けられないであろうし、その上二七〇億円と予定されていた緊急土木費など已むをえぬ出費も、その增加が必至の情勢にある。
これに對して政府も歳入の增加についてあらん限りの努力を拂つているが、闇利得の如きつかまえにくい所得がふえているので、徴税機構の整備と國民全体の協力とによらない限り税源の完全捕捉は非常にむつかしい。又特別會計においても人件費、物件費の昴騰のため歳出は膨張する可能性が大きく特に國有鉄道及通信事業両會計においては相當の料金引上げを行つてもなお今の状態では独立採算を確保することは困難である。総じて事態は決して楽観はゆるさない。この面において十分の施策を講じなければ、通貨の膨張に拍車をかけ、國民経済を破滅におとしいれる危險がある。
四、産業金融の現状
次に産業金融の状況もこの通貨膨張に重大な関係を持つている。既ち一般金融機関の貸出丈けでも昨年度上半期には毎月せいぜい二、三十億円であつたが、下半期には更に相當の增加を見ている。特に昨年十二月の如きは一三九億円という驚くべき金額を示した。
元來、産業復興がはかどらず、生産が引続き低迷状態にある時、産業資産の需要、既ち新投資は少額で足りる筈であつて、この様な膨大な資金は、実は大部分が賃金の上昇、その他生産費のねあがりに起因するものである。そして生産費のねあがりは物價を騰貴させ、再び産業融資の增加を招き、かくして惡循環が繰返されてきた。そこで政府は本年三月にいたり金融機関の融資規制を実施した。本年三、四月はこの融資規制のためと、又一般に、金融機関は資金不足であつたため、貸出增加額は非常に減少して一般金融機関についていえば、三月は四二億円四月は三二億円の增加に止まつた。
しかしなお問題は決して容易ではない。第一に全産業資金は資金の純蓄績を超えており、わが國全体として産業資金の一部は赤字で、既ち日本銀行の信用創造で、賄わざるを得ない状態にあるのである。融資規制の実施前はいう迄もないが、この第一・四半期計画においても産業融資総額は復興金融金庫融資九〇億円を含めて二四〇億円であるのに對して、純資金蓄績は一般自由預金增加見込三〇〇億円から封鎖預金の減少見込一四〇億円を差引けば一六〇億円にしかならない。
現在一般的にいうならば産業の大部分が赤字を出しており、特に重要な産業、基礎的な産業程それが甚だしい。第一・四半期の産業資金配分計画では約三四億円が赤字補填のための資産である。このことは一つにそれ等の生産品の價格が比較的低位にあることにもよるが、より根本的には現在のように操業度が低く生産が不振であるのに拘らず、各企業は概ね從來と同様の態勢のまゝで事業を継続していることに原因がある。
かように、多くの企業の経理の基礎が不健全なため、必要な資産が通常の金融機関から融資せられず、復興金融金庫に依存する割合が極めて大きくなり、本年度の第一・四半期において同金庫から融資を予定せられるものは九〇億円にも上つている。しかしこれは同金庫の本來の使命ではなく、産業金融は原則として通常の金融機関から正常に行われるべきものである。
五、信金蓄績の状況
以上の如く資金の撒布は財政及び産業を通じて巨額に上つてゐたが、これに對して資金の蓄績は十分でなかつた。昨年十月以來救國貯蓄運動により一般自由預金の增加はやや見るべきものがあつたが、別表に示すように概して目標額の月一〇〇億円に及んでいない。さらに一般自由預金の增加から封鎖預金の減少を差引いた純資金についてみれば一層少額になり、前途のように、産業資金を賄うにも足りなかつた。特に注意すべきことは、預金の貯蓄性低下の事実である。既ち総預金中定期的預金と當座的預金との割合は戰時中及び戰爭前には大体五五%對四五%であつたが、最近では大体二〇%對八〇%となつている。このことは增加した預金に安定性が乏しく、金融機関で長期的に運用することを困難にしている。
貯蓄が振るわなかつた原因は種々あるだろうが、いわゆる新円階級や農漁村に必要以上に多額の通貨が手持せられている事実は見のがせまい。何れにしても今後當面の財政資金や産業資金を賄うだけの貯蓄ができていなければ、それだけ通貨の增発を招くことになるであろう。