第1章 日本経済の動向と課題(第2節)
第2節 物価・賃金の動向と課題
本節では、2025年末頃までの物価と賃金の動向を振り返ることを通じ、我が国経済が目指すべき賃金と物価の好循環に向けた現状と課題について、様々な角度から確認を行う。
1 2025年下期までの物価の動き
本章第1節で確認したとおり、近年の食料品を中心とする物価上昇は、消費者の日々の購買行動や景況感(マインド)を押し下げ、消費の回復を抑制する要因ともなっている。以下、物価の動向の詳細について確認していく。
(銅価格は上昇も、軟調な原油価格により、輸入物価は全体として下落基調)
2022年以降の物価上昇局面の起点となった川上の国際商品市況及び輸入物価の動向からみていこう。まず、原油価格については、2025年初以降、中国経済の内需を中心とする減速傾向やOPEC諸国の原油生産の自主減産縮小など需給両面から、下落傾向が続いてきた。2025年4月になると、米国の相互関税発表による世界経済の減速懸念が急速に広がり、ドバイ原油価格水準は1バレル70ドル台半ばから60ドル程度まで下落することとなった。その後6月には中東情勢の緊迫化により1、急騰する局面もあったが、米国の仲介もあって中東情勢に対する過度な懸念が和らぐにつれ、原油価格も落ち着きを見せた。また、10月には、互いに100%を超す高関税を課し合うと対立していた米中間で相互関税率を20%にまで引き下げる措置を、2026年11月まで延長すると合意したことを受けて、世界経済の回復期待も高まり、原油価格(ドバイ)も再び60ドル台半ばまで上昇した。本稿執筆時点(2025年12月時点)では、OPEC諸国の減産縮小等を背景に60ドル程度まで低下している。
一方、同じ国際商品価格でも原油と対照的な動きを示しているのが、銅の市場価格である。銅の市況については、データセンター向けの電力用電線ケーブルをはじめ、様々な製品における需要が増大していることなどを反映して、2025年入り後は上昇基調を辿ってきた。4月の米国による相互関税の発動に際しては、原油と同様に、銅価格も一旦大きく下落したが、生成AI関連の需要を背景に上昇に転じた。その後は、米中間の関税率引下げ合意、チリやアフリカ、インドネシアなど主要鉱山での事故等による操業停止を受けた供給懸念を背景として、足元では再び上昇ペースが加速している。軟調な原油価格とは対照的な動きとなっており、中国を始め原油を多く使用する工業生産が鈍化傾向であるのに対し、AI需要など世界的な電力需要増に伴う銅需要の拡大といった世界経済の構造変化が商品市況にも表れている(第1-2-1図(1))。
2025年の輸入物価については、こうした主要商品市況を受けて、総平均は、契約通貨ベース2、円ベース共に、前年比で総じて下落傾向で推移している。これには、エネルギー市況の軟化に加え、2025年前半は前年比でやや円高傾向で推移したことが影響している。一方、水準でみると、2024年から2025年前半にかけて、飲食料品・食料用農水産物は上昇傾向で推移している。世界的な異常気象の影響により、カカオ豆やコーヒー豆等が高値で推移するなど、食料加工品の原材料価格が世界的に上昇していることが影響している(第1-2-1図(2))。2025年半ば頃から為替相場が再び円安傾向で推移していることも踏まえ、飲食料品原材料価格を中心とした輸入物価の動向には注視が必要である。

(企業物価は国内需給要因が押上げ要因に)
こうした輸入物価の動向を受けて、国内企業物価がどのように推移しているかみていこう。まず、2024年以前の傾向として、国内企業物価は、輸入物価の動きにラグを伴いながら、連動して上下することが多くみられた。他方、2024年後半頃からは、国内企業物価は、輸入物価が下落傾向で推移しているにも関わらず、上昇している。輸入物価との連動性が薄れ、国内需給要因の押上げへの寄与が大きくなってきている(第1-2-2図(1))。国内企業物価を品目別に寄与度分解すると、2024年前半までは石油・石炭製品、電力・都市ガス・水道による寄与度によって上下していたが、2024年後半からは食料品の寄与が大きくなっていることが分かる(第1-2-2図(2))。さらにこの食料品の内訳をみると、精米・玄米の寄与が大きくなっており(第1-2-2図(3))、米類は国内供給が大部分を占めることから、輸入物価との連動性が薄れてきた要因の一つになっている。実際に2025年11月の前年同月比の上昇率2.7%のうち、精米・玄米3による押上げ寄与度は1.1%ポイントとなっている。
次に企業部門のサービス価格の動向をみていく。企業向けサービス価格は、宿泊サービス等が含まれる「諸サービス」がけん引する形で、前年比3%程度の上昇率で推移しており、2024年1月と比べると、2025年11月時点では6%近く高くなっている(第1-2-2図(4))。代表的な品目をみると、技術サービスや宿泊サービス等の諸サービスの寄与が大きいほか、情報通信や運輸・郵便は徐々に寄与を高めながら推移している。さらに、企業向けサービス価格を高人件費率サービスと低人件費率サービスに分けてみると4、高人件費率サービス(情報サービス、陸上貨物輸送、技術サービスなど)の前年比上昇率は3%台前半で推移しているが、低人件費率サービス(通信・放送、鉄道旅客輸送、宿泊サービスなど)の上昇率は2025年前半に鈍化した後、このところ2%台で推移している(第1-2-2図(5)、(6))。サービス価格上昇に占める人件費以外の上昇の寄与度が低下していることがうかがわれ、結果として、企業向けサービス価格は、2024年後半から2025年初にかけては3%台後半の伸び率で推移した後、2025年入り後は3%程度へと徐々に伸び率が鈍化する形となっている。サービス価格は財と異なり、輸入物価の影響を受けにくく、人件費、すなわち賃金の影響を比較的大きく受ける品目が多い。高人件費率のサービス価格が上昇ペースを保っていることから、総じて人件費上昇の販売価格への転嫁は進んでいると考えられる。業種ごとの違いなどBtoBにおけるサービス価格からの価格転嫁の詳細については、後述する。

(消費者物価は3%程度の伸び、食料品上昇の寄与が引き続き大きい)
次に川下の消費者物価の動向をみていこう。少し過去から振り返っていくと、消費者物価は、2022年4月以降、2%を上回る上昇が続いているが、今回の物価上昇局面はコロナ禍による操業停止等による供給不足の中で生じたコロナ禍後の世界的な需要回復というインフレの素地がある中で、同年2月のロシアのウクライナ侵略に端を発した世界的な資源・食料品価格の高騰が生じたことが契機となった。我が国にとっては輸入コスト上昇から生じた、いわゆるコストプッシュ型といえる物価上昇であった。さらに、欧米の中央銀行によるインフレ抑制のための連続的な利上げとともに内外金利差が拡大し、それを材料とした円安が加速したことも、我が国の輸入物価を更に押し上げることとなった。2022年度の輸入物価は円ベースで33.2%の大幅な上昇となり(契約通貨ベースでは15.8%)、消費者物価への転嫁も徐々に進んだ。2022年12月や2023年1月には、消費者物価(総合)の上昇率は前年比4%台と1991年1月以来32年ぶりの4%台を記録した。その後、資源・食料品価格の上昇が世界的に落ち着いてきたことや、我が国におけるガソリン価格、電気・ガス料金の激変緩和措置等もあって、輸入原料価格を起点とした物価上昇は一服し、2023年11月以降の消費者物価(総合)上昇率はおおむね2%台で推移することとなった。しかしながら、2024年秋以降の天候不順によるキャベツなど野菜の生育不良、インバウンド需要の拡大や猛暑の影響による供給量の減少を背景とした米価格の上昇等を主とした国内要因によって、再び食料品価格が上昇した。併せて、2024年4月から適用されたトラックドライバー等の労働時間規制による運び手不足、いわゆる「2024年問題」なども重なり、物流費上昇や人件費の価格転嫁も徐々に波及し始め、2025年1月には再び消費者物価(総合)の前年比上昇率は4.0%となった。その後、生鮮野菜の価格上昇は落ち着いたものの、米価の上昇は続き、消費者物価(総合)の前年比は2025年を均してみると3%程度の上昇率となっている(第1-2-3図(1))。
この食料品価格を更に細かくみると、米類の寄与が最も大きいが、その寄与は徐々に縮小してきている。ただし、米類については、2024年秋頃から急激に価格が上昇し始めたため、前年同月比でみると伸び率が縮小してきているものの、価格水準自体は高止まりが続いている。具体的には、2025年6月頃から、随意契約による政府備蓄米の売渡しの効果が表れ、ブレンド米等を中心に価格が顕著に下落したものの、その後はブレンド米等や全平均は横ばいの動きを続け、9月頃から再び上昇した。コシヒカリなど銘柄米については、6月頃にわずかに下落したものの、その後は緩やかに上昇を続け、2025年末にかけて4,500円ほどと、今次の米価格上昇以前の2024年春頃の約2,000円と比較すると、2倍超の水準となっている(第1-2-3図(2)、(3))。消費者物価指数において、米類は前月比でみて上昇の勢いは弱まっているものの、いまだ上昇は続いており、下落するまでには至っていない状況である。また、米以外の食料品についても、菓子類などの上昇が顕著であり、消費者物価の上昇に対する寄与も拡大傾向にある。チョコレートやコーヒーの2025年末頃の価格は、前述の世界的な気候変動の影響から、2020年と比べて、前者は約2倍、後者は約1.5倍に上昇している。その他、果実ジュースはオレンジの不作などの影響で、2020年比で約1.8倍、肉類も上昇が続いている。2024年夏頃の円安も含めた輸入原材料価格の押上げが、徐々に最終財価格に転嫁され、食料品価格の上昇に寄与している面もあると考えられる(第1-2-3図(1)、(4))。今後は、前述の輸入物価が前年比では下落基調にあることや、2026年1月から4月までの食品値上げ品目数は2022年以降で最少になるとの民間調査もあることなどを踏まえると(第1-2-3図(5))、食料品価格の上昇率は徐々に減衰していくことが見込まれる。一方で、食料品の値上げ要因として、物流費や人件費の割合が増加していることに鑑みれば、他の品目と同様に、構造的な物価上昇圧力は続いていく可能性がある点に留意が必要である(第1-2-3図(6))。

(サービス価格も徐々に上昇、GDPデフレーターは内需中心に上昇)
ここまで、川下の消費者物価全体を概観したが、消費者物価を更に財とサービスに分けて、それぞれの動きを確認する。まず財については、ガソリンや電気・ガスなどのエネルギー支援による影響を除いたベースでみて、2025年後半には前年比で3%台半ばと米欧に比較しても高い伸びとなっており、食料品価格の上昇が財価格全体を押し上げている状況にある(第1-2-4図(1))。我が国の過去のデータから試算すると、輸入物価の動きは6か月程度のラグを伴って消費者物価に反映される傾向がみられてきた。しかし2024年後半からは、輸入物価の前年同月比が下落傾向になっているにもかかわらず、消費者物価の財物価(生鮮食品を除く財。エネルギー支援の影響を除く)は目立った下落がみられなくなっている。これは前述のとおり、国内要因による米類の価格上昇の寄与が大きいためであり、米類を除けば輸入物価とラグを伴って連動していることが確認できる(第1-2-4図(2))。食料品価格の上昇幅は、一旦、縮小してきている状況ではあるが、引き続き為替相場の動向を含めた輸入物価の動向には注視が必要である。
消費者物価のサービス価格については、前年比1%台半ばと財価格に比べると低い伸びになっており、こちらは米欧と比較して低めの伸びが続いている(第1-2-4図(3))。ただし、2025年4月以降は、高校授業料無償化の支援などが行われており、この政策要因を除くと2%程度の上昇率となる。これは、後述する賃金の伸び(所定内給与で前年比2%程度)と同程度である。さらに、公共サービスと家賃(持家の帰属家賃を含む。)を除いた一般サービスの推移をみると、前年比3%台半ば程度と、米欧と概ね同程度の水準となっているのが分かる。公共サービスについては、これまでタクシー代、鉄道運賃、郵便料金や火災・地震保険料などの料金引上げが行われていることから、1%台半ばの伸びとなっている。他方、消費者物価(総合)の18%を占める家賃の動向については、新規のみならず据え置きの多い継続契約が調査対象となっていることもあり、足元でも0%台半ばと、サービス価格の中でも伸び率が低くなっている(第1-2-4図(4))。しかし、この家賃も、都市部を中心に不動産価格が上昇していることなどを受けて、徐々に上昇してきている(東京都区部2025年12月中旬速報値では前年比1.4%)。家賃動向も含め、サービス価格の上昇は今後も底堅く推移すると見込まれる。その背景には、賃金の上昇に伴って人件費を価格に転嫁する動きが続いていることがある。これまでは物価上昇が先行する形で賃上げや賃金上昇が遅れて上昇する傾向にあったが、賃金の影響が大きいサービス価格が安定的に上昇することとなれば、賃金と物価が相互に連動して安定して上昇する姿が見えてくる。賃金の継続的な上昇と2%の物価安定目標の実現の両立に向けて、サービス価格の動向は今後の注目点である。

これまで、企業部門と家計部門の物価をみてきた。最後に、一国全体の財とサービスの集計価格であるGDPデフレーターの動きを確認する。GDPデフレーターは、名目GDPと実質GDPの比率で算出され、国内で生産されたすべての付加価値の集計価格を示す。このため、例えば円安で輸入価格が上昇した場合、消費者物価は輸入消費財の上昇分だけ上昇することになるが、GDPデフレーターでは消費デフレーターにその上昇分が反映された上で、通関価格に基づく輸入デフレーターの上昇分が差し引かれることで、純粋に国内で追加された付加価値(この場合は小売までの運送サービスや取引マージンなど)の価格上昇分だけが計測されることとなる。ただし、輸出入価格と最終需要価格の変動の間には価格転嫁の度合いや時間的なラグが伴うため、特に四半期ベースでみると、輸入物価が上昇(下落)する局面では、GDPデフレーターは押し下げられる(押し上げる)ことが多い。実際、近年のGDPデフレーターの動向を振り返ると、2022年半ばにかけては、エネルギー価格の上昇を主因として輸入物価の上昇幅が高まったことにより、外需デフレーター5が大きくマイナスに寄与し、GDPデフレーターはゼロ近傍で推移した。2022年後半から2023年にかけては、こうした輸入物価の上昇幅が縮小し、下落へ転じる中で、GDPデフレーターの上昇率は押し上げられ、2023年第3四半期のピーク時には前年比+6.2%と、現行基準で比較可能な1995年以降で最も高い伸びに達した。2024年に入ってからは外需デフレーターの寄与が小さくなる中で、内需デフレーターの上昇が全体のGDPデフレーターの動きを規定するようになってきており、GDPデフレーターの前年比+3%程度の伸び率のうち、内需デフレーターの寄与度が8割程度を占めている。これは2024年後半にかけて、生鮮野菜や米価格の上昇といった国内要因により家計最終消費支出デフレーターの伸びが高まったことが背景にある(第1-2-5図)。
以上のように、2022年から2023年にかけては、GDPデフレーターの動きには、外需デフレーター、特に輸入デフレーターの動向が大きく影響してきた。2024年頃からは、これによらず、消費や投資など国内要因での物価動向を示す内需デフレーターがけん引する形で、GDPデフレーターの上昇が継続的に続いていることは、物価の基調が着実に上昇しつつあることを示している。一方、消費者物価と同様、前年比3%程度と、比較的高い伸びで推移している背景には、米を中心とした食料品の価格上昇率の高まりがあり、これが上振れさせる一因となっている。GDPデフレーターの動向をみることは、我が国の物価上昇が他律的なコストプッシュによるものなのか、自律的な国内需給の反映によるものなのかを判別する有力な手段である。国内要因による自律的な付加価値価格の上昇であれば、最終的には労働者の賃金や企業収益の上昇等に分配され、国内で資金が循環することになる。GDPデフレーターの動向は賃金と物価の好循環を占ううえでの重要な指標である。

2 賃金の動向
(賃金上昇の裾野が広がる)
これまで、物価の動向を確認してきた。ここでは物価動向の背景となる賃金の動向を確認していこう。
まず、「毎月勤労統計調査」における就業形態計の名目賃金(現金給与総額)をみると、その上昇率は2024年半ば以降、前年比2%から4%程度の範囲で推移している。特に、フルタイム労働者の賃金の約7割を占める所定内給与は、概ね2%程度の伸びを維持しており、全体をけん引している(第1-2-6図(1))。この現金給与総額の上昇率を、フルタイム労働者(労働者の約7割)、パートタイム労働者(労働者の約3割)それぞれの現金給与総額の上昇率と、労働者全体の中に占めるパートタイム労働者比率の変化分に要因分解すると、フルタイム労働者、パートタイム労働者の現金給与総額は、ともに前年比の増加が続く一方で、就労時間が短く給与水準も相対的に低いパートタイム労働者の比率が上昇することによって、労働者一人当たりで見た現金給与総額の伸びが抑えられ、賃金上昇率の下押し要因となっている状況が続いていることが分かる(第1-2-6図(2))。物価上昇分を差し引いた実質賃金上昇率については、2025年に入ってから前年比マイナスで推移することが多くなっており、消費の回復に力強さが欠ける一つの要因となっていると考えられる(第1-2-6図(3))。フルタイム労働者とパートタイム労働者に分けてみても、2024年はいずれもプラス圏で推移することが多かったが、2025年に入ってからはともにマイナス圏で推移することが多くなっており(第1-2-6図(4))、就業形態を問わず、物価上昇を上回る賃金上昇の定着が課題となっている。

コラム1-3 ビッグデータから捉えた個人の賃金上昇率
本コラムでは、給与計算代行サービス事業者(株式会社ペイロール)のビッグデータを用いて、個人レベルでみた詳細な賃金の動向について把握する。
代表的な賃金統計である毎月勤労統計調査は、事業所ごとのデータであるが、このビッグデータは、顧客企業の雇用者の給与明細や年末調整情報などを利用して、個人の賃金を追跡できるパネルデータであるため、各個人の賃金上昇率を直接的に捉えることができる。ただし、顧客企業のうち約2割は従業員1,000人以上、約3割は100人から999人、約半数は99人以下であり、毎月勤労統計調査と比べて、大企業中心のサンプルとなっているため、正規雇用の月給制のサンプル(以下「月給者」という。)の賃金水準が相対的に高くなっている点に留意する必要がある。ただし、伸び率(前年同月比)の傾向は類似しており、比較可能である。パート・アルバイトの時給労働者のサンプル(以下「時給者」という。)では、他の産業に比べて賃金水準が低い卸・小売業雇用者の割合が高いことから、賃金水準が相対的に低く、前年同月比も低い(コラム1-3-1表)6。なお、ここでは、一時的な変動を除いた基本的な賃金動向を捉えるために、参照する項目として、月給者については所定内給与、時給者については時給を用いている。

まず、前年同月のデータが存在する個人に限定して、各個人の賃金上昇率の分布のばらつきを、月給者と時給者に分けてみてみる(コラム1-3-2図)。分布をみると、月給者も時給者も、賃金が前年比で減少している「0%未満」に該当する者は少なく、特に時給者においては時給が下がるサンプルはほとんどみられない。また、賃金が前年と比べて変わらない0%を含む「0%以上1%未満」に該当する者の割合が最も高く、下方硬直性がみられる。月給者と時給者の分布を比べると、時給者の分布の方が右寄りの傾向がみられ、賃金上昇率が相対的に高いことが分かる。さらに、時給者は「4%以上5%未満」にも山がみられており、最低賃金の引上げが影響していると考えられる。2023年と2024年を比べると、特に月給者において分布全体で右にずれており、多くの雇用者で前年よりも高い賃金上昇が起こっていることが分かる。

次に、実質賃金の伸び(=賃金上昇率(前年同月比)-消費者物価指数(総合)(前年同月比))がプラスであった者の割合の動向を、月給者と時給者に分けてみていく。時給者については、2023年末から2025年秋頃までにおいて実質賃金の伸びがプラスの割合が7割前後と高いことが見て取れる。月給者については2023年末には約半数がマイナスであったが、徐々に上昇する傾向がみられる(コラム1-3-3図)。なお、消費者物価指数(総合)は、2024年末から2025年初めにかけて前年比で大きめに上昇している。これは、米など食料品の上昇率が拡大したことなどが影響しており、それに伴い、月給者も時給者も実質賃金の上昇割合がやや減少している。
このビッグデータからは、月給者・時給者共に7割程度の労働者がプラスの実質賃金上昇率だったことが分かる。本文で確認した通り、全体平均である毎月勤労統計調査の実質賃金上昇率がマイナス傾向で推移する中でも、個別の労働者でみれば実質賃金がプラスの者は相当数おり、こうした者については購買力が押し下げられる状況が続いているわけではないことが示唆される。ただし、本データは、限られた顧客企業のサンプルを用いており、賃金上昇率の平均は、毎月勤労統計調査と大きな差はないものの、賃金上昇率の分布は、企業規模や業種などによっても差異が大きいことに留意が必要である。

次に、賃金の中でも特別給与、特にボーナスの動向を確認する。上記の第1-2-6図(1)をみると、特別給与は前年比で夏と冬に大きくプラスに寄与している。これには、夏や冬のボーナスが大きく影響していると考えられる。まず、2025年6-8月の特別給与の伸びを就業形態計でみると、前年比4.6%となっており、2024年の7.5%に引き続き高い伸びを保っていることが分かる(第1-2-7図(1)①)。特別給与の伸びを事業所規模別に寄与度分解すると、前年寄与が大きかった5~29人の事業所で大きく縮小している。これは、前年のサンプルでは夏季賞与を支給した事業所が前々年に比べて大きく増加したことの反動が影響していると考えられる(第1-2-7図(1)②、(2))。2025年冬のボーナスについては、厚生労働省「令和7年民間主要企業年末一時金妥結状況」7では前年比プラス4.93%(前年と同一企業による集計でプラス5.31%)、日本経済新聞社の調査8で前年比プラス6.40%、日本経済団体連合会の調査9で前年比プラス8.57%となるなど、引き続き堅調な増加になったとみられる(第1-2-7図(3))。中小規模の事業所において、ボーナス支給割合が高まっていることも踏まえると、引き続き所得環境の改善が続いているものと考えられる。

最後に、雇用者の約3割を占めるパートタイム労働者の時給(以下「パート時給」という。)の動向と、その時給への影響が大きい最低賃金の動向をみていこう。パート時給は、労働需給のひっ迫に加え、最低賃金の引上げもあって、上昇傾向が続いている。2025年度の最低賃金改定は、賃金水準の低い地域を中心に、39道府県で中央最低賃金審議会の目安(全国加重平均+63円、前年比+6.0%)を上回る引上げが決定された。引上げ幅は過去最大の+66円、前年比+6.3%となり、初めて全ての都道府県で時給1,000円を超え、全国加重平均は1,121円となった。ただし、例年、最低賃金の引上げは10月1日を中心とする10月初旬に実施されるが、2025年度は大幅な最賃引上げに対する企業の準備期間の確保等もあって実施時期が後ろ倒しになっている地域が相当数みられる点に留意する必要がある(第1-2-8図(1)、(2))。各地域における最低賃金の引上げが、パート時給を含めた全国的な賃金底上げにつながっていくことが期待される。

コラム1-4 実質賃金の構成に関する国際比較
本コラムでは一人当たりの実質賃金の変動要因について、国民経済計算等のデータを用いて、それを労働分配率の変化、時間当たり労働生産性の変化、労働時間の変化、輸入価格と国内価格の相対変化(交易条件の変化)に分解し、それぞれがどの程度寄与しているのか、米英独仏との比較及び我が国の過去時点(1980~1990年代)と比較して、現在の状況への含意を探ってみたい。
各国の実質賃金は、国によって水準は異なるものの、総じて前年比プラスで推移する中、日本は2000年以降、長期にわたってほぼゼロ近傍又はマイナス圏で推移している。内訳の寄与をみると、労働生産性については、米国の伸びが突出しているものの、日本も他の各国と比べてそん色なく伸びている。その他の項目では、米国では交易条件、英国とフランスでは交易条件と労働分配率、ドイツではわずかながらも交易条件が直近でプラスに寄与している。これに対して、日本は労働生産性以外の項目全てがマイナスに寄与しており、その中でも就業時間の下押しが大きい。これは女性や高齢者の労働参加の拡大とともに生じた短時間労働者の増加が寄与しているとみられる。1980~1990年代の日本においても、2000年以降と同様に、労働生産性以外の項目は全て下押ししているものの、労働生産性の伸びがそれ以上に大きいため、実質賃金はプラスで推移する姿になっている。それぞれの動きをみると、労働分配率の低下による押下げは2000年代以降に縮小している。労働時間と交易条件による押下げは、概ね同じ傾向が続いていることが分かる(コラム1-4図(1)~(6))。

各国の実質賃金の伸びをみると、概ねどの国も基本的には労働生産性の伸びの寄与によって、実質賃金がプラスで推移している傾向がみられる。1980~1990年代の日本でも、労働生産性の伸びが下押し要因を上回っていたことなどを踏まえると、実質賃金上昇のためには労働生産性の継続的な上昇が必要不可欠であり、そのためにも人的資本を含む幅広い意味での生産性向上投資に注力する必要がある。同時に、輸入コストの適切な価格転嫁を通じた交易条件の改善や、働きやすい環境の整備による就労促進、企業収益の増加に見合った労働分配率の向上等によって、生産性の向上が確実に実質賃金の上昇につながっていく環境を整備することが重要である。
3 賃金と物価の好循環に向けた現状と課題
ここまで物価と賃金の動向について確認を進めてきた。物価の背景については、直接的な影響をもつ賃金以外にも、経済全体の需給の過不足を表すGDPギャップ、賃金を起点とする物価上昇圧力を示す単位労働費用(ユニット・レーバー・コスト。以下「ULC」という。)のほか、原材料や人件費の価格転嫁の動向、サービス分野を含む物価上昇の広がり、企業や家計、市場参加者の予想物価上昇率、といった経済主体の価格・賃金設定行動や、物価の認識に係るミクロ的な観点もある。ここでは、こうした各種の指標やデータを総合的に確認していくこととしたい。
(GDPギャップはマイナスだが、その他の物価関連マクロ指標はプラス推移)
まず、GDPギャップの動向について確認する。GDPギャップは、2020年のコロナ禍により急速に悪化した後、経済活動の回復とともにGDPギャップのマイナス幅は縮小を続け、2023年にはプラス化した。その後、2024年の自動車の認証不正問題の影響や2025年の米国関税引上げの影響などから、GDPギャップはマイナスとプラスを行ったり来たりしている。本稿執筆時点(2025年12月)での直近値、2025年7-9月期のGDPギャップはマイナス0.2%となっている(第1-2-9図(1))。ただし、GDPギャップの改善には、経済の供給力である潜在成長率の低迷が寄与している面もある。推計方法によって幅があることに留意が必要であるが、我が国の潜在成長率は、依然、直近で0.5%程度の低水準にとどまっている。内訳をみると、生産年齢人口が減少する中にあっても、2010年代前半以降、女性や高齢者の労働参加が進み、就業者数要因は押上げに寄与している。一方、長期的な総実労働時間の縮減の取組や、高齢雇用者の短時間での就業の増加等により、労働時間要因は傾向的に下押しに働いている。また、設備投資の蓄積である資本投入ついては、90年代と比べ、2000年以降は顕著に増加寄与を低下させている。まさに日本経済がデフレに陥った時期であり、企業のコストカット重視の姿勢が強まった時期でもある。過剰設備や過剰債務の圧縮が将来の成長のための設備投資よりも優先され、結果として、資本投入は縮小し、潜在成長率を低下させる大きな要因になってきた。ただし、2020年以降、デジタルやグリーンを始めとする構造的な投資需要を反映して、資本投入のプラス寄与度が拡大していることは良い兆候である。一方、全要素生産性(TFP)上昇率については、労働や資本の投入量が低下傾向にある中で、存在感を高めている。全要素生産性の重要要素であるイノベーションや研究開発投資、そして人への投資といった無形資産への投資を促進することで、人口減少などの物理的制約を克服し、我が国の潜在成長率を高めていくことが今後一段と重要になってくるであろう(第1-2-9図(2))。
潜在成長率を高めていかないと、現在生じているように、決して強いとは言えない需要回復でもすぐに供給制約に直面することとなる(第1-2-9図(3))。労働、資本、全要素生産性の各面から潜在成長率を高める取組を進める必要がある。
次に、ULC10の前年比上昇率は、2024年4-6月期以降、堅調な賃上げやボーナスを反映して、雇用者報酬の伸びが実質GDPの伸びを上回って上昇したことで、2~3%程度の明確なプラス領域で推移している(第1-2-9図(4))。ULCは、生産1単位当たりの雇用者報酬であり、企業側からみれば生産性対比の労働コストの上昇程度を示す。ULCが安定的にプラスということは、賃金を始めとする労働コストの上昇が生産性の上昇を継続的に上回っていることを意味し、賃金由来の物価上昇圧力が継続して高まっていることを意味する。実際に、GDPデフレーターの上昇率について、ULCの変動による部分(ULC要因)とそれ以外の要素による部分(その他要因)に分解してみると、2024年以降は賃金上昇を反映して、ULC要因のプラス寄与が徐々に大きくなってきていることが確認される(第1-2-9図(5))。

コラム1-5 GDPギャップの推計方法の見直しについて
内閣府政策統括官(経済財政分析担当)では、潜在GDPを推計し、GDPギャップの推計値を公表している。基礎となっている推計方法は、吉田(2017)、小林(2022)、小林・森(2022)、小林他(2023)のとおりであり、今回、GDP統計の基準改定にあわせて、推計方法を一部見直し、酒井・並木(2025)において推計値を公表した。今回見直した点は、コラム1-5-1表のとおりである。

まず、1点目の労働参加率について、潜在労働参加率の推計に当たっては、HPフィルター11を用いてトレンド抽出を行っている。HPフィルターの特性上、サンプル終期(端点)に近づくほど、新たに加わるデータの影響を強く受け、推計値が不安定化してしまう12。そこで、潜在労働参加率の推計に当たっては、先行きの予測値を作成し、実績値をそれに合わせて延伸した上でトレンド推計を行っている。この予測値の置き方について、従来は足元までの労働参加率の動向や国立社会保障・人口問題研究所(2023)を基に、労働参加率の先行きを推計していた(小林他(2023))。しかし、この方法を今後も続けると、2010年代半ばに女性や高齢者の労働参加率が大きく上昇したトレンドをそのまま先行き予測に反映し続けることになり、結果として、労働参加率の将来的な予測値が過大となる可能性があった。そこで、直近(2023年及び2024年)までの労働参加率の動向を取り込みつつ、将来は独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)(2024)において「成長率ベースライン・労働参加漸進」のシナリオ13で推計されたより緩やかな労働参加率の伸び方に収束するよう、先行きの予測値を算出することとした。
2点目のコロナ禍における特殊処理について、従来の推計方法では、コロナ禍における感染拡大防止のためのステイホームや時短営業といった、人為的な経済活動の抑制による就業者数の一時的かつ大幅な減少をサンプルから除外して、トレンド推計を行っていた(小林他(2023))。当時は実績データをそのまま用いると、先に述べた端点問題の特性上、推計結果に歪みが生じてしまうため導入したものである。現在においては、コロナ禍以降の実績データが蓄積されてきたことにより、端点問題の影響は緩和され、トレンド推計を行う上で大きな歪みを生じさせなくなったことなどを踏まえ、この特殊処理を外して、実績データをそのまま用いてトレンド推計を行うこととした。
3点目の構造失業率について、その推計に当たっては、UV分析と呼ばれる手法を用いている。UV分析とは、縦軸に雇用失業率、横軸に雇用欠員率をプロットして描かれるUV曲線を基に、労働需給の均衡する点(このときの失業率を構造失業率としている)を求める手法である。その際に、欠員率と失業率の関係を表す推計式について、従来は失業率、欠員率、離職率に加え、UV曲線の形状が安定的と考えられる2期間(1975年~1995年、2000年~直近)にダミーを設定し、全期間にわたってその一定の傾きが続くと仮定したモデルを用いていた。しかし、UV曲線の傾きは期間によって異なり得ることを踏まえて、これを捉えたJILPT(2025)の直近の手法を参考に、UV分析に用いる推計式を変更した。具体的には、JILPTの手法は、欠員率と失業率を用いて構造失業率を推計する際に、両者の関係が安定していると考えられる期間を5期間抽出して個別に推計し、各期間を接続する方法を採っている14。この手法によれば、2期間へのダミー設定よりもきめ細かい構造失業率を推計できると考えられる。
これらを踏まえてGDPギャップを試算した結果がコラム1-5-2図である。国民経済計算の令和2年基準改定によって全体的に若干上方改定されているものの、変化の方向や幅に大きな違いはみられなかった。一方、潜在成長率については、2点目の労働投入の特殊処理を外した影響などから、コロナ禍に入っての急激な低下が弱まり、その後、緩やかに潜在成長率が高まる中で、2025年7-9月期は年率0.5%と、見直し前と同様になっている。なお、2014年頃においては、国民経済計算における基準改定により、実質成長率が上方改定されたことを受けて、FPも上方改定され、結果として、潜在成長率は1%強に高まっている(従前、同期間は0.8%程度)。
なお、GDPギャップや潜在成長率は、一定の仮定に基づく推計値である。前提となるデータや推計方法により推計された値は大きく異なるものになるため、数値については、相当の幅をもってみる必要がある。

(価格転嫁は人件費含め着実に進展、業種によっては遅れも)
次に、企業の価格転嫁の状況を確認する。まず、原材料等の企業の仕入価格が、企業が産出する財・サービスの販売価格にどの程度転嫁されているかをみると、日銀短観の仕入価格判断DIは過去最高の水準に上昇しており、同時に、販売価格判断DIも連動して上昇し、過去40年間にはみられなかったプラスの水準を維持している。2000年代後半の世界金融危機前の局面においても、原油等資源価格の上昇などを受けて、仕入価格判断DIは大きく上昇したものの、販売価格判断DIの上昇は限定的であった。その時期と比べても、コロナ禍以降から2025年にかけて、両者の動きの連動性が維持されていることを踏まえると、仕入価格の販売価格への転嫁は着実に定着していると考えられる(第1-2-10図(1))。
業種ごとの動きや、販売価格判断DIから仕入価格判断DIを差し引いて算出した「価格転嫁DI」の動きを確認すると、2022~2023年頃の輸入コスト上昇主導の物価上昇局面では、製造業、非製造業共に販売価格以上に仕入価格が上昇し、価格転嫁DIは大幅なマイナスとなった。その後、販売価格DIが、製造業・非製造業を問わず上昇することにより、価格転嫁DIのマイナス幅は縮小傾向にある。全体としては、価格転嫁が着実に進んできていることが示唆される。ただし、業種を更に細かくみると、製造業の中でも、例えば自動車の場合は、仕入価格判断DIが上下に変動しているのに対して、販売価格判断DIは上昇超幅を拡大し、仕入価格判断DIとの差は縮小する方向となっている。すなわち、価格転嫁DIは2024年以降は改善傾向で推移しており、価格転嫁は進んでいる形となっている。これに対して、非製造業の中でも運輸・郵便の場合、販売価格判断DIは緩やかに改善傾向で推移しているものの、仕入価格判断DIの動きに比して、販売価格判断DIの上昇は自動車産業に比べれば限定的であり、結果として価格転嫁DIのマイナス幅が依然大きく、価格転嫁の進展に遅れがみられるなど、業種によって価格転嫁の進捗は異なることが分かる(第1-2-10図(2))。

(物価上昇の広がりは、財がサービスを先行する)
こうした価格転嫁の動向も踏まえ、物価上昇の広がりについて確認する。まず、消費者物価における物価上昇品目の割合をみると、上昇品目比率から下落品目比率を引いたDIは2025年末で約60と、1980年代とほぼ同程度の水準となっている。2025年に入ってからはやや低下しているが、なお高い水準にあることが分かる。財とサービスに分けてみると、財は全体と同じく約60と、これも1980年代と同程度の水準となっている。一方、サービスは約70と、1980年代の約80に比べるとまだ低い水準にある。それらの推移をみると、財は、2021年以降の食料品価格の上昇を受けて、上昇品目の割合が上昇し、その後、割合がやや縮小するなど、大きめの変動がみられる。他方、サービスは、上昇品目の割合が着実に上昇し続けた後、概ね一定を保っているなど、財に比べると安定的に推移している。このことから、財の価格上昇は1980年代と同程度まで広がっている一方、サービスの価格上昇の広がりは財に比べると遅れがみられる(第1-2-11図(1)~(3))。賃金上昇と価格転嫁の相互進展が進むことで、サービス価格の上昇も裾野が広がってくることが期待される。

さらに、この人件費に着目して、サービス分野について、企業向けサービス価格(BtoB)と、消費者物価のサービス価格(BtoC)をそれぞれ人件費率の高低で分け、上昇率の詳細をみていこう。まず高人件費のグループは、低人件費のグループよりも物価上昇率が高い傾向にあり、BtoBでは前年比3%台半ば、BtoCでは前年比3%程度の伸びとなっている。内訳をみると、BtoBでは情報サービスや陸上貨物輸送、技術、専門サービス等の寄与が高く、BtoCでは屋根修理、補習教育(塾)や講習料等が寄与している(第1-2-12図(1))。低人件費グループについては、BtoBでは前年比2%台半ば、BtoCでは前年比2%弱程度の伸びであり、高人件費グループに比べてそれぞれ1%ポイント程度低くなっている。内訳をみると、BtoBでは宿泊サービスやリースレンタルなどの寄与が高くなっている。BtoCでは火災・地震保険料や下水道料、放送受信料などサービスの公共性に基づく規制料金が含まれており、コスト上昇と価格改定の間に時間的な遅れが生じやすいことも影響している可能性が考えられる(第1-2-12図(2))。

(物価上昇率の分布は広範に)
ここでは、国内企業物価、企業向けサービス価格、消費者物価それぞれについて、品目別の物価上昇率の分布と変化をみていく。BtoB部門について、財価格である国内企業物価指数は、品目割合の山が2024年と2025年ともに前年同月比1%付近にある。1984年平均と比べると、1984年はゼロ%に高い尖度があるのに対し、近年の分布は山が相当程度低くなっているとともに、プラス領域の層が厚い分布となっている。企業向けサービス価格は、ゼロ%に集中しており、1年前よりその割合はやや高まっている。ただし、裾野がプラス領域に厚く広がる形状が大きく変化しているわけではなく、2025年、2024年共に1986年平均の姿に近いことが分かる。BtoC部門について、消費者物価の財価格をみると、2025年は、2024年に比べ、ゼロ%の割合がやや低くなっており、上昇率約3%の割合に近づいている。分布の裾野がプラス領域に厚く広がる形状は変わっていない(第1-2-13図(1))。消費者物価のサービス価格も、ゼロ%の割合が2024年よりも若干低くなり、分布の裾野がプラス領域への広がりもみられる。公共サービスを除いた一般サービスに限定してみると、2024年と同様、5%付近の割合が最も高くなっており、ゼロ%と3%程度の割合はそれよりも低くなっている。この点、1984年平均と比べると分布のばらつきが拡大する傾向がみられる(第1-2-13図(2))。以上のような動向から、全体としてみれば、80年代と比べれば分布の尖度は低くなり、価格上昇の品目ごとのばらつきが高まる傾向がある。物価上昇が常態となる中で、価格上昇のばらつきが抑制され、80年代のような尖度の高い正規分布に近い形状に回帰していくのか、そうであれば予想物価上昇率もより安定しやすいと考えられる。賃金と物価の好循環をみるうえでも物価上昇率の分布形状には注目していきたい。

(予想物価上昇率は企業は2%強で安定的な動き、家計は高止まりが続く)
最後に、各経済主体(企業、家計、市場参加者)の予想物価上昇率の動向について確認する。まず、企業の予想物価上昇率について、日銀短観の物価見通しをみると、企業による1年後、3年後、5年後の予想物価上昇率は、足元で2%超に集中している。1年後については、最近2年程度は、安定的に2%程度の上昇率で推移している。3年後、5年後についても、徐々にレベルを切り上げながら2%程度に収束しつつあることが分かる(第1-2-14図(1))。一方で、企業の販売価格の見通し15は、1年後は現在と比べて3%程度上昇、3年後は同4.5%程度(年1.5%程度)上昇、5年後は同5%程度(年1%程度)上昇と、物価の見通しに比べて年間の上昇率がやや低めの見通しとなっており、企業は一般物価の上昇見通しに比べ、自社製品の販売価格の引上げにはより慎重になっていることが読みとれる(第1-2-14図(2))。
他方、家計部門の予想物価上昇率について、日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」における1年後の予想物価をみると16、足元では平均値で12%程度、中央値で10%程度に高まっており、企業の見通しに比べて顕著に高い物価の伸びを予想する傾向にある(第1-2-14図(3))。この傾向は物価上昇が始まる以前からみられており、実際に販売価格を設定する企業の見方と日頃の買い物等で受ける印象から形成される消費者の物価予想の性質的な違いが反映されている可能性がある。また、家計の場合、近年の米価格の大幅な上昇など身近に接する商品価格の上昇の影響を強く受け、企業よりも全般的に予想物価上昇率が高くなっている可能性もある。身近な物に関連して、内閣府「消費動向調査」においては、日頃よく購入する物の1年後の価格見通しを質問している。予想物価上昇率別の回答者割合をみると、5~10%又は10%以上を予想する割合が約半数、2~5%を予想する割合が約3割と、高い予想物価上昇率の回答割合が過半を占める(第1-2-14図(4))。設問の違いから、両調査に水準の違いはあるものの、どちらも企業の物価見通しより明確に高く、また、2025年後半時点の2%程度の賃金(所定内給与)上昇率よりも相当程度高くなっている。1年後の予想物価上昇率が現在の賃金上昇率を大きく上回ると消費者が考えるのであれば、消費者マインドは悪化し、節約的な消費行動が促されやすいと考えられる。企業においては、予想物価上昇率が2%超程度で安定的な動きになってきていることを踏まえると、これまでよりも販売価格の設定や売上計画を立てやすくなるとともに、賃金交渉においても労使間で翌年度の物価上昇率を共有しやすくなるだろう。こうした予見可能性の高まりが実現すれば、家計や企業は物価上昇に煩わされることなく将来の意思決定をしやすくなり、結果として、消費や投資の最適化を図ることが可能になる面もある。賃金と物価の好循環に向けたマクロ経済環境の安定は極めて重要である。

以上、本節では、物価の基調と背景を詳細に確認し、賃金と物価の好循環に向けた現状と課題を概観した。消費者物価上昇率(総合)については、2023年1月の前年比4.3%をピークとして、政策効果もあって、伸び率が徐々に縮小傾向で推移し、2023年11月以降は、おおむね2%台で推移してきた。ただし、2024年夏以降の天候不順の影響等により生鮮食品の高騰が続き、2025年1月には総合で前年比4.0%に高まったほか、円安の進行の影響もあって、再び食料品価格の上昇率が高い状況が続いている点には注意が必要である。
物価の基調をみるため、消費者物価上昇率をはじめ様々な物価指数の動向を確認するとともに、物価動向の背景として、GDPギャップやULCに限らず、賃金上昇の持続性、企業の価格転嫁の動向、サービス分野を含む物価上昇の広がり、さらには企業や家計の予想物価上昇率といった様々な指標の状況をみてきた。堅調な賃上げ率、企業の価格転嫁の姿勢、物価上昇の広がり、予想物価上昇率の上昇など、いずれの面においても、賃金と物価が動かなかったコロナ禍以前とは異なっている。
一方で、賃金は緩やかながら安定して上昇しているが、近年の食料品を中心とした物価上昇には追い付いていない。2024年後半にいったんプラス化した実質賃金上昇率は、食料品価格の上昇とともに、2025年1月以降マイナス傾向が続く。日本経済は賃金上昇が物価上昇を後追いする形から抜け出せておらず、賃金上昇が主導する形での安定的な物価上昇と賃金上昇の好循環には辿り着いていない。結果として、個人消費の回復は力強さを欠いたままであり、GDPギャップは依然としてマイナス圏内にあり、実体経済の面からは、我が国がデフレに後戻りしないと言える状況には至っていない。2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現と持続的・構造的な賃金上昇の実現こそ、実質賃金の上昇を定着させ、日本経済を持続的な成長経路に向かわせる大きな原動力となり、家計の購買力も改善する。これこそが賃金と物価の好循環を目指す理由に他ならない。その実現に向けた政策努力をより一層進めていく必要がある。