第3章 企業行動の変化と投資拡大に向けた課題(第3節)

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第3節 まとめ

我が国企業部門は、2023年に入り、業況感や収益が改善するなど総じて堅調である一方、そうした企業部門の好調さが、必ずしも賃金や投資に回っておらず、内需は力強さを欠いた状況にある。こうした姿は、デフレから脱却できず、諸外国に比して低成長が続いてきた過去四半世紀においても同様にみられてきた。本章では、こうした認識の下で、企業行動と今後の投資拡大に向けた課題について整理・分析した。

第1節では、過去40年間程度の我が国企業部門の動向を振り返り整理することにより、堅調な企業収益が設備投資や賃金の増加につながらず、本来は投資が貯蓄を上回る姿が正常である企業部門において、根強く貯蓄超過の状態が続いている背景等を分析した。企業の経常利益は、景気によって変動をしつつも、バブル崩壊後の約30年間でトレンドとしてみれば着実に増加してきたが、これらは主として、生産効率の改善等の企業の取組を受けた変動費率の低下、人件費等の抑制や過剰債務の解消等による支払利息等の減少といった固定費のコストカット、海外生産の拡大に伴う営業外収益の増加によってもたらされてきた。また、そうした得られた利益は、主として、利益剰余金の増加を通じた財務体質の強化、現金・預金の増加を通じた手元流動性の確保によるリスクへの備え、海外投資の拡大に用いられてきた。

その一方で、収益に比して人件費や国内での設備投資は長年にわたって抑制され、内需は伸び悩み、国内市場は低成長が続いてきた。国内設備投資は、バブル期の過剰感の反動もあり、バブル崩壊後から1990年代末頃まで大きく水準を切り下げたが、2000年代以降も非製造業を中心に総じて抑制された状態が続いている。その結果、1990年代末以降、我が国企業部門では投資が貯蓄を下回る貯蓄超過状態が恒常的となっており、その一貫性は主要先進国との比較においても際立っている。このように新規の設備投資が抑制されてきた結果、設備の老朽化が進み、潜在成長率に対する資本寄与度も大きく低下している。

こうした中、我が国の供給力強化のためには、国内設備投資の拡大が喫緊の課題となっているが、設備投資関数の推計結果では、企業の収益性や財務状況は設備投資に対して影響をもつことが確認できる。この点、企業が生産効率化や海外需要の取り込み等により売上高対比での利益率が過去最高水準となるなど収益力を高めてきたこと、自己資本比率が40%を上回る水準となるなど過去と比べて財務基盤を相当程度強化してきたこと、リーマンショック等の経済危機の経験を経て手元流動性を20%超まで高めてきたこと等は、今後の投資拡大に向けた前提条件が整ってきたという見方もできる。こうした強固で堅調な企業の収益・財務状況の下で、成長分野の投資を促す政策を着実に実行していくことにより、国内の期待成長率を高め、企業の国内投資の積極化につなげていくことが重要である。

第2節では、内閣府(2023)で扱った企業のマークアップ率について、その長期的推移、企業ごとの分布、産業別の動向、無形固定資産との関係といった点で、より検討を深める観点から、日米の企業を中心に、国際的な比較分析を行った。企業の価格設定力を示すマークアップを適切に確保することは、企業の収益力を高め、賃金引上げや投資の原資が確保されることを通じて、個人消費や設備投資の拡大につながり、これが企業の更なる売上増加に結び付く、という経済の好循環を生み出し、また、物価と賃金の持続的で安定的な上昇を目指していくうえで重要な鍵である。

連結ベースでの上場企業等を対象とした日米欧企業のマークアップ率に関する推計結果をみると、アメリカや欧州で近年、平均的なマークアップ率が上昇傾向であることと対照的に、日本企業のマークアップ率は、単体ベースで確認した内閣府(2023)と同様、過去20年間において大きな変化がみられない。このことは、日本企業の価格設定力が、欧米企業に比して相対的に低下していることを示している。日本企業とアメリカ企業のマークアップ率の分布を比較すると、日本では分布の山周辺に多くの企業が集中している一方、アメリカでは日本に比べ分布に広がりがみられる。また、これら企業の分布の長期的な変化をみると、相対的に低いマークアップ率の企業割合が低下し、相対的に高いマークアップ率の企業割合が上昇している点は日米で共通であったものの、日本では分布の山周辺の企業割合に変化がなく、このため全体的な分布構造にも変化がみられない。これに対し、アメリカでは分布の山の高さが切り下がり、より高いマークアップ率の企業割合が上昇して分布の広がりが増している。アメリカでは、先行研究でも指摘されているような、世界的に価格支配力を有する一部企業が著しくマークアップ率を高め、それが全体平均の上昇をけん引している姿が確認できるが、マークアップ率の中央値も緩やかな上昇傾向にあるなど、より広範な企業の価格設定力も向上していることが確認できた。

こうした日米企業のマークアップ率の動向の違いには、研究開発投資をはじめとする無形固定資産への投資への積極性が表れている可能性がある。内閣府(2023)では、無形固定資産への投資がマークアップ率と正の相関関係にあることを示し、無形固定資産への投資が価格設定力を確保するうえでも重要であることを述べているが、この点は、今回の財務データを用いた分析でも改めて確認ができた。すなわち、研究開発など無形固定資産への投資は、製品差別化や生産効率化、付加価値の向上を通じて、企業のマークアップ率の向上にもつながるものと考えられる。一方、日米で比較をすると、第一に、過去20年程度において、日本企業でも研究開発やその他ソフトウェア等の無形固定資産への投資は拡大してきたが、その程度は、アメリカに比べると限定的であり、第二に、無形固定資産の増加によるマークアップ率向上効果は、日本企業ではアメリカ企業に比べて著しく低い。日本のマークアップ率が相対的に低い水準で変化がみられないという現状を踏まえると、こうした無形固定資産への投資における規模と効率性の両面での課題が浮かび上がる。先述したとおり、企業の価格設定力の向上は、経済の好循環及び物価と賃金の持続的で安定的な上昇を実現するための鍵であり、こうした観点からも、研究開発を含む企業の無形固定資産投資、さらには、そうした投資の成果の社会実装を促進していくことが重要である。

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