第2章 個人消費の力強い回復に向けた課題(第3節)

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第3節 まとめ

本章では、物価上昇下で実質所得が減少していることを踏まえて、我が国の個人消費が今後も回復を続けていくための課題を整理した。まず、第1節の分析によれば、物価上昇に対する家計の生活防衛意識は所得階層間で差が出ており、特に低所得者層では、消費性向の改善ペースに鈍化がみられる。物価上昇による家計負担の増加に伴い、消費者マインドの悪化が続き、今後ラグを伴って消費の下押し圧力となる可能性がある。こうした影響を軽減する観点からは、感染拡大下の行動制限等により蓄積した超過貯蓄も、そのマクロ的な規模を踏まえれば一定の下支え効果が期待されるが、①過去の平均的な預貯金増加が消費支出を押し上げる効果は限定的であること、②超過貯蓄の水準は世帯の所得規模等に応じて異なっており下支え効果は一律には期待できないことなどを踏まえると、景気の腰折れを未然に防ぐには、短期的には家計負担の軽減策が有効と考えられる。政府は、累次の対策に加え、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策1」を閣議決定し、エネルギー・食料品に重点を置いた物価高騰対策を実施している。こうした施策は、基礎的支出割合が高い低所得層ほど恩恵が相対的に大きいと考えられ、消費者マインドの悪化が特に顕著だった低所得者層に重点を置きながら2、国民生活を広く下支えする効果が期待される。他方、感染拡大前から消費性向が構造的に低下傾向にあるなど、我が国の個人消費はコロナ禍以前の景気拡大局面でも力強さを欠いてきた。そうした構造的な下押しの背景には、若年層を中心に、期待される生涯所得が伸び悩むなど雇用・所得環境の将来的な見通しが明るくない中で、老後への不安の高まりがあった。すなわち、コロナ禍以降の個人消費の回復をより息の長く力強いものへとしていくためには、構造的な賃上げ環境の構築を通じて、先行きに対する懸念を軽減していく取組が重要である。あわせて、将来不安の軽減に向けて、高齢者の就労促進やデジタル技術の活用を通じた医療費・介護費の抑制を含め、社会保障制度の持続可能性を高めていく取組も同様に進めていく必要がある。

第2節では、こうした背景を踏まえて、労働市場の概観と、労働移動や最低賃金の役割に注目し、構造的な賃上げの実現に向けた施策の効果や課題について議論を行った。足下、我が国の労働市場はウィズコロナの新たな段階への移行が進められる中で総じて改善してきたが、感染拡大を経た変化の兆候も観察された。特に、①デジタル化を進める企業が求めるスキルが変質する中で長期失業者が増加するなど、労働市場におけるミスマッチが発生し、②自発的な転職による賃金・モチベーションへのポジティブな効果は確認できる一方で、労働移動は足下で持ち直しの動きがあるものの、依然として感染拡大前と比較して活発な状況には至っていない。他方で、企業側ではコロナ禍以降、従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上を狙いとして賃金制度を見直す動きもみられており、自社の人材を活かすための賃金のあり方に関する意識の高さがうかがえる3。こうしたことを背景に、リスキリングの強化を通じて、失業者の就業支援や成長産業への労働移動を活性化させる取組を強化する必要が高まっている。政府は、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」の柱として、上述の物価高対策に加えて、構造的な賃上げに向けた人への投資の強化を掲げた。具体的には、5年間で1兆円の支援パッケージを用意し、非正規雇用を正規雇用に転換する企業、転職・副業を受け入れる企業、労働者の訓練を支援する企業への支援を新設・拡充するほか、転職支援に向けてリスキリングから転職までを一気通貫で専門家に相談できる制度を新設する方針となっている。コストプッシュ型インフレが進み、交易条件の悪化が実質賃金の押下げにつながっている状況を踏まえれば、こうした施策を通じて労働移動の活性化を促し、一国全体の労働生産性をより高めていく必要がある。さらに、労働分配率を引き上げ、賃金格差を是正していく観点から最低賃金の引上げや、労働供給を阻害する社会保障制度の在り方の見直しも引き続き重要である。


1 令和4年10月28日閣議決定。
2 物価上昇抑制策に加え、物価高から生活を守る支援策として、2022年春以降、住民税非課税世帯への給付金や低所得子育て家庭に対する給付金の支給等が行われている。
3 日本生産性本部が2022年11月に行ったアンケート調査結果によれば、回答した155社のうち2020年度から2022年度に賃金制度を変えたか変える予定の企業の割合は4割を超え、その狙いとして6割近くが「社員のモチベーション・エンゲージメント向上」を挙げている。
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